第1章
この作品で、ついに今年の目標であった、投稿100作目となります。
やはり、恋愛薄めの話となったので、ジャンルはヒューマンドラマにしました。結局自分らしい話はこれなんだろうと悟りました。
読んでもらえたら嬉しいです。
独特な社会制度の国のお話です。
どこまでも広がる、眩しいくらいに輝いている黄色の世界。
そこには、大切な宝が隠されている。
ずっとずっと、必死に探しているのに、未だに見つけられずにいる。
それが切なくて苦しい……
大陸の中央部に位置するニートリア国。かつて、肥沃なこの土地には緑が広がり、自然の恵みで溢れていた。
しかし現在、都市部以外は惨憺たる風景が広がっていた。
黒い煙を吐き出す煙突を持つ工場群と、薄汚れた民家が軒を並べている、殺風景な町や村ばかりだ。
そして一歩郊外に出れば、耕されていない荒れ放題な畑、手入れがされずに雑草が覆い茂った牧草地、家畜のいなくなった傾きかけた飼育施設。
それらがあちらこちらに点在し、寂れた風景が広がっていた。
長年にわたって国や領主が農家を軽んじる政策をとっていたために、九年前、多くの農民が隣国に逃げ出してしまった。
そのために農家がほとんど存在しなくなってしまったからだ。
それでも今では少しは改善されてきているのだ。
というのも、その後、農業に従事することが全国民の義務となった。
農作物を全て輸入に頼るというわけにもいかないからだ。
平民だけでなく、貴族などの支配階級の当主並びにその家族も、適性や本業の兼ね合いを配慮された上で、それぞれに役割を与えられ、農作業に従事させられているのだ。
僕の名前はカーライル=ゾイド。十六歳の学生で元伯爵令息。担当するのは菜の花畑。運良く第一希望だった。
子供の頃、僕は年の離れた兄に連れられて、よく菜の花畑に行っていた。兄はそこで恋人と逢い引きをしていた(と思っていた)
平民の娘と身分違いの恋をしていた(と思っていた)
僕はそこで一人の女の子と仲良くなった。その子もそこの農園の使用人の娘だったと思う。
彼女は鮮やかな黄色の菜の花畑に溶け込んでいた。黄色の髪に緑色の瞳をしていたからだ。
だからその農園の子供達とかくれんぼをすると、彼女だけ見つけるのがとても難しかった。
最後の一人となった彼女を見つけられないまま、兄に無理やりに馬車に乗せられて帰ることもあって、そのたびに彼女に聞こえるように僕は叫んだ。
「さようなら、ベス。また来るよ!」
と。探してもらえるのをじっと待っているであろう彼女を、見つけ出すことができずに去ることが、とても切なくて胸が痛かった。
きっとそれは、僕がその子に恋をしていたからなのだろう。
僕はその子をベスと呼んでいたが、フルネームは知らない。忘れたのではなく、なぜか照れくさくて彼女に名前を聞けなかったのだ。
九年前のある日も、また彼女を見つけられないまま帰る時間になってしまった。
だからそのときも、兄に手を引っ張られながら僕は大きな声で叫んだのだ。
「さようならベス、また来るね!」
と。黄色い菜の花畑が夕焼けのオレンジ色に染まっていた。なぜかそれを見て胸が苦しくなった。
後になって、あれは虫の予感だったのかもしれない、と思った。ある日の約束は未だに果たせていないのだから。
なぜ会えなくなったのかといえば、その菜の花畑の場所を知っている兄が、あの翌々日に突然いなくなってしまったからだ。
当初兄は恋人と駆け落ちしてしまったのだと思っていた。
しかし、駆け落ちなんてそんなロマンティックな話ではなかった。
兄は社会改革派で、仲間とともに虐げられていた多くの農民を引き連れて、川を渡り、隣国へ移住してしまったのだ。
我が家は国王の怒りを受けて爵位を剥奪され、平民に落ちた。
しかし、真の意味で悪いのは国王並びに領主達。農民が疲弊していたのに、彼らに対する待遇改善を全くしなかった連中だ。
我が家の商会は周りから同情され、平民になってもほとんど影響が出なかった。
いや、同情というより、我が家の商会は隣国と農作物の取り引きをしている。我が家が潰れたら、困るのは国であり国民だったからだろう。
それが分かっていたからこそ、兄は改革を推し進めたのだろう。
爵位の剥奪にとどまらず、もし家族が投獄され、罰せられるとしたら、おそらく兄は僕達も隣国へ連れて行ったはずだから。
まあ、そのことに気付いたのは大分後になってからだったが。
十五歳になって学園に入学して間もなく一年が経とうとしたころだった。
なにげなく兄のことを愚痴った僕に、クラスメイトの女の子が兄を庇うような発言をしたのだ。
「へぇー、ブラスボート男爵令嬢は僕の兄を庇うの? 貴女の両親は、兄の誘いには乗らずにこの国に残ったのに?」
僕は皮肉を込めてそう言った。兄が農民を引き連れて大河を渡ったから僕は平民になった。
そして彼女の両親はこの国に残り、人々に農業指導者になったから男爵の爵位を叙爵されたのだ。
