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総力戦研究所研究始まる

東京~ロンドン間:9565.73km


イギリス海軍艦艇

イラストリアス級航空母艦:航続距離 20,000km

キング・ジョージ5世級戦艦:航続距離 7,000海里 (13,000km)

ヨーク級重巡洋艦:航続距離 10,000海里(18,520km)

タウン級軽巡洋艦:航続距離 5,500海里 (10,200km)


日本海軍艦艇

大和級戦艦:航続距離 7,200海里(13,370km)

長門級戦艦:航続距離 5,500海里(10,186km)

金剛級戦艦:航続距離 10,000海里(18,520km)

赤城級航空母艦:航続距離 8,200海里(15,186km)

飛龍級航空母艦:航続距離 10,250海里(18,983km)

利根級重巡洋艦:航続距離 8,000海里(14,816km)

川内級軽巡洋艦:航続距離 5,000海里(9,260km)


お互い片道となる為、直接攻撃は厳しいが…………。

 独ソ戦開戦前に時間を遡る。


 昭和十六年(1941年)四月、日本では年度始めである。

 正式にこの時から日本の総力戦研究が始まった。

 松岡は商工省代表として出向。

 この一期生は官僚27名(文官22名、武官5名)民間人8名である。

 四月七日に皇族・閑院宮春仁王(陸軍大学校)が特別研究生として追加入所した。


 総力戦研究所では、単なる戦略立案のような参謀本部の真似事はしない。

 省庁のトップ、民間企業の経営者、技術開発の責任者になり切って、その時に起こり得る状況を全て算定し、その数字を元に状態を分析する。

 本来、しばらくはそういったデータを集め、七月から八月にかけて机上演習が予定されていた。

 しかしこれは対米戦争を想定してのものだ。

 今はアメリカが消滅して存在しない。

 その分、かえって対象が増えてしまっている。

 対英戦争、対ソ戦争、そして対英ソ連合との戦争と三種の総力戦を想定した。

 その机上演習を早めに行う。

 対英総力戦机上演習を六月中に、対ソ総力戦を八月中に、そして両方を相手にする机上演習を十月に行うというスケジュールが決められた。


 対独戦争は内閣より

「有り得ないものだし、時間的余裕が無いから省略するように」

 という通達があった。

 確かに、近々で対ドイツの戦争は起こりにくい。

 ドイツ領は日本の近隣に存在していない。

 現在軍事同盟中である。

 対英手切れはあっても、対独手切れは無い、というのが内閣の判断だった。


「では諸君、まずは英国との戦争を想定しよう」

 飯村穣所長が宣言した。


 松岡は、日本の扱う商船の数、総トン数、運搬量、運搬コストを計算する。

 この計算だけでも数ヶ月は掛かるだろう。

 そして貿易収支。

 研究員には大蔵省主計局調査課長の前田克巳、農林省蚕糸局長の寺田清二といった人員が居る。

 財務状況についてや、主力輸出品である生糸の生産量についてヒアリングする。


 イギリスの兵力は、ヨーロッパに多く、東南アジアやインドに少ない。

 戦争をするのは東南アジアからインドまでであろう。

 海軍は

「とてもアフリカ解放まで手は回らない」

 と言い、陸軍も

「ビルマ、インドまでが限界だ。

 インド解放が可能ならばやる価値はあるが、そこより先は正直難しい」

 と言っている。


 資源はマレーやボルネオ島等のイギリス領に在る。

 これを奪う事で長期戦を可能とする。

 こことの日本本土との石油の輸送が大事になるだろう。

 商船の大半を使っても惜しくない。


「インドは、攻める場合と攻めない場合が考えられますね」

 誰かの発言に、他の誰かが

「インドを攻めるだって?

