第19話 拾い物
「……囲まれた、って言っていいのかなこれ」
ソロ配信者のナオヤは、岩壁を背に、じりじりと後ずさっていた。
視界の先。通路の床、壁、天井。
そのすべてが、蠢いていた。
一匹一匹は犬ほどの大きさの、甲虫型モンスター。
それが、数え切れない。
ナオヤ「六層でワーカービートルの巣、踏んじゃったっぽいです。……数、五十じゃきかないですねこれ」
『多い多い多い』
『画面が虫で埋まってる』
『巣踏みは事故だ、運が悪い』
『一匹一匹は雑魚だけど、この数は無理だろ』
『逃げ道は!?』
ナオヤ「退路も、もう」
振り返った先の通路にも、黒い甲羅の波が、みっしりと詰まっていた。
挟まれている。
ナオヤ「……あー。これは、まいったな」
『落ち着いてる場合か!』
『通報した!』
『壁登れないか?』
『壁にもいるんだよ!』
『頼む、来てくれ こういう時のあれだろ』
『多勢に無勢すぎる 来てくれたとして、この数どうすんだ』
甲虫の波が、じり、と縮まった。
包囲の輪が、狭まっていく。
ナオヤが、覚悟を決めて剣を構えた、その時だった。
――コケコッコオオオオオオォォォ!!!
『!?』
『!?!?』
『鶏!?』
『今、鶏鳴かなかった!?』
『ダンジョンの六層で??』
『朝??』
ナオヤ「…………今の、何」
甲虫の群れも、一斉に動きを止めていた。
音の出所を探すように、無数の触角が、揺れる。
通路の奥。
包囲の外側から、地響きが近づいてきた。
どっ、どっ、どっ、どっ。
重い、二本足の足音。
そして、通路の暗がりから、それは、飛び出してきた。
巨大な、ニワトリだった。
体高二メートル半。
燃えるように赤いトサカ。
鋼のような光沢の羽毛。
太い脚の先には、猛禽のような鉤爪。
そして、その背中に――白い人型が、跨っていた。
『『『??????』』』
『ニワトリ!!!!』
『でっっっか!!』
『乗ってる!!! あいつが乗ってる!!!』
『騎乗してるwwww』
『何それ!!! 何それ!!!』
『はねどりライダー参上wwww』
白い人型は、巨大ニワトリの首元の羽毛をしっかり掴み、片手を高く上げていた。
完全に、参上のポーズだった。
ナオヤ「で、でかい鳥!? 鳥が来た!? え、これもモンスター!? 挟み撃ち!?」
『違う』
『違うぞナオヤ、それは救援だ』
『その鳥には例の白いピクトグラムが乗ってる』
『君には鳥しか見えてないだろうけど、手綱を握ってる奴がいるんだ』
ナオヤ「え? え??」
巨大ニワトリは、包囲の外周で急停止すると、首を下げ、甲虫の大群を睥睨した。
そして。
――コッ。
短く鳴いて、群れに、頭から突っ込んだ。
地獄が、始まった。
ついばむ。
ついばむ。
ついばむ。
鋼のくちばしが、機関銃のような速度で上下し、一突きごとに甲虫が一匹、消えていく。
文字通り、消えていく。
食べているのだった。
『食ってるwwww』
『餌!! 完全に餌!!』
『バイキング会場と化した包囲網』
『ついばむ速度が音速なんよ』
『甲虫側から見たら災害だろこれ』
『さっきまでの絶望的な包囲網が、今や食べ放題の皿』
甲虫たちが、恐慌をきたして散り始めた。
だが、遅い。
巨大ニワトリの脚が一薙ぎするたび、鉤爪が数匹まとめて弾き飛ばし、弾かれた先から、くちばしが回収していく。
背の上の白い人型は、進行方向を指差しては、ニワトリを的確に、群れの濃い場所へ誘導していた。
『手綱さばきが上手いw』
『効率的な収穫ルートを組んでる』
『農家の顔だ』
『指差した方向に突っ込んでいくニワトリ、完全に息が合ってる』
『いつの間に手懐けたんだよ』
三分後。
通路には、静寂が戻っていた。
あれだけいた甲虫は、一匹残らず、消えていた。
巨大ニワトリの腹は、心なしか、膨れていた。
――コケッ。
満足げに、短く鳴く。
ナオヤ「……………………」
ナオヤは、壁に張り付いたまま、動けずにいた。
ナオヤ「……た、助かった……のか? 俺。この鳥に……?」
『助かったんだよ』
『正確には鳥と、鳥に乗ってた奴に』
『五十匹以上が完食されました』
『所要時間三分』
巨大ニワトリが、のし、のし、とナオヤに近づいてきた。
二メートル半の巨体に見下ろされ、ナオヤの顔が引きつる。
ナオヤ「ひっ……く、食われる……!?」
『大丈夫だ多分』
『白いやつが首元ぽんぽんしてる』
『「こいつは食うな」って言い聞かせてるっぽい』
『躾までしてるw』
ニワトリは、ナオヤの顔をじっと見ると、こつん、と額を軽くつついた。
挨拶、のようだった。
ナオヤ「つ、つつかれた……甘噛みならぬ、甘つつき……?」
『懐かれてるじゃん』
『命の恩鳥』
