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『魔王さま』と『勇者』の平等な街

 あまり他者の思想や教示などには興味はない。

 ただ、自身の思想を他者に押し付け、強制するのは個人的にはいかがなものかと思う。

 この街に来て最初に抱いた感情がそれだった。それとは別に、奇妙な違和感も抱くがその正体はまだ掴めないでいる。

 ともあれ、魔王さまのようにスタンドプレーで、倫理や道徳といった生きていく上で必要不可欠であろう感情を、清々しいまでに排した存在は別だ。清々しいほど非常に単純明快だ。

 魔王さまの世界は魔王さまの中でのみ完結している。ストーキング相手に一切の迷惑をけないストーカーという、もはや病気と言っても過言ではない世界が確立されている。

 他者に自分の思想を押し付けようとは決してしない。偉大なる魔王さまは、従者の僕にもそのような事はしない。自分の考えは押し付けず、押し潰しているだけに留まっている。

 思想を押し付けて他者の本質を矯正する事は、矯正され者が生まれてから培った人格や信じる事象を根本から否定する事だ。

 そこには自由もなければ主体性もない。

 だが魔王さまは違う。魔王さまは、自分の考えを他者に押し付け、それに抗う自由を許している。許されてはいるが、抗った末、僕は泣く泣く魔王さまの命令を通りに行動しているだけで、そこには自由思想の生物としてギリギリ自尊心を保つ余地は残されている。

 少なくとも、今、僕達が立ち入ろうとしている街は、街全体が魔王さまと対極に位置する属性があるように思われた。

 城壁に囲まれているので街というよりは、都市に近いのだろう。過剰に堅牢な壁は、外部からの脅威から身を守る盾ではなく、内部の者達を外へ出させない為の檻のように思える。

「通行税をお支払い下さい」

 と壁門を警備する兵士に開口一番言われたの事には、驚きを隠せなかった。

 この終わりの見えない勇者をストーキングするという旅で、『通行税』なるものを徴収された事など初めての経験だった。

 それは魔王さまも同じようで「通行税?」と眉をひそめた。「なんだそれは?」

 魔王さまは僕よりも世情に疎い。というかおおよそ真面な教育すら受けているか疑いを持ちたくなるほど、世に対する知識はない。

 綺麗に彩った言葉で言うなら、世捨て人、といえるが、世捨て人、というのはある程度の世を知った末に世を捨てた識者であって、魔王さまのそれは、ただの無知だ。

「まあ、通行料みたいなものですよ」

「だから、それがなんだと言っているんだ? 今までの街でそんなもの取られたか?」

「取られなかったですね」

「なんでそんな物が必要なんだ?」

「さあ。それは各自治によって違うんじゃないんですか?」

「おいっ。門番の下郎」

 なぜ、この魔王さまは他者に対してこう、根拠のない威勢を振りまきまくれるのか。見た目は可憐な女性で、その威勢が虚勢に見せるところが極めて厄介だ。

「なんで通行税なんて必要なんだ?」

「この街の決まりですので」兵士は無感情に答える。

「結果と過程は訊いていない。な、ん、で。私がお前らに通行税を払われなくてはならん」

「過程も結果も訊いていないなら、説明のしようがありませんよ。因果って言葉を知ってますか? 魔王さまの頭の片隅で埃を被っている単語です」

 もっとも、埃が被りすぎて朽ち果てている単語ではあるのだろうが。

「ここで払って頂いた税は、城壁の補強や衣食住に必要な品を生産し、市民に公平に分配されます」

 とってつけたような説明ですこと、と僕は苦笑する。

 と、ここで、僕がこの街に来た違和感の正体に気づいた。

 この街には色がないのだ。

 今まで通ってきた村ないし街はあるいは墓地には、良くも悪くも色があった。ベクトル的には主に悪い方面に色が濃かった。

 しかし、この街には色がない。

 正確に描写するなら、門の向こうにいる者達に色がない。無色透明というよりは、一律に灰色といった感じか。

 それに、わずかに番兵から仕入れた情報から考えるに、この街はあまりこの世界にとって望ましくない街だ。

 この世界は、空を飛ぶ鳥のように自由だ。無責任と言ってもいいが、何事においても不可思議なほどに寛容だ。

 だから、こんな街があってもいいのかもしれないが……。

「どうした。何をそんなに悩んでいる? 腹ぺこか?」

「ええ」僕は魔王さまに首肯する。「魔王さまのせいで、脳みそを使いがちなものでね」

「ごほんっ」と番兵が咳払いをした。「とにかく。この街に入りたければ、通行税をお支払い下さい」

「いくらだ?」魔王さまが内に針を含んだような声を番兵に飛ばした。

「そこに書いてあるでしょう。通行税および街の滞在税の値段が」

 番兵が目線だけで、門の脇にある石版を見やった。そこには、通行税の他に滞在税についても記載されている。

 魔王さまは促されるように石版を目を細めて見やる。「なんだ? 滞在税っていうのは」

「この街に滞在する日数に応じた税金です」

 なんでも税金という言葉にすげ替えればいいとでも思っているのか、この街は、と僕は腹を抱えて笑いそうになる。

 そもそも、魔王さまがこの石版の文字など読めるわけがない。僕にだって読めない。通貨という概念があまり認知されていないこの世界では、まったく意味を持たない料金表だ。

 つまり、魔王さまと僕達をぼる気満々という事だ。

「ちなみに、私達より先にここを通った女の子とその他三人の下郎達がいただろう。嘘はつくなよ。私は全て見ているんだからな」 

 魔王さまが番兵に詰め寄る。その殺意むき出しの眼光を目に入れ、ようやく魔王さまが、常人ではないとは理解したのか、番兵は「は、はい。通って行きました」と素直に答える。

