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不死者(ノスフェラトゥ)、異世界へ行く!!  作者: リトナ
不死者(ノスフェラトゥ)、異世界へ!
10/13

不死者、異世界へ!⑨

「さて、全部話すにしても何から話したら良いかしら……」


 自分が出てきた井戸の縁に腰掛けたミユは、立ったままの神妻とみつに話が長くなるからと適当に腰を落ち着かすことを勧める。ミユに習って二人も思い思いの場所を見つけて足を休めることにした。

 幸い今夜は月光が拓けたこの場を照らしてくれているので、話をする分には明かりに困ることはなさそうだ。

 陽が沈んでもう随分時間が経つ。

 夏とはいえ、山を撫でて吹く風はひんやりと神妻たちの肌を叩いた。


「カヅマ……、あなたは一度死んだことがあるのよ。この山で、この土地で。覚えているかしら? 五年前のことを……」

「五年前……」


 脳裏に呼び起こされる五年前の記憶という海に意識が浸かる。

 底の見えない海にゆっくりと沈んでいく感覚の中で、神妻の探している記憶は確かにそこにあった。


「……ああ、多分だけど、これじゃないかなっていうのはある。

 五年前、いつものように俺は、本来人が通るような道じゃない、道なき道を下って、ミユに会いに井戸に向かった。みつ姉には危ないからちゃんとした道から行くようによく言われてたっけ。自分なら大丈夫だって慢心してたんだと思う。

 子供によくある根拠のない自信……。

 その自信が俺に悲劇を生ませた……はずだった。

 ミスって事故を起こした俺は確かに死んだと思った……なのに俺は何故か生きていた……あんなに現実味(リアリティ)があったのに、最初から何も起きてなかったみたいに俺の傷は無くなってて……

 ……ミユと会えなくなったのも、その日からだよな……」

「……ええ、そうね。

 カヅマ……あなたはその日に()()()のよ――」

「――ちょっと待って! どういうこと? だってカヅ君はこうして今も生きてるんですよ?」


 神妻への死の宣告ならぬ過去形で話すミユに、みつが思わず立ち上がり声を大にして訴える。

 そんなみつの隣に神妻はやって来て、みつの左肩に優しく片手を置いた。落ち着くようにと目で合図する神妻に気付いたみつが気まずさに視線を伏せる。静かに腰を下ろした。

 ミユが深々と吐息を(こぼ)す。

 安堵からではなく、気怠そうにして――


「私は死にゆく、あなたを見た時に『呪い』を掛けたのよ。

 【個別時間逆行】の呪い……それがこの呪いの名前――」


 神妻の眉間に皺が寄る。

『呪い』という言葉に良いイメージを持てない。神妻の知る限り呪いなんてものは、他者に悪意を持った行為でしかないと思っている。善意のある者は、同じ行為であったとしてもそれを『呪い』とは言わない……はず。『魔法』なり『祈り』なり言い方は他にもあるはずだ。

 けれど彼女はこれを『呪い』だと言った――

 故に、感情が偽ることなく表情に出てしまったわけだが。

 ミユの話はもちろん、これで終わりというわけではない。こんなところで終わられたら消化不良もいいところだ。なので神妻は、ここで話を挟むような真似はしない。


「カヅマの周りの時間だけが停滞する呪いよ……。どんなにカヅマが傷ついても記録した時間の状態に肉体を戻すことができるわけ。時間が保存された時に受動的に戻る訳だから、無論歳も取らないわけで……君がいつまでも外見的成長が見られないのはこれが原因だったってことよ」

「……【個別時間逆行】の呪い」


 驚きはあったものの、自分の身体の異常さに神妻自身が気付いていたので、ゲームや漫画のような普通なら信じられないような話でも、むしろ神妻の胸にはすんなり落ちた。


「……それって、つまり不老不死みたいなものだよな……? 決まった時間に勝手に戻るのなら。実際に俺の容姿は五年前のままだったし、死ぬような怪我しても有り難いことに一瞬で治るし……でも、可笑しくないか?

 俺が死ぬ時にミユが呪いを掛けたなら、時が戻っても俺は死にかけの状態になるだけじゃ? まるで俺が死ぬ以前に既に呪いが掛かってて…………そうなのか?」

「ええ。死ぬ直前の状態に戻ったって苦しいだけで意味がないもの。前からカヅマの状態は保存してたわ。時を保存するだけなら呪いは発動なんてしないから」

「いつの間にそんなことを……」

「ひ・み・つ、よ……って言ったらどうする?」


 さも楽しげに口許を緩ませて、ミユは流し目で神妻の様子を確認する。


「『刻詠の遣い』がカヅマを狙うのはその辺りが原因なのよ。奴らはこの世の理から外れた存在を抹消し正常に正そうとする命なき刻の裁定者――、奴らからしたら異物ってわけ」


