『雪中花』老舗妖怪旅館は廃れない
東北の雪が深い地域、年間通して雪が残る万年雪の山の中……
江戸の時代から続く老舗旅館があった
何度も倒産の憂き目に会いながら、ここ平成の世にも残る旅館。
その宿を人々は雪の中に咲く花、「雪中花」と呼んだ……
その宿の女将はまるで冬を体現したかのような着物に漆黒の黒髪を持つ美人女将。
その宿の温泉は呆れるほどの心地よさを誇る。
その宿の食事は素朴ながら食すものに故郷を思い出させた。
しかし、その宿は不思議となかなかたどり着けず、地元の旅行観光会の職員でさえ女将である鬼塚雪菜と打ち合わせで会う時も、道を通っているのに思い出せない。
これだけ人気のある……とは言え無いけれど。
交通の便さえ整えれば人気が出そうなものなのだが……
「はいは~い! お布団通りますよ~?」
今日は快晴、こういう日には布団を干すに限ります。
という訳でこの旅館、雪中花の女将である私自ら客室中の布団を運び出す。
とは言え宿泊中の方も居るので、交換用の布団を干しに行く。
「女将、九時半から観光会の打ち合わせ担当者来ますからね?」
朝日に照らされる渡り廊下、声の発生源はそこにできた私自身の影。ハスキーな女性の声が私に確認をしてくる。
ホームセンターで買った安物の腕時計を見ると、後一時間。確かにのんびりもしていられない。
「ありがとう、光さんもちゃんと髪の毛結わえてくださいね?」
声の主は仲居頭の『影宮 光』さん。
私の足元から伸びる影が、明らかに私の体型と一致しない、特に髪型が違い、黒髪を腰まで伸ばしてるが、影はショートのボブカット。
尚且つ寝癖と思しきアホ毛がぴょんと突き立っている。
「あ、いっけない、セットし忘れてた! ありがと雪菜」
ぴょんぴょんはねた寝癖を抑えつつ影が勝手に小走りで中居待機室の方へと向かう。
「仕事中は女将でお願い~」
そのまま布団をいつも干す中庭へと続く廊下を大量の布団とともに闊歩する。
しかし、到底私一人では旅館中の布団を運び出せないので、手を借りています。
だれのって?
この子達、小さな雪だるまのゆきちゃんズです。
私の大事な眷属達、膝丈位のミニ雪だるま達が理路整然と布団を神輿の如く担いで私の後を追いかけてくる光景は微笑ましいですよねぇ。
あ、申し遅れました。私、当旅館「雪中花」の女将、鬼塚雪菜、当物語の案内人にして語り部となります。
本来物語の主人公ともすれば、筆をはしらせる作者の手に表現を委ねますが。
私、これでも雪女でございます。
古来より、疎まれ、恐れられ、敬われ、親しまれ、奉られ。
人の道より外れし怪異ゆえ、話の理からも外れてしまいました。
語られることは多々あれ、語り部は始めてですのでお見苦しくもあろうかと存じますが、是非ご覧いただき、今を生きる妖かしの奮闘をおもしろおかしく……怪しく他の誰かに伝えていってくださいね?
さてと、前置きはこの辺にして……布団干さなきゃ!
「小雪ちゃん、布団干し頼める? 終わったら溶けてていいから」
頼りになるリーダー格のゆきちゃん、通称『小雪』にお願いして私は旅館の心臓部、総務部へと向かう。
今日のご予約の確認と、料理の手配。後は夏の観光イベント打ち合わせで観光会の担当者さんが来るって言ってたから……。
「女将さん、今良いですか?」
低くて渋い声が私の頭上から、と言うか背後からかかる。
振り返ると我が旅館の厨房を預かる板前、通称『ゼンさん』が渋い顔をして、言いづらそうに眉根を寄せていた。
「どうしたんですか? ゼンさん」
「食材の件で、問題が……」
「古希さんが買い出しに行ってるんじゃなかったんでしたっけ?」
そう、このお二人も妖怪……と言うか有名な鬼です。
役小角さんに仕えていたんですよ、夫婦で。
なんで仕えてたかって?
「いえ、それが……子供達の分も買い込んだらしくて車に乗せきれないって」
「……ヘルプ頼んどきます」
「すみません、相変わらず特売だとかセールとかに弱くて」
「5人もお子さん育ててれば解ります、解りますが……後で出頭させてください」
5人の子宝に恵まれて、お給金の良い役小角さんの従者を立候補して勝ち取った強者です。
最後には根負けした役小角さんはかわいそうに、生涯現役で悪い妖怪や怪異を調伏してましたよ。
「女将さん。後一時間足らずで来るぞ、打ち合わせの用意できてるのか?」
事務方の確認は最も、しかし……こうも矢継ぎ早に。
女将って大変、三百年前はもうちょっとのんびりだった気が……。
「はぁい、今用意します!」
返事と同時に着物のポケットに入れているスマホが軽快に鳴り響く。
今度は何なんですか!?
