表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
厄災令嬢、龍神の番になります  作者: 猫塚ルイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/10

第3話

翌朝


雨上がりの澄んだ空気が社を包み込んでいた。


格子戸の隙間から差し込む朝陽が、私の頬を優しく撫でる。


私は、蒼様に貸していただいた古びた小部屋の畳の上で、ゆっくりと身を起こした。


昨夜までの、あの泥にまみれた忌々しい白無垢はもうない。


代わりに、社で見つけた藍色の古着を身に纏う。


少し丈が長く、袖をまくり上げなければならなかったが、その重みが不思議と心地よかった。


村で「厄災の子」として物置に閉じ込められていた時とは違う、自由な朝。


「さて……まずは腹ごしらえ、かな」


生贄として捧げられた私が、この場所でまず最初にしたこと。


それは、社の隅にある台所の掃除だった。


台所といっても、煤けた竈があるだけの殺風景な場所だ。


けれど、私にとっては宝の山に見えた。


村の家では、私は家族の残り物か


冷めきって固まった粥しか口にすることを許されなかったからだ。


自分の手で火を熾し、自分のために、あるいは誰かのために料理を作る。


それは幼い頃からの、密かな、けれど何よりも贅沢な憧れだった。


私は裸足のまま社の裏手へ回り、雨露に濡れて瑞々しく輝く山菜をいくつか摘んできた。


棚の奥を覗けば、カチカチに乾燥して石のようになった干物を見つけた。


竈に火を入れ、丁寧に干物を炙る。


パチパチとはぜる音と共に、香ばしい醤油と潮の香りが、煤けた天井へと立ち上っていった。


「……お前。朝から、何の騒ぎだ」


低く、涼やかな声が背後から降ってきた。


振り返ると、そこには寝起きのせいか


いつもより少しだけ髪を乱した蒼様が立っていた。


宝石のように鋭い緑の瞳が、眩しそうに細められている。


「あ、蒼様!おはようございます。勝手に台所をお借りしてすみません。朝餉ができたんです。よろしければ、一緒にいかがですか?」


蒼様は、板の間に並べられた質素な献立───


山菜の和え物、炙った干物


そして湯気を立てる炊きたての麦飯を、無表情に、けれどどこか居心地悪そうに見つめた。


「……おい、神が、人間の食い物など口にすると思うか?」


拒絶の言葉。


けれど、その視線は隠しきれない好奇心で揺れている。私はあえて明るく返した。


「えっ……でも、とっても美味しくできたんですよ?」


「毒なんか入れようものならすぐに分かるからな?」


「毒なんて入ってませんし……!それじゃあ蒼様は人間でも食べて生きているんですか?」


「馬鹿を言え。そんな不味そうなものは喰わん」


蒼様は呆れたように大きな溜息をつくと、観念したようにのそりと板間に腰を下ろした。


私が差し出した塗り箸を、彼は大きな、けれど不器用そうな手つきで受け取る。


「……毒味だ。変なものを置いておかれて、社が汚れるのも不快だからな」


そんな言い訳を呟きながら、彼は山菜を一口、口に運んだ。


私は、自分の心臓の音が聞こえるのではないかと思うほど緊張して、彼の横顔を見つめた。


もし口に合わなかったら。もし怒らせてしまったら。


「………………」


咀嚼の音が止まり、蒼様はふっと視線を落とした。


「……悪くない」


「本当ですか!?」


「お前は毎回声が大きいな……味付けが少し濃いが、食えなくはない、と言っただけだ」


ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、彼の手は止まらなかった。


石のように固かった干物も、彼が噛みしめるたびに旨みが溢れ出しているようで


気づけば一膳のお茶碗は綺麗に空になっていた。


「ふふ、良かったです。村では『厄災』だなんて散々言われてましたけど、料理だけは自信があったんです。明日はもっと美味しいものを作りますね!」


「明日も作るつもりか……」


「もちろんです! 私、ここにいさせていただける間は、蒼様の専属料理人になりますから!」


「そんなことをしてお前になんの得がある、ご機嫌取りのつもりか?無駄だぞ」


「そ、そうじゃなくて!生かしてもらっている限りは…自分にできることをしなきゃと思ったんです。もちろん、蒼様のご要望があれば何でも聞きます」


「なら、俺に死ねと言われたら死ぬのか?」


「…はい。でも、言われないように…尽力します」


私が屈託なく笑うと、蒼様は一瞬だけ、毒気を抜かれたような顔をした。


「……勝手にしろ。ただし、焦がして火事を起こすなよ。…それと」


蒼様は立ち上がりざまに、私の頭を大きな手で「ポン」と軽く叩いた。


それは、村の誰も私にしてくれなかった、優しい仕草。


「……ごちそうさん、だ」


低く呟かれたその言葉と、頭に残る掌の温かさに、私の胸はトクンと跳ねた。


厄災の子として疎まれ、誰の役にも立てないと思っていた私が、生まれて初めて誰かに「必要」とされ、感謝されたのだ。

 

頬が熱くなるのを感じながら、私は空になったお茶碗をぎゅっと抱きしめた。


この不器用な龍神様の隣なら、私は「小春」という一人の人間として生きていけるかもしれない。


そんな予感がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