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思い出のあの場所で九年も待っていましたが、まさかそんな勘違いをしていたとは思いませんでした  作者: 悠木 源基


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第3章

「君との約束の場所は何処へ」



 学園の廊下をロッドと二人で歩いていると、第三王子のアランソン殿下一行と遭遇した。

 廊下の端に立ち止まって軽く頭を下げた。しかし、殿下は僕の前で足を止めた。


「君さ、平民のくせにブラスボート男爵令嬢に賭けを持ちかけて、デートしようとしているそうだね? 

 僕でさえ彼女を誘ってもまだ一度も受けてもらえていないのに。一体どういうつもりだ」


 学園内ではたとえ王侯貴族の子弟だろうと、皆平等が一応建前だ。だから僕は勝手に顔を上げてこう応じた。


「殿下がどなたからお訊きしたのかは存じませんが、そのお話は正確ではありません。

 賭けを持ちかけてきたのはブラスボート男爵令嬢の方です。

 それに、賭けと言ってもお金を賭けているわけではありませんし、出かけるといってもデートというわけでもありません。ですから何も問題はないと思います。

 殿下もその賭けに加わりたいとおっしゃるのなら、僕から令嬢にお伝えしますよ。いかがなさいますか?」


「賭けというのは……」


「十日後の年度末試験結果の点数がどちらの方が上かです。お互いに自分の方が高いことに賭けました。

 殿下もご自分にお賭けになればよろしいのではないですか?

 お勝ちになれば、ご希望のデートのお誘いを受けてもらえるかもしれませんよ」


 僕の言葉に殿下はあからさまに慌てた。そして顔を赤くしてこう言った。


「僕に勝ち目があるはずないだろう。僕は君達とは違って王宮で王族としての特別教育を受けている。だから試験勉強だけをしていればいい、というわけにはいかないのだから」


「えっ? それは我々と条件は変わらないと思いますよ。

 一般学生も学園の授業の後に、それぞれに自分の担当の農作業をしているわけですから。しかもそれは試験期間だろうと、何ら変わりません。

 野菜作りなら毎日の水やりは欠かせません。収穫だって一日でも休むと大きくなり過ぎてしまいますから。

 酪農担当も、生き物相手ですから毎日餌やりがありますし、掃除をしないと病気が発生しかねませんからね」


 殿下は目を見張った。それから自分では反論できず、従者や側近達に代わりに言わせようと左右に視線を動かしたが、彼らはただ唇を噛みしめているだけだった。

 最初は生意気な平民に怒っているのかと思ったようだが、何か様子が変だと悟ったらしい。

 でもそれだけ。彼らの気持ちは察せらなかった様子だ。


 王家の人間って相変わらずだな。これじゃあ自分より酷いんじゃないかな、と思った。

 農作業を免除されているのは王族だけだという、当たり前のことですら、このボンクラ王子は気付いていないのだから。


「そもそも、君が農作業をする羽目になったのは、君の兄のせいなのだから自業自得だろう?  

 君は周りから恨まれているかもしれないから、身の回りに注意した方がいいぞ」


 いや、兄のせいじゃなくて国の無策のせいだろう。

 それに九年前ならともかく、今は我が家ではなく、王族に対する恨みの方が大きいに違いない。

 そう言ってやりたかったが、さすがに口にはしないで、黙って殿下を見つめていた。


 それにしてもだ。

 僕よりもブラスボート男爵令嬢はもっとハードだと思う。なにせ彼女は農業指導委員長だ。その上実際に家に帰れば農作業をしているはずなのだから。

 そんな多くの役目を背負って頑張っている彼女の横に、大した努力もしていない殿下がさも当然のことだとばかりに立とうとしている。そのことに苛立ちというか、怒りを感じた。

 あと十日しかないが、彼女を誘う権利を得るために、がむしゃらに勉強しようという意気込みさえないのか?


