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第一章 36 『第六騎士団配属』



 ナーヴァが第六騎士団での保護を告げた後、卓斗たちは資料室から隣の記録室へ移された。


 移動といっても、長い廊下を歩いたわけではない。資料室の奥にある扉を抜けると、そこには手続き用の小部屋があった。壁には第六騎士団の紋章があり、机の上には記録札と封印済みの書類、魔導具らしき透明板が並んでいる。


 卓斗はその机を見た瞬間、顔をしかめた。


 文字は相変わらず読めない。読めないものが並んでいるだけで、何かを勝手に決められるような気分になる。王命で読めない文書への署名は求めないと決まったはずだが、体の方がまだ警戒を解いていなかった。


「配属って言われると、就職したみたいで嫌なんだけど」


 卓斗がぼやくと、ナーヴァは記録机の前で振り返った。


「就職じゃない」


「じゃあ何?」


「保護。協力。記録」


「三単語で人生決めないで?」


 卓斗は思わずツッコんだが、ナーヴァは表情を変えなかった。


 七歳の少女が、あまりにも当然のように団長席へ立つ。まだ違和感はある。だが、先ほど彼女がデュランダルで拘束線だけを切った場面を思い出すと、見た目だけで子ども扱いする方が危険だと分かる。


 レオンが机上の記録札を一つ取り、卓斗たちに見える位置へ置いた。


「これから読み上げる。書かれている内容の確認であり、署名は求めない」


 その一言で、恵依が小さく頷いた。


「内容を聞き、必要があれば確認します」


「そうしてくれ」


 レオンは記録札を開いた。


 透明板の上に文字が浮かぶ。卓斗にはやはり読めない。だが、レオンが一つずつ声に出して読み上げるため、何が記録されるのかは分かる。


「成瀬卓斗、流川恵依、西野絵麻。以上三名は異界由来者であり、竜精霊三柱の契約者として確認済み。三名は第六騎士団預かりの一時保護対象兼、条件付き協力者とする」


 卓斗はすぐに手を上げた。


「騎士として入団したわけじゃない、で合ってる?」


 レオンは頷いた。


「合っている。現時点で君たちは騎士ではない。第六騎士団が保護し、必要な説明と訓練、調査協力を行う立場だ」


「調査協力って言葉、ちょっと怪しいんだけど」


 ナーヴァが短く答えた。


「同意あり」


「そこ大事」


 卓斗はナーヴァを見た。


「つまり、俺らは囚人でも兵器でもなく、保護されつつ協力する立場ってことでいい?」


「そう」


「あと、俺をアシェラ扱いしない」


「しない」


「便利な探知機扱いもしない」


「しない。必要なら聞く」


 卓斗はそこで、思わず息を吐いた。


「その“聞く”って言葉、今日一番ありがたいかもしれん」


 ティナが横から卓斗を見たが、何も言わなかった。


 強制契約で始まった関係の中で、聞くという言葉がどれほど重いか、彼女にも分かっているのだろう。卓斗はあえてそこを追撃しなかった。言いたいことは山ほどあるが、今はこの条件が記録されることの方が重要だった。


 レオンは続ける。


「三名を意図的に分断しない。竜精霊と契約者を引き離さない。読めない文書への署名を求めない。能力実演を求めない。帰還希望と契約解除希望を記録し、削除しない」


 恵依はそこで一歩前へ出た。


「確認します。帰還手段は、フィオラ様の復活とは別に調査されますか」


 ナーヴァは迷わず答えた。


「調べる」


「契約解除の可否は?」


「調べる」


「分霊石の現地での役割は?」


「確認する」


「記録は、王城、第六騎士団、検査棟のいずれにも残りますか」


 レオンが答えを引き継いだ。


「残る。中継地点からの記録も紐づける。削除や改変が必要な場合は、王命により理由を明示する必要がある」


 恵依は少しだけ息を整えた。


「分かりました。現時点では、その記録条件で受け入れます」


 絵麻は机上の記録札を睨むように見ていた。


 読めない文字が並んでいること自体、彼女にとっては気に入らないのだろう。だが、レオンが読み上げ、千佳とナーヴァが同席し、条件が一つずつ言葉にされている。その手順は、中継地点で自分たちが求めたものに近かった。


「勝手に連れて来られたこと、なかったことにしないでよ」


 絵麻の声は強かった。


 ナーヴァは絵麻を見た。


「しない」


「フィオラ復活のために、私たちを使うだけとかもなし」


「なし。協力は聞く」


 絵麻はしばらくナーヴァを見つめた。


 完全に信じたわけではない。だが、少なくともこの少女は、嫌だという言葉を無視して先へ進めようとはしない。絵麻はそこだけを受け取り、短く息を吐いた。


「じゃあ、そこも記録して」


「する」


 ナーヴァは記録係へ視線を向けた。


 記録係は慌てず、透明板へ文字を追加する。卓斗には読めないが、レオンがその追加内容を改めて読み上げた。絵麻の発言も、条件として残される。勝手に連れて来られたことを、なかったことにしない。その一文が、彼女の中で少しだけ意味を持ったようだった。


