6話(改) 僕は超ユニット
ソウル。それはほぼ全てのモンスターが超低確率でドロップするスーパレアアイテムだ。
基本的にモンスターがドロップするアイテムテーブルの一番下に位置している。
その確率は正式には公表されていない。3年前にプログラムを解析した猛者が自分のサイトで暴露していたが、その時点では0.05%だった。今は更に低くなっているんじゃないかな。
……まるで今までの不幸を帳消しにする為に神様が幸運を与えてくれてるんじゃないかと疑ってしまう程の強運だ。ほんと、人生何が起こるか分からないよ。
「おおおおおおおおおおおいより、よりによって、ぼぼぼぼぼぼボスのソウルだと……!?」
ガルドがDJみたいになってきた。なんかこのまま放置したら面白そうだ。
「このボスのソウルの効果はまだネットに上がってなかったわ。カズキ! 早く効果をみて効果!」
「は、はい」
そう。ソウルというアイテムは、モンスターによって効果が違う。
僕は内心歓喜にうち震える心を鎮めながら、恐る恐るクロックマスターのソウルを調べた。
ソウル:クロックマスター
効果:物理耐性100%。HP-25%。通常マップでの使用不可。
げっ。よりによって通常マップ不可のソウルか。でもこれ、クラン対抗戦で装備したら反則気味な気が……。さすがMVPのソウル。
更に困ったことに、ソウルはトレード、売却、譲渡が不可能なのだ。……これはドラゴンフォースのお手伝いとしてクラン対抗戦に出るハメになりそうだ。
「……えっと、その」
「早く! 効果を教えなさいよカズキ!」
「カズキくん! もったいぶらないで!」
「カズキ君、一体どの様な効果なんだ?」
「あーん、カズくんって焦らすのが好きなの? 早く教えてよ~」
「ぶひゃひゃひゃひゃ! 見ろよカズキの焦らしプレイだ!」
若干一名、変なのが混ざっていた気がするけど気にしない。気にしないったらっ。まぁ、あんまり焦らすとその内ゲンコツが降ってきそうだからさっさと白状しよう。
「……えっとね、物理攻撃無効、です。通常マップでは使えないみたいですけど……」
「「「「「………超ユニットきたああああああああああああああああああ!!!!!」」」」」
超ユニットってのは、そいつに出会ったらさっさと逃げろっていう存在。今の所アースガルドオンラインで確認されてる超ユニットは、どれも大手クランに所属している。そして、魔法無効、状態異常無効、移動速度+100%、ALLステータス+10などのソウルを持っている事も判明している。いずれもボスモンスターのソウルだ。
「確かマジシャン系列ってアクセサリーもフルに使えば魔法耐性80%いったよな!?」
「つかグリントだけでも超ユニットなのにボスのソウルも追加かよ!?」
「私達と一緒に最前線で魔法ぶっ放せってことよカズキ!」
「わぁ、これでカズくんと一緒にクラン対抗戦で遊べるね~」
どうやら、僕がドラゴンフォースでクラン対抗戦に出る事は決定事項らしい。まぁ、しょうがないか。日曜日の夜に3時間拘束されるのは仕方ないけど、友達の為だもんね。
「……カズキ君! 君が竜人族のキャラクターを持っていないのはこの際どうでもいい! これを機に正式にドラゴンフォースの一員にならないか!?」
ちょ、ガルドの目が怖い! ていうか痛い! 指が肩に食い込んでるんですけどおおお!?
