第1章/1
「はあ? 祭りに行きたい?」
「そう、祭りに行きたい」
翌日の夕暮れ時。有栖は、俺が公園を訪れるなり唐突にそんなことを言い出した。
「祭りってお前な……まだ先の話だろ」
「いいじゃん」
正直、いいか悪いかで言うととてつもなく悪い。だって傍から見たらいいおっさんが女子高生を連れまわしてるんだぞ。
「私が連れまわすから大丈夫!」
「何も大丈夫じゃねえよ?」
自信満々な顔をしている有栖に俺は溜息をついた。
「第一、俺たちまだ知り合って三日目だろうに。まだお互いのことも全然知らないのに、そんな奴と祭りなんか行って楽しいのかよ」
有栖は無言で頷き、言葉を続けた。
「話した時間なんていうのは関係ないと思う。それに、そんなこと言うならさ。祭りまでは日にちも時間もあるんだから、その間にお互いを知ればいいだけじゃない?」
なるほど。そう言われてしまってはぐうの音も出ない。
結局、俺が折れてしまった。説得も聞き入れては貰えず、一緒に行くことをさらにせがまれた。
「分かった、分かった。一緒に行くから、暴れないでくれ」
「うん!」
元気よく返事した有栖は俺の腕にしがみついてきた。全く、小動物かこいつは。
正直言うと、小動物は好きではない。理由は短命だからだ。飼って愛情を注ぎに注いでも、すぐ死ぬ。それは俺が悲しいだけだ。そんな思いをするのは嫌だからだ。
携帯を取り出して、日にちを確認する。七月一二日。祭りまでだいたい二週間ほどだ。二週間で互いを知るというのも中々無茶な話だとは思うが、時間があるのは確かだ。
「じゃあ、今日は何をする? いつもやっていることはもう済ませたし、このまま解散か?」
俺がそう言うと、有栖は顎に手を当てて考えているポーズをとった。考えているのかいないのかよく分からない。
「んー……。その前にさ、私。貴方の名前知らないかも」
「ん? ああ、そういえばそうだっけ?」
言われてみれば名乗った覚えがないような気がする。
「うん、確かに名乗り忘れてたかもな。すまんすまん、俺は。まあここ三日の付き合いで分かる通り、フリーターだ」
「佳彦くんね。改めてよろしくね」
「おう」
女子高生に君付けされるのは違和感しかないが、まあ許そう。そこを突き詰めるのは面倒臭い。
「えっと、そうそう。今日はこのまま解散……っていうのはなんか寂しいからさ。佳彦くんの家に行ってみたいなあ」
「はあ?」
こいつ今何て言った? 俺の家に行ってみたい?
いや待て、早合点は良くない。ちゃんと確認しなくては。
「ちょ、ちょっと待て。確認なんだが、俺の家に来たいって言ったか?」
「うん、そうだよ? なんか変?」
「聞き間違えじゃなかったのが非常に残念だよ。有栖さんさあ、ちょっと危機感がないんじゃないか?」
「危機感? 何それ? そんなの必要?」
俺は彼女のその言葉に何とも言えなくなってしまった。女子高生ともなれば、知らない大人にはついていかない。
ないしは知り合って三日の男の家に行こうとは思わないはずだ。これは俺の推測でしかないけれど、彼女には何かが欠陥しているのかもしれない。
それこそ早合点だ、と言われても仕方のない思考なのだが、でも今の俺が何を訊いたところで望んだ答えは返ってきそうにない。
「……分かった」
俺は渋々了承するしかなかった。
正直、俺の家に女の子は入れたくないんだが、この子とここで別れるとずっと公園に居そうでそっちの方が遥かに心配だ。
俺の家に行けると分かった途端、有栖はにこにこしながらついてきた。正直恥ずかしい。何が恥ずかしいのか自分でもよく分からないが、とにかく恥ずかしかった。
俺たちが集まる公園からだいたい徒歩一〇分。そこに俺の家はある。家というよりはアパートと言った方が正しい。築三〇年の木造アパート。外見は悪く言えば古臭く、ボロい。良く言えば、風情で味がある。俺はこういうのが好きだからここのアパートを選んだ。
まあそんな話はどうでもいい。とにかく俺は部屋への扉を開く前に少し考えてしまった。女子高生に見られてまずいものはなかっただろうか。例えば薄い本とか。いや、薄い本自体は持っている。持ってはいるが、いつもはちゃんと定位置に片づけている。しかしそれがたまたま目につくところにあったりはしなかっただろうか。――自分の記憶をこの一瞬で掘り返す。必死に掘り返す。うん、おそらく大丈夫だ。
小さく溜息を吐いてから、扉を開いた。
開いた瞬間、俺の後ろにいた有栖は駆け出し、ベッドへ飛び込んだ。
「おい! 何やってんだ!」
「ベッド……最高、ふかふか」
