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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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砦での準備

◇◇◇


 イクリス達が砦の外に出ると、いくつもの炉がおかれ、そこにスープ鍋が掛けられていた。

 炉に掛けられた焼き網の上で、鹿肉と猪肉が焼けている。調理担当兵が肉を削いで、パンにはさみ、プルーンのソースをかけて次々に手渡していく。

 スープにはモツとジャガイモと玉ねぎがゴロゴロ入っていて、ボリュームがたっぷりだ。充分満足感が得られる量になっている。


 砦の兵たちは、初めての美味に大喜びしていたし、本隊の者達は久しぶりの肉料理に沸き立っていた。

 その様子をキルンの捕虜は羨ましげに見ている。

 捕虜たちの食料の工面と、捕虜を減らす手立てを考えないといけないが、なかなか難しい問題だとイクリスは、その様子を見て考え込んでいた。


 ロマンがイクリスの元にやって来て、鹿と猪のどちらの肉がいいか聞いてきた。


「簡単な料理で申し訳ありません。しかし聖騎士団の狩りの腕はぴか一で、殆どが矢一本で仕留められていて、肉の状態が最高でした。味は保証できます」


 イクリスはロマンをねぎらってから、シカ肉を頼んだ。

 イクリスに渡された食事は、非常に品よく皿に盛り付けられていた。他の兵士に配る物とは見た目からして違う。

 伯爵とアダムも、同じ待遇を与えられていた。二人は猪を選んだ。

 この簡単な料理を食べてから、伯爵が言った。


「本隊が陽気な雰囲気だった理由をがわかりました。これにワインがあれば、立派な御馳走だ」



 次の日から、侵攻の準備が急ピッチで進められた。

 遠征軍にはちゃっかりとケインも加わっている。伝令として、やってきたのだ。


「レンティスから援軍が届き、エドワード殿下と、レンティス軍の軍団長が軍勢を率いて来ています。首都の守りは十分なので、私は遠征軍に加わるようにと、セレウス殿から仰せつかりました」


 真面目に伝令らしい報告をするケインを、アイラが胡散臭げに睨んだが、ケインはすましている。

 イクリスも一瞬疑ってしまったが、さすがにそこまで命令違反はしないだろうと思い直した。


「ケイン。普通にしていいよ。それでセレウス殿には、実際何て言われたんだ」


「そのままです。首都の守りは十分。その通りだと思います。遠征軍のほうがずっと危険なのだから、ブルーシャドウは揃っていた方がいい。それはセレウス殿、エドワード殿下のお二人から言われました」


 それには、イクリスも同意した。


「わかったよ。じゃあ、ケインの役目を考えよう。それまでカイルと一緒に情報収集にあたってくれ。それと、ミラの爆薬の実験に付き合ってやってくれ」


「あの女、はしゃぎ足りていないんですか?」


「私たちが到着した時には、ここを囲んでいた敵は、制圧されていたからね」


 じゃあ、欲求不満の塊かと呟き、ケインがうろたえた。

 以前に手伝った時、危うく吹き飛ばされかけ、それからケインは警戒しているらしい。

 ミラは大雑把に、ブルーシャドウなら避けて当たり前、くらいに考えているようで、手伝いは危険この上ない。

 しかしケインには緊張感を与えておかないと、すぐにだらけるので、それくらいが丁度いい。



 侵攻計画の基本方針は、なるべく民衆に被害が出ない行軍をし、城を囲んだら一気に攻め落とす、というものだ。

 こちらの大部隊に突っかかってくるには、それなりの人数が必要だが、キルンの兵力は既に半減している。城はここから五日の距離にある。兵力を分断したら不利なので、たぶんどこかで決戦を仕掛けてくるだろう。できれば、市街地に入るまでに片をつけたい、とイクリスは考えていた。


