武器密輸組織、俺一人で潰す
ドルヴィックが躊躇した時には、彼の指はすでに引き金を引いていた。
本来なら十発目の魔弾が飛び出すはずだ。
しかし――。
――バンッ!
これまでとは違う不吉な破裂音とともに、燃えるような衝撃がドルヴィックの腕を襲う。
「あ? ……がっ、ああああああああッ!!」
突如、ドルヴィックの右手から鮮血が噴き出した。
ドルヴィックは状況を理解できないまま、叫び声を上げ続けた。
ノクスは取り乱すドルヴィックの姿を冷ややかに見つめた。
もちろんノクスは何が起きたのか理解している。
むしろ、彼は意図的にこの結果を引き起こしたのだ。
ドルヴィックの魔導銃は、幾度もの発射で限界まで蓄積された熱エネルギーに耐えきれず、内部から激しく暴発したのである。
そして、爆発に巻き込まれたドルヴィックの右手首から先は、衝撃によって吹き飛ばされたのだ。
鮮血と肉片は爆風とともに無秩序に飛び散り、倉庫の床と壁を不規則な模様で染め上げた。
その飛沫は、まるで残虐な芸術作品のように、暗闇の中に点々と痕跡を刻んでいった。
「うあ……あああああッ!! 俺の……俺の腕がああああッ!!」
苦痛と恐怖が混ざり合ったドルヴィックの絶叫は、倉庫の金属壁に反響し、不気味な余韻を残した。
痛みのあまり、ドルヴィックの全身は制御を失ったように痙攣している。
「予想通りのタイミングだったな」
ノクスは壮絶な光景を他人事のように眺めながら言った。
その一言で、激痛に意識を失いかけていたドルヴィックは現実へと引き戻された。
「うぐっ……な、んだと……?」
激痛に喘ぎながらも、ドルヴィックの瞳が大きく見開かれる。
「貴様……まさか、この銃の欠点を知っていたというのか……?」
ノクスは勝利を確信したような不敵な笑みを浮かべた。
「その銃には致命的な欠点がある。試作品扱いなのもそのためだ。排熱処理システムが限界を超えると、魔力が暴走をはじめる。十発以上の連続射撃で銃身内部の魔力制御機構が追いつかなくなり、オーバーヒートを引き起こすんだ。王城の技術部隊も必死に改良を重ねているようだが、残念ながらまだまだ発展途上というところだな」
「そ、そんな……くううっ」
ドルヴィックの顔から血の気が失せていく。
「さあて、どうする、ドルヴィック? まだ戦い続けたいか? それとも降参か? 俺はどっちでも構わないぞ」
「……! くっ……こんな体にされて、誰が降参などするか……っ。こうなれば、あれを使ってやる……!」
焦りと恐怖に支配されたドルヴィックは、震える足で壁際まで後退すると、鉄製の格納棚を開け放った。
血走ったドルヴィックの目は、鉄製のフックに掛けられた武器を見据えている。
重厚な黒鉄で作られたその武器は、携行砲と呼ぶに相応しい凶悪さを持ち、先ほどの魔導銃を凌駕するほどの威圧感を放っていた。
武器の全長はノクスの上腕ほどもある。
黒鋼で覆われた筒状の砲身は異様なまでに太い。
先端には複数の魔力制御機構が幾重にも組み込まれていた。
グリップ部分は両手でしっかりと構えることを前提にした設計で、重量も尋常ではない。
この兵器が放つ一撃は、おそらく建物一棟を木っ端微塵に吹き飛ばすことも可能だろう。
「ぐっ……はぁはぁ……ハハハ……。ど、どうだ……。これを見ても、まだ余裕の表情でいられるか?」
ドルヴィックが持ち出したそれは、魔導式ロケットランチャー。
その禍々しい姿は、破壊の権化そのものだった。
魔導式ロケットランチャーは、魔力を高密度の炸薬へと圧縮・活性化させ、一瞬で広大な範囲を灼熱の業火で包み込む。