「あの子からもその税とやらを取ったのか?」

 ああ、駄目だコレ。僕は深いため息をつく。

「は、はい」

「よしっ。○そう」

「ちょっと待って下さいっ。なんだって、魔王さまは暴力で物事を解決しようとするんですか」

「あの子から金品を無慈悲に巻き上げたんだぞ。そこらにいる路地裏のガキだってしないぞ」

「ケースバイケースです」僕は正直に言う。「ともあれ、勇者達御一行が何日この街に滞在するぐらいは吐かせてもいいと思いますよ」

 そっちの方が人死が出るより都合が良いし、今後、動きやすい。まあ、この番兵が○されても、どうせ魔王さまがすぐに『回復薬』で蘇生するからどちらでもいいというか、知っちゃこっちゃないが。

「ふん。まあいい。それで、あの子はこの街に何日滞在する?」

「は、はい」番兵は背筋を伸ばす。「滞在日数は二日です」

「こんな糞にたかるハエばかりがいる街にあの子が二日も」

「魔王さま。言葉使い」

 僕は無駄だと思いながらつっこむ。

「じゃあ、私t達も二日間この街に滞在してやる。おい」

 魔王さまは僕に目配せをしてくる。僕は持っていた鞄の蓋を開け、魔王さまに差し出した。

 魔王さまは鞄の中に手を突っ込み、先日、豪華絢爛な街で購入した装飾品を鷲づかみにして番兵に手渡した。

「こ、これは」番兵は唖然とした声を出す。

「このガキと、後ろにいる緑と隣の部下の四人分だ。これだけあれば足りるだろう?」

 そう言って、魔王さまはスカートの裾に怯えながらしがみついている子供と、僕の背後にいる神樹さんを見やる。神樹さんは相変わらず艶めかしい風采をしているが、子供の方は前の街で魔王さまが購入した服を着ているようで、かなり小綺麗になり、最初に出会った時とは、それこそ雲泥の差があった。清潔で深窓の令嬢然とした雰囲気もある。

「も、もちろんです」

「釣りは取っておけ。ただし、私がこの街に入ったという情報は死んでも、あの子に話すな。もしばれたら、その時は生まれた事を後悔させるぞ」

「か、かしこまりました」番兵は折り目正しく返事をすると、まんざらでもない様子で、装飾品を受け取った。

 すごいな、と僕は魔王さまの頭の悪さに感謝した。この魔王さま、この街において公然と賄賂を行ったぞ。こんな行動、よほどの胆力の持ち主か、底知れない馬鹿のどちらかだ。僕は当然、後者だと分かる。

 しかし、魔王さまの全容を知らない番兵は前者と判断したらしい。

「これは、この街の通行許可証と滞在許可証です」そう言って番兵は金色のネックレスを手渡してくる。「あと、これもどうぞ」と別の紙を手渡してきた。

「これはなんだ?」

 魔王さまは手渡された紙をひらひらと揺らした。

「この街であまり近づかない方が良い場所、とだけ。それでは良き旅を」

 魔王さまも魔王さまなら、番兵も番兵だな、と僕は下手な喜劇を目の当たりにしている気分になる。

 この街であまり近づかない方が良い場所、ということは、この街に後ろめたい事がある証左だ。言質を取る前に証拠が出た。

 それにこんな物がなくても、魔王さまなら、砂鉄を引き寄せる磁石のように、この街の本質に近づくのだろうが。

 僕は、そんな確信を深めながら、魔王さまと街の中に入る。 

 街の中はやはり灰色だった。行き交う人々は皆同じ服を来ている。建物も一様に同じでオリジナリティが皆無だ。どの建物がどのような施設なのか分からない。

 画一的といえば聞こえはいいが、完全に個性を殺している。

 一応はこの街を通過する者の為に食品を売る露店や宿はあるようだが、やはり、色がない。

「なんかあれだな」

 街を探索しながら、魔王さまが口を開く。

「なんですか?」

「全然面白くなさそうな街だな。この街の全員、生きているのか?」

「いい線はいってますが違いますが、とりあえず生きてはいます」

「そうかあ」魔王さまは、のんびりとした声を出した。「あの子に取り憑いた幽霊の下郎の方が生き生きとしていてたぞ?」

「そりゃ、魔王さまに呪いをかけるぐらいにアグレッシブな存在ですからね。本当にままならないですよ」

「幽霊の下郎の悪口を言ってやるな」

「魔王さまの悪口を言っているんです」

「悪くないがやり直しだ。言い直せ」

「魔王さまも幽霊も馬鹿にしてます。それよりもいいんですか、勇者達の所在を確認しないで」

 僕はあえて自分に不利になる助言をする。どちらにせよ、魔王さまは勇者を探すのだから、厄介な事は先延ばしにしないでさっさと消化すべきだ。

「ふふん」魔王さまは得意気に鼻を鳴らす。「私だって、いつまでもお前ばかり端女のように使うだけの上司ではない」

 ほう、と僕は感嘆するように口を開ける。

「そいつは驚きました」

「お前の好きな本にも書いてあったろ『驚きとは知ることの始まり』とな」

「偉人の言葉を自分の都合のいいように解釈しないで下さい。この驚きは終わりの始まりかもしれないんですよ」僕は露骨に嫌味を言う。「で、なんで魔王さまは、そんなに得意満面なんですか?」

