魔法少女引退しました
瓦礫の山を押し上げて、なんとか立ち上がった。
額から流れる血が目に染みる。親指でぴっと拭い、荒い息を整えた。
「大丈夫? どうよホワイトちゃん、まだ元気いっぱい?」
軽いノリで話しかけるのは相方のブラックだ。ホワイトと呼ばれるのが私になる。
無論本名ではない。魔法少女として変身している間は、素性を隠すためにカラーで呼び合うことにしている。
「片目潰れたけど、両手両足はついてるよ」
「五体満足なら上出来だね。問題があるとすれば魔法少女の労働環境くらいか」
「ブラックはどうなの? 随分と無茶してたけど」
「もう魔力尽きちった」
「まじかー」
ブラックは軽く言うが、状況は極めて絶望的だ。
魔力は私たち魔法少女のエネルギー源だ。ブラックの魔力は尽き、私の方もほとんど余裕は無い。
私たちが相対するのはビルよりも高くそびえる巨龍、星喰らう王龍。
ここ地球に呼び出された呼び出された異次元の怪物は、依然としてピンピンしていた。
「……あれ、どうやって倒そうね」
「無理でしょ。ウチらよく頑張ったと思うよ。ホワイトちゃん、今日はここまでにして続きは明日にしようぜ」
「いいねー。帰りにアイス買ってこうよ」
軽口を交わしながら私たちは並び立つ。退却なんて許されないし、それ以上に退くつもりなんてさらさら無かった。
絶望的な状況なんて飽きるほど越えてきた。森羅万象を跳ね除けて地球を守ってきた私たちだ。
私たちは諦めない。言葉に出さずとも、その想いは揺るぎない。
「ホワイト。どうしたい?」
ブラックは問い、私は答える。
「送り還そう」
「そりゃまたどうして」
「あの子、無理やり呼ばれただけだもん。元いる場所に還してあげたい」
普段なら敵は絶対に倒すことにしているけど、今回に限って曲げることにした。
「珍しく優しいじゃん」
「今日は記念日だしね」
「なんの?」
「世界平和記念日」
「いいね」
平和とは程遠い現状だけど嘘は言ってない。これから私たちが平和にすればいい。いつもやってきたことだ。
状況は極めて絶望的。世界平和どころか10分後にこの世界が残っているかすら怪しい。
でも、やる。それだけだ。
「まあ、あれを召喚した奴らはぶっ飛ばしたし、何より倒すよりは楽か……」
「打算じゃなくて愛で戦おう。魔法少女なんだから」
「んなもん擦り切れたわ」
相変わらずのブラックだった。相方としてはもっと初心を大事にしてほしいと思う。
「この惨状で愛とか正義とか言えるホワイトがおかしいの。私たちがいなかったらこの世界、七回は滅んでるんだぞ。なんであれだけの死闘を笑顔で可憐に乗り越えてんだよ。ちょっとはトラウマの味を覚えろ」
「色々あったよね。でも私たちならきっと、どんな壁も越えていけるよ」
「いい話にすんな」
「大体こんな大惨事をたった二人に押し付けることから間違ってるんだ……」とかなんとか言っていたけど、ブラックはすぐに真剣さを取り戻した。
「ブラック、作戦は?」
「――召喚獣には存在維持のためにクサビが打ち込まれる。それを砕けば簡単に還せるはずだよ、理論上は」
「…………つまり?」
「せめて少しでも分かろうと努力する姿が見たかった」
細かいこと考えるのは苦手だ。原理がどうこうより何すればいいかを教えてほしい。
「ぶっ飛ばせ。後はアドリブだ」
「いつも通りだね、任せて」
それだけ聞けば十分。気合を入れて、巨龍を睨み、ぎっと地を踏みしめる。
駆けた。
音速の壁をぶち破り、ソニックブームと同時に魔法で閃光を生み出す。視界と音響がかき消され、闇雲に振るわれた龍の尾を刹那の見切りですり抜ける。
肉薄、そして乱打戦。翼の一撃を打払い、龍爪の横薙ぎを殴り返し、星をも貫く大牙を蹴り飛ばす。質量差のある相手に真っ向からかち合う最中、それを見つけた。
龍の首に突き刺さった、黒々と瘴気を撒き散らす金属片。
「ホワイト、それだ! ぶっ壊せ!」
オッケー。
龍の鼻先をハイキックで蹴り上げ、残り少ない魔力をかき集めて魔法を紡ぐ。
「シャイニング――」
引き絞った拳に七色の魔力を集約させる。その光に危険なものを感じたか、龍は首を強引に引き戻して口を開いた。
龍の口内に灯るのは煌々と燃え盛る炎。魔力を熱量に変換して輝きを増すそれは、透き通った白をしていた。
白い炎から途方もない熱を感じる。あれを受ければ死ぬだろう。でも、避ける気も、防ぐ気もなかった。
思考はどこまでもシンプルだ。正面から真っ直ぐぶち抜けばいい。
ただ、強く、魔法を願った。
「――カタストロフィ・デッドエンドオオオオッ!!」
拳と白炎が正面からぶつかる。膨大な力が衝突し、閃光と爆風が吹き荒れ、大規模な崩壊が引き起こされる。
