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ヒーロー、見参!


 触れ得ぬ裳の裾野を閉じよ

 光の抱擁 貌を守れ

 在し生命の礎とならん


 __『隔絶せよ(アストレイジス)



 詠唱を終え魔法を唱えると、薄い光の膜がぼく達を包んだ。

 父の使用する魔法の一つ__『隔絶せよ(アストレイジス)』はいかなる環境にも耐える光の鎧を作り出すものだと父はいう。

 防御面にも優れているらしく、並大抵の攻撃では傷一つ付かないらしい。


「ねえ、カイ。私思ったんだけど…」

「何?」


「この魔法かけたままなら、今の私達でも白塵になれるんじゃない?」

 それを聞いた父は思わず苦笑いを浮かべる。


「僕がずっと魔法をかけ続ければ可能だろうね…」

「あ、そっか。魔法が切れるとダメだったねっ」

 てへ、と言いながら頭を掻くリアナに父は言葉を続けた。


「…それに借り物の力で強くなっても、中身は変わらないよ」


 父はリアナと同じように頭を掻いて、少しだけ表情を曇らせる。

 言葉自体はリアナに向けられたものだったが、ぼくは彼女にだけ言っているような気がしなかった。


 __まるで自分にも言い聞かせているような、そんな感じがした。



「__まあ、でも」

 父の顔はもう曇っていない。

 今は良いことを思いついた、というような笑顔を浮かべている。


「二人が組合の中に入るのには、使えるかもね」

 はは、と言いながら父はそう言い切った。


「いや、魔法ってそんな便利使いするもんじゃ無いでしょ…」

「うん?そうなのかな?」


 父はたまにぼく達が分からないような理論を展開する。

 もしかしたら魔法が使える人間とそうでない人間の感覚の違いなのかもしれない。


「__というか、もうしばらくは組合に入らないよ…多分まだ入るだけで辛いだろうし」


 ぼくは『あの日』の事を再び思い出し、リアナと顔を見合わせた。


 


 


 二年前、組合の騒動の後。

 ぼくとリアナは組合での騒動の後、ケルンに連れられてトゥリアテセラに向かっていた。


「なんでトゥリアテセラがうちの店って、ケルンお兄さん知ってるの…?」

 

 迷いなく歩くケルンに疑問を持ったリアナが質問をした事により、今までケルンとイヴェットが話していた会話の内容をぼく達は全て理解出来た。


「リアナちゃんのお母さん、アリシアさんでしょ?」

「えっ__知ってるの?」


「もちろん。アリシアさんは僕達の『指導者』だからね。だからリアナちゃんの事は聞いてるよ」


 次にケルンはぼくの方を向く。


「カイくんは…ハロルドさんの息子さんだよね?」

「お父さんの事も知ってるんですか!?」


「もちろん、彼は忘骨だからこの街で知らない人はいないよ__リアナちゃんと仲が良い、カイって男の子の話は聞いてたから」

 君だったんだね、とケルンはぼくに優しい笑顔を向けた。


「…私達の事知ってたから、助けてくれたの?」

 

 組合での荒事は基本的に全てが自己責任だ。

 子どもだからといってそれは例外ではない。


 アリシアとハロルドという後ろ盾があったからこそ、今自分がこうして無事でいられたのだと感じたリアナは少し残念そうな言葉をケルンにかけた。


「助けたのは君達だったから、という事はないかな。

__でもちょっと打算はあったから、そこは謝るよ」

「打算…?」


「ああ…あの男は素行が目立って悪かったから困ってたんだ__だから、アリシアさんの力を借りる為にリアナちゃんを助けた所はある」


 アリシアの力を借りる。

 素行の悪い男を何とかしたい。

 

 その二つの言葉がぼく達の中で何となく繋がらないでいると、ケルンは笑みを浮かべて言葉を続けた。


「アリシアさんの探索者の姿__二人はやっぱり知らないよね」

 その言葉にリアナはあっ…と声を漏らす。

 ぼくはまだイマイチピンとこない。


「アリシアさんは基本的にとても優しい人だけど、誰かを教える時と自分を害する者を制裁する時だけは鬼のような人になるんだ。

__あの素行の悪い男ですら、アリシアさんにだけは近付かなかったくらいにね」

 そこまで聞いて、ようやくぼくも話の流れを理解した。

 