「訊きたいか?」

「訊きたくないから訊いているんです。どうせ地雷を踏むなら、自分から踏み抜いた方がいい」

「謙虚だな」

「警戒しているんです」 

 そう、僕は魔王さまの次の発言に最上級の警戒をしていた。魔王さまが口を開けばろくな事にならない。

 ちょうど昆虫の雄が子孫を残すために雌に卵を産ませ、その直後に雌の養分となる為に食べられる。僕としてはそういう心境だった。何の本だったかは忘れたが、どこの誰がそんな無責任な摂理をつくった。というか誰がそれほどまでに弱者に不利な生態に気づいた? 責任者が目の前にいないのが残念でならない。

 僕は固唾をのんで魔王さまの返答を待つ。数瞬の間を置き、魔王さまはゆっくりと自身の鼻を指指し、口を開いた。

「ここに来る前の街は覚えているな」

「そりゃあねえ」

 自業自得とはいえ、一人で勝手にストーカー番付をして、魔王さまにボコボコにされた豪華絢爛な街だ。

「あの街は実に良かったな。様々な色で華やいでいた。視界に入る物すべてが煌めき、その空気はどのような装飾品よりも芳醇な香りだった」

 下手な詩人の真似事は止めろ、と僕は思う。どうして率先して自分の歩んできたヘドロのような道にさらに汚点を垂らすような事を言うのか理解できない。

「それでどうしました?」

「あの子の香りはそれだけで涎が出るが、あの街に立ち寄った事によって更に魅力的な香りになった。この無味無臭な街ではあの子がどこにいるのかは手に取るように分かる」

「この変態魔王さまがっ」僕は吐き捨てる。「何、自動的にストーカー技能に磨きをかけているんだよ。今のままでも十分でしょうがっ」

「ふっ。私のあの子への気持ちは、もうそんな領域にない」

「くっ。無自覚な犯罪者ほど裁きづらいものはないですね。この世界の法治はどうなっているんだ?」

 とはいっても僕も魔王さまの事はいえないな、と自分のかさぶたを剥がすような自虐的な気分になる。

 僕だって、魔王さまのストーキングに好き合わされすぎたせいで、聴覚は異常に鋭くなった。

「この世界に法なんてあるのか?」

「あったらこんな世界すでに崩壊してますよ」

「まあ。とはいえ。この鼻はこの街でしか使えなさそうだがな。あの子は今、この先にある宿屋にいるようだな」魔王さまは腕を組み唸る。

「? 魔王さまにしては消極的ですね」

「なあに。こんな無味無臭な街でも、多少の臭いはあるんだな、と思ってな」

 ちっ。この魔王さま僕があえて隠していた事に気づきやがった、と僕は内心で舌打ちをする。

「臭うな。あの子の芳醇な香りに喧嘩を売るような、間反対の臭いを放つ輩が」

「はあ、もはやため息をつくのにも疲れました。一人、いますね。魔王さまをつけている人間が」

「私だけみたいに言うな。正確には私とお前とガキと緑をつけている人間だろ?」

 魔王さまの言う通りだった。街に入ってから、間違いなく誰かにつけられている。当たり前だ。あんなに堂々と、門番を買収したのだから、目をつけられるに決まっている。

 ただ気になるのは、この街にない気配だという点だ。色がない住民の中で、魔王さまをつけて来ている存在……おそらく人間だが、その人間だけには色があった。

「で、どうします? 巻きますか?」

「いや。あの子の安全は今の所問題なさそうだしな。身の程知らずの下郎に乗ってやってもいいな。退屈な街での一興だ。とりあえず、街をぶらつくぞ。どうせ、向こうから尻尾を出す」

「はいはい。仰せのままに」

 僕は魔王さまの意見を尊重した。それにしても、いつもの魔王さまなら自分を追跡してくる相手など、即座に粛正しているとは思うのだが、事ここに及んでは、よほど、この街が嫌いなようだ。

 理屈で理解しているのか、本能で察しているのか。

 いずれにせよ、僕が魔王さまのヤンチャの犠牲者になる未来は揺るがせにできないようだ。

 僕としても、面倒事はさっさと終わらせたい。

 魔王さまの気分がのるままに街を歩いていると、魔王さまの追跡者は意外と早く仕掛けてきた。濃淡のない街並を見ながら歩いていると、背後から「ねえ。お姉さんたち」という声が聞こえてきた。

 声の高さと質からして少年だろうと、見当をつける。

 他者の警戒心を解くにはちょうど良い年齢だろう。魔王さまと僕と子供はともかくとして、一緒にいる明らかに人外の神樹さんを引き連れた四人組に、単身声をかけてくる勇気だけは賞賛したい。

 魔王さまは「ん? なんだ」と技巧的な笑みでもって声の主を見る。

 やはり魔王さまに声をかけたのは帽子を目深に被った少年だった。街の住人と同じ服を着ている。ただ、魔王さまを見上げるそのあどけなさの残るその表情は魔王さまと同じ、技巧的につくり出したものだった。