 思えば神妻が初めて『刻詠の遣い』に出くわしたのは、今年の春――

 最初の頃は襲ってくることもなく、ただ神妻を離れて見ている……監視しているだけで、なんとも不気味だった。

 それが日に日に近付いてきて、次第に手を出すようになったわけだが、今日のように複数で現れたことはなく、いつも一体だけだったので、見た目に慣れてしまえば退けるのもそれほど苦ではなかった。

 だが今日のように数で来られたら、今度こそ危ないだろう。


「……元に戻る方法はあるのか?」

「あら、もう元に戻れたじゃない? 今のカヅマの姿が本来の年齢相応のものよ。身長180ってところかしら……良かったわね、身長が伸びて。五年経っても十七歳の男子がおチビちゃんのままだったら悲惨だもの。

 安心なさい。私さえいれば、せっかく大きくなったのに、また小さくなったりはしないから」


 何気にディスってくれてるけど、ミユの言う悲惨な目に今の今まで苦労させられてきたんだけどな……。神妻は心の中で抗議するが、それを口にすることなく、先に聞かなければならない一番大事なことがあると踏まえ、優先順位を下げた。


「それだけじゃない……。

 俺は……普通の人間に戻れるのか?」


 隣にいるみつが固唾を飲んで見守っているのが神妻にもわかった。

 大きな吐息をミユが漏らす。


「…………普通の人間、か。

 戻れる確率は(ゼロ)ではないわ……ただし、簡単なことでもないわね」


 話始めてからずっと神妻に注いでいた視線を、ミユが今度はみつに傾ける。


「え、と……ミツ。あなた、この世界に魔法ってあると思う?」

「まほう? まほうって、あの魔法?

 ……ついさっき普通じゃないことが起きて、信じられないことばかりあったけど……それでも私は魔法なんて無いと思う」


 ミユは特にうんともすんとも言うことなく、代わりに次の番を催促してるのか神妻を視線で射抜いた。


「俺はみつ姉とは逆で、今は魔法やオカルトめいたことは大抵信じてるかな。俺自身の身体のことを考えると理屈や科学の範疇外としか思えないし」

「そ。――魔法というのは超常の力を行使することで、その魔法も無制限に使えるというわけじゃないわ」

「あ~……ゲームによくあるMP(マジックポイント)みたいなものが必要ってことか?」

「私に神妻の言う、その例えはよくわからないけど、あなたたちがそれでわかるなら何だって良いわよ。

 ……話戻すけど、魔法を使うには大気中に漂う『マナ』を術者が取り込んでようやく魔法を使えるわけだけど……、そのマナがこの世界は決定的に足りていないのよ。小さな魔法を使う分には時間を掛けてマナを集めれば良いけど、カヅマに掛けられたのはとてもじゃないけど小さいとは言えない……奇跡とも言える大魔法……いえ、大呪なの。それを解呪しようと思ったら、それ相応の大きなマナが必要になるわ」


 魔法と呪いを同列のように話すミユの口振りだと、言葉のニュアンスに差違がある程度なのかもしれないと思う神妻だが、受ける印象はまるで違う。

 前者であれば、中二病を大いに刺激し、カッコよくも聞こえるし、何より夢がある。

 一方後者だが、大概の人は良い印象を持たないのではなかろうか。自分もしくは他人に害悪をもたらすイメージが強い。

 なら、何故ミユは敢えて神妻に掛けたもののことを()()と言わず()()と言うのか――


「この世界においてマナは枯渇している――。絶対ではないけど、それでもほぼ魔法が使えないということだから、ミツがさっき言った通り魔法はこの世界には存在してないに等しいと言えるわね」

「――」


 ミユの言葉を聞いて瞬く間に、神妻の頭の中に二つの疑問符が生まれた。


「ちょっと待ってくれ。その話だとそもそもどうやって俺に呪いなり魔法を掛けることが出来たんだ? ほとんどマナが無いんだろ? そうなると俺を元に戻すのだって無理ってことなんじゃ――」


 井戸の縁から立ち上がって、ミユが神妻の方へ歩を進める。

 風に流れる長い白銀の髪が宙でバラけるのを煩わしそうに片手で押さえながら、目的地である神妻の目の前までやって来た。

 くすっと妖艶な笑みを見せ――、


「この世界にマナが無いなら、マナのある世界に行けば良いのよ――」


 事も無げに世界規模の移動を提案してのけたミユに、神妻もみつも何を言われたのか、しばし呆然としてしまう。二人にとってミユの言葉は理解の外だ。

 マナのある世界――、それはもしかして異世界を指しているのか?

 そうだとしたら、そんなこと可能な訳がない――

 ミユが言うそれは非現実的創造物の中だけの話。

 目を広げて驚く神妻を正面から捉えたミユが、愉快そうに言葉を紡ぐ。


「次の日の晩……そうね――、亥の刻まで待つわ。それまでに異世界に行く準備をなさい。勿論、呪いを解きたければの話よ――」

「異世界……本当かよ――」


 驚き眉が上に引っ張られる二人を余所に、このミユの提言により、神妻たちにはまだ聞きたいことがあったが強制的にお開きとされたのだった。


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