第5話 走れ
走れ。とにかく。
後ろから奴の怒号が聞こえる。
振り返る余裕などない。考える時間もない。ただ足を動かせ。
細い路地に飛び込む。入り組んだ道は逃げるには最適だが、行き止まりの可能性もある。いや、それどころか相手に回り込まれるかもしれない。しかし、そんなことを気にしている余裕はない。
「待ちやがれッ!!」
遠くで怒鳴り声がする。
とにかく走るしかない。右へ、左へ、無我夢中で走り続ける。自分がどこを走っているのかも分からない。
ふと、後ろの怒号が消えていることに気づいた。
足を止めた途端、全身を襲う疲労。荒い呼吸が肺に負担をかけ、激しくむせ込む。
彼は、いったい何なのだろうか…?
追いかけてきた男は、スーツを着ていたが、普通の社会人には見えなかった。鋭い眼光、殺気立った声
──明らかに異質な存在。
そのとき、昼間に交わした会話が脳裏をよぎる。
「襲撃された暴力団の関係者が、犯人を探しているらしい。」
もしかして、さっきの男が……?
いやでも、だとすると、何で僕を追いかけたんだ?人違い?でも…
「見つけたぞ……!!!」
確かに、そう言っていた。僕の顔を見て言っていた。
俺は……狙われている?
いやでも、だとすると、何で僕を追いかけたんだ?
全身が粟立つ。冷たい汗が背中を伝う。あの怒号が、頭の中でこだまする。
──怖い。
生まれて初めて味わう、"命を狙われる"という恐怖。
……奴が追ってくるかもしれない。
そう思い、足を踏み出した、その瞬間。
「ゴッッ!!」
鈍い衝撃が頭蓋を直撃した。
視界が揺れ、足元が崩れるように力が抜ける。膝が折れ、身体が地面に叩きつけられる。
耳鳴りがする。世界がぐるぐると回る。何が起きたのか、一瞬理解できなかった。
ぼんやりとした意識の中、血の匂いが鼻を突いた。温かい液体が額を伝い、地面に滴るのがわかる。
視界の端に、誰かの影。
ゆっくりと顔を上げる。霞む視界の向こう──目が合った。
「やぁ!」
笑っていた。昼間に会ったメガネの男が。
にんまりと口角を上げ、バールを肩に担ぎながら、俺を見下ろしていた。
ああ、意識が………沈ん………で……。




