第1話 出現
頭空っぽにして読んで下さい
「ちょっと待って、右!」
声と同時に映像が大きく揺れた。
画面の端を黒い影が横切る。
『来た!』
『右右右!』
『近い近い』
『四人いるから平気だろ』
カメラが振り向いた時には、三人がすでに武器を構えていた。
奥にいた一人だけが反応に遅れる。
「ユナ!」
何かがぶつかった。
ユナの身体が横へ飛び、地面を転がる。
「っ……」
『え』
『まずい』
『今の直撃だろ』
『ユナ動いてない』
「ミオ、そっちお願い!」
「分かった!」
「サキ、挟むよ!」
「もうやってる!」
三人が駆けていく。
カメラは地面へ倒れたユナを映したまま、少しだけ傾いた。
その左端から、白い人型が歩いてきた。
『ん?』
『何あれ』
『左』
『なんかいる』
『白い人?』
『いや人じゃなくね?』
丸い頭。
単純な胴体。
棒のような手足。
白一色で描かれた、人を示す記号のような姿だった。
『ピクトグラム?』
『なんで?』
『編集?』
『生配信だぞ』
『ユナの横にいる』
白い人型は倒れたユナのそばまで歩いていった。
ユナは反応しない。
そのまま白い人型は彼女の周囲を一周した。
『何してんだこいつ』
『見てる?』
『ユナ気づいてないのか』
『いや今それどころじゃないだろ』
『でも目の前だぞ』
白い人型がしゃがむ。
少しして立ち上がると、画面の左側へ歩き、そのまま映らなくなった。
『消えた』
『なんだったんだ』
『バグ?』
『さっきから形はっきりしすぎだろ』
『待って』
『戻ってきた』
再び画面に入ってきた白い人型は、さっきとは姿が違っていた。
頭には小さな帽子。
首から下には白衣らしき輪郭。
胸元には十字の印まで増えている。
『医者になった?』
『は?』
『さっき普通の人型だったよな』
『画面外で着替えたのかよ』
『ピクトグラムが?』
白い医者はユナの横へしゃがんだ。
片手を彼女の胸元へ置く。
『おい触った』
『ユナ反応しろ』
『これ配信スタッフ?』
『スタッフならユナが気づくだろ』
数秒が過ぎた。
「……う」
ユナの指が動いた。
『動いた!』
『ユナ!』
『起きたぞ』
医者のピクトグラムは手を離す。
ユナがゆっくり身体を起こした。
「痛っ……あれ?」
『大丈夫か!?』
『さっき完全にやばかったぞ』
『医者が触ってから起きた』
『偶然だろ』
『いやタイミングおかしいって』
ユナは胸元を押さえ、それから服の上を何度か触った。
「……痛くない」
『は?』
『え?』
『さっき吹っ飛ばされてたよな』
『普通に立てるの?』
「ユナ!」
少し離れた場所から声が飛んできた。
「動かないで! 今そっち行くから!」
ユナが声の方を見る。
「大丈夫! なんか……大丈夫!」
「大丈夫な飛び方じゃなかったから!」
『それはそう』
『俺らもそう思う』
『いや医者』
『医者まだ横にいるぞ』
医者のピクトグラムは立ち上がり、ユナのすぐ横にいた。
ユナは一度もそちらを見ない。
『見えてない?』
『いやいやそんなわけ』
『今完全に隣だぞ』
『ユナ、左見て』
『コメント見てる余裕ないか』
ユナが落ちていたカメラを拾った。
映像が持ち上がる。
「ごめん、カメラ落とした。みんな見えてる?」
『見えてる』
『それより左』
『左見ろ』
『お前の横』
「左?」
ユナが左を向いた。
医者のピクトグラムと真正面から向き合う。
「……?」
『いるだろ!?』
『目の前だぞ』
『なんで無反応なんだよ』
ユナは首を傾げた。
「何?」
『見えてない』
『マジか』
『こいつ見えてないぞ』
『カメラには映ってるのに?』
医者のピクトグラムが、ユナの顔の前で片手を振った。
反応はない。
『手振ってるw』
『完全に試してるだろこれ』
『向こうも見えてないの確認してない?』
「コメントどうしたの?」
『お前の目の前に白い奴がいる』
『医者みたいなピクトグラム』
『さっきそいつがお前触った』
『その直後に起きた』
「……何それ」
ユナがカメラを自分の方へ向ける。
「変なもの映ってる?」
『今後ろ』
『まだいる』
『めっちゃいる』
ユナが振り返る。
医者のピクトグラムは、少し離れた場所に立っていた。
やはりユナは何も見つけられない。
「みんなで私を騙そうとしてない?」
『人数考えろw』
『コメント欄総出のドッキリは無理だろ』
『スクショ撮った』
『俺も』
『録画してる奴いる?』
『最初から画面録画してる』
遠くで短い悲鳴が上がった。
続いて大きな音。
「終わった!」
「ユナ!」
三人が戻ってくる。
「怪我は!?」
「それが、なんともない」
「は?」
「さっき絶対折れたと思ったんだけど」
「そんなわけある?」
『後ろの医者を見ろ』
『医者まだいるぞ』
『三人も気づかない?』
『誰も見てないな』
医者のピクトグラムは四人を眺めていた。
やがて片手を上げる。
『手振ってる』
『帰るのか?』
『なんなんだこいつ』
そのまま画面の端へ歩いていく。
『あ』
『行くぞ』
『待て待て待て』
『消えた』
カメラが追いかける。
そこには何もいなかった。
「だから何を映してるの?」
「コメントが変なんだよ。白い人がいるとか」
「白い人?」
「医者らしい」
「……怖いこと言わないでよ」
『怖いのこっちだよ』
『確実に映ってた』
『録画残ってるよな?』
『残ってる』
『最初は普通のピクトグラムだった』
『一回画面から消えて医者になって戻ってきた』
『しかもユナに触った』
『それで怪我治った?』
『偶然にしては出来すぎだろ』
『そもそも何で四人とも見えてないんだよ』
『カメラにだけ映るってこと?』
『でも触ってたぞ』
『映像だけなら治療できないだろ』
『じゃあ実在してるのか?』
『実在してるのに本人には見えない?』
四人はコメントを読みながら、しばらく誰も口を開かなかった。
映像の中に、白い人型はもういない。
『あれは一体なんだったんだ』




