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独ソ開戦

総力戦研究所の机上演習は、軍部の机上演習とは異なる。

サイコロを振らない。

模擬内閣も組織し、想定情況と課題に応じて軍事・外交・経済の各局面のデータを出す。

具体的には兵器増産の見通し、食糧・燃料の自給度、運送経路である。

同盟国との連携という項目もあったが、状況が二転三転する為省略された。

このデータを基に、展開を予測する。

それを何度も繰り返し、どうなるかを纏めるのだ。


……どこぞの世界ではPCゲームでそれをやっているよ、とか言わないように。

 ヒトラーは本来、雪解けを待ってソ連に侵攻する予定だった。

 それが6月まで延期されたのには幾つかの理由がある。

 まず、単純な話、雪解けが遅かった。

 この年、春が来るのが一ヶ月程遅かった。


 それだけならヒトラーは、東洋の国ではないが「ドイツ軍人たる者、精神を引き締めればこの程度の寒さ、どうという事は無い」とか言って、侵攻させたかもしれない。

 イタリアが足を引っ張ったのだ。

 ギリシャとイタリアの戦争は、イタリアが押し返されていた。

 ドイツはなるべく参戦したくない。

 イギリスの脅威が無い以上、対ソ連戦に専念したい。

 そこでユーゴスラヴィアを脅し、ユーゴ軍にイタリアを支援させる事とした。

 ユーゴの摂政パヴレ・カラジョルジェヴィチはこの圧力に屈し、枢軸国入りする。

 しかし、セルビア人陸軍士官達がクーデターを起こす。

 摂政パヴレは失脚した。

 これに激怒したヒトラーは、ユーゴ懲罰を決意。

 僅かな日数でユーゴを制圧した。


 そして、ついでとばかりイタリアに援軍を送る。

 イギリスの動きがどうなるか不安ではあった。

 しかしイギリスは動かない。

 ドイツ軍の援軍を得たイタリア軍は、ギリシャ軍に勝利を収める。


 バルカン半島は制圧した。

 しかし、この一連の軍事行動の結果、対ソ連侵攻用に部隊を戻したりする作業が発生。

 開戦が二ヶ月も遅れてしまったのだった。


 この間に、イギリスに同行して元北米大陸海域を調査していたドイツ人科学者たちは、エクマン教授とも話し合い、

「近日中にヨーロッパに小氷期が訪れる」

「農業生産量が激減する」

 という予測を立てたのだった。

 その報告は、ソ連侵攻目前のヒトラーによって握り潰される。

 それだけでなく、帰国を命じられた彼等は、すぐに

「敵の謀略に乗り、国民に不安を与えるような発言をする罪」

 で収容所に容れられる。


 色々有ったが、ドイツ軍はポーランドを突破し、南北中央の三個軍集団でソ連を攻撃する。

 ヒトラーには不思議な嗅覚があった。

 彼はこう命令する。

「モスクワよりもウクライナを先に奪え!」

 ここは古くより穀倉地帯である。

 更に

「コーカサスの油田地帯を抑えろ!」

 そうも命じる。

 故に一番重要な任務を帯びていたのが南方軍集団であった。


 序盤、ドイツ軍は全方面で優勢に立つ。

 世界はソ連の敗北を予想した。

 無理もない。

 ソ連は冬戦争でフィンランド相手に大苦戦を演じた。

 フランスをあっという間に打ち破ったドイツの敵ではない。

 それを証明するかのように、優勢な筈の戦線でもドイツ軍に敗れ続けている。