「いやね、偉そうに。成り上がりの男爵令嬢のくせに」
「本当に。カーライル様は平民になられたといっても、この国で最も古い名家の後継者で、本当なら貴女なんて気安くお話ができる方ではないのよ」
僕の周りにいた令嬢方がブラスボート男爵令嬢に向かってそう言った。すると
「あら、偉そうじゃなくて、偉いのですよ、侯爵令嬢様と伯爵令嬢様。彼女はこの学年の農業指導委員長なのだから。
皆様は彼女から教えていただけなかったら、まともに野菜を作れないでしょう?」
「そうそう。決まった数量の野菜を収穫できなかったら、納税額が増えて、その素敵なドレスだってもう新調できなくなるかもですよ、お嬢様!」
「そうそう。お嬢様には必需品の香水も購入が難しくなるかもしれせんわよ。
お使いになっているお品は特注品でしょ?」
ブラスボート男爵令嬢と同じく平民から准男爵家の令嬢になった二人が、彼女を庇うようにそう言った。
周りからクスクスと笑う声が漏れた。
彼女達のやり合いに僕は眉をひそめた。
これまでの特権階級制度や秩序が変わってきていると姉は言っていたが、それは本当だったのだな。
この国の王侯貴族達は長いこと、農民なんて生かさず殺さずの状態がいいという考えでいた。農業は国の礎だというのに。
隣国の新しい国王が、国力増進のために移民の受け入れ政策を始めたとき、ニートリア国はすぐにその対策をとれば良かったのだ。
ところが国王と貴族達は軍事を強化しただけで、国民の生活向上には目を向けなかった。彼らは自分達の特権が守られればそれで良かったからだ。
その結果、貧困に喘いでいた農業従事者の多くに逃げられ、食料危機に陥った。そしてそれが国の根幹を揺るがす事態になったのだ。
国は残った農民や、家庭菜園を嗜んでいた者達に農作業の指導をして欲しいと依頼した。下げたくない頭を下げてまで。
すると彼らは言った。
貴族の方々が我ら平民の指示に従うとは到底思えないのでお断りすると。
そこで仕方なく国王は、指導する者に対して、教えを乞う者を従わせることができる権限を与えたのだ。下位の爵位とともに。
身分は上でも高位貴族達は、農業指導委員には逆らえなくなった。それは学園内も同じことで、各クラスにいる農業指導係りには従わなければならないのだ。
特にその中でも委員長の権限は強大だ。もちろん、それらは農業に関することに限定されるのだが、中には勘違いする奴らもいる。
そして現状把握ができずに、未だに昔の威光を振りかざす者もいたので、揉め事も多いのだと耳にしていた。
それを実際に目の当たりして、封建制度ももう終わりだな、と僕は心の中で思った。
僕を庇う振りをして下位貴族の令嬢とやり合っている高位貴族令嬢にチラッと目をやった。
大農園を持つ彼女達の家は、国の大改革によって大分変化していた。爵位は変わらなかったのだが、大きなペナルティを受けたのだ。
本来、農作業の担当は適性や本業の兼ね合いを配慮された上で、それぞれ役割を与えられる。
ところが、元凶となった領主達は除外され、国から強制的に仕事が割り振られたのだ。
その割り振られた仕事とは、家畜の糞を使った肥料作りだった。
「農作物を作るのに最も重要なのは土作りだ。その重要な仕事をそなたたちに任せたい。名誉ある仕事であるから、当主夫妻が率先して行い、決して手を抜かないように。
万が一、仕事をさぼるようであれば、責任を取らせて爵位を取り上げる」
国からそう命じられたのだ。
まあ、それらの領主達は長年農民達を虐げて利益を貪ってきたのだからそれも当然だろうな。そして多くの国民に多大な迷惑をかけたわけだし。
とはいえ王家もずるい。国民の不満を自分達から背けるために、彼らをスケープゴートにしたのだから。
自分達だって彼らから相当多くの貢ぎ物を手に入れていただろうし、その農民の厳しい境遇を知りながら見て見ぬ振りをしていたはずなのに。
領主達は牛、豚、馬、鶏などの糞をそれぞれ集めてきて、発酵させて肥料にする仕事を命じられた。
力仕事の上に作業中の悪臭が耐え難いほどひどい。しかも、作業に従事していくうちに、次第に体にその臭いが染み付いていく。
彼女達の住む館は豪盛で美しいのだろうが、おそらく臭いは強烈だろう。
最初のうちはその悪臭を消すために香水を使っていたが、今度はその強い香りが鼻につくようになったという。
そのため彼らは社交界で肩身の狭い思いをするようになった。
いや、ご婦人方のお茶会には絶対に呼ばれなくなったと聞いている。
社交ができなくなれば、本業に差し支える。そのため彼らは香りでごまかすのではなく、消臭効果のある香水を求めるようになった。
そして三年後、消臭効果のある香水が開発されて、ようやく彼らは社交を再開できるようになったのだ。
だけど、その香水はかなり高価なのだ。使用するのとしないのではどちらがお得なのだろう?
