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残業マン  作者: 伊賀谷
第五章
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助けて、残業マン

 二日目の徹夜はきつかった。

 極度の眠気で意識が何度も飛びそうになった。

 だが、シンヤはサヨへの償いのためにも寝落ちするわけにはいかない。

 シャープペンで手の甲を突いても目が覚めない。何度もトイレに顔を洗いに行った。

 同じワイシャツを二日間着続けているので、脂汗が染み込んで嫌な匂いを発していた。


 ――紅月さん、ごめんなさい。プロジェクトのみんなにも迷惑をかけるわけにはいかねえ。悔しいけど、強羅課長や北里係長にも迷惑はかけられない。


 シンヤの中で仕事に対する意識が変わったのかもしれない。


 ――おれがこのプロジェクトを救ってやるよ!


 そう思うことで気持ちがすっきり整理できてきた。

 やがて窓の外が白み始める。

 シンヤは仮眠もとらずに突っ走った。正真正銘の完徹だった。


「終わったー!」


 サヨの作業遅延も挽回した。

 社会人になってここまで集中して仕事をしたことはなかった。


「夜神ちゃん、お疲れ様ー」


 始業時間になって北里係長が笑顔でシンヤに近づいて来た。

 シンヤがメールで送った作業報告書を読んで、チーム全体の作業遅延がなくなったことを確認したのだ。これで北里係長は進捗会議で怒られなくて済む。

 北里係長は嬉しそうにシンヤに話しかけている。だが二日連続徹夜明けのシンヤの頭には内容がまったく入ってこない。日本語を話していることくらいしか分からない。思考能力が著しく低下しているのだ。

 とりあえず満面に引きつった笑顔を浮かべておいた。

 北里係長が右手を差し出してきた。握手をしようと言うのだろう。


 ――このお調子者が。でも不思議と悪い気がしないかも。


 感謝してくれる人には素直に応えればいい。シンヤは北里係長と握手をした。北里は本当に嬉しそうな顔をしている。こちらも嬉しい気分になった。



 十時になって、携帯端末にヒナタからメッセージが来た。


〈今、わたしはどこにいるでしょうか? 美女探偵より〉


 徹夜明けの頭に意味不明なクイズは辛い。しかも自分のことを美女と言い切る自信も大したものだ。でもそれが許されるのがヒナタのすごいところだろう。

 色々とツッコミどころは多いが、シンヤはとくに考え込まずに返信した。


〈分からない。どこなの〉

〈稲毛海岸です。なにをしているでしょうか?〉


 稲毛海岸は京葉線でいうと、東京駅からみて海浜幕張駅よりもっと先だ。


〈さあ?〉

〈紅月さんの家に様子を見に来ています。気になるでしょ?〉

〈え? なんで〉

〈強羅課長の指示でね。最近彼女休んでいるんでしょ。安否確認よ〉


 なんだかんだ言って、強羅課長は部下のことを心配しているのだ。良いところもあるようだ。


〈夜神さん、紅月さんに気があるんでしょ?〉

〈どうしてそうなるんだよ!〉

〈だって強羅課長が言ってたわよ〉


 少し認めてやって損をした。やはり強羅課長はシンヤにとって災いの種だ。


〈そんなことないから!〉


 何を弁解しているのかシンヤにもよく分からなくなってきた。ヒナタのことは諦めると決意したのだ。

 ただ一つシンヤが言えることは、やはり女は魔性の生き物だ。シンヤには到底手に負えない。



 午前中は猛烈な睡魔が襲ってきて、シンヤはしばしば椅子に座ったまま舟をこいだ。

 また携帯端末にヒナタからメッセージが来て目が覚めた。

 時計を見ると十一時半になっていた。


〈紅月さん元気そうよ。美人探偵はただいま尾行継続中。京葉線の駅に入ったわよ〉

〈確認できたなら帰りなさいよ。勝手に尾行すんなって〉


 ヒナタは探偵気分を楽しんでいるようだ。

 それはともかく、サヨが事故もなく元気なら良かった。シンヤは胸をなでおろした。

 さらに十分ほどして携帯端末に通話着信があった。またヒナタからだ。

 シンヤはフロアの外に出て行きながら通話を開始した。


「どうしたの。こっちは今日も徹夜明け――」

「なんか変なのよ。電車が駅に止まらない」

「急行に乗ったのでは」

「各駅停車よ。海浜幕張を過ぎてから全然止まらない。……あれ? なにあれ」


 シンヤは眉間に皺を寄せた。

 耳にあてた携帯端末からヒナタの周囲で何人かが悲鳴をあげている声が聞こえた。


「桜花さん!」

「赤……、赤い。なにあれ、着ぐるみ。みんなこっちに逃げて来る。え、ちょっと。やだ」

「桜花さん! もしもし!」

「人が倒れている。ば、化物……」


 ヒナタの声は恐怖に引き攣っていた。


 ――赤い化物。まさか、『残業獣』か。


 課長のおじさんがまだ海浜幕張に『残業獣』がいると言っていた。

 しかしシンヤは『残業マン』になることを止めた。それに変身に必要なスマートウォッチを持っていない。


「桜花さん、落ち着いて。とりあえずそこから離れた車両に避難するんだ」

「う、うん」

「紅月さんは一緒なの」

「ううん。こ、紅月さんは前の車両に。化物がいる方に」


 紅月サヨ――。

 いつもシンヤに優しかった。最後に見た姿は涙を流しながらエレベーターに向かって走り去る姿。

 もう一度サヨに会いたい。笑っている顔が見たい。


 ――もう自分に嘘はつかない。おれに一番必要なのは紅月さんなんだ。


 シンヤの心に迷いは無くなった。


「分かった。すぐに助けに行くから。大丈夫だから」

「……うん。助けて! 『残業マン』!」

「紅月さんと桜花さんは、おれが必ず助ける!」

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