 そこまで補給線が持つわけないだろ」

 と返す。

 確かにインド解放が成れば、日本は東南アジアを完全に自分の経済圏とし、戦線を大きく西に持っていく事が可能だ。

 逆にインドがイギリス帝国のままならば、そこから送られるインド兵を相手に、延々と戦い続けねばならない。

 戦争が終わらない。

 インド人にはイギリス軍に加わって貰いたくない。


「そこは政治工作、謀略で防ぐしかない」

「出来るのか?」

 これに対し、商工分野の問題でもあるから松岡が口を挟む。

「マレーやブルネイの石油を手に入れても、国内で使うのでいっぱいだ。

 とてもインドまで行く軍を賄う量は無い」

 松岡はそう回答する。

 保身の為に威勢の良い東南アジア解放案を立てた時と違い、官僚らしくきちんと計算するとそうなる。

 対ソ連戦はまだ考えていないが、それでも満州に軍を置いて警戒しなければならない。

 その軍を養う満州国、さらに友好国タイ、同盟国扱いのヴィシー政府の海外領仏印等、石油は日本で独占せず、そちらにも売らなければならない。

 売らなければ外貨が手に入らない。

 日本周辺の友好国にだって産業はある。

 日本企業が進出していたりする。

 それを無視して、日本国内だけに石油を回す事は考えられない。

 実際、研究員には朝鮮総督府殖産局や満州国総務庁からの出向員もいる。

 一国だけで経済を回すのではなく、周辺国との貿易で経済を回すのだ。


……大体、一国だけで経済が成り立つならば、満州を日本の生命線と言ったり、支那の日本居留民保護の為に戦争を行ったりしなくて良いのだ。

 アメリカが消滅した以上、鉄や石油を確保し、かつ商品を買ってくれる相手を他に探さなければならない。

 アメリカには及ばないが、代理となり得るイギリスとその植民地圏を敵に回す戦争は、それだけで無理があるとも思える。


 大体の想像で、本国が遠く離れたイギリスとの戦争は、東南アジアを日本経済圏にすれば勝ち、ただしイギリス・インド帝国というもう一つの根拠地相手に、ダラダラと戦闘が続くのではないかとなった。

 そこに新しい情報が飛び込む。

 二月末から北米大陸の在った海域を調査している特務艦「宗谷」からの情報である。


 その海域は航行可能。

 水深50メートル程と浅くはあっても、暗礁等は一切無い、軍艦や潜水艦も安心して航行出来る海。

 日本とイギリスは巨大な海を挟んで隣同士。


 チャーチルやイギリス首脳陣が真っ先に気づいた事実である。

 余計な要素を入れたくない為、調査中という事でアフリカ周り、インドから東南アジアにイギリス軍が展開する想定でシミュレーションをしていたが、

「そうか……やはり航行可能だったか……」

 一同は面倒臭い事になったな、と頭を掻いた。


 彼等は優秀である。

 シミュレーション上要素を少なくして計算していたが、これが有り得る事は織り込み済みだった。

 むしろ四月の早い段階で報告して貰えて良かったくらいだ。

 計算をやり直す。

 それは専ら海軍の役割だ。


 海軍はイギリスはシンガポールに艦隊を出すものと想定している。

 一番シビアに想定すれば、新型の「キング・ジョージ5世」級戦艦を2隻程度置くだろう。

 この戦艦に対し、第三戦隊の「金剛」級戦艦では勝てないだろう。

 「長門」級を使うしかない。

(「大和」級は進水したが、その情報は秘匿されている)

 だが相手は「長門」級より高速である。

 ここに戦艦を置かれると、東南アジアの制海権確保が難しくなる。


 だが、勝てない事も無い。

 アメリカという敵が居ない以上、全力で戦えばどうにかなる。

 イギリスは後詰で、セイロン島辺りに旧式戦艦4~5隻を置くだろうし、どの道そこで艦隊決戦が起こるだろう。


 これが背後にも敵を抱えるとなると話が変わる。

 アメリカの代わりに、相当遠いがイギリス本国艦隊が海を越えてやって来るとなると、以前と同じ漸減邀撃戦略を以て迎え撃たねばならない。

 艦隊を整備して来た海軍には嬉しい事ではあるが、シミュレーションをする側には要素が増えて面倒臭い事だ。

 イギリス本国艦隊が、対ドイツは無視し、全力で日本を攻撃すると想定しよう。

 イギリス艦隊は、自国領バミューダ諸島まではやって来られる。

 その先はどうなるか、だ。

 流石のイギリスでも、大西洋を横断し、元北米海域を突っ切って、さらに太平洋を無補給で来られるような艦隊は持っていない。

 大規模な補給船団も率いて来るのか?

