勇者と呼ばれたけど、面倒くさいので家に帰っていいですか
ダンジョンは人の生活するような場所ではない。
人を襲うモンスターがあちらこちらと徘徊するこの空間では、時間を問わず戦いが勃発している。こっそりと陰から襲撃された冒険者の悲鳴や、モンスターと戦う魔法使いの大声での詠唱、強敵を倒した冒険者たちの勝ち鬨などなど。常に何かしらの音が聞こえると思っていいだろう。
自然発生した空間ではあるが、古くから居住には適さないということで人は住みつかず、生活に困った人間が生息しているモンスターを命懸けで狩り、売れる素材を得るための場所とされている。
そんな中でずっと生活してきた、なんて言ったら絶対に嘘だと言われるだろう。なぜそう言い切れるかというと、まさに俺がいま経験したばかりだからである。
「あの、西ダンジョン四階層というのはいったい……」
少し太めの男が、苦笑しながら机に置かれた紙のある部分を指す。そこには、筆記の苦手な俺のいびつな字で、彼が口にした通りの言葉を記してあった。
「何かおかしかったですか?」
このたび、俺は晴れて引っ越すこととなり、いい物件を見つけてこれから売買の契約を結ぶところだ。
この紙は契約書で、買主である俺や連帯保証人である友人の個人情報が書かれてある。
それは俺自身が彼の指示に従って書いたもので、判別がギリギリできるような汚い字であるが、彼は書いたとおりの言葉を口にしていたので、それ自体には問題がない……はずだ。
ではなぜ、彼は何とも言えない微妙な面持ちで、僕の回答を待っている。
なにかおかしなことを書いただろうか、と真剣に書類とにらめっこをするが、やはりここに偽りは書いていない。
「えっと、ダンジョンに居住区なんてなかったと記憶しておりますが……」
「そんなのあるわけないじゃないですかっ、おもしろいこと言いますね!」
「え?」
笑って誤魔化すと、店主は困惑したように呆けた。
「よっ、さすがプロ!」
「ど、どうも……」
「問題ないなら、今日は一旦帰りますね。それじゃあまた明日」
そういうと、懐から一つの封筒を取り出して机の上に置き、手を振って店を出る。店主はその封筒に施された蝋を見て、驚きの声を上げていたが、気にせずに店を後にした。
街から少し外れたところには山がそびえたち、その麓には大きな横穴が一つ空いていて、人が頻繁に出入りしている。
あれがダンジョンの入り口、言うなれば俺の家の玄関。
「やあ」
「あ、お帰りなさい!」
見知った人物が二人、我が家の玄関口に立っていた。彼らは俺が住むダンジョンの門番として働いていて、ダンジョンに入ろうとした冒険者がその資格を持っているか確認する仕事をしている。
実力の伴わない冒険者が無茶をして命を落とすことがないように、とこの国が施した措置だ。
俺はこのダンジョンで一日を過ごすことが多いが、それでもモンスターの素材の換金や食料の調達など、用事でこのダンジョンから出ることもある。そうなれば、門番との交流が深まるのも当然だ。
「不動産屋はどうでしたか?」
「たぶん大丈夫だよ」
「そうですか、ようやく念願のマイホームですね」
冒険者はその命を懸けて金を稼いでいるため、家を借りたり買ったりというのはなかなか難しい。
稼ぎ次第では借りることくらいは容易なのだが、如何せん仲介業者が納得しなかった。
俺の現住所はこのダンジョンの四階層の一角になっており、そこで寝食している。
だが、そんなことは普通の人間からすればにわかにも信じがたく、売り主と話す前に門前払いを食らってしまうのだ。
それを以前知り合いに話したら、「これがあれば買うことだってできるだろう」と手紙のようなものを渡された。それが先程の男に渡したものである。
俺としては新築の綺麗な物件ならば賃貸でもよかったのだが、彼がそういうならせっかくだし信じてみることにしたのだ。
「それじゃあおやすみなさい」
「ああ、また明日ね」
そうして門番の青年と別れ、俺はダンジョンの中に入っていく。道中、何度もモンスターが死角から襲いかかってきたが、どれも低層の弱いモンスターばかりだったので、問題なくキャンプに着いた。
このテントはダンジョンにいない間もこのままである。もう何年もそうしている。帰ると客人が待っていることがごくまれにあるが、俺を見るなり平謝りして去っていく。別にお茶くらいなら出すのに。
「もうしばらくすれば、ここともおさらばか……」
焼ける肉をじっと見つめながら、ぼそりと呟く。家を買うことが夢だったが、まさか本当に買えるとは思っていなかった。
「まあまだ決まったわけじゃないか」
俺は上手にこんがりと焼いた肉を豪快に食べたあと、適当にその辺のモンスターを狩って寝た。