「まさか…」

「男に伝えて『あげた』んだ__君がメイスを振り下ろそうとした女の子は、アリシアさんの子どもだよって」


「…それで、男は?」

「『俺は別に悪くねえだろ!』って言ってたね。先にやってきたのは向こうだからやり返して当然だとも言ってた。

__まあそれは確かにそうだから、そこについては僕も咎めなかったんだけど」

 

 リアナは会話の最中、ケルンが自分を見たのに気付き俯く。

 気をつけなよ、とリアナを軽く叱り、話を続けた。


「二人には悪いけど、明確にメイスで殴ろうとしたのが都合が良かった。下手をすれば死ぬような行為だからね。

__『アリシアさんの子どもを殺そうとしたって、そう報告しておくよ』って僕が伝えたら、血相を変えて組合から飛び出して行ったって感じだね」


 あっけらかんとぼく達に伝えてくるケルンに、若干の恐怖を感じた。

 アリシアの恐ろしさに対してもそうだが、何よりぼくが怖く感じたのはケルンの行動だ。


 おそらくケルンは騒動を最初から見ていた。

 その上でぼく達の正体を見極め、男を排除する算段を整える為にぼく達が危なくなるまで静観したのだろう。


 結果助けるのは変わりなかったのだろうが、必要があるという理由でギリギリまでぼく達を危険に晒したケルンに思わず身震いした。


「ちなみに…お母さんが制裁をするとしたら、どんな事するの?」

「それは__いや、リアナちゃんが知らなくても良い事だよ」


 ちょうどリアナとケルンの会話が始まる頃、トゥリアテセラが見える。

 表には手を振って微笑んでいるアリシアと__少し心配そうな顔を浮かべたぼくのお母さんもいた。


「え、何でお母さんが…?」

「僕はこれからアリシアさんと探索だから、電報を送って迎えに来てもらったんだ」


 忘骨の父を持つ我が家には、組合からすぐに連絡を取れるように電報を受け取る機械が置かれている。

 緊急時などにしか使われた事は無いが、おそらくケルンが組合の人間にうまく言って送ってもらったのだろう。


「さ、二人とも。耐性がちゃんと付くまではもう組合に入っちゃダメだよ」

 そう言ってケルンは二人の母親の元にぼく達を促した。



 その後の家までの道中。

 アリシアはぼく達を送る為に探索の時間を遅らせたらしく、それはリアナと二人でしっかりと謝った。


「カイちゃん、ありがとねぇ」

 ぼくの頭に、アリシアはそっと手を置く。


「リアナに付き合わされたんでしょう?ケルンから少し聞いたわよ。この子の事、守ってくれてありがとうねぇ。

__それと、リアナ?」

 頭を下げたままのリアナがビクッと跳ねたのが見えた。

 先程アリシアの別の面をケルンから聞いた事もあり、何故かぼくもブルッと身震いが起きる。


「帰ったら、説教よ」

 その言葉にホッとしたのを、アリシアは見逃さなかった。


「__お尻叩きも追加よ。エイベルも呼んで、見てもらいましょうね」

 リアナはアリシアの言葉に顔を青くし、下げた頭の上で全力の合掌をする。


「お尻叩きはいいけど…エイベルは嫌っ!」

 自分が弟の前でお尻を叩かれている姿を想像したのか、顔が徐々に赤くなっていく。

 ぼくがリアナみたいな妹に見られながらお尻叩かれるようなものだ__さすがにそれは嫌すぎる。


 

