第3話 稼働音
「レン、そっち何かいた?」
「いない。こっちは空振り」
「ミサキは?」
「私も。今日外れ日じゃない?」
三人分の足音が通路に響く。
カメラを持つのはダイチ。前をレン、後ろをミサキが歩く。
『平和』
『今日は雑談回か』
『それはそれでいい』
通路の先で、壁が壊れる音がした。
ダイチ「……今の何」
レン「奥からだよな」
ミサキ「戻らない? ねえ、戻らない?」
カメラが奥を向いたまま止まる。
暗がりから、天井に頭が届きそうな影が這い出てきた。
『は?』
『でかすぎ』
『この階層のじゃないだろ』
『逃げろ逃げろ逃げろ』
ダイチ「走れ!!」
映像が滅茶苦茶に揺れる。
悲鳴。足音。壁。天井。床。
何も分からない映像が数秒続いて、大きな衝撃音と共にカメラが床へ落ちた。
転がった画面に、倒れたダイチと、尻餅をついたミサキが映る。
ミサキ「ダイチ!」
ダイチ「足っ……足、挟まった、瓦礫!」
ミサキ「レン! 手伝って! レン!?」
画面の端を、レンの背中が走り抜けていった。
止まらない。
そのまま通路の向こうへ消えた。
『え』
『逃げた』
『今の見た?』
『仲間置いてった』
『嘘だろ』
『最悪だ』
ミサキ「レン!! レン!!!」
返事はない。
影が近づいてくる。
ダイチ「ミサキ、逃げろ! いいから!」
ミサキ「無理! 無理無理無理、置いてけない!」
ダイチ「頼むから行け!!」
ミサキ「やだ!!」
ミサキが瓦礫に手をかける。動かない。
ミサキ「なんで、なんで動かないの、ちょっと、誰か」
『まずいまずいまずい』
『運営に通報した』
『位置分かる人いる?』
『階層と入口どっちだっけ』
『通報したところで間に合わない』
影の足音が近い。
ダイチは瓦礫を殴りつけ、ミサキは泣きながら引いている。
二人とも、画面など一度も見ない。
その画面の右端から、白い人型が歩いてきた。
『ん?』
『何か映った』
『右のやつ?』
『白いのいる』
『人……?』
『誰か来た? 救助?』
『いや救助があんな見た目なわけない』
『待って』
『待って待って、これ知ってる』
『何を』
『先月、女四人の配信で怪我人治した白いやつがいた』
『は?』
『何言ってんの』
『いや本当に 棒人間みたいな見た目で、怪我人触ったら治った』
『そんな配信知らん』
『小さい配信だったから でも絶対これ同じやつ』
白い人型は、二人の横を素通りした。
そのまま、影とカメラの間に立つ。
『素通りした』
『治すんじゃないの?』
『治すって何の話だよ』
『そういうやつなんだって 前は治療してた』
『今それどころじゃなくない?』
白い人型が、画面の右へ走った。
消える。
『いなくなった』
『逃げたのかよ』
『あーあ』
『いや、前もこれあった 一回消えてから戻ってくる』
『戻って何するんだよ』
『分からん 前は医者の格好になってた』
『言ってる意味が分からん』
ミサキ「来る、来る! ダイチ、来る!!」
ダイチ「くそっ……ミサキ、目、閉じてろ」
ミサキ「やだ、やだ……!」
影が二人の前で身を屈めた。
画面の右端から、白い人型が戻ってくる。
両手に、ギザギザの刃の付いた四角い塊を抱えて。
『戻ってきた』
『何持ってんのそれ』
『チェンソー?』
『チェンソーだ』
『医者じゃないじゃん』
『前と違う 前は本当に医者だった』
『どっちなんだよ』
直後、映像に甲高い機械音が乗った。
ミサキ「ひっ……!?」
ダイチ「な、なんの音!?」
白い人型が影の後ろ脚へ刃を叩き込む。
巨体が跳ね、咆哮が通路を揺らした。
ミサキ「なに!? なんの音なの!? やだ、なに!?」
ダイチ「分かんない、分かんない! 伏せてろ!」