「……そうか」
ベッドの上でとろーんとしている彼女を見て、驚きも怒りもどこかへ行ってしまった。むしろ呆れたに近いのかもしれない。
「有栖、何か飲むか?」
「何があるの~?」
「そうだなあ」
冷蔵庫の中身を見る。あったのは微糖のコーヒーと紅茶、そして麦茶。見事に全部茶色い。
「珈琲、紅茶、麦茶。どれがいい?」
「なんで茶色なんだろ。紅茶で」
「砂糖は?」
「入れない」
「無糖派か。ませてるな」
「『女子高生はミルクティーしか飲まない』とか考えてた? そういうの偏見だよ」
「いや、思ってないけど」
――正直思っていた。というか何ならタピオカミルクティーを所望されると思っていた。
「そう」
そんな他愛のない会話を交わしながら、手早く紅茶をコップへ注ぐ。何か、茶菓子とかあっただろうか。
戸棚を漁ってみる。すると饅頭を見つけた。うーむ、紅茶に饅頭。洋と和。まあ、悪くない。まあ本来、紅茶にはクッキーとかがいいのかもしれないが、残念ながら俺の家にそんなものはない。
「饅頭しかなかったけどいいか?」
俺はそう言いながら、机に二人分の紅茶を置く。
「いいよー」
「ほい」
有栖の返事を聞いて、饅頭を一つ放り投げた。
「ちょ、ちょっと。なんで饅頭を投げるの?」
「まあまあ、固いことはいいじゃないか。ちゃんと受け止めれてるんだし」
「……そういう問題じゃないんだけど」
二人して黙々と饅頭を食べる。これほどシュールな光景は他にないと思う。
「すまないね、何もなくて」
一人暮らしの部屋だし、仕方のない部分は少なからずあると思うが。
「ううん、でも一人暮らしなんだね」
「ああ、高校卒業してすぐに実家を飛び出してな」
「ふぅん」
興味なさげな返事をされてしまった。悲しい。
「ていうか、なんか女子力高くない?」
「そうか?」
「普通、男の一人暮らしにはまともな飲み物も茶菓子もないものなんだけど」
「うーん、ただただこういうのが好きなだけだよ。女子力でも何でもない」
「でもすごいと思うよ」
「んーありがとな?」
「なんで疑問形なの」
「人に褒められるもんじゃねえしなあ」
饅頭の包み紙を丸めながら、適当に答える。
正直、こんなのは俺にとっては普通なことなのだ。ルーティーンというかなんというか。疲れた時には糖分が欲しくなるから、そういうものを揃える。水道水は流石に飽きるし、そもそもお茶が好きだから、麦茶なり紅茶なりを揃える。
なんら不思議なことはない。しかし、俺の普通は人にとっての普通ではないらしい。それもそうか。
「有栖も頑張れよ」
「まあ、いつかね?」
「それは頑張らねえな」
「そんなことないし!」
「…………」
誰かと同じ空間にいるのはずいぶん久しぶりだ。なんだか懐かしい気分になってしまう。
昔ならこういうのは嫌いだった。でも今なら、悪くないとそう思える。
それは何故だろう。まあ考えたところで分かるはずもないが。
「そういえば有栖、親御さんへの連絡とかは大丈夫なのか?」
「うん大丈夫。さっき歩いてるうちに済ませたから」
「そっか」
抜け目ないな。これで連絡してないとか言われたらものすごく焦っていただろう。犯罪者にはなりたくない。
「そういえばさー」
「ん?」
饅頭の包み紙を丸めてゴミ箱に投げ入れた有栖が口を開いた。
「ゲームとかないの?」
「ないぞ」
「えー」
俺の部屋にゲーム機は置いてない。あるのはせいぜいデスクトップパソコンくらいだ。そのことを有栖に話すと、彼女は紅茶を飲み終えてからそれに目を向けて、触ってもいいかどうかを俺に訊いてきた。別に見られてはいけないものはないはずだし、二つ返事で許可する。
有栖はしばらくキーボードを触っていたが、本体の電源をつけてはいない。
「あのさー」
「おん?」
「これどうやって使うの?」
「は?」
まさか使い方を知らないとは。今時の高校には情報の授業とかないか? まあ授業があったところで、パソコンを触る高校生なんてそうそういないか。今はスマホやタブレットで何でも解決するし。
「仕方ない、教えてやる」
「ほんと? ありがとう!」
そう言いながら無邪気な笑顔を向けてくる彼女は本当に幼子のようだった。
そこから俺のパソコン講座が始まった。まずは、ローマ字を覚えるところから。キーボードの扱い方、パソコンに入っているゲームをやらせたり。今時の女子高生にマインスイーパーやピンボールはできるのか不安だったが有栖は変なところで才覚を発揮し、俺のハイスコアをすぐに抜いた。
「やるな」
「えへへ」




