表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

第6話 音

「おい、テメェいつまで寝てんだ!起きろ!」


──バキッ!


 怒号とともに、鋭い痛みが頬を貫いた。意識が闇の中から引きずり出される。目を開けようとしたが、何も見えなかった。布の感触。どうやら目隠しをされているらしい。手も縄で縛らているのか、全く動かない。


「………。」


 喉がひりつく。声が出ない。全身が冷たく震えていた。ここはどこなのだろう?何故、こんな事になっているのだろう?


「おい。目隠し取れ。」


「へい。」


 ガサリ、と布が外される。ぼやけた視界が、薄暗い光に染まる。


 目の前には、昼に会ったメガネの男がいた。


 上からぶら下がる小さな電球が、工場のような無機質(むきしつ)な空間をぼんやりと照らしている。鉄骨(てっこつ)がむき出しになった壁、油の匂い。周囲には、無言でこちらを見つめるスーツ姿の男たち。その中には、昼間、僕を追いかけてきたあの筋肉質の男の姿もあった。


「やぁ、また会ったね。こんばんは。」


 メガネの男は、満面の笑みを浮かべていた。


「………。」


ドンッ!


 突然、蹴りが飛んできた。足がしびれるように痛む。


「テメェ!なんか言えよ!俺が挨拶してんだろぉ!『こんばんは』つったら『こんばんは』って言うのが当たり前だろぉぉ!?ガキか?テメェは?あぁん?」


「コ、こん……ばんは」


 精一杯の声を絞り出したが、恐怖でかすれてしまった。涙で視界が(にじ)む。


「おい、イス出せ。」


「へい!」


 メガネの男が指示を出すと、部下らしき男が僕の目の前に椅子を置いた。


「おい!こっち向けよ!」


──バキッ!


 僕の頬を殴る。頬がジンジンする。首が痛い。歯が痛い。口から鉄の味がする。


 男は、一息深呼吸をした。


「いやぁ。すまない。取り乱してしまってね。」


 まるで友人に謝るかのような口調だった。


「さぁ、大樹くん。僕とお話しようか!」

 

 僕は恐怖を押し殺しながら、震える声で尋ねた。

 

「あ………の、ここは、どこですか?あなた達なんなんですか?」


 その瞬間、メガネの男の表情が冷たくなった。


「テメェは、自分が質問できる立場にいると思ってんのかぁ!!」


 再び怒号(どごう)が響く。空気が震える。


「テメェは、俺の質問に答えればいいんだよ!」


 また、男は深呼吸をした。そして、男はポケットから一枚の写真を取り出した。


「大樹くん。この写真の人の事は、知っているかな?」


 メガネの男は、懐からとある写真を取り出した。


 そこに写っていたのは、目つきの鋭い男だった。額には横一文字(よこいちもんじ)の傷跡がある。表情だけで人を威圧するような、凶悪(きょうあく)な顔。だが──僕は見覚えがなかった。


 でも、僕は、この男のことを全く知らなかった。本当に。


「し…知りません。」


「あぁ!?知らばっくれんなテメェ!?」


「………本当に知らないんです。」


「…......そうか!」


 男は、ポケットから何かを取り出した。男が取り出したものに僕は、見覚えがあった。


──メリケンサック。


 よくゲームで見るやつ。拳に着けて攻撃するやつだ。初めてみた


 よく見ると、拳の所には、鋭い棘がついている。


 心臓が跳ね上がる。


「や……やめ──」


ゴッ!!