 すると側近のモールス侯爵令息が「もうすぐ授業が始まります」と殿下を教室へと誘った。

 一つ上の学年の彼は、入学してからずっとトップの成績を取り続けているらしい。第三王子の側近と薔薇栽培という役割を抱えながら。

 彼もあの不出来王子を始めとする王族を恨めしく思っているのだろうな、と僕は思った。




 そして年度末試験が行われ、その結果が掲示板に張り出された。

 結果は僕とブラスボート男爵令嬢が同点で一番だった。入学試験のときと同じだった。


「この場合、賭けはどうなるのでしょうか?」


 戸惑っている様子のブラスボート男爵令嬢に向かって、僕は平然とこう答えた。


「お互いの望みを叶えればいいのではないですか?」


「いいのですか? そもそも私がこんな賭けを言い出したから、第三王子に絡まれてしまったのに」


「君が気にすることはないですよ。あの方のことは放っておきましょう。

 出かける日にちは君に合わせますよ。いつにしますか?」


「それでは明日の休日でよろしいでしょうか?」


「はい」


 僕達が学園のホールでそんな話をしていたら、周りがやたらとざわついていた。

 一度ならず二度まで同点を取ったことで、僕とブラスボート男爵令嬢が運命のカップルと、皆が囁き合っていたからだった。

 それが耳に入っても、僕は気にしなかった。少し前の僕だったら冗談じゃないと憤慨していたところだろうが、今では僕自身、運命的なものを彼女に感じていたからだ。


 名前やその容姿は違うのに、ベティス=ブラスボート男爵令嬢に、初恋の少女が重なって見えるようになっていたのだ。

 食堂で花野菜のフリッターを食べたとき、とても懐かしい気がして、昔食べたときのことを思い出したからだ。


 兄とともに訪れた菜の花畑。そこで働く人々と、よく食事を共にしていた。

 外だったからなのか、鮮度の違いだったのか、それは屋敷で食べるよりずっと美味しく感じられた。どれも手間が掛かっているとは思えない簡素な料理ばかりだったのに。

 中でも特に美味しかったのが、表面がフワフワしているのに中が少しサクッっとした一口サイズの揚げ物だった。

 自分の分を食べ切っても満足できずにいたら、ベスが彼女の分のその揚げ物をくれたのだ。自分はいつでも食べられるからと。


 そしてその後ランチになると、いつも僕の前の皿にだけ、その揚げ物がたくさん載っていた。ベスの配慮だったのだろう。

 僕にだけでなく、ベスは誰に対しても優しく、気配りのできる子だった。

 自分より小さな子達の面倒を見ながら、汗を流して農作業に励む大人達に水を運んでいた。

 その愛らしい笑顔を見て、皆が嬉しそうな顔をしていた。

 彼女は幸せを運ぶ天使のような少女だった。


 食堂で生徒達の質問に丁寧に応じていた、ベティス=ブラスボート男爵令嬢。その彼女の笑顔はベスとよく似ていた。

 普段農業指導しているときの彼女も、誰に対しても笑顔で親切だ。

 入学当初にやたらと絡まれたせいで、彼女を無視するようになっていたが、それでも時折目にする彼女は、まさに聖女のようだった。

 今さらだが、彼女とはもっと早く友人になっておけば良かったと思った。



 翌日の午前中、ブラスボート男爵令嬢が馬車で家まで迎えに来てくれた。

 爽やかな薄い緑色のワンピースに編み上げ靴、そしてつばの大きめな帽子を被った彼女は、素朴で質素というよりも爽やかで清潔な感じがした。そしてとても可愛らしかった。

 しかし、街歩きをするというよりも、ピクニックへでも出掛けるときのような服装だった。

 てっきりカフェにでも行くのかと思っていたのだが、もしかしたら屋外だったのだろうか。

 上着とスラックス姿の僕の服装は彼女とは釣り合わないな。事前に行き場所を確認しておけば良かったと反省した。


「ブラスボート男爵令嬢、今日はどちらへ向かうのか、教えてもらってもいいですか?」


「私の一番好きな場所です。ゾイド様にも一度でいいので見ていただきたくて。今が一番美しい時期ですので」


 そう彼女は答えた。

 彼女の一番好きな場所で美しいというのなら、それは花畑かな、と僕は思った。

 実際はまだまだ冷え込む日もあるが、日毎に暖かくなってきて、春が間近になった感じがしている。花も次々と咲き始めているし。

 

 馬車に揺られて四十分ほど経ったころ、僕達は目的地に着いたようだった。

 僕は彼女をエスコートするために先に馬車から降りた。そして彼女に向かって手を伸ばそうとして固まった。

 なぜならふと横を見たら、目の前に夢にまで見たあの黄色い世界が広がっていたからだ。

 どれくらい呆然としていただろうか。


「綺麗でしょう? 私、この景色が一番好きなのです」


 ブラスボート男爵令嬢の言葉にハッと我に返った。彼女は自力で馬車から降りたらしい。淑女に対して失礼なことをしてしまったと、焦った。

 しかし、彼女はそんなことを気にする様子もなく、花畑を眺めて目を細めていた。


「ここはどこですか?」


「西の三十五ブロックです」


「嘘だ、そんなはずはない。西の三十五ブロックなら過去に三回訪れたが、こんな景色じゃなかった。菜の花なんて咲いていなかった。ただ緑の野菜が植えてあるだけで……」


「タイミングが悪かったのですね。

 たまたま貴方が訪れたときは、種を取る年ではなかったのか、あるいは時期が早過ぎたのでしょう」


「それはどういう意味ですか?

