帽子 蘇る一年前の記憶
上から順に引き出しを開ける。
話を聞いていない訳ではない。
ただ癖と言うか上から順番に開けるのがマナーだと自分では思っている。
だからいくら言われようとやり方は変えない。
「何をやってるんですか? ふざけないで! 一番下と言ったでしょう」
真面目な奴だまったく。
「いや済まん。つい癖で」
別にドルチェの私物を漁るつもりはない。手が滑ったようなもの。
仕方なく一番下の引き出しを開ける。
そこには袋が。中には黒っぽい布。
これが何か? いや待てよ…… これはまさかあの時の…… 訳ないよな。
「その様子ですとやはりご存知のようですね」
「ああ、あの時の…… どうして君が? 」
俺は一体何を見せられている。
まさかドルチェは俺の正体を知って脅す気か。
「残念です大河さん」
「お前どうして? いや…… 何でもない」
「それはあなたのもの。一年前に失くした品です。お返しします」
では彼女はまさかあの時の? いやそんなはずないか。考え過ぎだ。
彼女が、ドルチェがあの現場に居るはずがない。
「ええ…… まさか会ったことがあるのか俺たち? 」
確かにこれは一年前被っていたお気に入りの黒のキャップ。
「思い出しませんかあの日のことを? 」
「お前どこまで? 」
「もちろんあの男を覚えてますよね」
「じゃあお前は奴の部下? 」
「いえ今は違います。あの時は一時的に頼まれました。
だから言われるがまま従ってしまった。今さらどの面下げて謝ればいいのか……
だからあなたに謝りません! 」
無茶苦茶言いやがる。
「君は俺を助けようとした」
「いえそんなこと…… ただの思い違いでしょう。私はそこまで人が出来てない」
「どっちでもいい。それよりもあの男について知ってることを教えてくれ! 」
「あなたの姉の婚約者。私の僅かな情報よりもあなたの方が詳しいでしょう? 」
「姉? まさか本気で言ってるのか? 」
「あの時そんな感じがしたんです。年の近い弟が現実を受け入れず二人の邪魔を。
そん風に感じていました。でも違うんですね? 」
「ああ違うも何も。俺と彼女とは血は繋がっていない。
姉のように彼女が接してくれただけだ。俺もその関係をよしとし甘えていた」
「私はあの男から指示を受けていた。
それを疑いもせずに従っていた。
だってあの男は金払いが良かったから。
貧しかった私には神のような存在。
まさかこの島に災いを招く死神だとは夢にも思わなかった」
「ドルチェお前…… 」
「ええこんな風に淡々と語れるのはあなたが居てくれたから!
あなたが私を解放してくれたから。
私はただの共犯者にならずに済んだ。
罪の意識に苛まれずに済んだ。
感謝しても感謝しきれない。ちょっと前まではまったく逆だったのに……
今なら言える。あなたにどれだけ会いたかったか。
もうあなたは私の運命の人。そう思います」
変な告白を受ける。
あれ俺嫌われてなかったけ?
「そうか。君もあの時の犠牲者。俺なんかよりももっと辛かったんだろうな。
俺も君を少しは恨んだ気がする。でもそれも一瞬。
俺はあそこから這い上がることしか考えてなかった。
そしてあの男に復讐する。今もあの男を決して許しはしない! 」
「あの男。私を巻き込んだ卑怯な男。私だって許さない。確か名前は…… 」
「いや名前さえ疑わしい。すべてでたらめだった」
「ああ思い出しました。確か翼でしたよね」
「そうだ翼だ。だがそれが本名かさえ定かではない。
「なあそいつについて知ってることは? 」
「基本的なことしか」
「お前の客だったんだろう? 」
「だってあの時の私は貧しくそれは想像を絶するくらいの日々。
はした金でも喜んで引き受けた。
あなただってそう。あなたが来るなんて知らされてない」
困ったな。上客の経歴ぐらい覚えていてくれよ。
「思い出せドルチェ! 何でもいいから思い出すんだ! 」
もはや尋問。
一年以上前のことを覚えてる訳が……
ううん。忘れる方が難しい。
あの日のことは忘れようと思っても忘れられない。
「では何も分からないと? 」
「ええ、たぶんハッピー先生ならその名前を出せば何か教えてくれるはずです。
私も相談したから。きっと手掛かりぐらい見つかるはずです。
それと噂では何でもこの世界を作ったんだって話」
「本当かよ。一体誰から聞いたんだ? 」
「アリアさん。何か自慢げに話してた」
「アリアがなぜあの男のことを知っている? 」
「さあ…… その時は深くは考えてませんでした」
「とにかくこの帽子は俺のだ。返してもらうぞ! 」
「待って本当にあなたがあの時の少年? 今でも信じられない」
疑り深いにも程がある。
埃を叩き一年ぶりに帽子を被る。
「うおおお! 」
一瞬にして一年前の記憶が蘇る。
続く




