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自分図書館  作者: 椿 冬華
第一幕 「僕」の章
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【ガーネット牛のステーキ】


 館長が行きたい行きたいと駄々をこねたレストラン、〝ガーネットワイ〟にて。


「中庭に放牧されているガーネット牛を眺めながらガーネット牛のステーキを食べるって狂ってねぇか」

「おいしけりゃなんでもいい」

「お前そればっかだな」


 中庭を見渡せる二階のテラス席、そこからは中庭でのんびり草を食んでいるガーネット牛が数頭、見える。

 ガーネット牛とはその名の通り、体がガーネットでできている牛のことだ。ガーネット牛とひと口に言ってもランクがあるらしく、上であればあるほど透明度が高いようだ。

 そしてこのレストランで飼われていて、かつ提供されるガーネット牛は最高ランク。最高の輝度を誇るガーネット牛であるらしい。

 真紅色の体は何処までも混じりけのない真紅色で、インクルージョン(内包物)もブレミッシュ(表面の傷)もない。ちなみにこれはさっきコックさんが自慢気に話してくれた。


「お待たせいたしました、こちらガーネット牛サーロインステーキにございます」


 じゅうじゅうと肉汁が鉄板の上で煮立っている、親指ほどの厚さもあるガーネット牛のステーキ。ガーネット牛の肉はやはり、ガーネットであった。真紅色がほんの少しだけ落ち着いて蘇芳(すおう)色になっているけれど、輝度は放牧されているガーネット牛とそう変わらない。匂いも僕の知っているステーキそのもので、食欲がとてもそそられる。


「よし、食わせろ!!」

「ああ、はいはい」


 銀細工のナイフとフォークを手に取ってガーネット牛に伸ばす。かちりと鉱石同士がかち合う感触はやはり、鉱石を思わせる。けれど少し力を入れるとナイフが沈み込んでいく。ガーネット牛の肉に銀色のナイフが沈んでゆく様が透けて見える。


「……そういや、僕らの体って宝石なんだから内臓も透けて見えてるってことなんだよな」

「んなことどうでもいいから早く!!」

「はいはい」


 切り分けたステーキから肉汁を少し払い、館長の口元に運んでいく。ヒャッホーと大喜びでかぶりついた館長の口内にガーネットが含まれて行く様が透けて見えて、ああやっぱりとなる。


「自分の体を食べ物が通っていく様子を見るっての嫌だな……」


 てか、よく考えたら服も宝石なんだから透けてんだよな。裸の王様──いや服着てるけど。


「ここの貞操観……倫理観? 羞恥概念ってどうなってんだ?」

「裸を晒すことに羞恥なぞありやせんよ。服を着るのは肌が傷つかないようにするためだ」

「肌が──なるほど」


 宝石の体だから何かに当たれば割れる。皮膚のようにやわらかいとはいえ、普通の皮膚に比べると脆いのだろう。


「ほら次! 早く寄越せ!」

「僕にも食わせろ」


 あーんと大口開けている館長を無視して、僕もひと口ステーキを含む。じゅうっと舌の上で肉汁が弾けて、脂が溶けていく。歯を立てればぶちぶちと小気味よく肉が切れてまた肉汁が溢れ出る。

 ──おいしい。

 じっくりと咀嚼するが、いくら噛み締めても肉汁が枯れる気配がない。塩胡椒をほんの少しだけ刷り込んで素材の味を引き立てていると言っていたが、その通り──余計な味が一切しない。肉を味わうとはまさにこのこと、だ。だがしかし──味に飽きないようにとコックがタレもいくつか持ってきていたから、他の味も楽しんでみるちしよう。

 と、そこで気付いた。

 館長が泣きそうな顔で大口開けたまま静止している。きらきらと輝く宝石のよだれが口元から零れてしまっていた。綺麗なんだか汚いんだか。


「はいはい、次はレモンな」


 レモンというか、黄金にしか見えねえけど。黄金を溶かし込みました、と言われた方がしっくりくる。ともかく。

 ステーキをまた切り分けてレモンの果汁につけて、ガーネットと黄金が絡んだのを見計らって館長の口に突っ込んだ。


「んん~~おいひぃ」

「そうか、そりゃよかったな」


 本当に幸せそうに食べる〝僕〟だ。

「ここの肉も土産に持ち帰るか」


「ああ、いいな。執事さんもメイドさんも肉食そうだし」


 とにかく食べるのだ、〝僕〟らは。

 僕もおいしいものを食べるのは好きだけれど、どちらかというと幸せそうに食べている人間を見る方が好きかもしれない。


「ふぅん? ──確かにお前はいつでも〝外側〟にいるな」

「……外側?」

「くっくっく。段々見えてきたよ、〝ワタシ〟の元来の姿がな」

「……僕の?」


 首を傾げる僕に、館長は楽しそうに笑って行儀悪く足を椅子の上に上げる。


「お前、自分で気付いていないかもしれないが──〝色〟に執心するだろう」


 ──いろ?

 いろ……色。


「あのな、普通の人間は赤緑青黄色白黒と、シンプルにそうとしか表現しないんだよ」


 色──色。

 色彩。


「そしてな〝ワタシ〟──お前と会話していて気付いた。お前が細かく分類する〝色〟……ワタシにも理解できる」


 色。

 映えるような赤色。カーマイン色。(から)(くれない)色。落ち着いた紫色。フューシャ色。牡丹色。目に優しい黄色。サンフラワー色。山吹色。やわらかな黄緑色。スプリンググリーン色。薄萌黄色。空のような水色。セルリアンブルー色。花浅葱(あさぎ)色。


 ──なんで僕は、こんなに詳しいんだ?




 電車の音がする。




「──もう少しかもしれないな、〝ワタシ〟」


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