 街の住人とは服は同じだが、内に含んだ感情が違う。

 魔王さまと街の少年の騙し合戦が始まった。

 これはいよいよ、魔王さま好みの展開になりそうだ。

「ねえ、お姉さん達って、観光客だよね」

「ふんっ。こんななんの味気ないもない街は素通りするつもりだ」

 嘘だ。と僕は即座に判断する。勇者がこの街に滞在する以上、魔王さまがこの街を離れることは天地がひっくり返ってもない。

「そう言わずにさ。この辺がつまらないから、もっと賑やかな所もあるよ。案内しようか?」

 街の少年は、これ見よがしに魔王さまに対して上目遣いを使う。

 同情を引くには効果的だが、演技力は七十点で、魔王さまに対する態度としては落第点だ。だが、魔王さまの玩具に自ら立候補する点では、ある意味満点だ。

 僕がそんな事を考えていると「そうか、そうか」と魔王さまは気色の悪い笑みを浮かべた。「君が、街を案内してくれるのか」

「うんっ」街の少年は屈託なく笑う。

「そうか。それで、君になんのメリットがあるんだ?」

「ここは『平等な街』だから。どんな人にでも平等に接するんだよ」

「つまり、謝礼の類いはいらない、と?」

 魔王さまは今にも吹き出しそうに言った。欲望の権化である魔王さまに、そのような惹句が通用するわけがない。

「うんっ。当たり前じゃないか。この街の中にいる人は、みんな平等なんだから」

 おっと、と僕は何かしらの実況者になった気分で街の少年を見る。誰にも聞こえない声で「これは、少年の凡ミスかっ!?」と呟く。

「そうか。この街の中にいる者はみな平等か」

「魔王さま。少年の言葉を巧みにスルーする」僕は小鳥のさえずりのように、実況を続行する。「さあ、ここからどうなる?」

「そう。この街はとてもいい街なんだ」

「そうか」魔王さまは顎に手をやり少年を見た。「まあ、それはそれとして。君は随分と痩せているな」

「え?」

「というか、この街の存在は皆、随分と痩せているように見えるが」

「それは皆が平等だから、皆が似たような体型なのは当たり前だよ?」

 嘘をヌケヌケと、と僕も魔王さまに続いて笑いそうになる。

「そうか。そうか。まあ、いい」

 魔王さまは街のあちこちに飾られている肖像画を見た。この街の代表なのだろう。街の住民とは違い、随分と生きていく上では余計としか思えない脂肪を抱え込んでいる中年男の肖像画だ。

 辛うじて二足歩行ができている豚にしか見えない。

 どうせ街の中心にはこの男の銅像か何かがご大層に佇んでいるのだろう。

 想像するだけで脳が腐りそうだ。

「それで、どうかな?」

「おんやぁ。街の少年が話を本流に戻したぞ」僕は一人実況を続行する。「このまま押し通せるか?」

「まあ、ここは見ていて飽きる街並みだしな。おもしろい所に、君が案内してくれるなら案内してもらおう」

 魔王さまは、街の少年の提案を受け入れた。

「うんっ」街の少年は総合を崩す。「ありがとう」

「はい。『ありがとう』頂きましたあ」

 僕は一人で、いや、魔王さまもそうだろうが、二人でほくそ笑む。

 街の少年の思惑に気づいていないのは、怯えながら魔王さまの手を握りしめる子供と、何を考えているか分からない神樹さんだけだ。

 魔王さまと僕達は、街の少年に導かれるまま街の少年の後をついて行く。

 街の少年は軽い足取りで、魔王さまを引率するように街を歩いて行く。予想通り、街の少年は街の中心から外れるような道を歩いて行く。日当たりは悪く。ただでさえ辛気くさい街なのに、さらに辛気くさい雰囲気の街並になっていく。

 平等を謳うだけあって連なる建物は画一的で、最初に門を抜けた時に見た風景と大差はない。大差はないが、人通りはなく、視界に入る限り、この場には街の少年以外には、魔王さまと僕と子供と神樹さんだけだ。ただ、少年が歩けば歩くほど、土と柑橘系の匂いが強くなってきた。この先に果樹園でもあるのだろうか。

 先に動いたのは魔王さまだった。

 我慢強さにおいては幼児にも劣る魔王さまにしては、よく頑張った棒だろう。

「おい。君……つうか、帽子の下郎」

 なんの予兆もなく様変わりする魔王さまの口調に、街の少年は肩を上下させ歩みを止めた。

「わお」僕は愉快気に口を開ける。「爛れた魔王さまが帰ってきた」

「五月蠅いぞ」魔王さまは僕に毒を吐いた。「下郎の児戯に付き合うのも疲れた」

「素直に飽きたっていえばいいでしょうに」

「言い方は自由だ」

「魔王さまの夢のようにですか?」

「私を侮辱するのか?」

「お、お姉さん達、どうしたの突然」街の少年はおろおろと眼を泳がす。

「演技ともいえないわざとらしい反応だね。君、役者には向いてないよ。まるで魔王さまだ」

「また侮辱した」

「とにかく」僕は魔王さまの言葉を受け流し「とっとと話を進めましょうよ」と続けた。

「ちっ」魔王さまは不機嫌そうに舌打ちをし「おいっ。お前、この街にはもっと賑やかな所があるって言っていたな。ここがその賑やかな場所か? 答えは、はい、か、いいえ、で答えろ」

「自殺願望があるなら、はい、と答えることおすすめするよ」僕はちゃちゃを入れる。「どうせ、未来は暗い」

「えと、その」街の少年は完全に萎縮していた。消え入るような声で「はい」と答えた。

「よしっ」魔王さは相好を崩した。「○ぬか?」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。嘘は言ってないよ」

「そうか。私の賑やかというのは、女子供を包囲するという意味ではないのだが」魔王さまが一歩街の少年に近づいた。「どうなんだ? こ、こ、は、私の思う賑やかな場所か?」