 だが、モスクワに近づく程に、ソ連軍の抵抗も激しくなっていく。

 兵力が整い出し、強力な防御線を構築し出した。

 ドイツ軍の将帥たちは、ソ連軍の準備が整う前に、冬が来る前にモスクワを落とすべきだと考える。


 だがヒトラーはそれに待ったをかける。

「諸君たちは経済を知らない。

 モスクワなんかに価値は無い。

 戦争を終わらせるには、クリミア半島とドネツ地方の工業と炭鉱地域、そしてコーカサスの油田を抑えるべきなのだ」

 ヒトラーは中央軍集団から兵力を割き、彼の期待通りの進捗になっていない南方に転属させようとする。

 中央軍集団のグデーリアン上級大将はこれに反対し、ヒトラーと意見を戦わせる。

 だが結局兵力は割かれ、モスクワを目指す中央軍集団は足止めされた上に、兵力を減らされてしまう。


 この様子をチャーチルは冷笑を浮かべながら眺めていた。

「この件、ババリアの伍長が正しい」

 チャーチルはそう言う。

「早い内に南に兵力を移動すべきだな。

 今年の冬は恐ろしい事になるぞ」

 だが周囲はいささか疑問であった。

 1941年8月の南ロシアは猛暑であった。

 確か寒冷化と言っていた筈。

 その予測はハズレなのではないか?


「北緯50度以北は非常に寒い。

 風が強く、暖流が無くなったせいか、このロンドンに霧がかかっていない。

 ドイツは今年、小麦は不作な筈だ。

 さっさとウクライナで麦泥棒を働かんと、次第に食う物が枯渇するだろう」

 確かにロンドンは夏なのに寒い。

 スコットランドでは不作が予想されている。

 オーストラリア、アフリカ、インドから大量の食糧を輸送して飢餓に備えている。

 こういう時、ドイツ潜水艦の通商破壊を受けないというのは都合が良い。


「では首相、我々はソ連に味方しないのですね」

「ファシストとコミュニストが戦って、相打ちになってくれたら結構な事だ。

 だが、ソ連はまだまだ持ち堪える事だろう」

「何故そう言えるのですか?」

「そろそろ東シベリアに置いていた兵力が駆け付けるだろう。

 恐らくは全軍が来るな」

「しかし、そうすると日本が侵攻するのでは?」

「日本は侵攻せんよ。

 情報は入っている。

 満州の日本軍の配備状態は、とてもソ連を討つ為のものではない。

 彼等はソ連とは戦う気は無いようだ」


 チャーチルと同じ情報を、より詳細に調べていたのはゾルゲである。

 彼はモスクワに、更に詳細な関東軍の軍配置を送っていた。

 彼は陸軍内部にも情報提供者を持っていたようである。

 最終的にソ連はこの情報を元に、シベリア軍団をヨーロッパに動かす。


 そのゾルゲは、真偽不明な情報を得て悩んでいた。

 それは日本とイギリスの共同海洋調査で、日本側の取り纏めをした宇多博士の意見である。

「赤道の海水温度が上昇している。

 パナマ地峡が消滅し、アフリカ沖の温かい海流がそのまま太平洋まで来ている。

 これが黒潮に影響を与え、日本・朝鮮半島・沿海州は温暖化する。

 一方で熱帯低気圧は勢力を増し、水害が各地で発生する事が予測される。

 反対にイギリス側は寒冷化が予測されている。

 北米大陸消滅に伴い、二つの大洋での熱循環が一つの超大洋のものに変わった結果、

 上流に当たるアジアの高温化と、下流にあたるヨーロッパの寒冷化という両極端な状況が出現するだろう」


(一体何だ、これは?)