黒い金属片が砕け散るのを確認したのも束の間、私の体を途方もない衝撃が突き抜けた。
浮遊感を味わうのは一瞬、すぐに頭から瓦礫の山に突き落とされる。
痛みはどこか遠く感じられた。視界は赤に染まり、身体は動かない。不快感だけがこびりつく。
「ホワイト!? 大丈夫? しっかりして!」
ブラックの声が聞こえる。私はまだ死んでいないらしい。
体の感覚があちこち足りない。経験の無い激痛がじわじわと牙を剥きはじめていた。
「ホワイト……? 生きて、るの……?」
ブラックは小さく呟いた。よっぽど酷いことになっているらしい。
体は既に満身創痍。魔力ももう使い果たした。これ以上戦える力なんて無いことはわかっている。
目を開く。潰れた視界の中、悶え苦しむ龍が見えた。
立ち上がる。血を吐きながら、激痛を無視して体を支える。
死んでない。まだ死ねない。
死んでたまるか。
「……ああ、もう。休んでろバカ」
ひらりと黒い花びらが舞い落ちた。癒しの光が私を包むと、痛みが少しだけ和らいだ。
黒い花びらを舞い散らせながらブラックは優しく笑っていた。
その笑顔に、心が騒ぐ。
「魔法――。待って、魔力は!? 魔力はどうしたの!?」
「あー、気づくか。ホワイトって色々抜けてるくせに、変なところで勘いいよね」
「質問に答えて! ブラック!」
「お察しのとおりだよ」
ブラックは不敵に笑う。それは、覚悟を秘めた笑みだった。
「命燃やした」
ブラックの内より溢れ出す黒い花びらは、彼女の命そのものだ。
自身の命を魔力に変換する禁断の術式。それだけは使わないよう、何度も約束したのに……っ!
「顔見れば分かるんだよ。ホワイトだってこれ使うつもりだったでしょ?」
「それは……」
「早いもん勝ちってことで。生きろよ、相棒」
伸ばした手も届かずに、ブラックは花びらを舞い散らせながら天に舞う。
「約束! 私が世界を守るから、ホワイトは世界を救いなさい!」
蒼穹に描かれた漆黒の魔法陣が龍の巨体を縛る。異次元に繋がる送還魔法が紡がれて、巨龍を次元の彼方へと転送した。
命と引き換えに放たれる大魔法二連発。それを軽々と操りながら、ブラックは花びらが舞う空を見上げる。
ゆっくりと消えていく横顔は、忘れられないほど華やぐような笑顔で。
魔法少女ブラックシルトは、世界を愛してこの世界から消失した。
*****
「久しぶり、だね」
あの戦いから2年が過ぎた。
悪の組織は壊滅し、星喰らう王龍も次元の彼方に送り返された。あれ以来音沙汰は無い。
地球が受けた被害は甚大だったけれど、『魔法の国』の全面協力により傷跡は秘密裏に処理されている。
あの戦いを見た人たちにも記憶処理が施され、人々は今日も変わらず平和な世界を享受していた。
「最近じゃ世の中すっかり元通りだよ。私たちの戦いがあったことも忘れて、みんな平和に暮らしてる」
無名の墓に花を供える。真っ黒なクロユリの花だ。縁起の良い花じゃないけど、彼女が好きな花だった。
色とりどりの花が咲くこの丘に、ブラックの墓はひっそりと立つ。
「あんまり来れなくてごめんね。私たちはもう、忘れられないといけないから」
大規模な記憶処理の副作用で私とブラックの名はこの世界から消えた。
私の事は良いとしても、世界を守って散ったブラックが忘れ去られると聞いた時は随分と泣いたものだ。
今はもう割り切っている。平和なこの世界に魔法少女は必要とされない。この安穏とした世の中こそが、ブラックが守り抜いたものだから。
墓前に祈りを捧げる。しばらくそうしてから、墓前を立ち去った。
『もういいのかい?』
「うん。おまたせ、スピ」
頭の中に声が響く。見下ろせば、ユニコーンのぬいぐるみがそこに居た。
これは私と契約した魔法の国のマスコットだ。本人は精霊だと言い張っているけど、手触りは間違いなくぬいぐるみのそれだった。
名前はスピ。スピネルのような目をしているから、スピ。私が名付けた。
『帰ろうか』
「そうだね」
青い空の下、私はゆっくりと歩きだす。
世界を守った誰かを忘れて、世界を救った誰かを忘れて。人々は穏やかな日々を享受する。
戦いは終わり、英雄は静かに眠った。私もまた魔法少女を引退し、かつてのような戦火に身を投じることは無い。
そこまではいい。ただ、問題が一つだけ残った。
一迅の風が純白の髪を揺らす。風に揺れる髪を一房すくって、私はため息をついた。
『ホワイト。君はいつになったら変身を解くんだい?』
「どうやったら変身解けるか、むしろ私が聞きたい」
最後の戦いから2年。
私こと魔法少女ホワイトブランドは、変身を解けなくなっていた。