 魔王さまはちゃっかりと、自分の都合のいい言葉を付け加えた。

 ここまでくれば、街の少年に返答の選択肢はない。

 ここで街の少年が選べる道は土下座か服従のどちらかだ。言葉を発した瞬間、この街の少年の運命は終わる。

 街の少年が膝をガクガクとさせていると、数名の人間が建物の陰から飛び出してきた。それぞれ汚い布で顔を隠し、手にはクワや鉈などの農具が握られている。

 僕はさっと目を這わせ、人数を確認する。六人だ。六人の男が、魔王さまと僕達を取り囲んでいる。

 たしかに賑やかではなく騒がしい連中だ。十中八九、街の少年の仲間だろう。

「おおっ。出たな下郎共が」

「分かってたくせに」

「で、どうするんだ? 下郎の皆さん」魔王さまは余裕然とした様子で両手を広げた。「こんないたいけな私とその連れをどうするつもりだ。さぞかし楽しく騒がしい世界に連れて行ってくれるんだろう」

 言ってる事が完全な悪人だ。魔王という肩書きだから当たり前だが、良心的な悪魔ならもう少し真面な交渉をするぞ。

「どうします? 魔王さま。僕がやりましょうか?」

 僕は遠慮気味に挙げたくもない手を挙げた。

「お前にしては珍しいな」

「いや。魔王さまが率先して行動を起こすと、ただでさえ余計な事がさらに余計な事に骨がらみになるので。あと貴重な『回復薬』も無駄使いしたくないって気持ちもあります。それに、この人達の目的も知りたいし。まあ、だいたい想像はついていますが」

「ふふん。ここは私に任せておけ。私にだって手加減ぐらいできる」

 僕の知る限り、魔王さまが敵対する者に対して手加減が出来たためしはない。魔王さまの中での手加減とは、○した相手を無理矢理『回復薬』で蘇生させ「蘇ったからこれでチャラだよね」と脅している事と同義だ。

 これは魔王さま、というか、この世界の悪い悪癖だ。

「じゃあ、五体満足で制圧してくださいよ。頼みますよ」

 なんで僕が、こんなに腰を低くして敵の心配をせねばならぬのか、甚だ疑問は尽きないが懇願するしかない。

「分かった。分かった」魔王さまは羽虫を払うように手の平をひらひらと振ると、魔王さまと僕達を囲む男達に目をやった。「お前は、このガキと緑の護衛だけしておけばいいんだよ」

「了解。はい、みんな僕の周りに集合して」 

 僕は魔王さまにひっつく子供と僕の背後にいる神樹さんに号令をかける。

 まるで子供引率している保護者の気分だ。

 子供と神樹さんが僕の近くに来た事を確認した魔王さまは、周囲の男達を見渡した。

「さあ。お待たせしたな下郎の皆さん。どこからでもかかってこい」

 男達は魔王さまに威圧されながらも、お互いの顔を見て頷きあい。一斉に魔王さまに飛びかかった。

 結論から先に言わせて貰えば、男達は秒で地面に沈んだ。

「ふん」魔王さまは地面に転がる男の体に足を乗せ「準備運動にもならんな」と吐き捨てる。

 地面に転がる男たちは、苦しそうに呻いているものの、辛うじて五体満足らしい。魔王さまにも手加減ができるのかと、感心する一方で、なまじっか負傷しているところを見ると、身につまされる思いも抱く。

 自分で魔王さまに、手加減しろと言っておきながらあれだが、これなら潔く○されて『回復薬』で全快させてもらった方が、良かったのではないかとすら思う。

 ともあれ、先に襲ってきたのは男達の方なので、自業自得としかいいようがない。

 魔王さまは、その場で尻餅をつく街の少年を見下ろす。

「さすがです。魔王さま」僕はおざなりに魔王さまを褒める。「まさか、魔王さまの中に本当の意味での手加減という概念あっとは」

「馬鹿にしてるのか? お前が手加減しろと言ったんだろ。私だって手加減ぐらいできるさ」

「なら普段からそうして下さい」

「ともあれ、私達をここまで連れ込んだ理由を詳しく話してもらおうか。追い剥ぎが目的か、それとも、別に目的があるのか。はい、か、いいえ、のいずれかで答えろ」

「…………ど」街の少年は弱々しく声を出した。「どっちもです」

「どっちも」魔王さまはが眉根を寄せる。「端的に言えば、お前らは私達に明確な悪意を向けて来たという事だな。お前はどう思う?」

「答えばっかり訊かないで、自分で考えて下さい。その間に僕は、この訳の分からない世界に祈っておきますから」

「そうかぁ」魔王さまは釈然としない表情で応じ「そうだなあ」と顎に手をやる。

 考える事も勉強です、と僕は魔王さまを鼓舞する。もうすでに答えらしい答えは出てるじゃないですか。

「ううん。どっちも、と言うことは、だ。一つは間違いなく私達が持っている金品が狙いだろうな。お前ら見た目、随分とみすぼらしいし」

「いいですよ。魔王さま。こんなエキセントリックな武器で襲ってくる理由は、魔王さまの持っている過剰な装飾品です。もう一歩踏み込んで考えて下さい。僕が読んだ事のある本にも『向上心のない奴は馬鹿だ』と言葉が出てきます」

