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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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謁見

 カーン達一行はバイエルに到着し、予約していた宿に入り、謁見用に用意した衣装に着替えていた。


「カーン様。試着した時よりずっと素敵です。旅の間にまた雰囲気が少し変わりましたね」


 着替えを手伝っていたアイラがそう言ったが、カーン本人にはピンとこない。

 マジマジと鏡を見たが、全くわからなかった。


「どんな風に変わったのか教えてくれないか。自分では分からないよ」


「華やかさがというか、色気が増したのかもしれませんね。そうだ、髪形を少し変えましょう。髪をもっとキュッとまとめて、顔周りをスッキリさせましょうか」


 今はイクリスと同じように、後でゆるくまとめている。

 それをアイラがキッチリまとめて縛ると、それまでより明るい雰囲気に変わった。鏡に映る自分の姿に満足して、カーンは笑った。


「1歳くらい若返っていない? こっちのほうがいいね」


 アイラは同意してから言った。


「色気と魅力が増したカーン様を、私は主に男性から守らないといけないとして、ですね。カーン様は男性からのアプローチを、上手くあしらえますか? 私はそれで手一杯なので、女性からのアプローチは、自力で対処してくださいね」


 それはそうか、とカーンは納得して、女性は自分で何とかすると約束した。

 二人は部屋から出て、続き部屋の応接室で、他の者たちを待った。しばらくしてドアがノックされ、同行するメンバーが揃って入ってきた。


 先頭のルーザーは、公式用の華やかな服装をしている。ただでさえ目立つ男が正装すると、その後ろに軍隊を率いているような錯覚を起こしてしまう。


 ミラは、可愛い女性騎士に見える。赤い上着に淡い茶色の髪の毛がゆるくウエーブしてふんわりとかかっている。彼女はとても初々しく見える。

 他の騎士たちも、全員お揃いのブルーネル公爵家の騎士服を着ている。今回新調した物なので、パリッとして、男ぶりが2割増しだ。


 カーンの横に座るアイラは、悪い男なのを隠した有能な従者という様子だ。色気にあふれているのに、目つきは鋭く冷静に周囲に気を配っている。

 これはカーンに手を出しそうな男を警戒しているせいでもあった。そのため、余計に複雑な人物に見えていた。


「では、出掛けようか」


 カーンに続いて、ぞろぞろと宿から出て、カーンとアイラが馬車に乗り込み、それ以外は騎馬で従う。

 道行く人々は立ち止まり、周辺の店の窓には覗く人の顔が連なった。それほど見応えのある一行だったのだ。


 王宮の門で、王からの招待状を見せて門をくぐり、幾つかの門を越えたところで馬車から降りた。馬を使用人に預け、歩いて宮城前に向かうと、入り口に迎えの者が待機していた。


「レンティス国、ブルーネル公爵家の使者様ですね。お待ちしておりました。私は宰相のミグレ・ノリスと申します。お越しいただきありがとうございます」


 お辞儀をして、丁寧に挨拶した。


「カーン・バークスと申します。公爵より書状を預かってまいりました」


 挨拶が終わると、そこから控室に案内された。約束の時間より1時間ほど早めに来たので、控室で待たせてもらうことになる。部屋に落ち着いて少しすると、侍女数人がお茶の用意を持って、部屋に入ってきた。

 パッ、と侍女たちの頬が赤くなった。一体誰を見て赤くなったのかは不明だが、今回の面子は顔で選んでいるので、分からないではない。


 娘を心配する親心で、公爵は見栄えのする男で周囲を固めて、カーンを目立たなくさせようと考えたらしい。アイラは反対したが、自分自身も同じ戦略をとっているくせに、と言われて負けたと悔しそうに言っていた。


 そういうわけで、目立つことこの上ない集団が出来上がったのだ。

 この先、群がるだろう男と女からカーンを守るために、アイラは常時同行する事になっていた。

 

 アイラが溜息交じりにつぶやいた。


「こうなるとイクリス様が恋しいです。あの方は落ち着いていて安心感があった。あの冷ややかな目で嫌がられたい」


 感慨にふけるアイラが、部屋の隅で控えている一人の侍女の姿を見て口をつぐんだ。カーンはアイラを見て異変を感じ取り、小声で理由を聞いた。アイラは侍女の動きに、特別に訓練されたものを感じ取ったのだった。同業者は分かりますと言う。