 レオンは次の項目へ進んだ。


「分霊石は、現地での役割確認なしに奪取しない。サリギアによる分霊石奪取、封印干渉、結界破壊は阻止対象とする。成瀬卓斗の魔素は危険性を記録するが、本人をアシェラ・イラトと同一視しない」


 卓斗は右手首を見た。


 この記録で危険扱いが消えるわけではない。引力と斥力の魔素が、古封印記録に触れた事実も変わらない。それでも、同一視しないと明記されることは大きかった。人間と魔素を分けるための線が、ようやく言葉として引かれている。


「本人の同意なく、魔素反応の探知、誘導、実験、実演を求めない」


 レオンが最後の項目を読み上げた。


 卓斗はそこで少しだけ椅子に座りたくなったが、まだ立っていた。初日から立たされすぎだと心の中で文句を言いながら、それでも今は聞き逃せない。自分の扱いを決める言葉が、ようやく自分の前で読まれているのだ。


 ナーヴァは今度、ティナたち竜精霊へ向き直った。


「竜精霊。先に説明」


 ティナはわずかに眉を上げた。


「私たちにも命令?」


「契約者の本人意思。必要」


 短い言葉だったが、そこに遠慮はなかった。


 ティナは竜精霊であり、王国の伝承に残る存在だ。だが、ナーヴァはその格に押されず、契約者本人への説明が必要だと言い切った。卓斗はその瞬間だけ、ナーヴァへの好感度が少し上がった。


「そこはマジで頼む。特にティナ」


 卓斗が言うと、ティナがすぐに睨む。


「名指ししないでくれる?」


「初手強制契約の実績あるからな」


 ティナは口を開きかけたが、言い返せなかった。


 事実だからだ。卓斗に拒否されたうえで契約術式を強行し、異世界へ連れて来た。その始まりは、どれだけフィオラ復活が必要でも消えない。


 ゲブは恵依へ軽く頭を下げた。


「流川様への説明と確認を優先します。推測と事実も分けてお伝えします」


 恵依は静かに頷く。


「お願いします。必要な情報であっても、判断材料として提示してください」


 ラールは慌てたように絵麻の前で両手を振った。


「わ、私も勝手に決めません! ちゃんと説明します!」


 絵麻は少し疑うようにラールを見た。


「ほんとに?」


「あわわっ、ほんとです!」


「焦った時ほど怪しいのよね、あんた」


「気をつけますう!」


 そのやり取りに、卓斗は少しだけ口元を緩めた。


 強制契約から始まった三組の関係は、まだ歪なままだ。けれど、ここで少なくとも、竜精霊側にも説明と確認が求められた。契約者がただ連れて行かれるだけではない。その形が、少しずつ作られている。


 千佳が記録室の壁にある第六騎士団の紋章へ視線を向けた。


「次に、第六騎士団の担当範囲を確認しておきます」


 卓斗は嫌な予感を覚えた。


「担当範囲って、さっき聞いた感じでもう十分広そうなんだけど」


 レオンが説明を始める。


「第六騎士団は、特殊魔素、古封印、竜精霊、異界由来者、分霊石、禁術組織への対処、通常騎士団では判断できない事案を扱う」


 卓斗は即座に顔をしかめた。


「守備範囲広すぎてブラック部署じゃん」


 レオンは真顔で答えた。


「否定はしない」


「否定して?」


 ナーヴァが短く補足した。


「人、少ない」


「ブラック確定じゃん」


 卓斗は天井を仰ぎたくなった。


 異世界での初日から、配属先がブラック部署らしいという情報まで追加された。帰りたい。普通に帰りたい。だが、その帰る方法を調べるためにも、この部署に関わらざるを得ないのが現実だった。


 ナーヴァは記録札を閉じると、次の話へ移った。


「第六だけでは足りない」


 卓斗はすぐに反応した。


「え、まだ増えるの?」


「第一。第二。第三。第四。第六。学ぶ」


「騎士団巡りツアー始まったんだが?」


 卓斗の声には本気の疲れが混じっていた。


 フィリスティア王国に来たばかりだ。まだ地図も読めない。王都の道も分からない。なのに、もう複数の騎士団で学ぶ話になっている。異世界の進行速度は、どう考えても日本の高校生活より速すぎる。


