極上の休息
豪華な昼食を終えた魏姉妹は一路、『グラシェ・デパート』南館へと足を運んだ。
高級そうな建造物ではなく、その奥に静かに佇む一棟貸しの小さなログハウス群に案内された。
「あいにく、本館には空室がありませんでしたので……申し訳ございません」
「いえ、それは全然かまわないのですけれど」
周囲を見る余裕がまだ少しあったので、係員が『本館』と呼んだ建造物が大型客船みたいな外見になっている理由を尋ねてみた。
「お客様を身分で区別してはならないというのが社長の方針なのですが、南館についてはお客様の方から旅行気分を味わいたいとのご意見をたくさん頂きまして……温暖な港町をイメージした構造に作り変えたばかりなのです」
長旅を経た豪華客船が、南国の港町にたどり着いた──という設定なのだそうな。
区域が分けられていても宿泊料金は一律で、追加で支払う料金に応じて施設内のサービス内容が変わる仕組みらしい。
とにかく楽しみ疲れていて(楽しむにも体力や気力は必要だ)、さらにお腹いっぱい食べた後なものだから、イーディスもルーチェもすっかり眠たくなってしまっている。
付加するサービスは必要最低限にしてもらい、規定通りの料金を払ってログハウスに入った。
内部の構造は単純で、六人ほどが集まって過ごせる居間と台所、宴会に対応できる食堂と寝室がひとつずつ作られているだけだ。
何度も団体客に訪れてもらい、このくらいシンプルな方が気楽でよいとの結論を得たのだそうだ。
が、そろそろ係員の楽しい説明を聞くのも限界だった。
わき目もふらずに寝室へ向かうと、魏姉妹は優しく優秀な係員にそれぞれ挨拶をした。
「ネリネさん、ずっと付いててくれてありがとう。少し休みますね」
「こちらこそ、様々にご用命を頂きましてありがとうございます」
「……起きたらまた、一緒にお買い物してくれる?」
「もちろんです。どうぞ、ごゆっくりお休みください」
優しく微笑んだネリネが静かに歩き、寝室を離れてドアを閉めた。
魏姉妹は同じベッドに入ると、二人の時間を過ごす余裕もなく眠った。
──。
目覚めは、翌日の朝にようやく訪れた。
本館と別館の設備に格差はないというネリネの説明はすべて正しかった。
極上の寝心地だったのである。
冷えすぎず暖かすぎない室内の気温は、どうやら壁に取り付けた小型の機械で調整されていたらしい。
夏用の寝具も高級品だったようで、二人は長い長い眠りの間に寝汗を少しも掻かなくて済んだし、寒くて目が覚めるなんてこともなかった。
「すごく快適だったね……」
「うん。お会計がちょっと怖いわ、わたし」
「お姉ちゃんってホント、変わんないね。いや、出会う前から知ってたーみたいなかっこつけたこと言うつもりないんだけど──フツーは何千万ゴルトもお金持ったら、性格とか変わりそうなもんだけど、と思ってさ」
ルーチェが長く喋る時の息遣いと口調が、イーディスは好きだ。
同年代の子どもよりは身体も強いのか、少しの息継ぎでたくさんの言葉を発する事ができている。
高級な鈴を質の良い木材の上で転がすような、柔らかくて多少低い声も心地よい。
「けっこう派手に使っちゃってると思うよ、お金。無駄遣いしないようにはしてるけど──近々、釣り船とか買っちゃうし。これから武具とかそろえるつもりだから何だかんだで自分の分は使い切っちゃうだろうなぁ」
旅に出るまで自らの物欲に関心を向けなかったイーディスにとって、第二公女コルテンフォルレ様からの多額のお小遣いは、一種の試験のようなものだった。
どんな使い方をすれば自らの人生が楽しくなり、どんな機を見て誰の為に使えば他人のためになるのか。常に考えるようにしてきたつもりだ。
「あたしも、見習わなきゃと思ってて。大丈夫かな……調子に乗っちゃったりしてないかな?」
「大丈夫よ、ルーチェの分はまだほとんど使ってないんだから。お姉ちゃんに任せて、楽しくお買い物をしてくれればそれでいい」
「うん。……何回でも言うよ。あたし、お姉ちゃんが大好き……本当に大好き。お金を持ってるからとか強いからとかじゃなくて、イーディスお姉ちゃんだから、好きなの」
「ありがとう、ルーチェ。わたしもルーチェが大好き。本当よ、だから……」
眠たそうにしながらまだ話そうとする義妹を、イーディスは優しく抱き締める。
「どんな悪い夢を見たのか、お姉ちゃんに教えて?」
2021/1/30更新。