「いっ、痛い」
無理矢理手を振り払おうとしたんだけど、ビクともしなかった。……こいつ、本気で締めつけてたな。
「あっ……すまん、つい」
戦闘以外では常にクールな2枚目で通ってるガルドの豹変ぷりを見て、皆ゲラゲラと笑っていた。まぁ、その気持ちは分からないでもないんだけどね。いくらマジシャンでも、ここまですごい装備を持っていたら一躍クランの主軸になる訳だし。
「……えっと、正式なメンバーは、その……お手伝いとしてなら、大丈夫、です」
「クラン対抗戦には参加してくれるんだね? それだけでも大助かりだよ」
ガルドを始めドラゴンフォースのメンバーは保留って形にはがっかりしていたけど、お手伝いでも参加してくれるなら! ととても喜んでくれた。……次のクラン対抗戦までに対抗戦装備を整えなきゃ駄目かな、これは。
「今日も飲み会だ! 早速返って準備するぞ!」
ちょ、僕レベル上げたいのに
◇
結局、今日も僕は酔い潰れてしまった。
エレナやキリアと一緒に買いだしに出かけた時に道行く人が僕らの事を噂していたけど、もうソウルの話が出回ったのかな……。噂って出回るの早いし、できればクラン戦までは内緒にしておきたいなぁ。
ちなみに、クロックマスターを倒した時に経験値が85%から88%まで上がっていた。さすがボス。経験値もケタ違いだ。
そんな訳で、予定が大幅に狂ってしまった訳だ。想定外の収穫があったとはいえ、やはりレベル99目前まで来て足止めを食らうのは歯がゆい。僕は眠りから冷めた後、レベルを上げてくると言い残してドラゴンフォースの溜まり場を後にし、クルッポを乱獲する作業に戻った。
「グオオオオオオオオ!」
クルッポを発見したら即殲滅、そしてドロップを拾って新たなクルッポを求めてひたすらダンジョン内を歩き続ける。こいつらは脳筋だから不意打ちなどしてこない。魔法や遠距離攻撃もしてこない代わりに、近接戦闘がやたら強い。まさに、僕にとって最高の狩場だ。
工場のライン作業みたいな感じなのかな。ひたすら同じことを繰り返す。目標に向かってひたすら同じ事を繰り返す。
たまにクルッポが落とすオリデライト鉱石やレア装備もしっかりと拾い、0.1%。また0.1%とゆっくり増えて行く経験値を見て、僕は笑みを押さえる事ができなかった。
……
…………
………………
どれ程クルッポを倒したのだろうか。経験値を改めて見やると、既に90%を超していた。少し休憩を取ろう。
狩りをしている間、キリアとアンジェラからしきりにWIS(個人チャット)が飛んできているのだが、生憎僕は暇じゃない。99を目指しているからと断りを入れ、再びクルッポを倒す作業に戻った。暇だからゲームやってんだろとか突っ込みはなしの方向でお願いします。
所で、何故僕がすんなりとこの狩場でソロができるか疑問に思う人もいるだろう。その原因は、クルッポの熟練度増加の少なさにある。
このダンジョンは、9階以降は90台のレベルが推奨される狩場だ。当然、下位職など今まで見たことがない。殆ど上位職、たまに中位職を見かける程度だ。
しかし、転職するとあらたなスキルツリーが生まれる。今まで覚えてきたスキルは忘れないよ?
だから、熟練度を上げたいからこのダンジョンに寄りつかないのさ。来るとしたら、僕がアローを乱射する光景を拝みに来る連中か、僕を勧誘しに来る連中だ。
ここの狩場でソロを始めて数カ月になるけど、未だに他人からのWISが絶えない。その殆どが、「仲間になってくれ」とか「クランに入って欲しい」といった内容だ。
酷い奴になると、「その杖を買い取らせて欲しい」と抜かす連中もいる。正直、この内容のWISが一番多い。
だから、僕は徹底的に無視を決め込む。直接話しかけられても無視。それに怒ってPKを仕掛けてくる奴もいるけれど、何回も返り討ちにして装備を奪ってやったらそれも沈静化した。
他人から奪った装備は、有効活用している。まぁ、大半が近接職の装備だから売り払っちゃうんだけど、たまにレアアクセサリーが奪えた時はそれなりに嬉しかった。
今僕はPK相手から奪ったアクセサリーを装備している。その名はタリスマン。
一回だけ死んだ時のデスペナルティーを回避してくれる装備だ。需要はあるが供給は意外と少ない。かゆい所に手が届く、そんな装備。
一回だけデスペナルティを回避できるという安心感も手伝って、僕は今まで以上に積極的にクルッポを狩る様になった。正に悪・即・斬。
AGIが低いから敵の攻撃はほぼ回避できない。相手の射程外ギリギリまで突撃し、走り回りながらアローを連射し続ける。なんか、風になった気分だ。
その後、これが原因で僕の二つ名に魔砲疾走とかいう項目が追加されてしまったのだが、それはまた別のお話。
話が逸れた。
まぁ、とにかく僕は今の所どのクランに所属するつもりは無いということだ。そのうちドラゴンフォースになら入ってもいいと思うけど、今はまだソロ活動を満喫したい。
さて、こうしている間にもクルッポがどんどん沸いてきた。休憩はここまでにして、再び経験値稼ぎを始めるとしますか!