 千佳が落ち着いた声で説明した。


「第一騎士団では、正面戦闘、基礎の立ち方、隊列、対人戦の基本を学んでもらいます」


 卓斗は千佳を見た。


「赤崎さん直々に?」


「必要なら」


「日本人先輩が一番怖い説あるな」


「基礎は大切です」


「基礎って言葉で逃げられないやつ」


 千佳は否定しなかった。


 卓斗は、彼女が腰に差している黒い刀を見た。王国第一騎士団団長であり、日本から来た先輩。穏やかに話すが、どう考えても強い。そんな人物に基礎を見られるというだけで、卓斗の胃はすでに少し痛かった。


 レオンが続ける。


「第二騎士団では、護衛、市街警備、避難誘導を学ぶ。敵を倒すことだけではなく、守る対象を動かすこと、被害を抑えることが中心になる」


 恵依がその説明に反応した。


「中継地点での対応に近い内容ですね」


「そうだ。君たちは魔獣を押し返したが、避難誘導や警備線の管理はまだ学んでいない」


 卓斗は中継地点の職員や警備兵を思い出した。


 あの時は必死だった。魔獣を結界外へ押し返すことだけで手一杯だった。だが、本来は守る対象の位置、逃げ道、騎士や職員の動き、全部を見なければならないのだろう。


 ナーヴァが次を告げる。


「第三。結界。魔導具。術式対処」


 恵依とゲブの視線が同時に動いた。


 恵依にとっては、解析を実戦で活かすために必要な場所だ。ゲブの白銅の魔素とも相性がいい。サリギアの術式痕を読むには、第三騎士団での訓練が重要になるはずだった。


 レオンが補足した。


「第三騎士団は結界運用と魔導具管理に強い。サリギアの術式に対処するなら、必ず関わることになる」


 絵麻は少しだけ顔をしかめた。


「術式とか結界とか、また文字読めない問題出るじゃない」


 恵依は冷静に答える。


「だから、視覚化と音声説明の方法も必要です」


「真面目に受け入れてるのがすごいわ」


「受け入れないと、危険を避けられません」


 恵依の言葉に、絵麻は言い返さなかった。


 ナーヴァはさらに続ける。


「第四。偵察。追跡。街道。野外行動」


 ラールが少しだけ絵麻の方を見た。


 空間魔素を持つ絵麻にとって、移動や退避は重要だ。だが、知らない場所へ飛ぶ危険、連続使用による酔い、味方を巻き込む可能性がある。第四騎士団で街道や野外の動きを学ぶことは、絵麻にとっても避けられない課題になる。


 絵麻はため息をついた。


「なんか、私だけ外で走らされそうなんだけど」


 レオンが真面目に答える。


「走ることもある」


「そこは否定しなさいよ」


「必要だ」


 絵麻は肩を落とした。


 卓斗は少しだけ笑いかけたが、自分も笑える立場ではないことに気づいてやめた。第一騎士団の基礎戦闘、第二騎士団の護衛、第三騎士団の術式、第四騎士団の野外行動。全部、自分にも関係がある。


 最後にナーヴァは自分の胸元の第六騎士団徽章へ触れた。


「第六。特殊魔素。古封印。竜精霊連携。分霊石。サリギア対策」


 卓斗は両手を軽く広げた。


「普通に学校よりカリキュラム重いんだけど」


 恵依は真面目に答えた。


「必要な訓練ではあります」


 絵麻も顔をしかめたまま言う。


「必要でも多すぎるでしょ」


 ナーヴァは三人を順に見た。


「成瀬。暴発しない」


「俺らの課題、三単語で刺してくるのやめて?」


「流川。見ながら守る」


 恵依は少しだけ考え、頷いた。


「解析中の無防備さを補う必要がある、ということですね」


「そう」


 ナーヴァは最後に絵麻を見る。


「西野。飛びすぎない」


「言い方」


「空間酔い。危ない」


 絵麻は反論しかけたが、ラールが不安そうに見ていることに気づいて、言葉を飲み込んだ。


「分かってるわよ。無茶しすぎないようにする」


 ラールがぱっと顔を明るくした。


「絵麻ちゃん、今ちゃんと約束しました!」


「うるさい。まだ約束じゃなくて努力目標」


「あわわっ、でも前進です!」


 卓斗はそのやり取りを聞きながら、自分の課題を改めて考えた。


 引力と斥力を暴発させない。敵そのものではなく、距離や足場、動きの方向へ使う。味方や結界を巻き込まない。自分も吹き飛ばない。言葉にすると単純だが、中継地点ではそれすらできなかった。


