第11話 開店
「……はい、というわけで、状況を整理します」
スマホのライトが、土の壁を照らしていた。
画面に映るのは、狭い縦穴の底。
壁に背を預けた男が二人。
タカシ「中堅探索者、タカシとノブの二名。四層の隠し落とし穴に、二人揃って落ちました」
ノブ「揃って落ちるなよって話ですよ。俺が落ちて、こいつが覗き込んで、崩れて落ちてきた」
タカシ「悪かったって」
ノブ「俺は脚。こいつは腕。折れてます。多分どっちも」
タカシ「深さは目測で七、八メートル。壁は脆くて登れません。救助要請は済み。位置情報も送信済み。ただ……」
ノブ「四層の奥なんだよな、ここ。救助隊が来るまで、早くて五時間って言われた」
『五時間……』
『長い』
『骨折で五時間はきつい』
『水はあるの?』
タカシ「水はあります。あと、モンスターがこの穴を覗きに来ないことを祈るだけです」
ノブ「で、暗い穴で二人で黙ってると気が滅入るんで、配信つけました。誰か喋ってください」
『喋るぞ』
『何でも聞け』
『いつもの視聴者20人、全員いるからな』
『こんな時までいつもの面子で草』
タカシ「常連しかいない配信で助かった。じゃあ雑談で。……ノブ、痛みどう」
ノブ「動かさなきゃ我慢できる。お前は」
タカシ「同じく」
『無理すんな』
『痛み逸らすには喋るのが一番いい』
『そういえば先週の配信で言ってた装備更新どうなった』
タカシ「あー、籠手ね。買ったよ。今、折れた方の腕についてる」
『効果なかったのかよ』
『落下は籠手じゃ防げんw』
ノブ「笑わせんな、脚に響く」
ぽつぽつと、他愛のない会話が続いた。
三十分が過ぎた頃。
ノブ「……なあ、タカシ」
タカシ「ん」
ノブ「何か聞こえないか」
タカシ「何かって」
ノブ「音楽」
タカシ「……は?」
二人が黙る。
配信の音声にも、それは乗り始めていた。
ピッ、ピリリッ。
甲高い笛の音。続けて、陽気な打楽器の連打。
チャッチャカ、チャッチャカ、ドンドンドン。
サンバのリズムが、遠くから、少しずつ近づいてくる。
『え?』
『音楽?』
『聞こえる』
『配信にも乗ってるぞ』
『サンバじゃねえかこれ』
『笛と太鼓のリズム、完全にカーニバルのやつ』
『なんでダンジョンで??』
タカシ「おい、聞こえるよな? 俺の幻聴じゃないよな?」
『聞こえてる』
『こっちにも聞こえてます』
『ということは幻聴ではなく音源がある』
『ダンジョンの四層にサンバの音源が?』
『書いてて意味分からん』
ノブ「近づいて、きてる……よな」
タカシ「……モンスターで、音楽鳴らすやつって、いたか?」
ノブ「聞いたことねえよ、そんな愉快なやつ」
音楽が、はっきりと大きくなった。
穴のすぐ上まで来ている。
そして、リズムは鳴り続けたまま、足音だけが止まった。
タカシがスマホを持ち上げ、穴の上へライトとカメラを向けた。
穴の縁から、白いものが、ひょこりとこちらを覗き込んでいた。
丸い頭。単純な輪郭。
『!?』
『なんかいる!!』
『白い!?』
『人??』
『いや人じゃないだろ、なんだあの見た目』
『棒人間?』
『トイレのマークみたいなやつが覗いてる』
ノブ「……おい、タカシ。上に何かいるか? 俺の位置から見えん」
タカシ「それが……何もいない」
ノブ「は? カメラ向けてんだろ」
タカシ「向けてる。でもライトの先に何もいない。……コメント欄、なんか映ってる?」
『映ってる!!』
『白い人型が穴から覗いてる』
『トイレのマークが見下ろしてます』
『言葉にすると頭おかしいけど本当に映ってる』
タカシ「……見えないんだけど。え、何。何も見えないんだけど」
ノブ「おいやめろよ、そういうのが一番怖いんだよ! 骨折より先に心臓に来るわ!」
白い人型が、穴の縁から、ためらいなく飛び降りた。
八メートルを、すとん、と。
着地音すらほとんどなく、二人のすぐ前に降り立つ。
サンバは、鳴り続けている。
『飛び降りたww』
『躊躇ゼロ』
『八メートルをノーダメで降りるな』
『音楽の発生源、こいつじゃないか?』
『近づいたら音もでかくなったもんな』
『BGM自前のやつ初めて見た』
『しかも選曲がサンバ』
ノブ「うわっ、音、真横で鳴ってる! 真横!! タカシ、真横で笛と太鼓鳴ってるって!!」
タカシ「見えない! 見えないのに音だけそこにある!!」
『落ち着け』
『二人とも落ち着け』
『とりあえずそいつ、今のところ何もしてない』
『腰に手当てて君らを見てるだけ』
『リズムに合わせて微妙に揺れてるのが気になる』
『ノってるw』
白い人型は二人を交互に見て、それから、すっとカメラの画角の外……穴の隅の暗がりへ歩いた。
姿が映像から消える。
サンバだけが、隅で陽気に鳴っている。
『消えた』
『いや、穴の隅にいる 音でわかる』
『何してんだ』
戻ってきた人型は、姿が変わっていた。
帽子。白衣。胸元に十字。
『……え?』
『格好変わった?』
『さっき普通の棒人間だったよな?』
『穴の隅で着替えた??』
『医者? 医者なのか?』
『情報の渋滞がすごい』
医者の姿になった白い人型は、まずノブの前に膝をつき、折れた脚に手を置いた。
ノブ「ひっ……なんか触られた! 脚触られた! タカシ!!」