 視界が揺れた。鈍い音とともに、頬に鋭い痛みが走る。棘が皮膚を貫く感触。


~~~~~~!!!


 頬が熱い。痛い。痛い。


 頬からだらだらと血が滴る。涙が出る。


 男は、僕の髪の毛を掴み、無理やり顔を上げさせられる。


「おい!嘘ついてんじゃねぇ!?テメェ、殺されてぇのか?あぁ!?」

 

 痛みと怖さでどうにかなりそうだった。


「……ほ…ほ…本当に…知らないんです…。ゆ…許してください…。」


「……。よし!次は爪だ!」


 嬉しそうな声。


──カチッ、カチッ。


 背後から聞こえる、ペンチを鳴らす音。


「や、やめ────」


────ベリッ!


 音が耳の奥に響いた。


 鋭い痛みが指先から脳天(のうてん)まで駆け抜け、息をするのも忘れる。目の前がチカチカと明滅(めいめつ)し、胃の奥が反転するような感覚に襲われた。


 喉の奥で何かが引っかかる。叫び声にならない悲鳴が漏れた。


 露出した皮膚が空気に触れ、焼けるように熱い。


「次は、どの指にして欲しい?」


「………ほ……本当……に…何も知らないんです……。」


「ふーん。」


 メガネの男は、少し考える素振りを見せた。


「じぁ、昨日って何してたんだい?」


 メガネの男は、聞いてきた。


 痛みに邪魔される思考を必死に巡らせる。昨日……? 一昨日……? 何をしていた……?


 何も思い出せない。


 なぜなら、寝ていたから。


 記憶などあろうはずもない。


「………ね、寝てました。」


 沈黙。


 男は、僕の服の襟元(えりもと)を摑む。


「ほ、本当です!僕は、あの、一度寝たら数日間起きない体質で!今日起きたんです。昨日1日中寝てたんです!本当です!信じてください!」


 僕は、大声で弁解(べんかい)した。死ぬ気で。


 必死で訴えた。命懸けで。


 男はしばらく黙ったままだった。しかし──


「あぁ!そういう事か!」


 急に笑顔になった。


「わ、わかってくれましたか……?」


「うん!うん!分かったよ!」


 瞬間。


──バキッ!


 再び、頬に衝撃が走る。血が流れる。


「……な、なんで…………。」


「んー?取り敢えず、君のこと殺さないように拷問してから親父に受け渡す事にしたよ。」


 絶望。


 理不尽。理解不能。


 なぜ? 僕が、何をしたっていうんだ……?


 カチッ、カチッ。


 再び、ペンチの音が鳴る。


──バンッ!


 突然、破裂音が辺りに響いた。視界が暗くなる。


 カラカラカラ…。

 

 割れた電球の破片が床に落ちる音が、静寂の中でやけに響いた。


「誰だ!」


 男たちが懐に手を突っ込み、銃を取り出す。


── ヒュッ! ドスッ!


 何かが飛ぶ音。そして、ドサッと人が倒れる音。


「ちッ! 田中がやられた!」


 (あせ)りに()ちた声が響く。


── ヒュッ! ドスッ!


「グハッ!」


 前方で誰かが崩れ落ちる。徐々に視界が慣れてきた。よく見ると、倒れた男の喉元にナイフが深々と突き刺さっている。


── ヒュッ! ドスッ!


 まただ。次々とナイフが飛び、周囲の男たちが倒れていく。


 男たちの足元には、いつの間にか血の海が広がっていた。


「くっ…!逃げるぞ!」


「「へい!」」


 メガネをかけた男たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 た……助かった………のか……???


 静寂(せいじゃく)が訪れる。


スタッ、スタッ、スタッ


 足音がする。一定のリズムで、確実にこちらへと近づいてくる。


「…だ、誰で──」


「静かにして」


 低く冷たい声が、僕の言葉を(さえぎ)った。


 女性の声だった。


 その人は僕の腕を縛る縄を切ってくれた。僕は、後ろを振り向く。


 振り向いた僕の目に映ったのは──


 (すずめ)の面を被った、黒いフードの女。


 まるで生きているかのように僕を見つめる、リアルな雀の面。


 怖い…。でも、お礼を言わなくては…。


「た、助けてくださって、あ、ありがとうございます。」


 震える声でお礼を言うと、彼女は無言のまま歩き出した。


スタッ、スタッ、スタッ


 歩く音が響く。


スタッ、スタ………。


 彼女が立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「あんた、もう街に近づかない方がいいよ?」


 何だったんだ……?


 というか、あの面の人誰だ…?


 何で助けてくれたんだ…?


 疑問が次々と浮かぶ。目で彼女が歩いていくのを追う。


 だが──


 その時、視界の端で何かが(うごめ)いた。


 倒れていた男の一人が、微かに動いている。


銃口を、彼女に向けて──!


 僕は、痛む体を動かし、彼女に駆け寄る。


「危ない!!」 


 ドンッと彼女を押し倒す。


「え?」


──バンッ!

 

 響く銃声。

 

 僕らは、倒れる。彼女の面が外れカラカラと転がる。


 乾いた銃声が響いた。


 僕らは床に転がり、彼女の面が外れてカラカラと床を転がる。


「くっ…!」


 彼女はすぐに懐からナイフを抜き、鋭く振るった。


── ヒュッ! ドスッ!


 男の喉元に突き刺さるナイフ。


「グフッ…。」


 男は二度と動かなくなった。


そして──


 窓から差し込む月明かりが、彼女の顔を照らす。


「──!」


 息を呑んだ。


 綺麗な瞳だった。吸い込まれるようなそんな…。


 月光に照らされ、青みがかった髪フードの奥でが淡く輝く。


 小さな顔立ち。可愛らしい顔をしていた。


 心臓の音が速くなる。


 なんだろう……?


「…。どいてくんない?」


 彼女が少しムスッとした顔で言った。


「あ、あぁ、すみません。」


 慌てて身を起こすと、彼女は乱れた服装をを直し、プイッとそっぽを向いた。


「…。ありがと…。でも、もう会うことないから。じゃね。」


 去っていく背中を見つめる。


 胸の高鳴りが止まらない。


 鼓動が全身に響く。


「待ってください!」


 気づけば、声が出ていた。


「なに?」


 ゆっくりと振り向いた彼女を見つめながら、僕は、初めて自分の気持ちを理解する。


「好きです。一目惚れです。」


 僕は、この音が恋の音だと悟った。


 静寂が落ちる。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 彼女の顔が、真っ赤に染まった。


 雀の面の女の子。


 命を救ってくれた謎の女の子に、僕は恋をした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