カーンのお披露目
「ブルーネル公爵様。今日のイリス様の活躍には、驚きましたわ。あんなにお強いなんて知りませんでした。女性が指揮官というだけで驚きましたのに、格闘技まで強いなんて」
口々に夫人たちが話しかけ、イリスを褒める。お礼を述べつつ軽く受け流している公爵も、それが横に立つカーンに対する興味ゆえなことは、承知しているようだった。
御婦人方の視線がチラチラと行き来している。カーンは鷹揚にそれらを受け止め、ニコッと微笑んで見せた。パアッと華やいだ空気が辺りを包み、婦人方が一歩前ににじり寄ってきた。
「ご紹介が遅れて申し訳ない。これは私の遠縁の者でカーン・バークスと申します。最近こちらに出てきまして、我が家に逗留しております。
カーン、こちらはモアラ・ジェンキン伯爵夫人とお嬢さんのマーラ嬢とナタリア嬢、こちらはナディア・ノルツ侯爵夫人」
カーンが挨拶を返すと、まあ、という声の後、沈黙が続き、事情が了解されたようだ。
一人の御婦人が、皆が聞きたいもう一つの質問を口にした。
「カーン様には、御兄弟はいらっしゃいますか? 以前、よく似た方の噂を小耳にはさんだことがありますのよ」
「多分、それは私の兄、イクリスの事ではないでしょうか。三か月ほど前に、所用で何回かこちらに来ていましたので」
マーラ・ジェンキン嬢が嬉しそうに話し始めた。
「私、一度姿を御見掛けしたことがあるんです。ブルーネル家の騎士達に号令しておられて、とにかく目立っていました。ブルーネルの方々は、皆様カリスマ性がありますわね」
ちょっと意外に思いながらイリスはその話を聞いていた。それは多分、バイエルから帰国した時の事だ。制服を借りてブルーネルの騎士団員に紛れ、目立たないようにしたつもりだったのだ。
「イクリス様もこちらにいらっしゃるのですか?」
「いえ、今回は私だけです」
あまり色々話さないほうがいいので、適当に濁して、話を切り上げようとした。ところが、思ったより相手の追及が激しい。
「イクリス様は、またこちらに来られます?」
「あ~。そうですね......」
そこに、ちょうどよいタイミングでゼノンと弟たちがやって来た。たぶんカーンを見に来たのだ。
早速父がゼノンに挨拶をして、それまでの会話を遮ってくれた。
「ゼノン王太子殿下。本日はお疲れさまでした。模擬戦は兵の訓練になりましたか?」
「ありがとう。とても有意義な訓練でした。残念ながら戦いには負けましたが、得る物は多かったです」
ゼノンたちがちらっとカーンの方を見る。
「ご紹介させていただきます。私の遠縁のカーン・バークスです」
「初めまして。カーン・バークスと申します」
ゼノンは、カーンの全身を無遠慮に眺めまわした。王というものは皆そうなんだろうか。
「イクリスよりましだな。奴よりは若い」
「お褒めの言葉、まことに光栄でございます」
テリーとノエルが恐る恐ると言う感じで近寄って来た。
「シモンにすごく似ている。まるでシモンが成長した姿のようだ。イクリスに対しては、そんな風に思わなかったんだけど」
父が寄って来て、今度は叔父としてゼノンたちに向かい合い、全員を、炉のある方に誘導して行った。
「さあ、今日は好きなだけ食べてくれ。昼間、あれだけ動いたから腹が減っただろ。ロマンの料理は絶品だよ」
ゼノンが振り向いた。
「知ってます。元は家の料理長だもの。こいつが引っ攫って行かなければ、今もね」
公爵が遠慮なく笑った。
「イリスをあっちに行かせて良かったことのひとつだな。いや最大の収穫だ」
笑っている公爵とぶっちょう面のゼノンたちと一緒に、ロマンが陣取っている炉の前に到着した。ここが一番にぎわっていて、順番待ちの状態だ。
貴族にとって、食事で順番待ちなど、経験したことのない事態なのだが、前評判と匂いと雰囲気で、ここは並んでもと思わせるものがあるのだろう。
公爵達が前に出て、料理の注文をすると、給仕係の者が手際よく肉をそぎ、指定されたソースをかけてくれる。
ゼノンたちの額の縦じわも綺麗に消えて、料理への期待に頬がほころんでいる。
カーンも、鹿の肉を切ってもらい、黒スグリのソースを頼んだ。付け合わせには、キノコとマッシュポテトとグリーンピースを選んだ。
炉端のクッションを積んだ特等席に座って料理を食べていると、ロマンがこちらにやって来た。
「公爵様、皆様、ようこそ。なんでもお好きなものをご注文下さい。出来る限り、ご希望に沿うようお作りいたします」
そう言いながら、目は頻繁にカーンに向けられている。
ロマンは自分を見てどう思っているのだろう。イリスだったら頼まない苦手な食材を注文して試してみることにした。
「ターキーのグリルがあれば、一切れください。それと付け合わせは人参のグラッセを」
ロマンがさっと動き、手早く調理をして盛り付けていく。公爵やゼノンたちは、イリスがターキーも人参も苦手なのを知っているので、興味津々だ。ロマンも同じくそれを知っているが、何も言わずに皿をカーンの前に差し出した。
手渡された皿のターキーを一口切って口に入れ、カーンが唸った。
「おいしい。すごいな」
そう言ってから、人参も口に運んだ。嘘みたいだが、苦手な人参を美味しいと感じ、カーンは再び唸った。
思わず、うまいから食べてみろと、横にいたテリーに勧めた。彼も人参が苦手なのだ。
テリーも一口食べて、うまい、と言った。ロマンは間違いなく天才だ。
そこにルーザーとルイス嬢がやって来た。手を繋いで、いかにも幸せそうだ。
二人はまず王子達に、次に公爵へと挨拶した後、カーンを見て口ごもった。
「ルーザー、カーンだ。イクリスの弟だよ。よろしくな」
イクリスの変装を知っているので、ルーザーはすぐに事情を呑み込んだ様子で、初対面の挨拶を交わした。
「イクリス様にも公爵様にもよく似ているが、違いますね。明日の結婚式にはご出席いただけるのでしょうか」
「まずは、おめでとうございます。明日は残念ながら、抜けられない用事があり、出席できません。後日、兄と二人で祝いの品を送らせていただきます」
「ありがとうございます。イリス様にもよろしくお伝えください」
二人はまた手を繋いで他の人に挨拶に向かった。見つめ合って幸せそうな様子は、見ている者も暖かい気分にさせてくれる。
ゼノンがまた嫌味を言い始めた。
「カーン、お前も早く相手を見つけろよ。男でも女でもいいから」
「前にも言ったと思うけど、女に興味はありませんよ」
ざわっと、周囲の空気が揺れた。まずい、今は男だった、と思い出したが遅かった。
公爵以下、オーッという口をしている。まあ、特には、問題がないから? とカーンはそれで押し通すことに決めた。カーンは男色家だ。
思っていたのとは違うが、イクリスとカーンが全く別の人格を持ち始めている。
作戦的には好都合なのだが、カーンは幾分複雑な気分だった。
読んでいただきありがとうございます。続きは1月4日からになります。