 それとも……。


「外務省では何か情報を持っていないか?」

「フィリピンのマッカーサー将軍が、ハワイやキューバを合同した新合衆国を構想しています」

「その新合衆国の外交方針は?」

「調査中です」

「その国がイギリスに基地を提供する可能性は?」

「可能性は全部見た方が良いだろう。

 つまり、ハワイがイギリス基地として使用されるという可能性だ」

「いや、もっと最悪の想定として、ハワイに居るアメリカ艦隊がイギリス艦隊と合流して攻め寄せるというものがあるぞ」

 海軍の松田千秋大佐、岡(あらた)少将、志村正少佐、武市義雄機関少佐は言い合って、最後には全員で頭を抱える。

 日本海軍は、ワシントン海軍軍縮条約で対米英で5:5:3の戦艦比を呑んだ。

 その後のロンドン海軍軍縮条約で補助艦の比率も10:10:7にどうにかしてなった。

 アメリカ海軍は、本土消滅によって半減したと言って良い。

 しかし、それでもフランスやイタリアより余程多いのに、それがイギリスと合流すると

 日本:イギリス連合=約1:2

「極めて難しい状態だ」

「ハワイに居る艦隊を先に潰したらどうだ?」

「それははっきりと敵対した場合だ。

 直前まで敵対行為を取らず、土壇場でイギリスと手を組まれたら手の打ちようが無い」

「だったら敵対とかする前に、ハワイを取ってしまいましょう」

「陸軍は協力せんぞ!

 そんな場所に回せる兵力は無い」

「日本が負けても良いのか?」

「出せないったら出せないのだ。

 大体、ハワイにはどれだけの陸軍が居て、我が軍はどれだけの輸送船を使えば良いのか?」

「…………」

「今やアメリカ残存勢力最大の拠点となっているハワイを落とすなら、それ相応の成算を見せよ」

「まあまあ。

 作戦立案は当研究所のする事ではない。

 ハワイ作戦を行ったとして、どうなるかを分析するのが当研究所のすべき事だ」

 所長が喧嘩になりかけた陸海軍を宥める。


「ハワイとシンガポール、両方に潜水艦隊を置かれた時、日本の商船団は……」

 これは松岡と海軍とで詰めなければならない課題だ。

 相手勢力の潜水艦の能力、数、補充数、整備能力。

 そして味方の駆潜艇や海防艦による潜水艦狩りの能力。

「難しい研究課題だなあ……」

 志村少佐が呟く。


 この想定は「最悪の場合」である。

 有り得るか有り得ないかで考えると、太平洋と北米大陸と大西洋を合わせた巨大海洋、非公式に大北洋と呼ばれる海を渡って艦隊を出すかどうか、これからその妥当性について研究するのだ。


「対イギリス戦なんて研究していないから、情報が少な過ぎる」

「そもそも北米大陸が消滅するなんて事態、誰が想像出来るんだ?」

 その愚痴の通り、一から研究している状態なのだ。

 昨年十月の発足から、準備期間が与えられていたとは言え、元北米大陸の科学調査はつい最近行われ、徐々にこの海域の情報が集まって来ている為、未知の要素が次々と伝えられるのだ。


 そんなこんなで地道に情報を集め、分析している内に六月になる。

 机上演習の予定日が来る。

 各自が情報を整理している時、また新情報がもたらされた。


「ドイツがソ連に攻め込んだ!」

 イギリスはどう出るだろう?

 直後、過労で倒れる研究員が数名出る。

 また計算し直しになる。

 机上演習は延期となった。

前話、桁1つ間違って書いていました。

平均50メートル程(46.62メートル)が正解でした。

大変申し訳ございません。

修正し、文章もそちらに合わせて変更しました。


次回はまた3日後、16日の17時と18時の2回更新です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 50mでカットすると北米大陸中央の膨大な地下水が露出するのでは? その辺の海水は薄そうですね。
[気になる点] これ、アメリカが消えずに軍部独走のままだったら史実を辿ってたんですよね…… 一度慎重になったのはかえって良い事だったのかな? まあ、アメリカが戻って来ないとも限りませんけどね。 ……
[良い点] アメリカが消滅して第二次大戦はどうなる!? からの急転直下、気候変動が襲いかかってくる展開が凄いですね。 この時代だとまだ海洋の専門家以外はピンとこないので、イギリスが先手、途中で気付い…
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