◇
MPポーションが尽きてしまったため、僕はミツミさんの所へ向かう事にした。
帰還の羽を振りかざし、主要都市ミッドガルへと飛んだ。
これは転送の羽とは違い、指定の町まで飛んでくれるとても便利な消耗品だ。そのかわり1個10kもするが、今の僕にとっては特に痛手になる訳でもない。常に5個はストックすることを心がけている。
僕の回りに光の柱が立ち上り、たちまち景色が入れ替わり始める。このエフェクトは魔法を詠唱するときに立ち上るオーラを似ている。なんていうか、光と一緒に粒子が立ち上るっていうのかな?
一瞬の後、僕はミッドガルの復活地点である教会の目の前に居た。ここは相変わらず簡素だ。居るとしたら、AFKしたまま死んで、ここで立ちつくしているプレイヤーくらいしかいない。
さて、道具屋を目指しますか。
変わらない中世の街並みを眺めながらてくてくと歩き続ける。所々出店があり、色々と食べたい衝動に駆られてしまう。商人から派生する「料理人」が経営する店だ。
料理人にも一応攻撃スキルはある。「ささがき」とか「銀杏切り」とか。……何も言うまい。
日に日に僕に突き刺さる視線の数が増えて行くが、もう慣れてしまった。でも、慣れたとはいえ気にならないと言えば嘘になる。さっさと目的地に向かってしまおう。
「ねぇ、カズキ君だよね。ちょっといいかな」
そんな中僕に歩み寄り、声を掛けてくるPTが一組。鬼のブシドー♂と、エルフの司教♀だった。
ブシドーと司教は、新しく追加された特殊上位職だ。どうやら、早速転職したらしい。まだスキルの詳細が確認出来てないって言うのに、よく転職したなぁこの人達。
「……。」
「君があのPKクラン(Danger Zone)をほぼ一人で潰したって言うのは本当なのかい?」
「……。」
「どうやって倒したのかな。少し話を聞かせて欲しいの、駄目かな?」
「……。」
僕は無視を決め込む。経験値はもう93%まで来ているんだ、余計な時間は取られたくない。それに下心が見え見えだ。
「ちょっと……無視しないでよ」
今までの相手ならここで諦めて退散したんだけど……。♀エルフの司教が僕の腕を掴んで来た。めんどくさいなぁ、もう。
「……すいません。急いでますから」
僕が歩きながら心底嫌そうに返事をすると、何故か彼らは逆ギレ気味で反論してくる。全く、面倒くさい。
「君が無視するからだろ? ほんの数分じゃないか」
「別に根掘り葉掘り聞こうって訳じゃないのよ。 ね?」
……なるほど。こいつら大手クラン(明けない夜)の連中か。それならこの勧誘っぷりも納得できる。PKクラン壊滅が事実なら、クランに勧誘しようって腹積もりか。
「あの、放して下さい」
「まぁ、もう少しくらい良いじゃないか」
こいつ……さすがに今のやり取りじゃ納得できないか。そろそろGMコールしよっかなぁ。
「カズキ君、スタッフオブグリントを譲ってくれないか? 1Gまでなら現金一括で払える。足りないと言うのなら、それに加えてレア装備もつけるから」
成程、こっちが本命か。そりゃアースガルドに2本あるかないかの神器クラスの装備だ。喉から手が出る程欲しいって訳ね。
「……嫌です、GMコールしますよ」
「GMコール」という語句が僕の口から出た瞬間、彼らの顔色が変わった。
GMコール……ゲームマスターコールの略称だ。これは町中で起きた事件や事象に対して、プレイヤーが通報するとゲームマスターが駆けつけてくるシステムだ。現実で言う、警察みたいなもんだね。
クラン対抗戦に参加しているクランは、何時も人員不足に悩まされているのが実情だ。そのため、GMコールを受けて勧告を受けたという事実が公になると、人が集まりにくくなる。大手になれば大手になるほど強行策を取らなくなるんだけど、こいつらは少し勇み足だったかもねぇ。
「……分かった、今回は手を引こう。 行こうアルト」
