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2/20

* 1-(2) *


 ハナは、藤堂宅の立派な門がまえを、ゴルフクラブ片手に放置自転車に跨ったまま、下から上へと ゆっくり視線を移動させて仰いでから、閉ざされた門扉を押してみる。

 が、開かない。

 正門以外の入口を知らないため他の入口を探すべく、ハナは自転車を押し、外塀づたいに正門から向かって左側方向へ進んだ。

 角を折れてからも、そのまま塀づたい。暫く歩いて、ごく普通の大きさの、しかし頑丈そうなドアを見つけ、押してみたり引いてみたり。そこも開かなかった。

 もう、これ以上は入口を探すのが億劫になり、また、塀が、自転車を踏み台にすれば越えられる高さに思えたため、自転車を出来るだけ塀に近づけて停め、その上に立ってみる。

 すると、塀の高さは丁度、ハナの身長くらいになった。

(あ、このくらいなら……)

ハナは塀の上に両手をついてから、自転車を蹴って跳躍。塀を越えて中に入った。


 藤堂宅の敷地内に着地したハナの、すぐ目の前には、ごくシンプルな白い壁の建物。確か、使用人棟だ。

 ハナは、「藤堂宅敷地内図」を頭の中に描き、それに基づいて、使用人棟と使用人棟の裏の森との間の狭い隙間を通り、藤堂が普段生活している離れへ行こうと考えた。

(もしも今、離れにいなくても、離れで待ってれば、そのうち やって来るはず! )

 離れへ向かうべく、ハナが、使用人棟の裏手に回った瞬間、ピンポンピンポンピンポン、と、大きな電子音が鳴った。

(! )

ビクッとするハナ。 直後、斜め前方、使用人棟と母屋を結ぶ、渡り廊下の始点から強い光。渡り廊下の屋根の隅に 使用人棟の裏手を向けて取り付けられた、センサーライトの光だった。

 ハナ、光を避け、光の当たっていないライトの真下に姿勢を低くして入り、鳴り続けている電子音から逃げるように、渡り廊下を這う形で横切った。

 すると、ライトが消え、電子音も止まる。

 ホッとしたハナだったが、頭上からの弱い光を感じ、見れば、それまでついていなかったように思う、使用人棟の2階の部屋の明かりがついていた。電子音が、中の人に聞こえたのかも知れない。 

 焦って、身を隠せる場所をキョロキョロと探すハナ。と、使用人棟の向かい、ごく薄い金属製と思われる、ハナの背丈ほどの白色っぽい塀が目に留まった。

 その向こうに身を隠そうと、ハナは塀を乗り越える。


 乗り越えた先は、塀で四方を囲われた25メートルプールほどの広さの空間だった。 

 ハナの降り立った地点のすぐ横には、外塀に平行するように、白い塀と同じくハナの背丈ほどの低めの天井をもつ、レンガ造りの建物。建物と向かい合う位置の塀に、簡単なつくりのドアがついている。

 確認のため 明かりのついた窓を振り返り、ハナはハッとした。丸見えだ。ハナのほうから窓が見えるということは、窓からもハナが見えるということだ。

(あ、どうしよう! えっと、見えないようにするにはっ……! )

ハナ、大急ぎで考え、使用人棟側の塀に背中で張りついた。首を無理に捻って窓方向を見てみる。

(うん、見えない! )

 その時、グルル……と、低く、唸り声のようなものが聞こえた気がし、ハナは辺りを見回して、すぐに見つけた。レンガの建物から、複数の黒い影が ゆっくりと出て来ているのを。

 影は、全部で5つ。犬、だった。体高70センチほど、黒く艶やかな短毛の、スマートだが筋肉質の犬。

(そうだった! ここ、犬舎だ! おじいさんの言うことしか聞かない、おじいさんの犬の……っ! )

 犬たちは、唸りながらハナに詰め寄ってくる。

(咬み殺されるっ……? )

死にたいはずなのに、死にたくない、と、ハナは思った。藤堂に殺されて死ぬのだけは、絶対に嫌だと思った。

(だって、それって、すごい敗北感。すっごく悔しい……! )

藤堂の家の犬に殺されるのは、藤堂に殺されるのと同じ気がするのだ。

 ハナ、ゴルフクラブをグッと握り直し、必死で振り回す。

 が、犬たちは、かまわず にじり寄って来る。

 死にたくない! 負けたくないっ! 恐怖心を振り払うように、ワーッ! と大声を上げながら、クラブを振り回し続けるハナ。

(っ? )

不意にクラブが軽くなり、転んだりなんだりするほどではないが、ハナはバランスを崩した。グラついていた先端が、振り回したことにより取れて、飛んでいったのだ。

(あ……)

飛んでいった先端は、ハナの目で追っていた先で、ハナから一番遠いところにいた1頭の頭部に当たった。

 先端が当たった犬は、ガウッと吠え、ハナに飛び掛かる。

(っ! )

固まるハナ。

 瞬間、ハナの視界の隅で、ひとつの影が外塀の方向から飛びだして来、犬舎の屋根の上、ハナと犬たちの間の地面、と、移動。ハナの体を、背中と膝の裏を支える形で すくい上げ、再び犬舎の屋根の上へ。 その間、ほんの1・2秒。 

 背中と膝の裏に当たる 硬く温かい影の感触に、ハナは憶えがあった。

 影は、先程 ビルから飛び降りたハナを受け止めた男性だった。


 男性は、犬舎の屋根の上から、ハナを横抱きにしたまま1・5メートルは距離のある外塀の上へとヒョイッと軽々跳び、そこから敷地外の道路へと、安定した着地。

(…この人、スゴイ……! 忍者みたい……っ! )