「ふむ。お前のそのもの言いには引っかかるものがあるが、私は馬鹿ではない」 

 そう。魔王さまは馬鹿ではない。魔王さまから、馬鹿をなくせば、残るのは屑とゴミだけだが、僕はあえてそれを口にしない。

「頑張って下さい魔王さま。ヒントは一杯あるんですから。この街に来てから、何がありましたか?」

「ううんと。門番の下郎に通行税と滞在許可の税を払って……」

「そうそう。もうちょっとです。頑張って下さい」

「ええと。あ」ここで魔王さまは手をポンと鳴らした。「門番の下郎に変な地図を渡されたな。たしか『近づかない方がいい場所』とかなんとか」

 魔王さまは僕の鞄から、門番から受け取った地図を取り出した。茶色くくすんでおり、手書きでつくられた地図だ。

「そのいきです。魔王さま」

「この紙がどうした? おおかた、お前らみたいな人間がたむろする根城を示した地図だろう。お前らの仲間の持ち物だろうな。それを没収された、と。取るに足らん地図だ」

「違うっ!」街の少年が声を荒げる。

「ああん?」間髪入れずに魔王さまが睨みをきかせた。

「ち、違います。その紙は僕達にとって大切なもので……」

「こんな紙切れがねえ」

「いずれにせよ。だ」魔王さまは言葉を句切る。「とにかく、お前らが私の持つ金品と地図が欲しくて、襲ってきたのは分かった。これは情状酌量のなしの実刑判決だ」

「僕がこいつらの立場だったなら、絶対に魔王さまを弁護士につけない」

「そこ五月蠅い」

「まあ、まあ。どうせ。この人達には全部ゲロって貰うしかないんだけど」

「とにかく、このたびの私対する態度は○されても仕方がない不遜だぞ。お前らの事情は全部吐いて貰う」

「わ、分かりました」街の少年はおずおずと切り出す。「話せば長くなるんですが」

「長くするなっ」魔王さまがうんざりするように、言い放つ。「はしょれ、はしょれ」

「ご、ごめんなさい」街の少年は平謝りする。「その、お姉さんは、この街の事をどう思いますか?」

「自己肯定感からかけ離れたゴミの掃きだめだな。お前達もゴミのようだが、私を襲おうとするぐらいには、燃えないゴミが燃えるゴミになる程度には見込みはあるそうだが」

「言い方よ」僕はがくりと項垂れるが、ある意味確信をついてので、否定は出来ない。

「この街は平等な国なんだよ」街の少年の顔に陰りがさす。「悪い意味で」 

「だから、見てれば分かる。それに平等も表面的なものだろうが。門番の下郎の態度を見ていればすぐ分かるわ。どうせ、この街は富の一点集中型の街って事だろうが。一般人には富を平等にわたすとか謳いながら、その実、街の上層部は暴利を貪っていると」

「おお。魔王さまにしてはみずみずしく鋭い推察だ」

「だからお前は五月蠅いよ。あんな悪趣味な肖像画を街の至る所に飾るような集団だぞ。だいたい予想はつく」魔王さまは奥歯を噛みながら僕を見る。「ともかく、私達を襲ってきたのは、帽子の下郎の言葉から察するに、第一目標として、この小汚い紙を私達から奪う事。それと、あわよくば、私の持っている金品を奪取する事だろうな」

「そ、そうです」

「はあい。今、貴様らの罪がはっきりしました。魔王不敬罪で、今ここで皆さんには死んで貰います」

「ちょっ、ちょっと待って下さい。僕達○されるんですか?」

「当たり前であろう?」魔王さまは感情のない平坦な口調で言い切る。「私にとってはこの街がどうなろうが知った事ではないからなあ。こんな小汚い街、あの子にとっては悪影響しか生まん。そんな街など不要だ」

 とりつく島もないとはこの事だ。

「あの。お姉さんが凄い方だという事は痛いほど分かりました。でも、僕達だって、必死に生きているんです」

「それがどうしたぁ。この町がお前達にした事と、お前達が私達にした事に、何か違いがあるのか? 旅人を鴨にして、金品を奪うという行為は品性下等の極みだろう」

「でも、それは、この街の形を正しいものにするためであって……」

「正しいかどうかは、誰が決める? そんなもの決まっている。この街ではずる賢い奴が強いんだろう。そいつが決めるんだ。それに屈服して、他者を襲うだけで、街に対しては真面な反旗すらひるがえせない。出来る事といえば、 黙って街の権力に抗うクーデターごっこか。奇跡が起きてクーデターが成功したとしても、どうせ、次世代の屑が現れるだけだろう。お前ら中からな」

「……それは」

「なんか、魔王さまの口から、それなりに真面な台詞が出ると面白くありませんね」

「だから、そこ五月蠅い。まあいい。それで。なぜこの紙が必要なんだ?」

「その紙は、腐敗しているこの街の正しい道に導くためのものです」

「この紙がねえ」魔王さまは疑わしい顔つきで紙を見て「お前はどう思う」と手書きの地図を僕に渡してきた。

「ううん。確かにこの街の地図ですね。このあたりの地図です。たしかに、近づかない方がいいいという番兵の言葉は正しかったようです」

 しかし、と僕は疑問に思う。魔王さまの所有する金品を狙うだけならまだしも、こんな紙に何の価値があるんだろうか。

「何か、分かったか?」

「まあ。ただの薄汚い地図ですね」

「じゃあ。それを返してくれ」街の少年は喰い気味で言ってくる。

「もう少し態度に気をつけた方がいいぞ、帽子の下郎。まあ、お前達がこの街を良く思っていないのは分かった。それに対してクーデターを起こそうとする理由もな。どうせ、この街で作られた農作物や産業から出る利益は一度、あの肖像画のデブの元に集められて、余った分だけお前ら庶民に配られるといったところだろ」

「……そうだよ。最初は良かったんだ。本当に平等な街だった。皆が平等に働けば、それだけ街が潤って、皆が幸せになるはずだったんだ。それが」

「愚か者のお手本だな。皆が平等に働く? それを全員に平等に分配する? そんな絵空事かなう訳がないだろう。富を一カ所に集めれば、それを分配する者とされる者が出てくる。当然、不公平が生じるに決まっているだろう。それはそうだ。勤勉に働こうが怠惰に生きようが、貰える物が同じなら人間は楽なほうに動く」