『それにしてもこのニワトリ何なんだ』
『見た目、完全に魔物なんだよな』
『鑑定できる人いないか、画像から』
『……おい、ちょっと待て』
『どうした』
『こいつ、図鑑で見たことある 「コカトリスもどき」って通称の、十三層以下に出る鳥型モンスターだ』
『十三層以下!?』
『石化はしないけど気性が荒くて、討伐推奨の危険個体って書いてある』
『討伐推奨wwww』
『危険個体に乗るなwww』
『あいつ、どこで拾ってきたんだよ!!』
白い人型が、ニワトリの背から、ひらりと降りた。
そして、ナオヤに向かってサムズアップ。
それから、ニワトリの首を撫でながら、心なしか、誇らしげに胸を張った。
――どうだ、うちの子。
『「どうだうちの子」みたいな顔すなww』
『顔はないけどな』
『飼い主気取りだ』
『気取りじゃなくてもう飼い主なんだよなあ』
『いつからだよ!! いつから飼ってたんだよ!!』
『あっ』
『ん?』
『マッスル坊主'zの回、覚えてるか』
『プロテイン鳥……』
『十五層……鳥型……』
『まさか』
『あの後、鳥つながりで興味持った説』
『プロテイン鳥を「討伐」した後に別の鳥を「保護」するな』
『情緒どうなってんだ』
白い人型は、コメントの喧騒など知らぬ顔で、どこからか取り出した葉っぱをニワトリに食べさせていた。
デザート、らしい。
『餌やりしてるw』
『五十匹食った後のデザート』
『よく入るなその腹』
ナオヤ「あ、あの……コメント欄の皆さん。整理させてください。俺を助けてくれたのは、例の白いピクトグラムで……その、彼?が、この巨大なニワトリを、飼ってる……?」
『そう』
『概ねそう』
『補足するとそのニワトリは討伐推奨の危険モンスターです』
ナオヤ「危険モンスター」
『でもほら、見ろよあの懐きっぷり』
『白いやつの後ろをぴったり付いて歩いてる』
『ヒヨコの刷り込みかよ』
白い人型が歩けば、巨大ニワトリが、のし、のし、と付いていく。
白い人型が止まれば、止まる。
白い人型が振り返れば、こつん、と額でつつく。
完全に、懐いていた。
『可愛い……のか?』
『可愛いだろ』
『二メートル半あるけどな』
『トサカの角度が生意気で可愛い』
『餌代どうしてるんだろう』
『さっき見ただろ、餌は現地調達だよ』
『害虫駆除しながら食費浮かせてるのか 合理的すぎる』
白い人型は、ナオヤに向き直ると、ニワトリを指差し、それから通路の奥を指差した。
――こいつと帰る。
ナオヤ「あ、帰るんですね。……あの! ありがとうございました! 鳥さんも、ありがとう!!」
ナオヤが頭を下げると、ニワトリが、返事のように高く鳴いた。
――コケコッコオオオォォ!!
『鳴き声で返事したw』
『礼儀正しい危険個体』
『しかしこれ、放置でいいのか?』
『何が』
『いや、討伐推奨個体が飼育されてる件、協会的にはまずいだろ』
『誰が回収するんだよ』
『あいつから取り上げられる奴、この世にいるか?』
『いないな』
『骸骨と果たし合いする奴のペットだぞ』
『飼い主の身元も不明だから始末書の宛先もない』
『協会の中間管理職に同情するわ』
白い人型が、ニワトリの背に、再びひらりと跨った。
手綱代わりに首元の羽毛を握り、進行方向を指す。
巨大ニワトリが、力強く足を踏み出した。
どっ、どっ、どっ、どっ。
地響きと共に、一人と一羽が、通路の暗がりへ駆けていく。
去り際、白い人型が片手を上げた。
いつものサムズアップ――ではなく、西部劇のガンマンのような、気取った敬礼だった。
『敬礼して去ったww』
『はねどりライダー、次の現場へ』
『かっこつけてるのが腹立つw』
『様になってるのがもっと腹立つ』
蹄……ではなく鉤爪の音が、遠ざかっていく。
最後に、遠くで一声。
――コケコッコオオオオォォ……。
ナオヤ「……行っちゃった」
ナオヤは、しばらく通路の奥を見つめてから、カメラに向き直った。
ナオヤ「えー……本日の配信、ワーカービートルの巣を踏んで死にかけましたが、通りすがりの……ニワトリの騎士? に助けられました。……このまとめで、合ってます?」
『合ってる』
『合ってるのが怖いんだよな』
『切り抜きタイトルは「はねどりライダー参上」で確定です』
『もう三つ切り抜き上がってた』
『仕事早すぎるだろ』
『wikiの所持品欄、更新しないと』
『「刀、本、プロテイン、ニワトリ(生体)」』
『所持品に生体が入るな』
『ペット欄を新設しました』
『管理人有能』
『次の出現時、ニワトリ連れてるのか単独なのか、賭けようぜ』
『連れてる方に千円』
『俺も連れてる方』
『全員同じ方に賭けたら成立しないんよ』




