5「ドミナの回想②」
それからしばらくの時間が経った。ドミナの年齢はすでに一つ増え、八歳に。相変わらず調教部屋では数多くの『実験体』たちが調教されていた。近頃、どうやら調教が過激さを増していったようで、死人が出た。命を落とした『実験体』は複数人の白衣の男たちに強姦された後、頭を殴られ続けていたようだ。今まで死人が出ないよう、彼らは工夫して調教を行っていたはずだった。
しかし、一体どうしてか。彼らがストレスの捌け口として『実験体』をさらに激しく嬲るようになったのは。
最近になってさらに変わったことがある。『優秀な者』が『劣った者』へ降格するシステムが導入されてしまったのだ。
今まで調教される『劣った者』を馬鹿にして眺めていた者たちも皆、最近では態度を改め、自分たちの番がやってこないかと恐怖で震えていた。
ドミナはしかし、他の誰よりも『優秀な者』として白衣の者たちに重宝されていた。彼らの中にはドミナを『最高傑作』とまで称する者もいた。その影響は同じ『実験体』たちの中にも波紋を広げた。
ドミナを故意的に避け、さらには睨み付けたり罵声を浴びせたりする者が現れたのだ。ドミナはそんな日々にも決して屈しはしなかった。唯一、親しくしてくれるあの少女――オルタの存在があったからだろう。
オルタとはいつも薬剤室で出会い、言葉を交わした。彼女は『優秀な者』になってからしばらく経ち、頭の怪我も治っていた。髪は以前とは違い、短く切っていた。
いつものように薬剤室で出会ったオルタと会話をして、自分の部屋へ戻され、何もせず眠りにつく。食事の時間に叩き起こされ、味のない食料を体に掻き込み、再び睡眠を続ける。調教は絶対に見に行く必要はなかった。それはドミナが誰よりも『優秀な者』であるからであって、他の者たちは絶対だった。
いつもと変わらない日々を送っていたある日のこと、それは起こった。
薬剤室。当然のようにオルタがいた。しかし、いつもと違って彼女の表情はどこか暗い。
「オルタ、何かあったの?」
ドミナがそう彼女へ尋ねる。すると彼女は笑みを浮かべ、ドミナと目を合わせてくれた。しかし、彼女の笑みは無理に作っているようにしか見えなかった。
「私、明日から『優秀な者』じゃなくなるみたい」
「え」
ドミナは信じられなかった。だが、彼女の言葉が真実であることを肯定するように、オルタはあの薄い微笑みを浮かべていた。
「それに、明後日には調教が予定されているの」
調教。最近過激さを増してきたその地獄へとオルタが投じられてしまう。ドミナは激しい怒りを覚えた。
どうして彼女がその運命を辿らなければならないのか。どうして他の者ではなく、オルタなのか。
唯一ドミナの心の拠り所だったオルタが、どうして。
ドミナはどんどんと心がどす黒い感情に呑み込まれていく気がした。
最近調教部屋で起きた死人の話が、何度も繰り返し脳内を過る。
オルタが死んでしまうかもしれない。オルタが酷くいたぶられるだけでなく、命まで――。
ドミナは握り拳を作り、怒りに打ち震えた。その様子を見たオルタが、そっとドミナの手を握った。
「私なら大丈夫だから――」
今は彼女の言葉でさえ、ドミナの怒りを鎮めることはできなかった。ドミナは歯を食いしばり、無言を貫いた。
白衣の者が薬を取って戻ってくるまで、ずっと、オルタはドミナの手を優しく包んでいた。
明後日になった。今日はオルタが調教される日。ドミナは部屋で一人、死んだように天井を見上げていた。硬いベッドの上で寝転びながら手に力を込める。
「わたしに力さえあれば・・・」
ドミナには何もできない。オルタを守るため、白衣の者たちへ反抗するほどの力がない。彼らが幾つもの強力な機械や武器を持っていることをドミナは知っている。調教に使う拷問道具、建物から脱走しようと企む『実験体』を始末するために強力な武器を使用しているという噂も聞いたことがある。
ドミナは握り拳を作り、ぎゅっと力を込めた。決心しなければならない。オルタを助けに行く。
失敗し、始末されるかもしれない。
ドミナは恐怖を浮かべる心を落ち着かせるよう深呼吸を繰り返した。調教が始まった合図として扉が二回ノックされるタイミングを待つべきか、それともその前に行動を起こしてしまうべきか。
だがオルタが調教部屋にいなければ行動は起こせない。
激しく心臓が脈を打つ。鼓動の音が脳内でうるさいくらいに響いている。
ついにその時はやって来た。二回、コンコンとドアがノックされる。それはドミナの覚悟を強固なるものにした。
ドミナは扉を開けてもらい、急いで外の通路へと飛び出した。その勢いと、珍しく調教を見に行く姿勢が気になったのか、先ほど扉をノックした白衣の男が棒立ちしたまま、まじまじとドミナを見つめていた。
ドミナは調教部屋まで全速力で走る。急がなければ。オルタの調教が完全に始まってしまう前に。
ガラス張りの部屋が目の前に見えてきた。どうやらまだ調教は実行されていないようだった。部屋の中に、大人しく椅子に座るオルタの姿があった。
調教を行うつもりでいる複数人の白衣の男。初めて死人を出した時の調教を行っていた連中だ。
きっとオルタに対し、前のように性的暴行を加えるつもりでいるのだろう。
下卑た笑みを浮かべる男たちの姿に、ドミナは激しい憎しみを覚えた。
部屋の前には『優秀な者』であろう『実験体』が数人、談笑する白衣の男女が複数人いた。
ドミナは集まっていた『実験体』からは睨み付けられ、白衣の者たちからは奇異の目を向けられた。しかしそれでもドミナの意思は揺るがない。
彼女はガラスに触れる。掌からマグマを噴出させてガラスを一気に溶かした。
するとそれを見ていた白衣の者たちが悲鳴を上げる。ドミナは勢いよく中へ入り込む。
下卑た笑みを浮かべていた男たちが驚いてドミナの方を振り返った。彼らは恐怖し、それぞれ逃げ惑った。
椅子に座っていたオルタの目がドミナを映す。
「オルタ・・・!!」
ドミナは彼女の元へ駆け寄る。
「来ちゃ駄目!!!」
それを見たオルタが必死に訴える。しかし、ドミナの足は止まらない。
彼女は今、ただひたすらオルタを助けることしか頭になかったのだ。
オルタが恐れていたことが起こった。
遠くから、ドミナの両足に向かって電気を纏った棘が撃ち込まれた。ドミナはその場に倒れ、顔を強打する。
部屋の中へ大勢の白衣の者たちがやって来た。彼らは手に小型の銃のような武器を持っている。動けないドミナに、大きな円盤状の機械が飛来した。機械からは強力な電流が流れ、ドミナは意識を失う。
ドミナは白衣の者たちに担がれ、どこかへと運ばれていった。
オルタの調教はどうやら中止になったようで、何事もなくオルタはそのまま部屋へ連れ戻された。
今日の出来事により、ドミナはこの建物内で最も『劣った者』に降格した。二度と外に出ることは許されず、彼女は一人部屋の中で監禁され続けた。