「そ、そうだよ」街の少年は頷く。「だから今の街の代表は、生きるのに最低限の支給しかしないし、どこかに食料や武器を隠していないか検閲だってする」

「ざわめくが祭りの後ってね」僕は呆れかえる思いだった。「ちょっと頭を使えば、そのぐらいすぐに思い至るはずだけどなあ。それで気づいた時には搾取される側とする側に、二極化したわけだ」

「それで今更ながらにクーデターを画策していた、と」魔王さまは僕の言葉を引き継ぐ。

 たぶん、この世界では珍しい例なのだろう、と僕は考える。しかしながら、あってもおかしくもない社会的構造だ。富を平等に分配。耳障りはいいが、結局の話、得をするのはそのシステムを作った発起人に決まっている。

 平等の皮を被った不平等を知りながら、その方針に従い、やる方のない怒りを溜めて暴発させる。そのタイミングに魔王さまと僕らと勇者達御一行はぶつかった。

 ただそれだけの事だ。

「で、結論から言うと、この紙は何なんだ?」魔王さまが街の少年に問う。

「その地図には、この街の体勢を覆す物が隠された場所が書かれているって言ってたじゃないですか。ん?」

 僕はすんすんと、鼻を動かす。この臭いは……。

「どうせ。この街に訪れた鴨からせしめた金品や武具の類いだろ」

 おお、いよいよもってどうした魔王さま、と僕は魔王さまを賞賛したい衝動に駆られる。今日の魔王さまは、実に嗅覚が鋭い。

「そ、それが何が悪いんですか」

「そういう発想をしている時点で、貴様らも同じ穴のむじな、だよ」

 まあ、論理崩壊はしているな、と僕は腕を組んだ。僕も魔王さまには全面的に同意見だ。だが、街の少年にアドバイスをするつもりがない分、魔王さまの方が、まだ僕より良心的だ。

「うるさいなっ。いいからその地図を返せよ」

 本質を突かれた馬鹿は、すぐにボロを出すな。まるで魔王さまのようだ。

「最後に一つだけ訊くが、私達より先にこの街に入った可憐な子とオマケを入れた4名がいただろ」

「いたけど、何だよ」街の少年がぶっきらぼうに答えた。もはや居直りと言ってもいい。

「あの子は襲ったのか?」

「まさか。男二人に魔法使いと女剣士だよ。そんな奴らを襲うより、子供連れの金目の物と例の地図を持った奴を襲う方が優先だろ」

「腐れ。ゲス共」魔王さまは嫌悪感をあらわにした。「とはいえ、あの子に手を出さなかったのは運がよかったな。手を出していたら、まあ、幽霊の下郎との条約もあるし、なにより、個人的にこの街の存在そのものを消し去っていた」

 コレが虚勢や嘘じゃないのが怖いんだよなあ、と僕は心底思う。

「それでどうします。この地図?」

 僕は魔王さまに地図の行方を委ねる。

「返してやれ。そんな胸くその悪い物など私はいらん。それに……」

 魔王さまは街の少年に顎をしゃくった。

 僕は魔王さまの指示に従うように、街の少年に地図を渡した。街の子供は僕からふんだくるように、地図を受け取った。

 街の少年は地図を見て、目を丸くする。

「この地図、偽物だ」

「「は?」」魔王さまと僕の声が重なった。

「これには、大切な場所が書かれていない」

「大切な場所って、お前らが追い剥ぎをして得た金品や武具のありかか?」

「ああ。そうだよ」

 ふん、と魔王さまは侮蔑の眼差しを街の子供に向けた。「そんなの知るか」

「というかさ」僕は魔王さまと街の少年に割って入る。「そんな重要な地図なら、そんな馬鹿正直に盗品のありかを書いたりしないでしょ。普通は。何かしら暗号とか、それを解く手段とかの情報は聞いてないの?」

「聞いていない。ただ、この地図を作った人は『僕らにしか分からない方法でしか分からない』って言ってたけど」

「ああ」そこで僕は合点がいった気になる。「いろいろと繋がるもんだねえ」

「お前、何か気づいたのか?」魔王さまは僕の脇を小突いて、小声で訊いてきた。

「まあ、たぶんですけど。少なくもこの地図は本物ですよ。でも、この街の人間の知能は随分と後進的なレベルですね。だからこそ、こんな事になっているんでしょうけど。僕の想像が正しくても正しくなくても、あまりに稚拙だ。知能指数を疑うレベルで」

「まあ、お前が言うならそうなんだろうな。それよりも、お前らクーデターを起こすとしても日時は決めたあるのか?」

「それは……この地図だけが頼りだったから」

「ほっそいクモの糸だなあ。すぐに千切れそうだ」

「どうでもいいが、その地図の絡繰りが分かったら、お前ら下郎らはどうする」

「と、当然。ク、クーデターを起こす」

 魔王さまにのされた男が目を覚まし、くぐもった声を出した。

 展望もなければ計画性もないただの感情論に、僕は心の中で笑う。

「ようやくお目覚めか。お前らみたいな脆弱な下郎に、できるのか?」

「できるっ。その為に今まで息を潜めて準備をしてきたんだから」街の少年が吠えた。

「そうか。おい。お前。あの子がこの街を立つのは二日後だったな」

「二泊三日ですから、明後日ですね」

「ふむ。そうだったな」魔王さまは少しばかり熟考ともいえない考えを巡らせたのか、ゆっくりと口を開く。「お前らがクーデターとやらを起こそうが起こすまいが、私の知った事ではないが、それは明後日以降にしろ」