硬い地面に寝そべるのはあまり好きじゃないが、この夜ばかりはなんだかよく眠れた。
翌日、数年ぶりにテントを片付け、もう一度あの店に行ってみると、昨日とは違って店主がへこへこと頭を下げながらやってきた。どうやら知人の手紙が効いたらしい。
そのまま売り主と話して無事に契約を結ぶと、今日から使っていいよと鍵を渡された。
俺が買う物件とは違う建物に案内された時点で、今日はまだあの硬い地面で寝ることになるのかと考えていたのだが、予想外の嬉しい展開に純粋に喜んだ。
こんなに人目を気にせずに喜んだのは、両親が健在だった頃以来ではないだろうか。
売り主の厚意にあずかり、寝具店でベッドを購入した後、それを持って我が家に帰った。
今まで劣悪な環境で寝ていたから、枕とベッドはこだわりをもって選定した。寝返りしやすいよう大きなものにしたり、低反発のほどよい柔らかさをもった枕だったり、と様々な条件から厳選して選んだものを俺は担いでいる。
結構な大きさだからか、かなりの人目を引いたが、これまでにないくらいうきうき気分で我が家に向かって歩いた。
「おお、この立派な家が俺の家か……」
普通、冒険者というのは家をもたないため、活動の拠点となる街の宿に泊まっている。賃貸よりも高くつくが、野宿よりも安全で快適。なにより仕事で街を離れやすいので、そうするのが基本なのだ。
だが、そんなことではお金が貯まらないと思った俺は、宿は取らず、効率を重視してダンジョン内で寝泊まりすることにしていた。日々の出費は最低限に抑えていて、なおかつ目標額に達してもなかなか家が決まらなかった俺は、気がつけばかなりの金額が貯まっていた。
こうして、俺はとても立派な家を手に入れることができたのだ。
やけに大きく、重い扉を引いて中に入ると、ひとまずベッドを寝室に運んだ。
「あー、重かった」
浮かれて思わず自分で担いできたが、よくよく考えると誰かに手伝ってもらえばもっと楽だったかもしれない。頭の悪いことをした気がする。
いや、念願がかなったのだ。あれだけ浮かれても仕方がないというもの。今日だけはこの気分で、この家で過ごしたい。
俺はにやにやと笑みを浮かべながら、運んだベッドにシーツをかぶせ、布団を綺麗に重ねる。
「ようやく寝室って感じだな!」
そして、窓にカーテンを取り付けようとした時だった。確かここから立派な樹木が一本見えるんだったな、と外を覗いてみると、大きな大きな木の根元には、剣が突き刺さっていた。
「なんだあれ」
おそらく冒険者が休憩かなにかで木陰に入ったときに忘れていったのだろう。しかし、武器も持たずにどうしているのか。そのまま家に帰ったのならわかるが、なんとも不用心な人だ。
そのまま放っておけば取りに戻ってくるかもしれないが、もし場所を忘れていたらと考えるとかわいそうに思えてきた。迷った挙句、特に予定があるわけでもないから、近くの交番に届けることにした。
「って重いな」
思い立ったら即実行を信念に掲げる俺はすぐさま木の根元まで走り、その柄を握って引っこ抜く。すると、想定していたよりも重かった。その剣に施された装飾はとても精巧で、俺の使う量産品とはまったく別物と言える出来栄えだった。
本当は少し面倒くさいだなんて思っていたが、これはきっと大事なものだからすぐに届けなけらばいけないと考えて、俺は交番に走った。
冷静な判断ができていなかったのだと思う。
「きゃー!!!」
悲鳴が上がる。それもそのはず、俺はなんと抜き身のまま、街を走っているのだから。
方々から非難の声が聞こえるような気がする。ああ、また失敗してしまった。と反省するが、毎度その気分で動いてしまうので無駄なことである。
ああ、こんなことばかり、自分に嫌気がさしてくる。早く交番に入ってしまおう。俺は地面を蹴る足に力を込めた。
「すみません、落とし物拾ったんですけど」
交番に入ると、優しそうなおじさんがいた。いや、俺も人のこと言えないけど。
いかにも田舎の警察官といった風貌の男は、間の抜けた返事をしながらこちらを向く。
「どっ――――」
どうしました。そう言おうとした警察官は、目を丸にしてその言葉を途切れさせた。視線は俺が見せた剣に集まっている。
さきほど自覚したばかりだ。警戒され、戦闘になることだって想定していた。
このいかにも戦いは苦手で、平和ボケしていそうな男がどんな攻撃をしてこようと、絶対に怪我はさせない。そう固く誓う。
しかし、俺に待っていたのは更に面倒な未来だった。
「そ、それは失われた聖剣!!!」
なんだか余計なことに首を突っ込んだような気がして、俺は自分の不運を嘆き、ひとつため息をついた。