タカシ「見えない!! 俺に言うな!!」
ノブ「サンバ流しながら見えない何かに脚触られてんだぞ俺は!! 怖……く、な……」
ノブの声が、途中で止まった。
ノブ「…………痛くない」
タカシ「は?」
ノブ「痛くない。脚。……嘘だろ、動く。曲がる。折れてたのに」
『え』
『治った?』
『骨折が?』
『触っただけで?』
タカシ「動かすなって、悪化――」
ノブ「してない! 見ろ!」
ノブがその場で膝を曲げ伸ばしする。
直後、医者の人型はタカシの前へ移動し、腕へ手を置いた。
タカシ「うわ、来た、来た来た……あ」
数秒後。
タカシは自分の腕を、ゆっくりと持ち上げた。
握って、開く。
タカシ「……治ってる。俺のも治ってる」
『二人とも治った』
『医者の格好で来て治すって、そのまんますぎるだろ』
『何なんだこいつは』
『いい奴なのは確定した』
『サンバは謎のままだけどな』
ノブ「なあ、コメント欄。これ、何なんだ? お前ら何か知ってるのか?」
『知らん』
『初めて見た』
『誰も知らんぞこんなの』
『白い、サンバ鳴る、見えない、骨折治す 以上が判明してる全情報です』
『まとめても意味不明で草』
医者の人型は立ち上がると、また穴の隅の暗がりへ歩いて消えた。
サンバが、隅で鳴り続ける。
『また着替えか』
『次は何になるんだ』
戻ってきた姿は、ヘルメットを被り、肩に大きなツルハシを担いでいた。
『工事のおっさんだww』
『工事中の看板のやつ!』
『何する気だ』
工事の人型は壁に向き直ると、ツルハシを振るい始めた。
土壁に、一段。また一段。
足を掛けられる大きさの段差が、下から順に刻まれていく。
チャッチャカ、チャッチャカ、ドンッ。
ドンッ、のところで、ツルハシが壁に入る。
『階段作ってるwww』
『救助隊より早い』
『打ち込みがリズムに合ってるww』
『太鼓の頭拍でツルハシ振るな』
『陽気な工事現場すぎる』
『五時間かかる救助をサンバで追い抜いていくな』
タカシ「壁が! 壁が勝手に削れてる!!」
ノブ「階段……階段作ってないかこれ!?」
数分後。
穴の底から縁まで、一直線の階段が完成した。
工事の人型はツルハシを担ぎ直し、階段の一段目を指し、それから二人を見た。
タカシ「……えっと、コメント欄。今どうなってる」
『階段が完成しました』
『壁に階段が彫られてる、マジで』
『登れってジェスチャーしてる』
『どうぞの手つきしてます』
ノブ「登って、いいのか? これ」
『多分』
『骨も治ったんだし行けるだろ』
『崩れたらまた治してくれるんじゃね』
『縁起でもないこと言うな』
二人は顔を見合わせ、慎重に階段へ足を掛けた。
崩れない。
しっかりと、体重を受け止める。
一段ずつ、二人が登っていく。
工事の人型は最後尾についた。落ちてきたら受け止める、という位置で。
やがて、二人の頭が穴の縁を越えた。
タカシ「……出た」
ノブ「出た!! 地上だ!! いや地下だけど!! 穴の外だ!!」
『脱出成功!!』
『おめでとう!!』
『救助完了、所要時間およそ十五分』
『救助隊の立場よ』
二人が穴の縁に座り込む。
工事の人型も縁まで登ってくると、ヘルメットのつばに手を当て、額をぬぐう仕草をした。
『出た、額拭くやつ』
『一仕事終えた顔してる』
『顔はないけどな』
タカシ「なあ……そこにいるんだよな。音がそこにあるから、分かる」
タカシが、サンバの鳴る方へ頭を下げた。
タカシ「ありがとう。あんたが誰でも、何でも。……助かった。本当に」
ノブ「ありがとうございました!!」
ノブも勢いよく頭を下げる。
白い人型は、二人に向かってサムズアップをした。
『サムズアップしてる』
『届いてるぞ、気持ち』
そして、くるりと背を向けると、肩を揺らす妙に軽い足取りで、通路の暗がりへ歩き出した。
チャッチャカ、チャッチャカ、ドンドンドン。
笛の音が、ひときわ高く鳴った。
サンバが、少しずつ、遠ざかっていく。
やがて、聞こえなくなった。
ノブ「……行った、のか」
タカシ「音が消えたから、多分」
ノブ「…………なあ、タカシ。俺たち今日、何に会ったんだ?」
タカシ「分からん。分からんけど……救助隊が来たら、なんて説明する?」
ノブ「『白いトイレのマークがサンバ流しながら骨折治して階段作ってくれました』」
タカシ「錯乱したと思われて終わりだな」
『映像があるから大丈夫だぞ』
『アーカイブ残せよ絶対』
『つーか俺いま「白い ピクトグラム 配信」で検索したんだけど』
『どうした』
『出てくる いっぱい出てくる』
『は?』
『まとめスレある 過去に何回も出てるらしい 有名なやつだったこれ』
『マジかよ』
『じゃあ俺たち、有名人の訪問受けてたのか』
『知らなかったの、俺らだけ?』
タカシ「……え、何。こいつ、有名なの?」
『有名でした』
『今スレのURL貼る』
『骨折治すのはいつも通りらしいけど、サンバは今日が初らしいぞ』
『初出しの新機能、うちの配信で披露されたのか』
『視聴者20人の配信で新機能出すな』
『登録者、今100人超えたぞ』
『今200』
ノブ「……なあタカシ。俺たち、落ちてよかったのかもしれん」
タカシ「よくはない」