 菜の花の種は毎年取りますよね?」 


 そう質問しながら、何か分からないけれど、答えを訊きたくない気持ちになった。自分が大きな過ちを犯していたような気がしたのだ。


「そうですね。たしかに菜の花は毎年花を咲かせます。そもそも花を食べますからね。

 そして食用にせずに残った花は、咲き終わった後もそのままにして、種ができたら引き抜いて乾燥させてから種をとります。

 しかし花野菜は違うのです。花が咲いてしまうと硬くなって食用には向かないので、普通はその前に収穫しないといけません。

 でも数年に一度、種を取るためにそのまま花を咲かせるのです。そう、今年のように。

 同じ菜の花科だから、お花がよく似ていますよね」


 彼女は淡々とそう説明してくれた。

 ああ。九年前に見た、あの美しい黄色い景色は、菜の花ではなくて花野菜の花だったのか。道理で今までこの景色を目に出来なかったわけだ。

 ブラスボート男爵令嬢が僕を連れて行きたかった場所と、僕が探していた場所は同じだった。これって偶然なのか? 

 頭の中でそんな疑問がグルグルと回って困惑していたときだった。


「ベス! どうしたんだい? 今日は当番の日じゃないだろう?

 あれ、そこにいるのはもしかして、ゾイド様の末の坊っちゃんかね?

 いやあ、大きくなったね。兄様によく似ておる」


 黄色の花畑から、突然小柄な老女が現れた。見覚えのある女性だった。昔、この場所でよく顔を合わせていた。

 いや、そんなことよりも、今あの人はブラスボート男爵令嬢をなんて呼んだ? 

 ベス、ベスと呼んだぞ!

 僕は勢いよく隣の少女の顔を見た。彼女も真っすぐに僕の顔を見ていた。たしかにベスと同じ鮮やかな緑色の瞳をしている。

 しかし髪の色が違う。ベスは花と同じ黄色だった。でも目の前の彼女は金髪だ。


「髪の色が違う……」


 僕が思わずそう呟くと、彼女は少し目を開き、納得したように微笑んだ。


「入学式の日、私は貴方を見てすぐに気が付いたのに、貴方は素っ気なかったので、ああ、私のことなど忘れてしまったのだとひどくがっかりしました。

 でも、半月前、食堂で話をしたときに、覚えてくれていたのだと分かりました。ただ私に気付いていないだけなのだと。

 まあそのことにもショックを受けましたが、私の髪色が変わっていたので気付けなかったのですね」


「それに名前が……君はベスと呼ばれていた。だからエリザベスという名前なのかと思い込んでいたんだ。

 でも君の名前は()ティ()……

 あっ、たしかにベスだね。なぜ気付かなかったのだろう?」


 あんなに逢いたいと願っていたベスに、一年前に逢っていた事実に衝撃を受けた。

 そして、どうしてあんなにも彼女が僕にだけしつこく花野菜のグループに勧誘してきたのかを理解したのだ。

 僕に思い出して欲しかったのだろう。まさか、僕が色々と勘違いをしているとは思っていなかっただろうから。


「私の名前も覚えていなかったというわけですか。だから最初のころエリザベス様に関心を示したのですね」


 ベスはホッとしたような顔をしてそう呟いた。

 彼女の言うとおり、学園に入学したばかりのころ、僕は何度となくエリザベス=スプル准男爵令嬢に話しかけた。

 スプル嬢は黄色の髪に緑眼だった。そしてエリザベスの愛称はベスだから、もしやと思って確かめようとしたのだ。

 話をしてすぐに別人だと分かったので、それ以降は自ら近付くことはしなかった。

 しかし、あの頃スプル嬢と話しをしようとすると、まるで邪魔をするかのように、必ずベスが話に割り込んできた。


 もしかしたらベスは嫉妬していたのかもしれない。そう考えたら、急に照れてしまった。

 いやいや、それより、自分の馬鹿さを恥じ入るべきだろう。

 そして九年もずっと待たせてしまったこと、一年も気付かなかったことを心から謝罪すべきだろう。

 でも、その前に……


「遅くなったけれど、約束どおりに君に逢いに来たよ、ベス……」


 彼女の両手を取ってそう囁いた。

 するとベスは昔と同じ眩しい笑顔を僕に向けてこう言った。

 