感心を通り越し、感動を覚えるハナ。

(この人みたいに出来れば、ちゃんと藤堂のところへ辿り着けるかも! )

自分も、そうなりたいと思った。

(どうすれば、こんなふうになれるんだろ……)

などと、自分で考えるより、本や何かで調べるより、

(そんなの、本人に教えてもらうのが一番早いに決まってる! )

是非とも この男性に教えを請わなければ、と考えた。

 溜息を吐きつつハナを地面に下ろして背を向け、立ち去ろうとする男性。

 ハナ、

(あ、行っちゃう! )

急ぐあまり、

「あ、あのっ……! 」

思わず男性の上着の背中を ガシッと両手で掴まえて、

「弟子にして下さい! 帰るトコ無いので、出来れば住み込みでっ! 」

 頭だけで振り返った男性、

「はあっ? 弟子ぃーっ? 何言ってんの、アンタ」

「私、ここに住んでる 藤堂って人に復讐したいんです! でも、藤堂のトコまで行くことすら出来なくてっ! あなたみたいに身軽に動けたら、藤堂のトコまで辿りつけると思うんです! 私、藤堂に復讐しないと、死ぬことも出来ないんですっ! お願いします! 弟子にして下さいっ! 」

ハナは、もう、本当に必死だった。男性の弟子になるより他に道は無いとまで思い込んでいた。

 男性は静かにジッとハナを見、ややして、自分の上着を握りしめているハナの両手をそっと手を添えて外してから、全身でハナに向き直って、ニッと笑い、

「いいよ、分かった。弟子にしてやる。アンタ、名前は? 」

 ハナ、心からホッとし、たった今 唯一の寄る辺となった男性に、出来る限り良く思われようと、元気と明るさを心がけ、

「はい! ありがとうございます! 雪村花ゆきむらはなといいます! ヨロシクお願いします! 」

「ハナ、か。オレは、霧島早介きりしまそうすけ。ほとんど、その名前じゃ呼ばれないけどね。みんな大体、『サスケ』って呼んでる。アンタは、まあ、気軽に、師匠とでも呼んでくれりゃあいいよ」

「はい! 師匠! 」

「んじゃ、行くか」

「はい! 師匠っ! 」


 歩きだす、ハナの師匠となった「サスケ」と呼ばれているらしい男性。そのままついて行こうとしたハナに、

「ハナ、ここに来る途中でかっぱらった自転車、持って来いよ。ハナが通ってきた道を通って行くからさ、元あった場所に返しとけ。あと、さっきから大事に握りしめてる、その物騒な棒っきれも、ゴミ捨て場に戻しとこうな」

「はいっ! 師匠っ! 」

 自転車を置いてあるのは、すぐそこ。返事をしてから自転車を押して持って来、既に歩き始めていたサスケの後を小走りでついて歩きながら、ハナ、

「でも、かっぱらったワケじゃないですよー! 明らかに放置自転車でした。……っていうか、師匠、どうして知ってるんですかっ? 」

「ああ、ずっと見てたからな。ビルの下でハナを受け止めた後、立ち去るフリしたけど、まだ何かやらかしそうな、アブなそうなヤツだと思ったから、後をつけてたんだ。善良な市民の皆さんが巻き込まれたら気の毒だからさ」

 ハナは、へえっ、と感心。良く思われたい気持ちも手伝って、

「師匠って、人格者なんですね! 素晴らしいですっ! 」

少し大袈裟に褒めてみた。

 サスケ、いやあ それほどでも、と、わざとらしく、照れたように頭を掻く。

「ところで、師匠は本当は早介なのに、どうしてサスケなんですか? 」

「ああ、それはな、『早介』って 早口で10回言ってみ? 」

 言われた通り、ハナ、

「早介、そうすけ、そうすけ、そーすけ、そーすけ、そーすけ、さーすけ、サースケ、サッスケ、サスケ」

10回言い終えてみて、あっ、と口を押さえる。

「……すごいっ! 」

「うん、あと他にはさ、オレの職場の今のポジションに就いた人間は、『サスケ』を名乗ることになってるんだ。オレが初代だけどな。オレを記念して、次の人からもそうしてもらおうと思って」

(……)

真面目に言ってるのか冗談なのか分からず、どう反応していいか困って、ハナは言葉を探し、結果、上手く見つからず、そうなんですかー、と流し気味になってしまってから、

「師匠は、何のお仕事をされてるんですか? 」

 サスケが気を悪くしたのではと サスケの言葉に上手く返せなかった自覚のあるハナは心配したが、サスケは全く気に留めていない様子で、

「警備員だよ。キリセキュリティって警備会社、知ってる? 」

「はい、私の通っている高校の近くなので」

 ハナが頷いたのに頷き返し、サスケ、

「そこの身辺警備部の中の、隠密警護班・通称SHINOBIしのびってのの班長してるんだ」

「隠密警護? って、どんなことするんですかっ? 身辺警備は、何となく分かる気がするんですけどっ」

「ああ、名前の通りだよ。大袈裟になるのを嫌う依頼主のために用意してるサービスでさ、一般の身辺警備なら5人くらい必要なところを、1人でとか、少人数でこっそり護るんだ」

 などとサスケと話しながらの道すがら、ハナは、先端の取れたゴルフクラブをゴミ捨て場に置き、自転車を再び元の場所に放置した。


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