3「熱」
二人はその後一緒に『パルシェ』へと行き、ユエムへ任務の達成を報告した。どこかしおらしくなったドミナを不思議に思っただろうが、彼は一瞥をくれただけで何も言わなかった。
会話の途中、ユエムは何度もルノートの『魔法』について尋ねてきた。突如として顕現したあのどす黒く巨大な手。片手だけの出現ではあったが、その力は強大だった。重機をも軽々しく粉砕するほどの力を持ったあれを、素早く自在に操ることさえできればルノートも一人前として『アルペシア』内で認められるだろう。
ユエムは妙ににやつきながらルノートとドミナを見送り、そして店内で酒を嗜んでいた若い茶髪の男――アヴォイド。彼もまた『アルペシア』の一員――に絡みにいった。
「ドミナの奴、妙に大人しかったっすね。何か任務であったんすかね」
「さあ。上手くやっていることは確かだけどな」
グラスを指でつつきながら、アヴォイドがユエムへ視線を投げかける。彼は詳細を知りたそうに「ん~」とわざとらしく唸ってみせるも、ユエムはこれ以上二人のことを話題に上げなかった。
「そういやユエムさん、貴方のお兄さんのことっすけど」
その瞬間、ユエムの動きが硬直する。彼の表情は死人のように感情を失っていた。しかし、アヴォイドは怖気づいた様子もなく話を続ける。
「まだ報道はされていないっすけど、どうやら亡くなったみたいっすよ。なんでも、『心臓』を抉り取られて死んだのだとか」
「そうか・・・」
何か言いたげに声のトーンを下げ、ユエムは低く唸る。すると彼の元へ赤いワインの入るグラスが運ばれてきた。
「あれほど『魔女』に関わるなと言ったのに・・・」
ユエムの一言は、この場の誰にも聞こえない大きさで発せられた。
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ようやく家に帰って来た二人はぐったりしていた。うつろうつろとした覚束ない足取りのドミナがシャワーを浴び、ルノートはその間一人で勉強を進める。勉強用のテキストはどれもすでに終盤を迎えていた。小学校六年間の内容を一気に勉強してしまったのだ。
ルノートは無言のまま、テキストに示された計算式を解いている。
「次、いいぞ」
シャワーを浴び終えたドミナが、いつになく小さな声でそう言った。乾かしたての綺麗な長い赤髪、獅子のような美しい金色の瞳。
彼女はぐったりとした様子でベッドへ倒れると、そのまま黙り込んでしまった。ルノートはそんな彼女を一瞥してから、シャワーを浴びに向かった。
一人部屋に残されたドミナが「ん」と小さく声を漏らし、寝返りを打つ。彼女はじっと天井を眺め続けていた。
しばらくしてルノートが戻って来る。彼の髪はきちんと乾いていた。
彼はテーブルの上に放置していたテキスト類を片付けて、ドミナが寝転ぶベッドの上へ慎重に乗る。それから掛け布団を手に、二人の全身を包む。ドミナはルノートの方へ体を向ける。
「今日はごめん・・・わたしがルノートに魔法を教えないといけなかったのに、何もできなくて」
彼女の瞳には憂いが灯っていた。魔法を教えることも、あの強大な敵を前に戦うことも何もできず、ただルノートに助けられただけの自分を責めているのだろう。任務をこなしたとは言えど、それは結局自分ではなくルノートただ一人の成果。
ドミナは彼の胸部辺りへ目線を移した。何と言われるのか恐れているのだろう。
「そんなことないよ。ドミナがいないとぼくは何もできなかっただろうし」
ドミナは目線を彼と合わせる。彼はいつになく真剣な表情をしていた。いつもは暗く沈んでいる瞳の奥に、強い信念のようなものを感じる。
それに驚き、そして反論をしようと口を開く――。
「そんなことな――」
「ある。君がぼくのことを『家族』と思って、優しくしてくれたから。だからぼくは君を守るために力を使えるようになった。それでいい」
ルノートがドミナを見て、初めて笑顔を浮かべた。その瞬間、ドミナは全身に昂る感情を覚えた。一体この気持ちは何なのだろうか。ドミナは必死に心の中でそれを問いかけ続けた。
両頬どころか全身に熱が駆け巡る。熱い。高熱に見舞われるような感覚だが、しかし、どこか心地良い。
視線は、ドミナの視界全ては彼の笑顔に釘付けだった。彼が初めて見せてくれたその優しい笑みが、ドミナの脳裏に強く焼き付いた。
思わずドミナは泣きそうになる。涙がゆっくりと滲んできて、視界をかすませていく。
「なんで・・・なんでそんなに、優しいんだ」
ドミナが目を覆って嗚咽を上げ始める。ルノートはそんな彼女を抱きしめる。
「『家族』はぼくが守る。今度こそ、絶対に」
ルノートの言葉を聞いたドミナが、目を覆っていた手を離す。まだ涙の溢れるその目が、彼の真剣な視線と交わる。二人は同じ景色を見ているようで、違った。
ルノートは強い信念の奥に、どこか悲しみのような感情を滲ませていた。それをドミナは感じ取ってしまった。
「そうか、おまえはあの時――」
ドミナは記憶を呼び起こす。彼女がルノートとベッドで横になった時、彼の口から漏れ出た言葉だ。
ドミナがルノートに「なぜ『アルペシア』へ来たのか」と尋ねた際、彼は「全てを失った」と発言した。そしてさらに彼は毎晩魘されてもいた。ドミナはそれを知っている。
だからこそ、彼が『家族』というものに対する強い信念、悲しみを抱いていることに気が付いた。
ドミナは彼の体を抱き返す。
「ありがとう、ルノート」
二人は視線を合わせながら、同じように笑みを浮かべ合う。
「ドミナのこと、ぼくに教えてほしい」
突然、彼はそう言い出した。あの研究者の男がドミナに言い放った台詞がきっかけで、きっと知りたくなったのだろう。
ドミナは無意識の内に唇をきゅっと結んでいた。
「無理強いはしないよ。でも、君のことをもっと理解したくなった。君の抱える苦しみを、ぼくは知りたい」
彼の言葉にドミナは目を見開いた。
ルノートは依然としてドミナを抱きしめたまま。二人の体の大きさは同程度。すぐ正面に顔がある。吐息のかかりそうなほど密接した距離の中、ドミナは徐々に頬を赤らめていった。
先ほどから彼女の心や全身を襲う謎の熱が勢いを増している。それどころか、心臓の鼓動が激しい。鼓膜ではなく脳内を直接強く打ち震わせている。
「ルノート・・・」
ドミナは自身の胸に手を当て、小さく彼の名を呼ぶ。心臓の音がうるさい。
きゅっと目を力強く閉じ、そして深呼吸をする。どうにかして体を落ち着かせようとするも、結局のところ高熱と鼓動の激しさに変化はなかった。
「ドミナ?」
返事をしないドミナに違和感を覚えたルノートが言葉を飛ばす。ドミナは慌てて返事を返す。
「えっと、何でもないけど・・・その、いいよ。うん。わたしのこと教えるから」
少し言葉が詰まった。なんとか絞り出せた声は震えていた。
顔がさらに赤くなる。
ドミナは一つ危惧していた。自分の心臓の鼓動が、彼の体にまで伝わっていそうなほどうるさく、激しく鳴り響いているのだ。さらに体を纏う熱。熱までも同じく彼に伝わっているのではないか、と。
だが、そんな心配をしつつもどこか彼女の心は浮き立っていた。




