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Hero or Satan

「――以上が今回の作戦の顛末です。〈ファング〉が潜伏している可能性のあった範囲の森はおよそ全て探索を終えました。推測ではありますが、しばらく“真躯マゼンタ”は現れないかと」


 いつもと違い敬語にて作戦の結果を伝えるラーク。横に立つのは特例として同伴を許されたシャネスだ。


 ここは聖都の中央に位置する“英雄衆ギルド”の総本山、守護城オヴリビア。城といいつつも王はおらず、“英雄衆”が担当する各執務の重要組織が組み込まれた巨大な建築物だ。討伐作戦が終了し“聖域”に到着した翌日、二人はその一角にある部屋で文官に作戦の詳細な結果を報告していた。


 この報告は紙に起こされた上で筆頭勇者ナンバーワンへと送られる。本来は直接伝えるべきなのだろうが、筆頭勇者は勇者を率いる存在であり様々な執務をこなすため日々多忙なのだ。ゆえにこうして間接的な伝達となってしまうのである。


「あと、これは僕とこのシャネスがそれぞれ討伐した〈牙〉から剥ぎ取った皮膚になります。量は少ないですが、先程述べたような非常に特殊な性質を持つようです。何かに生かしていただければ」


 ラークがそう言って取り出したのは手の平よりも一回り大きいほどの真っ白な皮膚片二枚。二人が〈牙〉から剥ぎ取ったものだ。これが〈牙〉討伐の証拠となる――あの森にこれほど特殊な材質の物質は存在しない――し、何ならばラークが対峙した〈牙〉の屍体は丁重に保管してある。要請があればそれを差し出す用意がある旨も伝え、ラークの報告は終わった。


「了解した。意義のある作戦の遂行、成功に感謝する。この素材もしっかりと筆頭勇者様に届けよう。ご苦労であった」


 二人揃って礼をし、部屋から退出する。すると、ラークはふうっ、と深く息を吐いた。

 シャネスが視線を向けるとラークは小さく笑う。


「やっぱり慣れないねぇ、ここは。いるだけで肩が凝ってくる気さえするよ。シャネス君は堂々としたものだったけど」

「俺は何も喋る必要がなかったですから……。でも、何で俺をここに呼んだんですか? 話なら詰所でもできたんじゃ……?」


 シャネスの問いにラークは不思議そうに首を捻った。


「その方が君にとって都合がいいだろう? あの文官もかなりの役職だし、顔を知ってもらえるというのは大きいよ。組織でのしあがっていくにはツテを使うのが一番手っ取り早いしね」

「…………」


 静かにシャネスは息を呑んだ。ここまで明確に思惑を読まれていることはほとんどない。恐らくシャネスが作戦に参加することを了承した時点でラークはその目的に気付いていたのだろう。

 組織を――“英雄衆”を駆け上っていくという目的に。


「ラークさんは……不敬だとか思わないんですか。俺のこと」


 恐る恐る尋ねると、ラークは「んー」と口を尖らせて斜め上を見上げながら答えた。


「別に? 誰だって考えることでしょ、それって。口に出さないだけで」

「でも、俺が昇進していったらいつかは軍団長の椅子も狙われるかもしれないってことですよ。嫌じゃないんですか?」

「うん。嫌じゃない」


 ラークは即答した。


「正直、位とか権力とかどうでもいいんだよね。単純に上にいた方が周りがよく見えるからそうしてるだけで。僕はね、人を見るのが好きなんだ。この人はどう考えてるのか、何を狙ってるのかを想像するのが。ああ、この人はこんな人間なのかって分かるのが面白いんだよ」


 ラークは楽しげに語る。その輝く目はまるで子供のそれだ。


「その点、君はストレートに僕のタイプだ。野望に燃える人間は見てるだけで面白い。その行く末を見届けられるなら、軍団長なんていう肩書きはいくらでも譲ってあげるさ」

「――」


 絶句し何と言うべきか迷ったシャネスをきょろっと横目に見て、ラークは言った。


「……そして、他人が抱えてる秘密を考えるのはもっと面白い」

「……っ。なかなかいい趣味してますね」


 一瞬の動揺をシャネスは皮肉混じりの返答で誤魔化す。


 今の言葉が一体どういう意味を持つのかシャネスには分からなかった。シャネスをしてラークの心の内はまるで読めない。ただ単に嗜好を語っただけなのか、疑惑を持って鎌をかけたのか、既に何らかの確信を得ているのか。

 いずれにしろシャネスにできるのは動揺を悟られないことだけだ。


「……ん、そろそろ昼か。僕は他に寄るところがあるからここでお別れだ。帰り道は分かるよね?」

「あ……はい。今日はありがとうございました」


 どこからか聞こえてきた鐘の音は正午を伝えるものだ。荘厳な響きはこの城の至るところに届き、昼の休憩時間が始まることを知らせる。気のせいだろうが、途端に城内はどこか弛緩した空気に満ちたように思えた。


 用があるというラークに礼をして別れる。来た道を何とか遡って城の外に出たシャネスを照らしたのは心地よい陽光。思わず空を見上げたシャネスの脳裏に久しぶりに“声”が響いた。