「それはどういう事だよ」街の少年が魔王さまを睨み付ける。「なんでお姉さんに命令されなきゃいけないんだよ」

「交換条件だというやつだ」魔王さまが人差し指を立てる。「その地図の秘密を教える代わりに、失敗濃厚のクーデターを明後日以降にしろいう訳だ」

「わお」僕は感嘆する声を出す。「魔王さまも随分と交渉上手になってきたな。僕からの卒業も目の前だ」

「それじゃあ、この地図は本物だって言うのか?」

「ああ。私の部下が言うのだから間違いない。約束を守れるなら、その地図の正しい読み方を教えてやる。ただし、約束を破れば……分かるな」

 魔王さまは、慈悲のかけらもない笑顔をつくる。手の平を上に向け、地獄の底から燃え上がってきそうな炎を灯す。

「わ、わかった」

 意識を取り戻した男が同意した。

「馬鹿の割には話が早いな。帽子の下郎よりは話が通じそうだ。ともかく、お前らの行く末など私には興味がない。私の目的は、あの子との生活の安寧だ」

「さすがは、魔王さま。その辺りはぶれないのはお見事です」

 まあ、この辺りが落とし所かと僕は納得する。

 魔王さまと僕の意見は一致した。魔王さまも僕も、勇者達御一行をこの街からとっとと距離をおかせたいだけだ。地図の秘密ぐらい、いくらでもくれてやる準備はある。

「じゃあ。この地図の秘密を教えてやれ」

「はいはい」僕は返事をして、街の少年に地図の秘密を伝えた。

「そんな単純な事でか」

「嘘だと思うと試してみればいいだろ。僕は本気でこの街をさっさと去りたいだけだ。これ以上の厄介事はごめんだ」

「ふん。どうせ私達はあの子がこの街を離れるまで、この色のない街に滞在するのだから、その地図が偽物だと分かったら、私の命を狙えばいいだろう。おい。さっさと行くぞ」

 魔王さまは踵を返して、元来た道を歩いていく。子供はとことこと魔王さまの元まで歩き魔王さまの手を握る。僕と神樹さまもその後を追う。

 さあ、明後日が楽しみだ。

 あの訳の変わらない街の少年とのやり取りから二日がだった。

 勇者様御一行がこの街を無事に出た事を確認した魔王さまは、いつもの通り「でゅふふふふふ」と気持ちの悪い笑みを浮かべながら、望遠鏡で勇者を観察している。

 いつも通り小汚い笑みだが、これが元の日常なのだから目も当てられない。

 街を出て、半日ほど歩いていると背後から、大地を震わせるような音と人間の鐘を割るような声が聞こえてきた。命を賭けた咆哮なのか何なのかは分からないが、僕は街の方を見る。

 街の城壁のあちこちから黒い煙が上がっていた。クーデターを決行と豪語していた者達が起こした騒ぎだろう。

 街から随分と離れたので、僕の耳でも詳細は分からない。

「お前は、どっちが勝利すると思う?」

 望遠鏡で、勇者を除きながら魔王さまが訊ねてきた。その声にはあの街のように色がない。

「さあ」僕も気のない返事をする。

「そういえば、お前、なんであの地図の秘密に気づいたんだ?」

「まあ、虐げられた人間が偽装できる数少ない方法ですね」

「なんだそれは」

「あの少年と男達からは柑橘系の臭いがしていた。それは、魔王さまも覚えてますよね」

「まあな。無味無臭のあの街で、あいつらだけは、妙に果物臭かった」

「だからですよ。一見してただの地図に見えるものでも、ある手段を使うと別の地図が浮かび上がるんです」

「ある手段?」

「柑橘系の果汁を使った地図ですよ。柑橘系の果汁を使って、地図の上に金品や武具の隠し場所を書くんです。そして、その紙を軽く火であぶれば、柑橘の果汁で書いた部分が黒く浮かび上がり、今まで盗んできた金品や武具を示す場所が浮かび上がる。そういう事なんでしょう」

「ふうん。あの街はどうなると思う?」

「どうにもなりませんよ。魔王さまも言っていた通り。搾取される側が、街を訪れる旅人から金品や武具を搾取して、その元手でクーデターを起こすんですから。クーデターが成功しようがしまいが、どうせあたらしい権力者が現れて終わりです」

「ま、だろうな」

「それに、あの番兵が都合良く、あの地図を持っているのも気になりましたし」

「どういう事だ?」

「番兵に地図を奪われたクーデター側の人間が、街の権力者側に寝返った可能性もありますし。可能性は低いとは思いますけどね」

「お前の言う事は小難しくてたまらんな」

「物事は単純な方がいいんですよ。それこそ、あの街の辿る未来は、魔王さまや僕らには関係のない事です」 

 因果応報、信賞必罰。そんな単語が頭を過る。

 いずれにせよ、あの街でクーデターを起こしている者たちも、暴利を貪っている権力者も、まともな交易をしていないという時点で、どちらも詰んでいる。

「さあて。魔王さま。次の街か村かは知りませんが、良いところだといいですね。

「そうだな。あ、今、あの子と魔法使いの下郎に笑顔を向けたぞ。そこは本来、私の席だろうが」

 望遠鏡を握りしめる魔王さまを見て、魔王さまの歩む道は後ろには残らず、前にしか向かっていないだなっと、通常運転をする魔王さまに安堵を覚える。

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