取り出して指紋認証でホーム画面にすると、着信には『夜鳴 夜音』と表示されている。
うん? 優秀な仲居である彼女に何があったのだろう。
「はい、雪菜です」
『ゆきゆき~、昨日宿泊のお客さんの件なんだけどさ』
「ええ、子宝に恵まれたいって座敷わらしプランで泊まってますよね?」
『一晩中寝ないで盛ってんだけど……私どうやって入っていって存在アピールすればいいの?』
「……」
確か30代半ばのご夫婦様だったよね、座敷わらしの夜音ちゃん。一晩中出待ちでそれを見てたのか。
『ぶっちゃけ、これで妊娠しないのって産婦人科に行ったほうが良いんじゃ? シーツとんでもないことになってるわよ?』
「誰かにお部屋係変わってもらって……、枕は寝付きが良くなるように付喪付きの方に変えておきましょ」
『やっぱり加護すんの?』
「それが売りなんだもん……お願い、夜音ちゃん」
『良いけど、流石に眠い……今晩で良い?』
「勿論そうして頂戴、ご苦労様」
『はーい、あ、ちょうどいい。妙さん! 部屋係変わって?』
電話の向こうで丁度中居仲間が通りかかったらしい。
『夜音ちゃんのお客様? 良いの?』
『女将さんに了解は取ったよ。後、布団のクリーニング代をお客さんに了解取ってね? すごいから匂いとかいろいろ……』
『あら~昨日は元気だったのね』
『と、いうわけでお願いね。ゆきゆき、私後寝て良い?』
あ、そうだ。彼女大きめの車持っていた事を思い出す。
「ごめん。眠い所悪いんだけど、着替えて古希ちゃんのお迎えと言うかヘルプお願い。車に荷物乗り切らなかったんだって」
『ハイエースに乗せきれないって……あの子何買ったんだろ、分かったすぐ行ってくる~』
不機嫌な彼女の声、説教食らうんだろうなぁ……古希ちゃん。
あ、ちなみに古希ちゃんより夜音ちゃんの方が先輩です、ここでの勤務歴は。
その他細かい確認を取った後、通話を切る。
一息つく間もなく、時間が迫ってることに気づいてしまう。
「まずい、夏の観光イベントの書類まだコピーしてなかった……、良いや、スマホから直接印刷しちゃえ」
スマホのアプリを立ち上げ、急いで書類のデータを総務部に有るプリンターに飛ばす。
無線LANって本当に便利、初めて見た時は感動したものである。
「女将! プリンターのインク無くなっちゃいますからモノクロで印刷してください!」
総務部の事務方から再び怒られる私。
スマホをよく見ると、『カラー』の設定。打ち合わせ用のはインク代節約のためモノクロが基本なのにだ。やっちゃった。
「ごめんなさい、気をつけますぅ……」
「インク代だってばかにならないんですから……頼みますよ?」
メガネを掛けた経理服姿の男性は……私が最も苦手とする人、と言っても嫌いじゃないんですよ?
なんというか、お金に細かいんです。この人、じゃなかった妖怪。
「金玉の私が居るのですから万が一にも赤字経営など許しませんからね? 女将さん」
「は、はいぃ!?」
この旅館が赤字にならないのは7割位が金玉の妖怪……と言うか怪火の『金田 雅』さんのおかげです、簿記も持ってるし、中小企業診断士、社会保険労務士、公認会計士、税理士、経営士……別名金の亡者。
「ほら、書類もって会議室に行っててください。今日は予約のお客様も午後からしかこないんですから」
「わ、わっかりましたぁ!」
「あ、かき氷の新作も出すので板氷の準備お願いしますね? くれぐれも訳の分からない気泡ゼロの氷像なんか作んないでくださいよ? 雪女だってモロバレするともみ消すの大変なんですから、それから……」
長くなりそうなのです、こういう時は。
きんっ!
凍らせるに限ります。
怪火なので大丈夫(根拠はないんですけど)、十分ほどすれば溶けますから。
いつもの事なので、ほっといてさっさと会議室へ向かう。
道中で『うわぁ! マサがまた氷漬けに! 経理書類にはんこ欲しかったのにぃ!?』……うん、キコエナイ。
とまあ、そんなこんなで現代でも順応している私達、妖怪一同の旅館経営は毎日いろいろな出来事が起こります。
スマホにLED、インターネットにSNS……人間だけが使うのはもったいないですよね?
妖かし旅館の奮闘記、是非是非ご堪能なさいませ。