「ちょっと、いいの影月? あの杖があればクラン対抗戦が一気に有利になるのよ?」
……覚えたぞ。明けない夜の、影月とアルトか。ガルドさんにチクっとこ。
「回りを見よう、人が集まってきた……行こう。それじゃまたな、カズキ君」
「あ、ちょっと影月!」
全く、僕も有名人になったもんだ
◇
「ははは! それで君はセコセコと逃げ出した訳だ」
「す、すいません……」
あの後、人目も気にせずに全力で走って逃げて、ミツミが経営する道具屋「クレッセント」に掛け込んだ。
息を切らして掛け込んだ僕を見て、始めこそミツミは目を丸くしていたが、訳を話すと「ああ、なるほど」と合点がいった様で、苦笑していた。ほんと、笑いごとじゃなくなってきたよ……。
「一種の有名税という奴だな。こっちとしてはカズキご用達の道具屋という事で、売上を伸ばさせて貰っているから、私としては複雑な心境なのだがね」
「はぁ……」
「ま、やりすぎたんだろう。そりゃマジシャンがグリントを手に入れたとなれば噂が広まりもするさ」
「えっと……それ以外にも何か噂になってたりしますか?」
昨日の一件、つまりPKクランを叩き潰した事なんだけど、これが公になると結構やばい。対モンスターだけじゃなくて対人戦もいけるって有名になっちゃう。
「ああ、なんでもカズキがほぼ一人でPKクランを潰したって話だ。事実なのだろう?」
「えええぇぇ……」
……本格的にドラゴンフォースのお世話になった方がいいかもしれない。毎日この調子で勧誘や取引を持ちかけられたら溜まったもんじゃないぞ。
「やはり事実だったか。カズキならやりかねないとは思っていたがね」
「お、お願いします、誰にも言わないで下さい。これ以上有名になりたくないんです……」
誠心誠意頭を下げてミツミさんにお願いをする。ほんと、勘弁して……
「ははっ、何を今さら。カズキと私の仲じゃないか。君の不利益になるような行動はおこさないさ」
「……助かります。えっと、それじゃいつもの奴なんですけど」
「おい、さすがに在庫が厳しくなってきたぞ」
「……なんとかなりませんか?」
「全く、そんな顔をするな。多少値上がりしてしまうが、買い取り価格を上げて在庫を増やすとしよう。君の事だ、一応120は目指すのだろう?」
「はい、99になったら隠し職業探しをして、飽きたら120を目指す予定です」
「分かった。これからもご愛顧よろしく頼むよ。今回は一つ980Gでいい」
「それじゃ99個、お願いします」
◇
夜になり、僕は現実世界に戻ると親の居ない家で夕食と入浴と歯磨きを済ませ、後は寝るだけのところまで持っていった後、再びアースガルドオンラインにダイブした。
目の前に開けた風景は、見慣れた僕の小さな一軒家。1日しか空けていなかった筈なのに、やけに久しぶりの様な感覚に陥る。
早速メールチェックをすると……。うおぁ、未読……30件!?
宛先は……全部ドラゴンフォースのメンバーからか。ってか、エレナとキリアとアンジェラからのメールしかないや。目を通すのが怖いなぁ。
From:エレナ
大丈夫だった? なんか町中で明けない夜と一騒動起こしたって聞いたけど。
From:キリア
カズキくーん、一緒に狩りいこうよ~(´・ω・`)
From:アンジェラ
今日の夜クラン狩りに出かけるから~カズくんも来てくれると嬉しいな~(*^_^*)
From:エレナ
20時からクラン狩りに出かけるから、暇だったら溜まり場に顔出してね!
From:エレナ
そうそう、良い忘れてたけど今日のクラン狩りの行き先は樹海だからね。来るんだったらついでにあんたのレベルカンストの追い込みをかけるわよ!
……等々。10分起きくらいに着信履歴がある。……樹海か。最深部は結構経験値効率よかった気がする。久しぶりにPT狩りに行くのも有りかぁ。まだ19時半だし、今から行けば余裕で間に合うな。よし、準備するか!