「ようやく見つけてもらえたわ。私、ここでずっと貴方に探してもらえるのを待っていたの……」


 と。


 

 その後僕はベスに謝り倒した。彼女は少しすねたりしたが、結局は許してくれた。そして僕達は付き合うようになった。

 ブラスボート男爵は兄と同志だったらしく、僕達の交際をすぐに認めてくれたからだ。ただし最初に


「第三王子から娘を守れというのなら交際を認めてやる」


 と言われたが。

 そして、もちろん、守って見せると僕は即答したのだ。

 試験前に廊下で脅しをかけられたときから、僕はすでに作戦をたてていたために、すでに準備万端の状態だったからだ。


 第三王子は僕らが付き合い始めると、すぐさま別れろと言ってきたので、僕は毅然としてそれを拒否した。

 するとその後王子は様々な嫌がらせをしてきたわけだが、僕はそれらを全て事前に回避していた。いや、それだけでなく、王子の企みの証拠をしっかりと掴んでいった。

 どうしてそんなことができたのかと言えば、王子の側近であるモールス侯爵令息が僕達の味方になって、情報を流してくれていたからだ。

 優秀だった彼が、愚者で人でなしの第三王子のお守りというか尻拭いをし続けることに、心底うんざりしていることに、僕は気付いていた。

 そして彼には、将来は薔薇栽培とその関連商品の商会を立ち上げたいという夢がある。そのことを偶然耳にした僕とベスが、それに協力すると持ちかけたのだ。

 親の言いなりになって、斜陽な王家の補佐をすることに希望を持てずにいた彼は、僕達の提案に乗ってくれたのだ。


 やがて僕に対する嫌がらせがことごとく失敗に終わった王子は、ついに切れてその矛先をベスに向けた。既成事実を作って彼女を自分のものにしようとしたのだ。

 しかし、彼女が呼び出された部屋に僕が事前に罠を仕掛けて置いたことで、王子は王太子の結婚式という晴れの舞台で断罪されることになった。

 というのも、王子は僕が開発した特殊な液体を頭から浴びたことで、鼻が捻じ曲がるほどの悪臭を全身から放っていたからだ。

 何度も入浴して全身を磨いても悪臭は消えず、キツイ香水を振りかけてもその匂いはごまかせなかった。

 それでも兄の結婚式を欠席するわけにはいかず出席したのだが、花嫁である隣国の王女がその匂いを嗅いでパニックになったため、式は一旦中止になってしまった。

 第三王子の匂いをなんとかする方法はないのかとみんなが思案していたら、モールス侯爵令息から、とある情報が提供された。

 酪農に携わる高位貴族が必須にしている、消臭効果のある香水があると。

 ただしそれはかなり高額で、しかも使用する本人がゾイド商会の特別会員にならないと入手できない商品であると。

 当然国王は即座にその条件を呑むから、すぐにその香水を手配するように命じた。

 するとゾイド商会の会長の代理として彼の娘が式場である大聖堂にやってきて、こう言った。


「この臭いは牛、豚、馬、鶏などの糞を発酵させた臭いに野菜の腐敗臭が掛け合わされた特殊なものです。

 農作業もされたことのない高貴なアランソン殿下が、一体どこでこの臭いに触れたのですか? それを教えていただけないと、無責任に我が商会の商品はお渡しできません」


 口ごもる末王子に、国王夫妻や王太子はイライラを募らせて、はっきり話せ!と大声で命じた。

 このままでは結婚式は中断されたままだ。隣国の国王夫妻と王女に対して面目が立たないではないか! と。

 特に兄である王太子に鬼のような形相で睨まれて、彼はついにもごもとこう言った。


「学園の第二特別室です」


「あそこは他国から来た王族の留学生が使用する部屋だ。今留学生はいない。なぜその部屋に入ったのだ?」


 国王の問いに王子が答えられずにいると、王子の護衛騎士がハンカチで口を押えながら、ピンセットで挟んだ紙を陛下の前に差し出した。

 それはアランソン殿下がベスを呼び出した自筆の手紙であり、彼女を罠に嵌めようとした証拠だった。

 蒼褪める王家の人々の前に召喚された僕は、必死に無表情を装って憎き男の前に立った。

 そして、自分で開発した消臭効果抜群の香水を、彼の頭上から振りかけてやったのだった。



 読んでくださってありがとうございました。

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面白い世界観でした。 タイトルから主人公がざまぁされる側かなと思いきや王子とは。 王家はアホ三男なんていなかったことにすれば結婚式は再開出来るのでは。醜聞はもう広まってるだろうけど。
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