 知識階層(インテリゲンチャ)程共産主義に共感しやすい。

 東京帝国大学、京都帝国大学には共産主義者やその共感者(シンパ)が多い。

 その東京帝国大学から、元北米海域に調査に行った学者がいる。

 その教え子の伝手、更に様々に経由をした上でゾルゲの元にもこの情報が届いた。

 確かに今年の東京の夏は暑い。

 だが、よく分からない。

 これが何年も続いた異常気象なら、ゾルゲは迷い無くモスクワに情報を送っただろう。

 今年一年の事であれば、たまたまかもしれない。

 第一、ゾルゲの役割は日本の外交や軍事を調べる事で、ゴシップ的な情報を送る事ではない。

 ゾルゲはこの情報をモスクワに送らなかった。


 彼は知らない。

 この1941年8月が、ゾルゲが異常気象の情報を送る最後の機会であった事を、だ。


 彼は知らない。

 ロンドンから、やはり知識階層(インテリゲンチャ)の共産主義共感者により、ヨーロッパの異常気象について情報が送られていた事を。

 モスクワは、ドイツとの戦争中に真偽不明の情報を掴まされ、捨てていた。

 捨てた理由が「言っているのはロンドンだけで、他に同じ事を言っていない」からである。

 もしも東京からも類似の情報が届けられたなら、戦争中であっても、考慮したかもしれない。




 総力戦研究所では、対イギリスでの総力戦机上演習が七月に行われ、今は対ソ連での総力戦についての情報集めが行われている。

 対英戦は二通りの条件で机上演習を行った。

 近衛文麿総理、松岡外相、東條陸相他、政府・統帥部関係者観覧の元でである。

 東南アジアを占領、言葉を変えるなら解放し、そこで持久戦に出た場合粘り勝ち。

 ビルマを越えて進撃した場合は敗北という結果を出す。


 海軍については

・新合衆国と英国の連携を外交的に阻み、同国(予定)の島嶼を使わせない事が重要

・もしも新合衆国が英国と同盟し、共に侵攻の恐れがある場合、先制攻撃でハワイの艦隊を潰す

→新合衆国はアメリカ合衆国程の国力が無い為、艦隊を潰せば新規の補充は無い

・西太平洋に潜水艦を進出させない

→これに失敗すると、東南アジアとの通商路が脅かされ、大いに負担となる

 とした。

 やはり北大洋という広大な海域は、イギリス海軍に対する防壁となる。

 航行可能ではあっても、途中の補給が出来なければ日本直撃は不可能だ。

 仮にそんな無茶をしたら、アフリカ周りでロシアから回航されたバルチック艦隊の二の舞となろう。


 ただ、東南アジアを解放した場合でも

・ソ連による共産化干渉があった場合、治安活動で反日感情増加、経済圏の混乱

・干渉が無かった場合でも、政治機構を整えて国として機能するまで最少数年、日本の支援が必要

・国とせず英国同様海外領とする場合、駐留兵力と治安職員の増員が必要

 という難しい舵取りが求められる、というまとめとなった。


 この結果は、「無理しなければ英国には勝てる」「戦略目標を達成可能」となった為、参加者からは概ね好評だった。

 一部

「インドに攻めたら負けるというのはいただけない。

 必勝の信念が足りないのではないか?」

 という声に対し、陸軍予科士官学校長牟田口廉也少将が

「兵站という面で見て、無理からん結論だよ。

 まさか補給無しで戦えるなんて思ってないだろうな?」

 と窘めていた。

 牟田口は東條陸相べったりの男で、これは東條の代弁と言える。

 基本、追い詰められて「戦況打開」とか言われなければ、陸軍軍人も精神論ばかりではないのだ。


「では次は対ソ連戦だな。

 期待しているよ」

 その言葉で対英総力戦机上演習は終了する。


「さて、次はソ連か」

「このままドイツさんにソ連を倒して貰いたいものですな。

 そうすれば対ソ戦は考える必要が無くなる」

「それでは我々が集められた意味が無いだろ」

 笑い合う。

 一山超えたせいか、研究員たちの表情も明るい。


 だが、対ソ戦研究に当たり、また彼等を悩ませる情報がもたらされた。

 宇多博士による極東・沿海州温暖化情報であった。

18時もアップします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 皆さん「綺麗な牟田口」を笑ってらっしゃいますが、実は初期にインパールに最も反対していたのは作品の通り牟田口さんです。 これ、史実通りなんですよ。
[一言] きれいな牟田口は笑った まあ、彼の悪評はちょと可哀想な所もある トカゲのしっぽ切りみたいに責任を彼一人に押し付けてる感じがするし
[一言] さすが牛を買ってまで補給を重視した牟田口氏
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