『あの人、僕たちのことに勘づいてたみたいだね、空人・・


 ここは城門前。通りを行き交う人は多く他人の会話に耳を傾ける者はいないだろうが、さすがに一人で声を発するのは不自然だろうと、念じることで会話を繋げる。


『どうだか。あのとき俺が魔王になったことに気付ける奴はいないはずだ。お前だってそれは分かってるだろ――シャネス・・・・


 『確かに』と返答する声。番外小隊イレギュラーが待つ詰所へと向かいながら、シャネスは――いや、夜霧空人アクトは、初めてこの世界に来たときのことを回想していた。


   ***


『息子は――貴様だ』

「…………は?」


 あの日。腹部を刺されたことで死んだ上に、唐突にファルテウムというらしい世界に呼ばれたあの日。黒い鎧の男は空人にそう告げた。


『貴様のその体は我が息子……シャネス・ノワン・ファーテルムのものだ。今日からはシャネスと名乗るがいい。抵抗はあるかもしれんが直に慣れる』

「え……は? だって息子を救えって……息子さんは死んだってことですか? 何で俺がこの体を――」

『シャネスは死んでいないわ』


 初めて声を発した白い鎧の人物は、どうやら女性であるらしかった。鎧越しのくぐもった声ではあるが間違いないだろう。

 その女性は膝立ちになって目線を――鎧が邪魔して瞳は見えないが――合わせると、空人、あるいはシャネスというらしいこの体の髪を優しくかきあげる。そんな仕草で空人は確信した。この女性はシャネスの母親、あるいはそれに代わる存在なのだろう。


『貴方のその体は、一つの精神で制御するにはあまりに強大すぎた。勇者と魔王、矛盾する私たちの力をほぼそのまま受け継いだのだから仕方のないことだけれど、ましてシャネスは心優しい子……とても力で何かを抑えつけるなんてできるはずもなかったのよ。だから私たちは貴方を欲した』

「つまり……その俺の破壊衝動とやらで体を制御しろってことですか。そしてそれが息子さんを救うことになる、と…………?」


 女性は頷く。


『シャネスは体の力を抑えきれずに精神を病んだわ。今はその体の中で静かに眠り続けている。死んだ訳でも……生きている訳でもない状態のまま、目を覚ますその時を待っているの。だからお願い。部外者の貴方に頼むなんて図々しいけれど、私たちにはこれしか方法がなかった。どうか息子を――シャネスを救ってください』


   ***


 結果として空人は、本来この世界にいるはずのない、勇者であり魔王である存在となった。脳裏に響く声は元来のシャネスのものである。空人が体を譲り受けて一年後、意識下でシャネスは目を覚ました。


 勇者のシャネス、魔王のアクト。相反する性質はシャネスと空人という二つの精神によってひとまずの安寧を得た。元来のシャネスが再び体を操ることはまだできていないが、いつかはできるはずだと空人は強く信じている。それこそが本当にシャネスを救ったことになるのだから。


 あの黒と白の鎧を纏った二人はこうも言っていた。『シャネスこそがこの世界を救う鍵になる。いつか必ず勇者と魔王を一つにしてくれ』と。今は反発しあっている両陣営だが、確かに両方の血を宿すシャネスならば、融和のきっかけになるのかもしれない。


 そして最後に空人が彼らに名を聞いたとき、彼らは言った。

 黒い鎧の男性は『先代筆頭魔王ワーストワン、ネストラウス』。

 白い鎧の女性は『先代筆頭勇者ナンバーワン、シャリス・アナムネシア』。


 十年に一度“不染の地”で行われるという“決統デュリオル”において相討ちしたという、両陣営の歴代最強と称される傑物の名だった。


 つまりこの体は、最強の二柱の力を受け継ぐ器。何よりもその力を行使する空人がそれを強く実感していた。


『これからどうするの? 空人』

『別に何も変わらない。今まで通り小隊のメンバーでやるだけだ。でもいつか、“英雄衆”のトップにも引けを取らないほどに成長してやる。――俺たちの野望を果たすために』


 勇者と魔王の融和。野望という大仰な言葉を使ったのは、その方が幾分からしい・・・からだ。空人ではなくシャネス、そしてアクトとして動くには、ロールプレイが必要不可欠であると空人は学んでいた。


『……そうだね。頑張らないと、母さんや父さんに文句言われちゃうし』


 一人苦笑して、違いないと空人は同意する。


 結局、あの世界でもこの世界でも自分が何者なのかはまだ分からない。“ただ飯喰らい”なのか“凡人”なのか“勇者”なのか“魔王”なのか。あるいは答えなんて一生出ないのかもしれない。

 それでも――答えを探すことをやめることだけはしたくなかった。それをしてしまったら、そのときこそ空人は自分の存在を否定してしまう。


 だからもがくのだ。この訳の分からない世界で、自分にできることをこなして生きていく。自分は何者なのかという問いへの答えを探しながら。


 そういえば、ミルが最近話題になっているレストランに行きたいと言っていた。ガリエルからは組手の相手を申し込まれているし、メザリアにも遠征時の小隊としての基本方針の相談があると言われていた気がする。当分、空人が暇をする時間はなさそうだ。


「……あ、すみません、乗せてくださーい!」


 今まさに発車しようとしている乗り合いの馬車へ、大きく手を振りながら空人は走り出した。朗らかに笑う脳裏の声と番外小隊のメンバーが、慌ただしくも満ち足りた日常へ、空人を呼んでいる気がした。

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