 ロマンとカイルを兵站・情報部門の顧問として組み込んだ成果で、組織は劇的に改良されている。

 この状態なら、大軍をどう進めても、困ることはなさそうだ。


 食事の支度や野営の手間を省き、素早い行軍もできる。だがその場合は、市街地が戦場になる可能性が高まる。結局ゆっくりの進軍で、敵軍を郊外に引きずり出す方を選んだ。


 城に至るまでに通る領地は5カ所で、その各々と当たりながら進むのは面倒だった。それでイクリスは、ミラの手伝いをしているケインを、呼び出した。


「ケイン。命令を与えよう。進路に当たる領地の懐柔を任せる」


「どうやって、でしょう」


「方法は任せる。無駄な戦闘はしたくない。回避できればそれに越したことはない。人員が必要なら、いくらでもつけよう」


「では…...捕虜の中に入って、情報を集めます。それで何か見えてくると思います」


 それはいい思いつきだとイクリスは感心した。やはりこういう仕事でこそ、ケインの本領が発揮できる。


「必要な物があれば、何でも言ってくれ」


「それなら、捕虜の食料係を、俺に任せてください」


 ケインがどうするつもりなのかはわからないが、ケインのことだから、何とかしてくれるだろう。彼は時々ひどい悪ふざけをするが、頼りになる男なのだ。


「頼んだよ。頼りにしているんだからね」


 ケインがびっくりしたような顔をした。

 驚かれた事に、イクリスのほうも驚いたが、すぐにミラが食ってかかってきた。


「イクリス様、ひどいです。私にはそんな事言ってくれないのに。ケインなんかに」


 その言葉で、イクリスは今まで感謝の言葉が、足りていなかったようだと気付いた。


「ごめん。いつも心の中で思っているだけで、言ってなかったみたいだね。もちろんミラも頼りがいのある仲間だよ」


 ミラが、イクリス様、と言ってドーンと抱きついてきた。こういうのは毎日の訓練の組手でやっているので、目新しくは無い。

 背中をポンポンと叩いて、いつもありがとう、と耳元で労いの言葉を掛けた。


「アメとムチのアメですね、これは。マーガレット様への手紙に追加します」


 抜群に強いため、基本的に男枠に分類されるミラの、乙女な部分がイクリスに反応するらしい。それと波長が同じなマーガレット王太子妃も、なかなかの女性だと思う。

 ゼノン負けるな、とイクリスは心の中で、彼女の夫である従兄を応援した。


 この後、ケインとミラが、褒められたと盛大に吹聴して回ったので、ルーザーにしょげられ、アイラに嫌味を言われ、カイルに無視された。


 言葉を惜しんではならないのだ。

 先の二人の2倍ほどの感謝の言葉で、やっと三人に納得してもらえた。


 アダムと伯爵が、笑いながら見ていたが、伯爵が、主従というのとは少し違うのですね、と言う。


「初め、皆は私の護衛だったのですが、一緒に事件に対応している内に、チームになったようです。私がリーダーなのかな」


「そりゃあ、そうでしょう」


 ケインが言うと、皆から当たり前でしょ、と声が上がった。


「だけど王になったら、もっと恭しく接しないと駄目ですね」


 ミラが残念そうに言う。


「今のままでいいよ。そんなに長いことではないのだ、気楽にいこう」


 そう言うと、それもまた残念だと言う。


 そのうちにロマンが、夕食のワゴンを引いてやってきた。

 またミラが自慢すると、ロマンがすがるような目でイクリスを見つめた。


「ロマン、いつもありがとう。私はもう君なしでは生きていけないよ。本当に感謝している」


「では、もう一皿、最高級の料理を作ってきます」


 そう言ってロマンは、部屋を飛び出して行ってしまった。

 ここ数日の食事で、ロマンの腕前を知っている伯爵が、目の前の料理を見ながら唸った。


「これ以上にすごい料理が出てくるのか? 出てきそうだな......」


「だから言ったでしょ。イクリス様には最高級の品しか出さない奴だって。イクリス様の傍に居ると、確実に美味しいものにありつけるのです」


 ルーザーが笑いながら、ワゴンを押して料理を配膳し始めた。その姿が堂に入っている。彼はとても強そうなのに、なぜかこういう動作も、しっくりと馴染んで見える不思議な男だ。

 

 イクリスはぼんやりとその様子を見ながら、人は複雑で面白いなと思っていた。


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