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耳が聞えなかった少女  作者: 伊藤 孝一
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第二章③

 そして次の日、菜々美は明音の家に来た。明音はホッと安心したのと、また来たのか面倒くさいと言う両方の感情が入り混じった。菜々美はいつもの様にチャイムを鳴らした。それを聞いてお母さんが明音の部屋に入ってくる。


「いい加減に会ってあげたら、そうやって部屋に閉じこもっていても何も始まらないでしょ」


 と珍しく強い口調で言われる。


「あれだけ貴方と話したがっているのだから、ちゃんと向き合って話したらどうなの」


 明音は少しふくれっ面になって何も言わずにお母さんの話を聞いていた。どうしても菜々美に会う決心が付かなかったのだ。


「今日はちゃんと菜々美さんと会ってあげなさい」


 そこまで言われて明音はようやく決心する。


「ワカッタ」


 そう言うと明音は自分の部屋を出て玄関へと向かっていった。





 菜々美はどうしても用事があって昨日は来られなかった。どうなるか不安だがもう一度、明音の家に行く事にしたのだ。そうしたら明音の母親から待つように言われた。もしかしたら会えるかも知れない。そう思うと胸が高鳴る。けれども同時に緊張してしまう。一体何を話せば良いのか分からなくなる。


 しばらく待っているが中々来ない。どうなっているのかドアの中を覗き込むように見てみるが何も見えない。待ちきれずにドアの前をウロウロしていると


「おまたせ佐々木さん」


 と明音のお母さんの声、そして……


「宮本明音さん」


 と、菜々美が呟いた。お母さんの後ろに隠れるように立っていた。表情は無表情でじっとこちらを見ている。


「えっと、そのお久しぶり」


 菜々美は何とか言葉紡ぐ。だが、明音は何も反応しない。


「……」


「……」


 菜々美と明音は黙ってお互いを見る。よく見ると明音は怒っているようにも見えなくもない。


 しばらく、2人とも黙っていると


「よかったら、佐々木さん。家に上がって」


 とお母さんに促される。チラリと菜々美は明音を見ると、表情を変えず。


「ドウゾ」


 と明音は先に家の中に入ってしまう。


「どうぞ、入って」


 お母さんに促されて、


「お邪魔します」


 菜々美は家の中に入った。やっと明音さんに会えた。その嬉しい気持ちと、ちゃんと話せるかと言う不安な気持ちが入り混じった複雑な気分だった。


 通されたのは明音の部屋だった。そこで2人だけになった。何を喋っていいのか分かずに、ただ座って部屋を見渡すだけだった。しばらくすると、明音のお母さんがクッキーとジュースを持ってきてくれた。菜々美はお菓子を一つ食べる。中々おいしいクッキーだ。


「おいしいね、このクッキー」


 なんとか会話を作りたいと菜々美がクッキーから話題を作ろうとする。けれども、


「ソウダネ」


 という明音の一言で終わってしまう。菜々美も続けて言葉が出ずにジュースを飲む。


 お互い気まずい空気が流れる中でふと、音楽プレイヤーが目に止まる。


「そういえば、音楽聴いてくれた?」


 そう聞くと、明音の顔つきがサァッと変わる。睨みつけるような目になったので菜々美はたじろいだ。


「なんか、気に入らなかった?」


 と聞くと、明音が不機嫌そうな顔をする。そして音楽プレイヤーに私のCDをいれて再生しようとする。その時、菜々美はあることに気づいて


「宮本さん、ちょっと待って」


 と言うが、応じずに明音がそのまま再生される。するとベートベンの『運命』が流れる。あのジャジャジャジャーンが流れる。あまりの強烈な音に菜々美が驚いた。明音が音楽プレイヤーを止める。


「コレデ、ワタシヲ、オドロカソウトシタンデショ?(これで、私を驚かそうとしんたんでしょ)」


 と明音が言う。ここで菜々美はようやく明音がとんでもない勘違いをしていた事に気が付いた。


「違う違う、そんなこと思って渡したんじゃない!」


 と必死に菜々美は首を振る。さらに菜々美は音楽プレイヤーに近づいて、


「それに音量が最大じゃあ、誰が聞いても驚くよ」


 そして菜々美が音量を調整する。そして音楽を再生するとちょうどよい感じで音が流れる。


「デモ、コンナクライオンガク(でも、こんな暗い音楽)」


 と明音が反論する。それには


「ごめん、まさか『運命』が最初だなんて思わなかったから、ほらこの『田園に着いた時の愉快な気分』とかなら良い曲なんじゃないかな」


 菜々美はクラシックを全然知らないので適当に言っているのだが、偶然にも軽快な音ともに明るい気持ちにさせてくれる曲だった。


「ごめん、なんか驚かしちゃったみたいで……」


 菜々美がそう言うと明音がキョトンとした顔をしていた。菜々美が不安そうに顔を見ていると、


「ぷっ」


 と明音が急に噴き出して笑い始めた。菜々美は訳が分からなかったが、明音が笑っているのを見ていると自分も何だか可笑しくなってきて一緒に笑い始めた。二人とも何が可笑しいのか分からないがしばらく笑い始めて、ようやく落ち着くと


「カンチガイダッタンダ」


 明音がボソリという。それを聞いてようやく誤解が解けた事が分かった。菜々美は意を決して


「宮本さん、一緒に学校へ行かない」


 と聞いて見た。それを聞くと明音の顔が強張った。それに動じず菜々美が続ける。


「私も一緒にいるから大丈夫だよ。一緒に弁当とか食べようよ。わたしも一人が多かったから二人になると楽しいし」


 そう言うと明音も表情を和らげる。菜々美も明音の顔を見て頷く。しばらくの沈黙の後、


「ウン」


 と頷いた。それを聞いて菜々美は嬉しさに満面の笑顔で


「やったー」


 と叫んだ。それを聞いた明音がクスリと笑う。


「ああ、ごめん。大きな声を出して」


 菜々美がそういうと明音が横に首を振る。


「タノシイ」


 と一言。それを聞いて菜々美も楽しそうに笑う。


「それじゃあ、明日の朝、迎えに行くね」


 と菜々美が言うと明音が頷く。


 こうして明音が再び学校に顔を出すようになった。

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