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2/6

プロローグ/後

 翌日、有栖は宣言通りに俺のアルバイト先にやって来た。

 しかも就業時間が終わる間際に。


「いらっしゃいませー……ってなんだ、昨日の高校生か」


「私はコーコーセーって名前じゃない」


「そうだなー」


 正直面倒なので、適当にあしらう。

 俺の態度に気付いたのか、有栖は「今日もあの公園にいるから」とだけ言い残して、店を出ていった。いや、せめて何か買っていけよ。


 俺はアルバイトが終わると、適当に食い物を買ってから足早に公園へ向かった。

 ここまでしてやる義理はないけれど、またリスカでもしていたら俺が困る。

 というかそもそもなんであいつは俺のアルバイト先を知っていたんだ? それも訊かなくては。

 色々と思考を巡らせているうちに公園に着いた。辺りを見渡して、ベンチに座っている有栖を発見する。そして俺は、静かに近づいて声を掛ける。


「有栖」


「ん……」


「なんだ、寝てたのか?」


「寝てない。退屈だっただけ」


「そうか。そんなことより。ほれ、色々買ってきたから食べろ」


 俺は、自分のアルバイト先で買ったものを有栖に差し出す。有栖は、それに若干の不信感を憶えつつも受け取って小さくお礼を言った。


「おうよ。でもすまんな、お前の好みが分からないから適当なもんを買ってきた」


「いいよ。私、好き嫌いとかないし」


「そうか、ならよかった」


 俺は、有栖の隣に腰を下ろした。有栖は、袋の中から無造作に取り出したものを開封して口に運んでいた。もっもっみたいな表現が似合っているような食べ方で、ちょっと可愛らしいと思った。

 俺はそんな有栖に気になったことを訊く。


「なあ有栖」


「ん?」


 リスのように頬をふくらませた彼女と目が合う。


「お前、なんで俺のバイト先を知ってんだ? 普通に怖いんだけれど」


 有栖は口の中の物を飲み込んでから答える。


「私、よくここに来るんだけどさ。ここからあそこのコンビニって丁度通り道だったから、外から貴方のことは目にしていたし」


 なるほど、それもそれで中々怖い話ではあるが、とりあえず納得した。


「そうか、分かった」


「ん」


 有栖は小さく返事をすると食事を再開する。

 そこから有栖は五分もしないうちに、袋の中のものを平らげた。結構ボリュームがあるものもあったはずなんだけれど、余程腹が空いていたんだろうか。


「腹いっぱいか?」


「うん、満足」


「……そうか」


 素直に応える彼女に警戒心はないように思える。


「ねえ」


「ん?」


 有栖に声を掛けられる。


「枕になって」


「は?」


 言っている意味が分からない。枕? 人間枕? 人間枕って何だよ。


「えっと、それは一体どういう意味かな?」


 分かりやすく動揺する。というか急にそんなことを言われて動揺しない方が無理な話だ。


「膝枕……なんだけど」


「膝枕か、したことはないがまあいいよ」


 我ながら請け負いすぎではないだろうか。昨日知り合った女子高生に自分の膝を許すとは、度し難い。


「ほれ」


 俺は彼女に膝を向けて、ポンポンして誘った。


「ん」


 有栖は小さく返事をすると、俺の膝に遠慮なく頭を委ねてきた。


「お、おお?」


「…………」


 有栖はへんてこな反応をする俺をよそに、そのまま寝息を立てて眠りに就いた。

 これが膝枕というやつか。まさか自分が、誰かに……ましてや年頃の女の子に膝枕をすることになるとは夢にも見ていなかった。


 心臓の音が嫌にうるさい。女の子にドキドキするなんていつぶりだろうか。


「……はあ」


 俺は溜息を吐いて、有栖の寝顔に視線を向ける。

 こうして見ていると、整った顔だということがよく分かる。長いまつ毛に、艶やかな唇、悪目立ちしているように思えた隈も、チャームポイントに思える。


「……にしても、出会って二日の男に膝枕を要求した挙句、そのまま無防備に寝るとは。危機感ってもんがないのかなあ、こいつには」


 こんなことでは誰かに襲われてもおかしくない。起きたら少し言っておこう。


「寝顔だけ見てると、とても一七歳とは思えないな」


「……ん」


「いけね、起こしちまったかな」


「…………」


 起きてはいないらしい。


「……ハンバーグ」


「こいつ、寝言でも食い物のことばっかりだな」


 俺は有栖を起こさないように、小さく笑った。

 陽も完全に落ちた頃、有栖を起こす。

 家に帰らせなければ。


「有栖、もう夜だぞ」


 軽く肩を揺すると、有栖はすぐに目を覚ました。


「あ、おはよう。ありがとう」


「ああ、このくらいならお安い御用だぞ」


 めちゃめちゃドキドキしたけれど。


「もう帰らないといけないんじゃないか?」


「あ、うん」


 寝起きのせいなのか、少し反応が鈍い。

 そのあたりが可愛らしい。


「じゃあまた明日な」


「うん」


 有栖を見送ってから俺も帰路についた。


 その最中、様々なことを考えた。何故彼女は、あそこまで俺に心を許せるのだろうか。それに自傷行為をするにしたってわざわざあんなところでする必要はないはずだ。

 それこそ、家ですればいいのに。

「まあいいか、明日にでも訊いてみれば」

 分からないことをいつまでも考えていては生活に支障が出てしまう。それはよくない。だから俺は一度、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。


「よし」


 これで明日のアルバイトも何とかなるような気がしてきた。

 そうとなれば、明日は有栖に何を持って行ってやろうか。俺は少し考えて、有栖の寝言を思い出した。


『……ハンバーグ』


「ハンバーグか。確かうちのコンビニにはハンバーグ弁当が置いてあったはず」


 それなら、明日はハンバーグ弁当を持って行ってやろう。

 きっと喜ぶはずだ。そう考えると、何故だか嬉しい気持ちになる。


「……?」


 俺はなんで嬉しさを覚えているんだ?

 自分の感情に疑問符を浮かべながら歩いているうちに、家に着いた。

 バイト先から家まではそんなに離れていないけれど、いつもより足早になっていたようだ。

 六畳間の小さいとも大きいとも言えない部屋。無駄な家具は置いていない。良く言えば、簡素。悪く言えば、質素な部屋だ。こんな部屋でできることなど限られている。だからさっさと風呂に入って、寝る。それが俺の日常だ。


 バイト先と家を往復するだけの生活なのに、ここ二日はあいつのおかげで調子が狂って仕方がない。しかも相手は女子高生なのだからやはりよろしくない。世間的によろしくない。ちゃんと突き放した方がいいのか。

 下手すれば犯罪だもんな。明日、ちゃんと言わなくては。

 俺はそんなことを考えながら、風呂にも入らずそのまま眠りについた。

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