 アイラの方が上手で、こちらの素性は見破られていなので、逆に偽情報を与えましょうと言い出した。


「イリス様は、静養先で落ち着かれたと聞いて安心しました。温かい地で過ごせば、今までの疲れも取れるでしょう。帰国したら、私は一度イリス様の元に伺いたいと思っています」


 ルーザーが、そうだな、と簡潔に言うと、ミラが私も同行したいと続けた。


 控室でくつろいだ気分になっていた騎士たちにも、その会話の意味が伝わり、改めて気を引き締めた。ここは敵地なのだ。


 少しの緊張感を持って軽い雑談をしている内に、案内役の侍従がやってきた。

 謁見の間には、使者のカーンと従者のアイラだけが出向くことになり、他の者は控室で待つことになった。



 謁見の間には王と、王太子が待っていた。王は思いの他優しげな顔立ちの男だった。態度も非常に柔らかく親しげだ。

 王太子は王と同じ茶色の髪にグレイの目をしている。ただ、その表情はくつろいだ王とは逆に緊張している。


 カーンは対照的な二人の様子を見て考えた。イリスへの求婚の返答で、王太子が緊張する意味が分からないので、この前の謁見内容で、何か難しいことがあったのだと思うことにした。


 カーンは二人に挨拶をしてから、公爵からの書状を控えている侍従に手渡した。侍従が王に渡し、王が書状を開いて読むと、隣に座る王太子に回した。

 しばらく書状の内容を見つめたあとで、王太子がそれを畳んでテーブルの上に置いた。二人とも無言のままなので、室内はシンとしたが、ようやく王が口を開いた。


「イリス嬢の体調はいかがですか」


「風邪の治りが遅く、医師から、少し疲れが溜まっていると告げられました。半年ほど暖かい地域で静養することになっております」


「婚約に付いてのお気持ちは、どうなのでしょうか」


 これは王太子が聞いてきた。


「留学から帰ったばかりで、今のところどこに嫁ぐ気もないそうです。まずは体調を整えるのが先だと仰っていました」


「留学中に苦労されたのでしょうか?」


「いいえ。留学先では楽しく学んでいたそうです。単に環境が変わって、体調を崩したようです」


 王が会話を引き取って、終わらせた。


「では、またその時にご相談させていただきたいですな。使者殿からは、噂の美姫の話を伺いたい。王宮に部屋を用意しますので、ぜひしばらくご滞在ください」


 こうして謁見が終わり、カーン一行は王宮に滞在することが決まった。

 

 充てがわれたカーンの部屋には続き部屋があり、従者のアイラが入った。

 部屋の隅々までチェックし、怪しいものが置かれていないのを確認した後で、ようやくアイラが口を開いた。


「なんとなく違和感がありましたね」


「そうだね。王と王太子の間で意見が揃っていないのかな。雰囲気がぎこちなかったよね」


 アイラには、まず王家の意思が統一されているのかを探ってもらうことにした。

 これから十日程はここで過ごすことになるので、その間に見極めたい。

 アイラはハニトラも使いたいが、そうするとカーン様が1人になるのが気がかりだと言う。


「イクリス様は修道僧みたいに落ち着いていたけど、カーン様は卵からかえった小鳥の様な無防備さがあります。成熟するための道筋で避けられないのは解っていますが、危なっかしくて不安です」


 不安に襲われているアイラと対照的に、カーンはのんびりと寛いでいた。


 今夜は歓迎の宴が開かれる。カーンの支度にかかろうと立ち上がったアイラを、カーンは押しとどめた。今は男装だから、そんなに早くから支度しなくても大丈夫なのだ。


「カーン様。お支度が淑女の半分以下で済むって、楽ですね」


「本当だね。女性は大変だ」


 カーンは自然に男になりきっている。このままだとイリスに戻りたくなくなりそうだ。早めに帰国するためにも、アイラには諜報活動にせいを出してもらおうと決めた。



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