 リアナの必死の懇願にアリシアがはぁ、とため息をつく頃、リアナ達の家に着いた。


「なら私が帰るまで反省してなさい。そしたら、考えてあげるわ」

 そう言うなりアリシアはリアナを家に放りこんだ。

 閉まっていく扉の向こうから、

「反省する!反省して待ってるから!」

 と声が聞こえる。


「ヘレナ、ごめんなさいねぇ。これでリアナも少しは大人しくなるといいんだけど…」

「ううん、いいのよ。それより、お尻叩き__何かに使えそうね。参考にするわ」

 そんなリアナの言葉を無視して母同士が会話を始めた。

 参考とかいう言葉が聞こえたが、気のせいだと思いたい。


「じゃあ、私は探索に行ってくるわね__カイちゃん、本当にありがとうね」

 それから二、三ほど会話を交わした後、アリシアはぼく達が来た道を帰っていった。


「ねえ、カイ?」

「ん、何?」 

「__本当に頑張ったんだね」

 母は少し噛み締めるような口ぶりでそう言い、ぼくの手を握って歩きだした。


「…結局、何も出来なかったけどね」

「でしょうね、まだまだカイもリアナちゃんも子どもだから」


 

 その言葉にぼくはチクッと胸が痛くなった。

 子どもの__何も出来ないぼく達が、色んな人に迷惑をかけて今こうして無事に帰っている。

 母の言葉から、そんな意図を感じたような気がした。


「…ごめんなさい」

 この言葉は誰に言ったのか、ぼく自身にも分からない。

 でも、何となく言わないといけないと思った。 


 その言葉で母がふふっ、と笑う。

 口元を手で隠しているが、嬉しそうな表情だ。


「お父さんには伝えておくから、ちゃんと話を聞きなさいね」

 ぼく達の家までの短い距離、母はぼくの手を握ったまま帰った。

 __暖かい手に引っ張られたぼくは妙に安心したのを覚えている。



 __と、ここまでの回想もぼく達にとっては大事なものだが、本当に重要なのはこれからだ。

 家に帰ってしばらくして、父が家に帰ってきた。


「組合で色々あったみたいだね」

 リビングで待っていたぼくに、開口一番父がそう言った。


「あら、聞いてたの?」

「アリシアが僕に伝えるように組合に言ってたみたいでね。依頼報告をしようとしたら向こうから先に報告がきてビックリしたよ」

 父は笑っている。

 少なくとも怒っている様子はなくぼくはホッとした。


 そして思い出した。

 こういう時にすぐにホッとした顔をしてはいけないと__先ほどのリアナから学んだことを。


「…アリシアは『カイちゃんは悪くないから、責めないように伝えておいて』って言ってたらしいけど、そういう訳にはいかないな」

 父は少し微笑みを残したまま、ぼくを叱り始めた。



「カイ__組合に二人で入るのは早いって、前に言ったよね?」

「うん…」

 

「組合の中は魔力で溢れかえってる。ノクサから持ち帰ったものや探索者が保持している素材の魔力が充満しているから、耐性が少ないと入るだけで気絶してしまうことだってあるんだ」

 父はそう言うと普段自信が身に付けている籠手をテーブルに置いた。

 縫殻素材の証である、琥珀色の光を滲ませる縫い目がよく目立っている。


「普段触っても何もないからあまり感じないと思うけど、これもちゃんと装着すれば今のカイを一瞬で気絶させるくらいの魔力がこもってる。

__そんな装備を平気で付けている人間が集まる場所なんだ。街の中でもかなり異質な場所と言っていい」


 そこまで言って、父は少し言葉を止めた。

 叱られていると思ったぼくが俯いてしまっていたからだろう。


 言葉が続かないのを不思議に思ったぼくが顔を上げると、いつの間にか父の隣に母が座っていた。

 言葉は交わさず、浮かべた笑みで二人で会話をしている。


「怒ってないの…?」

 その様子に思わず声をかけると、ぼくの方を見て二人は同じように笑った。


「カイに必要なのは怒られることじゃない、色々な事を知ることだよ」

「知ること…?」


「知っていれば次はちゃんとリアナちゃんを止められる。知っていれば危ない目に会うことも少なくなる。

__探索者になるのに、一番大事な事だと僕は思ってるよ」



 その言葉に安心したぼくは色々な事を父に質問した。


「どのくらいでぼくとリアナは探索者になれると思う?」

「うーん…一般的には十歳から十二歳くらいで白塵を持てるようになることが多いかな」


「ぼくも魔法、使えるようになる?」

「忘骨になれば使えるようになるけど、難しいかもなあ」


「…なんで?」

「縫殻と脈晶の間に大きな壁があるから…かな」

 父は少し言い淀む。


「まあ、これからのカイ次第だよ」

「そっか…あ、もう一つ聞きたいんだけど」


「なんだい?」

「__探索者としてのアリシアさんって、どんな感じなの?」


 

