アダム殿下への疑惑
王はその話題を避けたい様子だった。
「国教以外の宗教は取り締まらないと。レンティスは他の宗教にも寛容だと聞いているが、トラブルは無いのかね」
「特には聞いていません。国民の大多数は教会に帰依していますし、王権とのバランスも取れています。教会の力が大きくなりすぎるのは危険な事ですが、今の神官長様は抑制の効いたお方ですから、問題は起こらないでしょう」
それは羨ましいと呟き、酒のおかわりを使用人に言いつけた。
カーンも同じ物を頼み、運ばれてきた新しいグラスを手に取った。王の飲んでいた酒はウイスキーで、香りの良いものだ。
「このウイスキーは初めてです。この国の物でしょうか。とてもおいしいウイスキーですね」
「我が国で一番うまいウイスキーですよ。お土産にいかがですかな」
よい土産になりそうなので、大量に購入して帰ろうとカーンは決めた。
遅れてやってきたアダムに、王が気楽な調子で聞いた。
「遅かったな。何をしていたんだ」
アダムはちょっと、とだけ言って、酒を注文した。王やカーンと同じウイスキーを選んでいたので、ウイスキーの話をふってみたら、嬉しそうに話しはじめた。
製法や材料、香り付けなどを滔々と話してから笑って言った。
「このウイスキーには自信があるのです。私の友人の家が作っている品です」
「国への土産にたっぷり買い込みます。大量に買ったら割引してもらえますか」
カーンの言葉に王が笑い出した。
「カーン殿は素直だが、しっかりしている。アダム、口をきいてあげなさい」
アダム殿下がハハッと軽く笑った。
「話している内に、気持ちよくカーン殿の言うがままにされそうです。商売人向きですね」
それは初めて言われた。
どちらかといえば、取っ付きにくいタイプなのだと思っていた。こんな風に言われるのも、カーンに変装しているせいだろう。たかが変装しただけで、こんなに違うのだろうか。
変装の達人、アイラに聞いてみなければ。
「ところで、イリス嬢は黒髪なのですか?どこかで茶色の髪をしていると聞いたことがあったような気がするのですが。聞き間違えたのかな」
茶色の髪ということは、つまり誘拐事件を知っているのだろうか。キョトンとした顔で首を傾げて、カーンは王の顔色を伺がった。
王の表情はごく普通で、今の話題に何か感じた風でもない。これはどういうことだろう。
「さあ、イリスは黒髪ですけど。どちらでその話を聞かれましたか?」
アダムは目に見えて狼狽した。
「いえ、他の方と混同してしまったようです。失礼しました」
慌てるアダムに王がニヤッとしながら追い討ちを掛けた。
「髪の色さえ把握せずに釣り書を送ったのか?もう少しちゃんと調べてからでないと、相手の女性に失礼だぞ」
カーンはアダムを助けようとして言ってみた。
「政略結婚はそういうものでしょう。条件だけで選ぶわけで、容姿等は二の次ですよね」
「そう言われると、身も蓋もない。なんだか私は情のない、ひどい男のようではありませんか」
情けない声でそういうので、王とカーンは笑ってしまった。
その後、数杯お代りをした頃、またアダム殿下がその話を蒸し返した。
「イリス嬢は、か弱いウサギのような雰囲気の女性だと聞いたのですが、それも違うのでしょうか」
か弱いウサギ、それは大柄でメリハリの効いた体つきのイリスから受ける印象としては、あり得なかった。誘拐事件で間違えて拐われたマーガレットの方がそれに近いだろう。
ほっそりしてかわいらしい雰囲気のマーガレットなら、そう言われてもおかしくない。ここは、どう受け答えするのが良いのか、カーンは迷った。
「一時期体調を崩して、痩せてしまったと聞きました。ロブラールにいた頃のことなので、私は見ていませんが、そんな印象でイリスは語られているのでしょうか」
「ああ、そういうことなのですね。カーン殿に似ているのに、か弱いウサギのようだというのは結びつかなかったのです」
カーンは、ウイスキーのグラスを揺らし、香りを吸い込んだ。
「それでは私はどんな印象なのでしょう」
「ヒョウのような印象、ですね。華やかだし」
王が、私は違うぞと言い、
「男鹿のようなイメージだな。角が立派な」
カーンは、笑った。
「どちらも、格好が良くて気に入りましたよ。ありがとう御座います」
アダムが笑いながら言った。
「カーン殿には兄上がいらっしゃると伺っておりますが、その方はどんな印象なのでしょう」
イクリスのことだ。誘拐事件以降、レンティスでイクリスの名は出回っているので、バイエルの王族が知っているのも当たり前だった。さて、彼はどう思われているのだろうか。
「兄のイクリスは、落ち着いていて静かな質なので馬かな」
「馬は軍馬から荷運び用まで色々ですが、軍事力を誇るブルーネルの一族なら、軍馬でしょうね」
どうだろうか。イクリスという人物は大人しい印象だなと思いながら、カーンは返答した。
「大人しくて、気まじめなタイプです。私からしたら、牧場で草をはんでいるイメージですよ」
「では、カーン殿から見たイリス嬢は、どんな印象ですか」
「ウ~ン、子牛かなあ。白黒ブチの」
子牛? と言って、またアダムが何か考え込んだ。
「アダム殿下は、イリスの噂が本人から乖離していて、驚かれているようですね。そのズレた噂話の出処はどこでしょうか」
「いや、あちこちで聞きかじったような気がするだけで、何処というわけでもないのです」
王が、苦笑まじりでアダムをたしなめた。
「噂というのは不思議なもので、人の口を通過するごとに変わっていくものだ。うのみにしないことだな。今回イリス嬢に関しては、それが顕著なようだから、お前も反省しなさい」
話をすればするほど、誘拐事件に関しては王が無関係で、アダムが関与しているように思われる。
こちらに来る前は、王の主導でレンティスを狙っている構図を想定していた。
イリスを狙った犯罪が、マイルズ殿下の母親の事件と似ていたからだ。たぶん同一人物によるプランだと思う。アダム殿下は、その当時四歳かそこらなので、彼が関係しているはずがない。
わからないまま焦ると碌なことがないので、探りを入れるのは後日に回し、うまい酒を堪能することにした。
「このウイスキー、本当にうまいですね。1本部屋に届けていただけないでしょうか。警護の者たちをねぎらいたいので」
だいぶ顔が赤くなっている王が、カーンの背中をバンと叩いた。
「思いやりの心もお持ちとは、いや、見た目通りのいい男ですね」
これは、大分酔いが回っているな、と苦笑いしながら、ありがとうございますと返しておいた。
ふとアダム殿下が、少し驚いたような目でカーンを見ているのに気付き、どうかしましたかと目で問いかけた。
「いや、今背中を叩かれて、びくともしなかったので驚きました。ほっそりとされているのに、体幹がしっかりしているのですね」
「ああ、少しですが訓練を受けていますから。騎士のようには行きませんけれどね」
「騎士といえば、カーン殿の護衛のリーダーは、立派な風采をしていますね。我が軍にもぜひ欲しいくらいだ」
「彼に対する引き抜きの誘いは、イリスへの求婚よりずっと多いのです。面倒なのか、全然動く気がないのがありがたい」
カーンが笑いながら言うと、アダムは一層羨ましそうな顔をした。




