三十七頁
「……」
レオニダスの骸の元で、ラインハルトが佇んでいた。
周囲は未だ乱戦の有り様。しかし、知れ渡るラインハルトの実力と侵し難い何かによって、そこには空白が生まれていた。
「団長」
エロイースが声を掛ける。一拍の間を置いて、ラインハルトがそちらへと振り向く。
「レオくんは私が運びましょう。グラナダ卿がお呼びですよ。団長に陛下の護衛を任せて、『剣鬼』と死合とのこと」
「……あの人にも困ったものだ」
エロイースの言葉を聞いて、かつての上司の我儘に苦笑する。
「わかった。……レオを頼む」
「はい、お任せを」
ラインハルトはエロイースの返答が終えるか終えないかというところで、駆け出した。
エロイースはそれを見送って、レオニダスに向き直る。
彼女が杖を一振りすれば、何処からとも無く生えてきた植物たちが、レオニダスを優しく包み込む。そして、地面に呑まれていった。
……
「くは!」「ふふ!」
一方、剣鬼と剣姫の舞闘は白熱していた。
互いの顔には笑みが浮かび、合わさる剣撃に散る火花がまるで感情のぶつかり合いのようだった。
「愉しいなぁ!」
「同感、ですわ!」
アスカは上段より双剣を同時に振り下ろす。それはこのままいけば、寸分違わず同時にアッシュを斬りつけるだろう。
しかし、アッシュの剣は下段後方に伸び切っていた。その隙をアスカは正確に突いたのだ。
「甘いの」
「何を、くっ!?」
だというのに、アッシュの口元には笑み。そして、そんな呟きが聞こえたと思えば、アスカは地を蹴って後方に退がらざるをえなかった。
アッシュの蹴撃が腹部に迫ったからだ。
蹴撃は当たったものの、後方に流れたアスカのダメージは微々たるもの。余裕の笑みを浮かべながら、彼女は口を開く。
「礼儀のなっていない殿方ですわ」
「生憎、儂は農民の出よ。礼儀など身につく筈もなし」
「そうですか。……それじゃ、仕方ねぇな!私もあんたに合わせるとしよう!」
アッシュの言葉を聞いて、アスカは口調を変える。男勝りで我儘な、けれど、どこか憎めないそんな口調。
【火愚楽】の蒼炎が荒ぶった。今までは、剣の応酬が激しく多少の牽制にしかなっていなかった。だから、他の魔法に転用することにした。
「【炎舞剣】!」
蒼炎が双剣に纏わりつく。
彼女がそれを一振りすれば、蒼炎の軌跡が鮮やかに舞い踊った。
「行くぞ、爺い!」
「応!来い、小娘!」
駆けるアスカに対して、アッシュは剣を両手に握り大上段に構えた。
瞬きの間に、両者邂逅。
アスカの双剣は突進の勢いのままに斬り上げられた。勢いに乗るように、蒼炎が刃より先に翔け昇る。
アッシュの剣には魔力が凝る。農民の出である剣鬼に学は無い。故に、長い研鑽の中で身につけたのは純粋な魔力で強化することだけ。それが振り下ろされる。
結果、剣鬼は双つの蒼炎を一振りで斬り裂いて
「っ!?」
アスカの双剣と鍔競り合う。だが、それはアスカが防御に回ったが故であり、それはアスカの心が死を感じた故である。
それは、アスカの敗北を意味する。
「くは!儂の、勝ちじゃ!」
嗤う剣鬼がさらなる力を込め、剣姫にとどめを刺そうとしたその時、一つの岩塊が剣鬼の頭上に落ちる。
「ぬ?」
剣鬼は咄嗟に剣を翻して、岩塊を斬り払った。
その隙にアスカは後退した。そして、隣の人物に口を開く。
「申し訳ありません。ヴァニティアルメ卿」
「何、貴女はまだ若い。これを糧に励みなさい」
「……はっ」
後退したアスカの側にあったのは、『王国の守護神』とまで謳われた先代騎士団長グラナダ・ヴァニティアルメ。
その老騎士の言葉に、アスカは複雑な表情を浮かべる。
確かに外面上は負けではない。そして、《七つの宝玉》は負けてはならない。
アスカがそれを認める発言をするわけにもいかず、されどそれが己の未熟を実感させた。
それがグラナダの思惑の通りであるのは、流石、年の功といったところか。
「くは!逢いたかったぞ、『剣聖』!」
剣鬼は歓喜の表情で、グラナダをもう一つの異名で呼んだ。
「そういう貴方は『剣鬼』ですね?」
「応とも!儂はあんたに死合を申し込む!」
両者まるで真逆なようでいて、その瞳に映るのは確かな戦意と好奇心。どちらの剣が強いのか。どちらの剣が弱いのか。その問いの答えが知りたくて、しょうがないのだ。
「レッドレイジ卿、貴女は下がりなさい」
「はっ」
グラナダの言葉に、アスカは素直に従う。
そして、その場には剣の道を極めんとする二人の男だけが残った。
「シュバリア王国先代騎士団長にして、《七つの宝玉》が先代『橙玉』グラナダ・ヴァニティアルメ」
「S級冒険者『剣鬼』アッシュ・ウォーガレイド」
互い名乗りを上げる。
空気が張り詰める。二匹の猛獣が邂逅したかのような重く強く荒々しく、静かな死の緊迫。
ジリジリと日照りに肌を焦がされるような中、円を描くように間合いを測る、構えを変える。
やがて、緊迫にあって相手だけが見える、聞こえる、感じられる。
それが最高潮に達した時、両者踏み込んだ。
「参る」「征くぞ!」
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