 ぼくの言葉でリビングが一瞬凍りついた。


「あ、あはは…ヘレナ、今日のご飯は何かな?」

「え?あっ__えっと、今日はシチューを作ったわ。カイも好きよね、シチュー…ねっ?」


 __それについては、なにも聞くな。

 

 二人のあからさまな反応にぼくはそれを察した。

 そして同時に、

 

 __アリシアさんって縫殻探索者じゃなかったっけ…?


 忘骨探索者の父にここまで言い淀ませるアリシアに、その日何度目かの身震いをした。




  

 そんなわけで組合の中は魔境ということをその日再認識した。

 そしてその日以来ぼくとリアナは、たまに探索者の邪魔にならない程度に近付いて自分達の耐性がどの程度あるかを確認している。


 __いつか、探索者になるために。


 

「__あ、二人ともちょっと待って」

 門の方へ向かおうとしたぼく達を父が止めた。

 父は一軒の露天の前で立ち止まった。


「いらっしゃい!」

 露天の店主が小気味良く声をかけてくると、父は並んでいるアクセサリの中からひとつ選んで店主に見せた。

 

「__これ、わざと置いてる?」


 言われた店主が良くわからないという顔で慌てているのを見て、少し表情を緩める。


「魔力が含まれてるよ」

 その言葉で店主の顔がサッと青くなった。


「これは__失礼しましたっ!私共はそういったものが分からないので…」

「持つと気分が悪くなると思うんだけど…まあいい、組合に話をつけておくから買い取ってもらってね」


 

 父は店主の名前を聞き、

「ごめんけど、ちょっと伝えてくるね」

 と言って組合の中に入った。


 数分して父が帰ってくると、リアナが興奮した様子で父に声をかけた。


「すごい、ハロルドさん!さすが『英雄』って呼ばれてるだけあるねっ!」


 その言葉に父はいつになく真剣な表情をリアナに向けた。


「今のは違法になる可能性があったからしただけだよ。絶対に真似しないでね」

 その表情と言葉を受けたリアナは、

「わかった…」

 興奮をスッとおさめて父の言うことに頷く。

 その様子を見た父は、表情を解き今度は苦笑いをした。

 

「あとその名前はあまり好きじゃないから、言わないでくれると嬉しいかな…」


 

『英雄』


 それは父の功績を称えた者達が勝手に呼んだことでいつの間にか定着した、父の二つ名らしい。

 ノクサから襲来しようとした魔女を退けた際に、帯同していた探索者が語り出したのが始まりらしく、

「その人達にやめるように言った時にはもう、引っ込められないくらい広まっていたんだ…」

 と恥ずかしそうに父は語っていた。


 

 ちなみに、ぼくが知っている二つ名持ちは父以外にあと二人いる。

 トワイルにいる忘骨の一人と、アシュケルという別の街にいる忘骨の人だ。


 アシュケルにいるのは、『支配』のオスロー。

 そしてトワイルの忘骨は『御手』 


『御手』の名前は、誰も知らないらしい。

 命頂の厳重に隔離された場所にいると言われている。


 話がそれてしまったが、とにかく人々に影響を与える脈晶以上の探索者が付けられる事があるらしい。



「リアナちゃんは、脈晶になったらいい名前が付くといいね」

 父が変わらず苦い顔をして続けた言葉にぼくも乗っかった。


「何かこう呼ばれたいっていう名前、あるの?」

「えー、そうだなー…」

 リアナは少し腕を組んで考え、そしてバッと顔をあげた。


「__『無敵』かなっ!なんか強そうだしっ!」



 確かにリアナにピッタリかもしれない__ちょっと馬鹿っぽくて可愛らしい感じが。

 

 ワハハ!と楽しそうに笑うリアナはとても馬鹿っぽくて、つられてぼくも一緒に笑ってしまった。

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