 ナーヴァは記録係へ視線を向けた。


「訓練計画。第一から」


 千佳が引き継ぐ。


「最初は第一騎士団で、基礎の立ち方と隊列を見ます。無理な実戦はさせません。ですが、サリギアの動きがある以上、準備は早い方がいい」


 卓斗は思わず聞き返した。


「明日?」


 ナーヴァが短く答える。


「明日。第一騎士団」


「待って。今日、異世界初日なんだけど?」


「少し寝る」


「少しじゃなくて普通に寝かせて?」


 千佳が静かに補足した。


「休息は取ってもらいます。負傷と魔素消耗の確認も必要です。ですが、明日からは基礎訓練に入ります」


「それでも日本の高校生には十分イベント過多なんですよ」


 卓斗は深く息を吐いた。


 現代日本での一日は、学校へ行き、友達と話し、コンビニへ寄り、母に頼まれた牛乳を買う程度だった。今は、竜精霊に強制契約され、異世界へ連れて来られ、魔獣と遭遇し、王都で危険物扱いされかけ、神話級の存在と大災厄の話を聞き、騎士団訓練の予定まで組まれている。


 どう考えても、人生の密度がおかしい。


 それでも、卓斗はここで逃げ出す場所を持っていなかった。


 帰る道はまだ見えない。契約解除の方法も分からない。フィオラ復活のために戦うと納得したわけでもない。アシェラ、サリギア、分霊石という問題は増えたばかりだ。


 だが、最初と違うこともある。


 三人は分断されない。


 読めない書類に勝手に同意させられない。


 能力実演は求められない。


 卓斗はアシェラと同一視されない。


 分霊石は奪わず、役割を確認する。


 竜精霊たちも、契約者へ先に説明する。


 その条件は、記録された。


 卓斗は右手首の竜紋を見た。


 白銀の紋は静かに沈んでいる。嫌でも目に入るその印は、強制契約の証だ。だが、同時に今は、自分が何を嫌だと言い、何を条件として残したのかを思い出させるものにもなっていた。


「第六騎士団配属、ね」


 卓斗は小さく呟いた。


 ナーヴァが首を傾ける。


「違う?」


「いや、違わないけど。普通に無理なんだが、って言いたいところではある」


「言ってる」


「言ってたわ」


 卓斗は少しだけ笑った。


 笑えるほど楽な状況ではない。けれど、完全に押し流されているだけでもない。自分抜きで決められる流れは、一度止めた。自分たちの条件を持って、この世界で動く立場を得た。


 囚人でも、兵器でも、竜精霊の付属品でもない。


 第六騎士団預かりの、一時保護対象兼、条件付き協力者。


 それが今の立場だった。


 ナーヴァは最後に短く告げた。


「明日。第一騎士団。基礎訓練」


 卓斗は肩を落とす。


「やっぱ明日なんだな」


「少し寝る」


「だから少しじゃなくて普通に寝かせて?」


 千佳が穏やかに言う。


「最初は立ち方と隊列からです。いきなり剣で打ち合うわけではありません」


「その“最初は”が怖いんですよ、赤崎さん」


 絵麻が横でため息をついた。


「どっちにしても、やるしかないでしょ。サリギアがまた結界に何かするかもしれないなら」


 恵依も静かに頷く。


「はい。戦うためだけでなく、逃げるため、守るため、判断するためにも、学ぶ必要があります」


 卓斗は二人の言葉を聞き、窓の外を見た。


 白い王都の結界光が、夜へ向けて淡く揺れている。街道の灯りとは違う、大国の中心を守る光。自分たちが守る側になるなど、昨日まで考えたこともなかった。


「……まあ、勝手に決められるよりはマシか」


 卓斗は右手首を下ろした。


 ティナが隣で、少しだけ彼を見る。


「タク」


「何」


「明日は、先に説明するわ」


 卓斗は一瞬、驚いた。


 ティナは顔を逸らさなかった。毒舌でも、命令でもない。短いが、それは確かに約束に近い言葉だった。


「……それ、最初からやってほしかったやつ」


「そうね」


 ティナは否定しなかった。


 卓斗はそれ以上追撃しなかった。謝罪ではない。解決でもない。それでも、強制契約から始まった関係が、ほんの少しだけ別の方向へ動いた気がした。


 記録室の外で、夜の巡回鐘が遠く鳴った。


 フィリスティア王国での長すぎる一日が、ようやく終わりへ向かっている。だが、休息の先にはもう次の予定がある。第一騎士団、第二騎士団、第三騎士団、第四騎士団、そして第六騎士団。サリギアと戦うために、分霊石を奪わせないために、卓斗たちは戦い方を学ぶことになる。


 帰る道はまだ遠い。


 契約を外す方法も、まだ見えない。


 それでも、卓斗たちは自分たちの条件を持ったまま、この世界で最初の一歩を踏み出すことになった。



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