岩山さえも粉砕し、戦場を瞬時に焦土と化すほどの威力を持つ、恐るべき対集団用魔導兵器である。
この兵器は、軍の精鋭である対魔獣部隊が、強大な魔獣の巣窟や堅固な要塞を一掃するために開発されたものだ。
そんな破壊の道具が、ノクスただ一人に向けられている。
その非道な行いは、兵器本来の使用目的からは大きく逸脱していた。
「こ、これなら広範囲を巻き込んだ攻撃ができる……。貴様に逃げ場はない……ふっ、ははは……」
荒い息を繰り返しながら、ドルヴィックは魔導式ロケットランチャーを構えようともがく。
片手しか使えず、何度もバランスを崩したが、肩と足を使って、なんとか発射口をノクスへと向けることだけはできた。
「よ、よし……ふぅふぅ……あとは、魔力を込めて発動させるだけ、だ……はぁはぁ……」
出血多量と激痛で正気を失いかけたドルヴィックが、震える手で照準をノクスへと向けたその瞬間――。
「やれやれ、待ちくたびれたな」
静かに一歩前へと踏み出したノクスは、左手をゆっくりと掲げた。
「応じろ、風の脈動」
その直後、ノクスの指先に魔力が集まり、青白い光が放たれた。
光は激しく明滅しながら、やがて螺旋を描く風へと変貌を遂げた。
轟音とともに、猛々しい風の咆哮が倉庫全体を揺さぶる。
「ぐ、うおおおおおっ!?」
風圧に弾かれたドルヴィックは無様な体勢で投げ飛ばされ、自らの血でできた水溜まりに尻もちをついた。
ドルヴィックの目の前で一層激しさを増した風は、うねりながら巨大な魔導式ロケットランチャーを宙へと持ち上げた。
鋼の塊は滑らかに空を舞い、ノクスの手元へと吸い寄せられていく。
まるで忠実な従者が主の元へ帰還するかのような光景だ。
「なっ……バカな……!」
呆然と宙を仰ぐドルヴィックの顔には、信じ難い現実を目の当たりにした者だけが見せる恐怖が刻まれていた。
絶対の信頼を置いていた武器が、風に攫われていく。
それなのに自分には、ただ無力に見守ることしかできないのだ。
ドルヴィックの恐怖は、これから起こることを悟った瞬間、極限に達した。
「あ!? ええっ……そ、そんな、まさか……」
奪われた魔導式ロケットランチャーは、今やノクスの手中に収まっている。
しかも、ノクスはその発射口を持ち上げ、火薬貯蔵庫へと照準を定めた。
「なあ……待ってくれ。交渉しよう。金が欲しいのか? 地位か? 名誉か? いくらでも出す、いくらでも――」
切羽詰まったドルヴィックの声からは、かつての傲慢さが微塵も感じられない。
そこにあるのは純粋な恐れと、生への執着だけだった。
「おまえから与えられるものなど、何一つとして興味はない」
ノクスは無関心な顔で、退屈そうに言い放った。
「名簿ならどうだ!? 密輸の記録、取引先、裏で手を引く者たちの名前も、全部残らず渡す。どうか見逃してくれ。命だけは……この命だけは助けてくれ……!」
ドルヴィックがついに、両膝を地面につけた。
かつての威厳や尊大さは跡形もなく消え去り、這いつくばって懇願の言葉を絞り出している。
まさに地に落ちた権力者そのものだ。
だが、ノクスはまったく関心を示さない。
「くそっ! どうしたらいい!? どうしたらいいんだ!? まだ何か手があるはずだ! 考える時間をくれ! 頼むから――」
「地獄で考えるがいい。そこでなら永遠の時が与えられている」
ノクスの唇に、氷のような冷笑が浮かんだ。
その瞳には、一片の迷いも宿っていない。
ノクスは、呼吸ひとつ乱さぬまま、静かに引き金を絞った。
――ドンッッ。
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