まあ、そんな香水を生み出した本人がそんなこと考えるのもどうかと思う。
けれど、値段を決めたのは材料となる植物を育てている姉だから、僕のせいじやないよね。
あの後教師が教室に入ってきたので、言い争いは終了した。
一限目は生物学。この科目は毎日ある。教師は農業の技術指導はできないが、知識は豊富だ。
実地での指導は、午後の最後の授業に、クラスの農業指導員により行われる。
我がクラスはブラスボート男爵令嬢に教えを請うことになる。
彼女は金髪碧眼の美少女で、所作も美しく、そのへんの高位貴族令嬢よりもよっぽど気品に溢れている。
元平民の新興男爵令嬢とはとても見えなかった。その上、農業に関することだけでなく、一般教養科目の成績も群を抜いて良い。僕にとって一番のライバルだ。
入学式の日、新入生代表に選ばれたのは僕と彼女だった。彼女は僕を見てかなり驚いていた。まさか、自分以外にも代表者がいるとは思わなかったのだろう。
僕らは入学試験で同点だったらしい。
成績順でクラス分けがされるので、当然のように僕らは同じクラスになり、僕はクラス委員、そして彼女はクラスの農業指導員に任命された。
しかも、彼女は学年の農業指導委員長にも選出されたのだ。
彼女を崇拝する准男爵令嬢の二人によると、ブラスボート家は農民にとって命の恩人なのだという。
何を大げさな。と思ったが、それが過大表現ではなかったことは後になってわかった。
どういうことかといえば、かつて、貧しい農民はろくな食事ができなかった。それゆえに、必要な栄養が取れなくて早死にする者が多かったのだという。
ところが、ブラスボート家の四代前のご先祖様が、キャベツからを品種改良して新たに生み出した。そのとある野菜が、体調不良を訴えていた多くの農民達を救ったのだそうだ。
「野菜の王様と呼ばれているのですよ。
お肉が食べられなくてもタンパク質が摂れるから筋肉がつくし、体力がつくのです」
「果物が食べられなくてもビタミンCがたくさんあるから、シミやシワになりにくいのです。私の母や祖母は畑仕事をしていても、お肌は綺麗なのですよ」
「それに『食べるお薬』とも呼ばれているくらい、健康にいいのです。兄嫁のむくみはとれたし、お通じも良くなるのですよ」
お通じって、令嬢が口に出すセリフじゃないだろう。まあ、実際便秘はかなり辛いらしいが。
姉が使用人の女性とコソコソ深刻な顔をして話していたのを思い出した。
それにしても彼女達、熱く語るなぁ。なんで僕にそんなことを説明するのかな。試験に出るのかな?
そういえば農作業の担当を決める際に、彼女達はやたらと熱心に、その「花野菜」と呼ばれるその野菜を僕に勧すめてきたんだよな。
一緒のグループにならないかと。
僕なんか勧誘してもメリットなんてないだろうに、と僕は思った。
しかし、周りの友人達に言わせると、僕は彼女達にとって格好の獲物らしい。
平民落ちしたとはいえ、我が家は歴史の古い名家である。そして有力な貴族とのつながりがあるし、商会が上手くいっているためにそこそこ裕福だからだ。
新興の貴族令嬢達は高位貴族と違って、平民との結婚に拘りなどない。名誉だけの貴族令息より、金のある平民の方がそれなりに贅沢でき、しかも気楽だからいいと思うようだ。
「だけど、高位貴族の令嬢にも気を付けろよ。平民となんて婚約するつもりもないくせに、その気があるような振りをして、プレゼントを買わせ、食事をおごらせようとするからな」
「お前も利用されたな?」
「お前もな!」
高い勉強代を支払ってしまったと彼らは笑った。普通なら、お前も同じ目に遭えばいいと黙っているものだろう。
それなのに失敗しないようにと忠告してくれる友人達に、僕は素直に感動した。だからこう言った。
「そんな図々しい女狐どもに金を払わなくてよくなったのだから、みんなにランチでもおごるよ」
そう言ったら、彼らは大喜びしていた。ただし、その日のランチではなく、後日におごることになった。
なぜならその日のランチは「花野菜デー」だったからだ。
花野菜を使ったメニューばかりが並び、肉や魚メニューが一切なかったので、男子生徒の食欲は急降下したのだ。
もっとも女子生徒はみんな目をキラキラさせていたが。
というのも、ブラスボート男爵令嬢によって、花野菜の美容効果と腸を整える栄養、その効果に対する解説がなされていたからだ。その上料理方法の説明まで。
最後まで一気に投稿します。よろしくお願いします。




