第9話 赤
「……足、もう限界かも」
「あと少しだよ。二層まで戻れば、入口はすぐ」
カメラの映像は、来た時よりずっと重く揺れていた。
四人組の帰還配信。八時間の探索を終えた声には、全員疲労が滲んでいる。
マコト「本日の成果はさっき見せた通りです。素材袋、パンパンです」
アスカ「重くて肩ちぎれそう」
ケンジ「帰ったら焼肉な」
ユウ「賛成……」
『おつかれ』
『大猟だったな』
『素材袋の中身、換金したら結構いくだろ』
『焼肉配信も待ってます』
通路の角を曲がった、その時だった。
画面の外から、何かが飛来した。
鈍い音。
最後尾を歩いていたユウが、声もなく崩れ落ちた。
マコト「ユウ!?」
アスカ「え、なに、なに!?」
『!?』
『今なんか飛んできたぞ』
『ユウ倒れた!』
『どこから!?』
『画面外からだ、映ってない』
通路の前後から、足音。
現れたのは四人。全員が布で顔を覆い、フードを目深に被っている。
カメラが向くと、露骨に顔を逸らした。
「……袋、置いてけ」
マコト「あんたら……!」
「置いて消えろ。それで済む」
『人だ』
『襲撃!?』
『モンスターじゃなくて人かよ』
『顔隠してる、完全に手慣れてる』
『配信中だぞ!? 映ってるの分かってやってんのか』
『映らないように動いてる 角度考えてやがる』
『運営通報した』
『警察案件だろこれ』
『通報したところでダンジョン内は間に合わない』
ケンジ「ユウが動かない! マコト、こいつら本気だ!」
マコト「分かってる……!」
三人が武器を構える。
だが八時間の探索の後だ。構えた剣先が、揺れていた。
「疲れてんな。賢い判断しろよ」
覆面の一人が踏み込む。
ケンジが受けたが、押し込まれて壁まで下がった。
別の一人がアスカに迫る。
アスカ「くっ……重い……!」
『まずいまずい』
『疲労で全然踏ん張れてない』
『三対四、しかも万全と疲労困憊』
『ユウは気絶か? 生きてるよな?』
『息はしてるっぽい、倒れ方的に』
『誰か……誰か来てくれ』
『……なあ、こういう時こそあいつじゃないのか』
『白いやつか』
『来てくれ、頼む』
マコトが二人を相手に受けに回る。
剣が弾かれ、体勢が崩れた。
覆面の一人が拳を振り上げる。
その瞬間、画面の端から、赤いものが飛び込んできた。
『!!!』
『来た!!』
『いや待って赤い!!』
『赤!?』
『白でも緑でもなく赤ww』
『何色まであるんだよお前!!』
赤い人型だった。
形はいつもの、あの単純な人の形。
ただ全身が、消火器のような赤一色。
その赤が、マコトに拳を振り上げた覆面の懐へ、滑り込んだ。
覆面の身体が、真横に吹き飛んだ。
「……は?」
壁に当たって崩れ落ちる仲間を、残りの三人が見た。
「おい、今の何だ」
「知らねえよ! 誰もいねえだろ!」
『素手www』
『チェンソーなしで飛ばした』
『赤は格闘モードか!?』
『多分緊急対応の赤だろ、消火栓とかの』
『緊急事態(物理)』
赤い人型は止まらなかった。
二人目。アスカと打ち合っていた覆面の襟首あたりを掴み、投げた。
覆面が床を二回跳ねて転がる。
「な、なんだ、なんなんだよ!!」
三人目が滅茶苦茶に武器を振り回す。
赤い人型は最小の動きで潜り込み、足を払い、倒れた胴に一撃を落とした。
三人目、沈黙。
『三人目ww』
『止まらん止まらん』
『徒手でならず者を解体していく赤いの』
『動きがキレッキレなんだが』
『ゲンさんの講座受けた成果か?』
『多分関係ないけどそういうことにしとこう』
最後の一人が、背を向けて走り出した。
「く、来るな! 来るなぁ!!」
赤い人型が追う。
三歩で追いつき、伸ばした手が覆面の肩を掴んで、勢いのままに振り回した。
覆面の身体が弧を描いて飛ぶ。
――その飛んだ先に、ケンジがいた。
ケンジ「え」
激突。
覆面とケンジが、まとめて床に転がった。
覆面は動かない。
ケンジも、動かない。
『あ』
『あーーーー』
『味方に当たったwwww』
『ケンジ巻き込まれた!!』
『投げる方向www』
『勢い余ってるんよ』
『四人+一名(誤爆)』
赤い人型が、固まった。
投げの姿勢のまま、動かない。
それから、倒れたケンジと、自分の両手を、交互に見た。
『気まずそうwww』
『両手見てるw』