ミサキがダイチに覆いかぶさるように頭を抱える。
二人とも、目の前の戦いを一切見ていない。
見えていない。
『二人ともパニックだ』
『そりゃそうなる』
『音だけ聞こえてるっぽいな』
『姿は見えなくて音はするのか』
『こっちは映像で見えてるから分かるけど、現地それ地獄だろ』
『真っ暗闇でチェンソーの音だけ鳴ってるようなもんか』
影が暴れ、尻尾が薙ぎ払われる。
白い身体が壁に叩きつけられ、床を転がった。
『飛ばされた!』
『当たるんだ』
『大丈夫か』
『起きた』
白い人型は立ち上がり、構え直す。
影は頭を振り回している。自分を切った相手を、探して、見つけられない。
『敵からも見えてないんだ』
『一方的すぎる』
『でもさっき普通に食らってたぞ』
機械音が再び高くなる。
前脚。胴。
三撃目で巨体が傾き、床を震わせて倒れた。
音が止む。
通路に、ミサキの泣き声だけが残った。
ミサキ「……終わった? ねえ、終わったの?」
ダイチ「……足音がしない」
ミサキ「なんで? なんで倒れてるの?」
ダイチ「知らねえよ……なんだよこれ……」
『倒した』
『マジで倒した』
『チェンソー強すぎ』
『これ二人とも何が起きたか分かってないんだよな』
『敵が急に暴れて急に死んだようにしか見えてないはず』
白い人型が画面の端へ歩き、消えた。
『また消えた』
『次は医者だぞ』
『だからさっきから何の話してんの』
『見てれば分かる』
少しして、白い人型が戻ってきた。
帽子。白衣。胸元に十字。
『ほら』
『……本当に医者になった』
『言った通りだろ』
『着替えてきたってこと?』
『そうとしか見えない』
『は?』
医者のピクトグラムがダイチの前にしゃがみ、瓦礫に手を置いた。
瓦礫が横へずれる。
ダイチ「うわっ!? 動いた! 石が勝手に……!」
ミサキ「ひっ」
続けて、白い手がダイチの足へ触れた。
ダイチ「っ!? 今、触られた! 誰かに触られた!」
ミサキ「誰もいないよ!? 誰もいないってば!!」
ダイチが足を引き抜き、後ずさる。
そのまま動きが止まった。
ダイチ「……痛くない」
ミサキ「え?」
ダイチ「折れたと思ったのに、痛くない」
『治した』
『前と同じだ 前もこうやって怪我人触って治してた』
『お前さっきから一人だけ詳しいな』
『だから先月見たんだって』
『その配信のアーカイブある?』
『探せば残ってるはず 後で貼る』
ミサキがダイチの足を掴んで確かめる。
ミサキ「……ほんとだ。なんで」
ダイチ「分かんない。もう何も分かんない。帰ろう。帰りたい」
ミサキ「うん……うん」
二人が立ち上がる。
医者のピクトグラムは少し離れた場所から二人を見ていた。
やがて、片手を上げる。
『手振ってる』
『帰るやつだこれ』
『おつかれさま』
『いや馴染むなよ こっちはまだ何も分かってない』
白い姿が画面の端へ歩き、消えた。
二人はカメラを拾いもせず、肩を貸し合いながら入口の方へ歩いていく。
ミサキ「ねえ、レンは」
ダイチ「……いいよ、もう」
ミサキ「よくない」
足音が遠ざかり、床に置かれたままのカメラには、誰もいない通路と、倒れた巨体だけが映っていた。
『置いてったカメラで撮れ高だけ残るの何なんだ』
『レンのことは一生許さん』
『それはそれとして白いやつ何なの』
『だから前にもいたんだって 怪我治す白いピクトグラム』
『今回チェンソーで戦ってたけど』
『前は戦ってない 治しただけ』
『格好で出来ることが変わる……とか?』
『分からん ただ、一回消えてから格好変えて戻ってくるのは前も今回も同じ』
『アーカイブ早く貼れ』
『今探してる』




