第4話 危険信号
修さんと別れた後、僕は家電量販店へと足を向けた。何か色々とあったが、もともとの目的は壊れた電子機器類を買いに行くことだ。
いつ眠くなるかわからないこの体質。だからこそ、急がなくてはならない。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
「こんにちは」
振り返ると、そこにはメガネをかけた男性が立っていた。清潔感のある服装、整った顔立ち──仕事が出来そうな社会人といった印象だ。
僕は、びっくりして、思わず一歩後ずさる。
「あ、あごめん。驚かせるつもりは、なかったんだ。」
とメガネの男は申し訳なさそうに眉を下げた。
「す、すみません。いったご要件で?」
僕が恐る恐る尋ねると、彼は僕の顔をじっと見つめ、口角を上げた。
「いやぁ〜。知り合いに顔が瓜二つだったので、声をかけてしまってね。申し訳無い。」
「あ、そうですか。」
どうやら、人違いで声を掛けたらしい。僕に顔が似た人なんているのか…。
「いやぁ〜ごめんねぇ。」
メガネの男は軽く頭を掻きながら、ふと周囲を見回した。
「それはそうと、最近、ここも物騒だから気をつけなよ?」
「え?」
「ほら、ここら辺で暴力団が襲撃を受けたって、ニュースでやってなかった?」
その瞬間、今朝見たネットニュースが頭をよぎる。
──【大山組襲撃で多数死亡 抗争激化の可能性も】──
「……こ、ここら辺だったんですね」
「あ、知らなかったんだ。気をつけなよ?ここら辺、襲撃された暴力団の関係者が犯人を探し回ってるって言うし。」
僕の背筋に冷たいものが走った。
「そ、そうなんですか…。」
「まぁ、気をつけなよ?」
そう言うと、メガネの男は踵を返した。しかし、ふと足を止め、振り返る。
「あ、最後に君の名前を聞いても?」
「えっと……田中大樹です」
僕が名乗ると、彼はじっと僕の顔を見つめ、口元に笑みを浮かべた。
「ふーん。そうか…。」
一瞬の静寂。
メガネの奥の瞳が、冷たく光ったような気がした。
嫌な予感がする。僕は、その場を離れるように足早に歩き出した。振り返ることはしない。ただ、できるだけ自然に、しかし確実に距離を取る。
幸い、家電量販店まではすぐだった。目的はただ一つ──壊れたキーボードやマウス、スマホを買い直すこと。さっさと済ませて帰ろう。
店内に入ると、暖房のぬるい風が体を包み込んだ。入り口近くに建物内の地図があり、電子機器コーナーは3階にあることがわかる。
エスカレーターを探しながら歩くと、店内には家電製品だけでなく、生活用品や服まで売られていることに気づく。まるでショッピングモールのようだ。色んな会社の店舗が立ち並び、ただ歩いているだけでも楽しく感じられた。
やがて、エレベーターを見つけ、上へ向かうボタンを押す。ドアの上部にある液晶が点滅し、エレベーターが6階から降りてくるのがわかる。
エレベーターが降りてくるのを待つ。
待つ間、今日一日を振り返る。
── キーボードとマウス、スマホにコーラをぶっかけ、壊した。
── 久しぶりに街へ出たら、見知らぬ男にご飯を奢ることになった。
── さらに、妙なメガネの男に話しかけられ、物騒な話を聞かされた。
色んな事があったぁ。すごい。とても。
そんな事を考えているとエレベーターの到着を告げる「ピンポーンッ」という音が鳴った。
ドアが開く。
それからの行動は単純だった。エレベーターで3階へ上がり、電子機器コーナーでキーボードとマウス、新しいスマホを購入。壊れたスマホのデータは店員さんに頼んで移してもらったが、料金の説明などで意外と時間がかかった。
外へ出ると、空はすでに薄暗くなり始めていた。
「早く帰ろう……」
疲れもあるし、何より眠気が襲ってきている。まずい。眠気が限界を超えると、その場で意識を失ってしまう。そんな事態は絶対に避けなければ。
バス停へ向かうため、歩道を歩く。
ぼんやりとした意識の中、前方に異様な男の姿を見つけた。
途轍もなくデカい。まるでプロレスラー。いや、それ以上に鍛え上げられた筋肉の塊がスーツを着て歩いている。普通の人ならスーツのシルエットに隠れるはずの筋肉が、布越しにもはっきりと形を成している。
何か、すれ違うのやだなぁ…。
そんなふうに思ったのもつかの間、男の歩くスピードが上がった。
こっちに向かってきている。
足が止まる。反射的に後ろを振り返る。
誰もいない。
男の目線が僕を真っ直ぐ捉えている。
どう考えても、僕の事を狙っているようにしか思えない。これ、逃げた方が良いのでは?
男がどんどん近づいてくる。
頭が警告を発する。けれど、体は動かない。
次の瞬間、男がさらに加速した。
男は、筋骨隆々の体をしながらも凄いスピードでこちらに向かってきている。その姿は、まるで暴走するダンプカーだった。
「見つけたぞ……!!!」
怒号が響いた瞬間、僕の足は本能的に地面を蹴っていた。
── 逃げろ!!!
僕は、自分の持っている荷物を投げ捨て走った。
背後から響く、地鳴りのような足音。
男は速い。僕より遥かに体が大きいのに、異常なスピードで追いかけてくる。
心臓が暴れ、喉が渇き、息が切れる。
でも、止まったら終わる──そんな確信だけが、僕を走らせていた。