『「やっちまった」の姿勢だ』
『顔ないのに顔面蒼白なのが伝わってくる』
赤い人型は、大慌てで画面の端へ走った。
消える。
『逃げたww』
『責任放棄か!?』
『いや違う、着替えだ』
『あ、そうか』
『医者だ医者』
戻ってきた人型は、白かった。
帽子、白衣、胸元に十字。
いつもの登場より、明らかに小走りだった。
『急いでるww』
『医者が焦って走ってくるの初めて見た』
『自分でやったからな』
『自業自得治療』
医者のピクトグラムは、まずケンジの前に滑り込むように膝をつき、両手を当てた。
数秒。
ケンジ「……う……あれ、俺、なんで寝て……」
アスカ「ケンジ! よかった……!」
ケンジ「なんか、黒いのが飛んできて……」
『起きた』
『よかった』
『黒いの(ならず者)』
『飛ばした本人が治しました』
『マッチポンプって言うんだよなこういうの』
『言うなw』
医者は続けてユウの元へ移動し、頭のあたりへ丁寧に手を添えた。
最初の一撃で倒れてから、ずっと動かなかったユウの指が、動く。
ユウ「……いっ……つ……あれ? 痛くない……え、何? 何があったの?」
マコト「ユウ!!」
『二人目復帰!』
『全員生存!!』
『よかった……本当によかった』
『最初の一撃、当たりどころ悪かったら危なかったぞ』
『それを含めて治しきったか』
マコトが状況を全く飲み込めないユウとケンジに説明を試み、諦めて、カメラに向き直った。
マコト「えー……コメント欄の皆さん。いま何が起きたのか、後でアーカイブ見て把握します。とりあえず、助かったんですよね? 私たち」
『助かった』
『赤いのが四人全員倒した』
『赤いの?』
『例の白いやつの色違い 今は白に戻って治療してた』
『説明が既に無理あるんよ』
白い人型は治療を終えると立ち上がり、倒れている覆面の四人を順に見回した。
それから画面の端へ歩き、消え、すぐに戻ってきた。
その手には、大きな網。
『網www』
『どこから持ってきたその網』
『魚屋か?』
『いや、あれ多分「捕獲」のピクトグラムの網だ』
『そんなピクトグラムあるか?』
『あるんだよ多分、あいつの中には』
白い人型は手際よく、気絶した覆面たちを一箇所に引きずり集め、網でひとまとめに括った。
四人まとめて、簀巻きである。
『手際ww』
『慣れてる感じ出すな』
『大猟だ』
『今日一番の素材はこいつらかもしれん』
『通報済みだから入口に警備員来てるはずだぞ』
『お土産完成だな』
マコト「……えっと、この、網の……これ、私たちが運ぶんですか?」
白い人型は首を横に振った。
そして網の端を自分で掴み、ずるずると引きずりながら、出口の方向を指差した。
『自分で運ぶ気だw』
『「案内する」ってことか』
『引きずられていく覆面たち、完全に漁獲物』
『地面との摩擦で起きそう』
『起きたらまた寝かせるだけだろ』
四人と、白い人型と、引きずられる網が、通路を出口へ向かう。
奇妙な行列だった。
アスカ「ねえ、これ、隣を歩いてるって認識でいいの?」
『あってる』
『今アスカの左です』
『網引きずってるから音でわかるだろ』
アスカ「あ、ほんとだ。ずるずる言ってる。……ありがとうね。全員無事なの、あなたのおかげだから」
『ケンジは一回そいつに飛ばされたけどな』
『それは言わない約束』
ケンジ「ん? 俺がどうかした?」
『何でもない』
『何でもないぞケンジ』
『アーカイブは見ない方がいいかもな』
入口の光が見えてくる。
その手前で、白い人型は網から手を離した。
四人まとめた網を、出口のすぐ内側に、きっちりと置く。
配達完了、というように、両手をぱんぱんと払う仕草をした。
『置き配www』
『ならず者四名、玄関前にお届け』
『受け取りサインは警備員で』
白い人型は四人に向かってサムズアップをして、通路の暗がりへ、あの肩を揺らす歩き方で戻っていった。
『帰った』
『今日も働いたな』
『赤は緊急対応、白は医者、緑は誘導……色にちゃんと意味あるんだな』
『人間相手にも容赦なかったのが今日の発見だわ』
『モンスターだけじゃないんだ、守る対象基準なんだ』
『でも味方一人飛ばした』
『それは記録から消してやれw』
『無理だろ、アーカイブに残ってる』
『ケンジ、真実はアーカイブの中だ』




