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『魔王さま』と『勇者』のストーカー面接

「でゅふふふふふ」

 魔王さは今日は今日とて、気色の悪い笑みを浮かべながら、望遠鏡を覗き込んでいる。

 覗いているのは、無論、魔王さまの意中の勇者だ。

 ある村のイベントで、拘束されていた勇者達御一行は、ようやく祭りの解散とともに解放され、行く当てもない旅を続行した。

 あのまま永遠に村に聖女として村に拘束されていれば、よかったのに、おかげで僕は、魔王さまの勇者に対するストーキング行為に付き合わされる事が確定してしまった。

 とはいえ、仮に勇者達御一行が村から解放されなければ、それはそれで、魔王さまの機嫌が悪い意味で青天井になるのだから、僕としてはリスクは、ほぼ同じといって良い。

 どう転んでも、魔王さまに付き合っている以上、僕の先細りの未来に希望はない。

 この未来を変えるには魔王さまを何とか理を尽くして説得するしかないが、どのような方策を持ってしても魔王さまは勇者のストーカーを止める事はない。というか、どれだけ論理武装しても、最終的には魔王さまの感情論にかなう訳がない。

 刃向かえば鉄拳制裁が待っているだけだ。

 この地獄はどこまで続くのだ?

 僕のささやかな願いは、現状維持だった。これほど低い願いも中々ないと思うが、それすら叶えてくれない世界なら、いっその事、滅びてしまったほうが気持ちが良い。

「魔王さま。ご機嫌ですね」

 僕は精一杯、自分の運命に抵抗するように、そして、魔王さまの機嫌を損なわないように、当たり障りのない声を魔王さまに投げかけた。

「当たり前だろ」魔王さまは端然と言い切る。「あの忌々しい村から、あの子が解放され、私は元の日常を取り戻せたんだ。いやあ、生で見るあの子はやっぱり違うなあ。このカメラとやらで撮った紙も愛おしいが」

 魔王さまは、先日、魔王さまのストーカーである紅い女性にカメラで撮影させた、紙をニンマリと笑いながら見つめた。

 望遠鏡で眺める勇者と盗撮して手に入れた勇者の姿を映した紙。その二つにどの程度の違いがあるか、僕には分からないが、その勇者が撮影された紙は、魔王さまを慕う紅い女性の忠誠心と、自身の願望を叶えるためには手段をいとわないという、魔王さまの卑しい心から成り立っているのということに気づいて頂きたい。

 あとこれ以上、魔王さまには無茶な願望を抱かないで頂きたい。

 壮大な願いは中々実現しない。しかし、ささやかな願いはそれに反比例するように、速やかに、悪い方に実現する。

 随分前に読んだ本にそんな言葉があった事を思い出す。

 どうやら、というか、案の定というか、今回発動したのは後者のようだ。

「ふむ」魔王さまが顎に手をやって、何かを一考した。

 魔王さまの脳みそが玉で出来ていると睨んでいる僕は、次、魔王さまの口から出てくる言葉に身構えた。

「ど、どうしたんですか? 魔王さま」

「最近、私達も大所帯になってきたよな」

 倫理観をかなぐり捨てた、ストーキング一本槍で突き進む集団を大所帯と言っていいのかは分からないが、今更、そんな事を論理的に説明したところで、無駄だ。こちらの埒外にある超理論で言い負かされるだけに決まっている。

「大所帯といえば、まあ、そう言えなくもないですね」

「だろ? だから。面接をしようと思います」

「は?」

 僕はあんぐりと口を開けて、自分の思考を整理する。魔王さまは今、なんと言った。面接とか言わなかったか? ストーカーがストーカーを面接するという事か。魔王さまが、他のストーカーを面接するという事で間違いないよな。

 犯罪者が犯罪者を面接するなんて奇天烈なイベント、聞いた事ないぞ。

「どうしたんだ? そんなに驚いて」

「いや。一応、すでに心の中でシュミレーションしましたが、誰が、誰を面接するんです?」

「そんなの決まっているだろう。私が、私達の周囲をうろつく小バエを面接するんだ」

 予想通りとはいえ、また魔王さまの病気が出たよ、と僕はげんなりとする。

 魔王さまの生産性が皆無な提案など、はなから期待などしていなかったが、まさか、こう来るとは。

「でも、先日、魔王さまと僕達を取り巻く存在の整理はしましたよね」

「うむ。したな」

「だったら、これ以上の愚行は止めましょうよ」僕は反対を承知で提案する。

「いや、前回の身辺整理は悪くないが、まだ足りない」

「足りないのは魔王さまの思慮深さです。なんで、自分をストーキングしている奴を、わざわざ面接なんてするんです。ダチでもやらない」

「お前はやはり、浅はかだな。敵の内情を知ってこそ、なんぞ、恐るるに足らんではないか」

「恐れるもなにも」僕は目の前の光景が歪みそうになるのを賢明に耐える。「あなた今まで、あのストーカー達を何回○しました? 恐れる必要なんてないでしょうに」

「ストーカーの事情を知っていなくては、関係に亀裂が走るかもしれないだろ」

「ストーカーの段階で、関係の亀裂なんて単語は出てこないんですよ。すでにバッキバキに壊れてるんですから」

 だいたい、ストーカーにストーキングする動機を訊いても、奥行きのない薄っぺらな返答がかえってくるだけに違いない。

「ああ言えばこう言うなあ。そんなんじゃ、友達出来ないぞ」

 その問題の一大発生源である魔王さまが言うか、と僕は素直に思う。

「無駄だと思いますけど、本当にやるんですか? ストーカー面接。実現すればこの世の地獄絵図が完成する事になるますが」

「やるに決まってるだろ。それで、ストーカー達は私達の後ろにいるのか」

 僕は嘆息しながら、目を閉じ、周囲の気配を探る。

 探る必要もないが、間違いなくいる。ちょうど、三十メートル間隔で紅い女性と金髪の少女が、魔王さまと僕をストーキングしている。

「まあ、通常営業通り、いますね。不本意ですが」

「よし。じゃあ面接を始めようじゃないか。おい、万屋」

 魔王さまは、魔王さまと僕らの行く先々で現れる万屋を見やった。隙を見ては、魔王さまに余計な物品を売りつける迷惑な商売人だ。常に可動式の屋台を引き、魔王さまを惑わす商人だった。ある意味、こいつもストーカーの亜種だろう。

「そうね。どうしたんで?」

 万屋が、魔王さまの言葉に反応する。

「お前、時折、私の前に現れるのは何故だ。たまたま行く先が同じという詭弁は受け付けんぞ。正直に答えろ」

「…………」万屋は黙秘するように顔を地面に向ける。

「ふふん」魔王さまが得意気に鼻を鳴らす。「沈黙は肯定と見なす」

「魔王さま。たぶん、それドツボにはまる兆候です。質問は熟考してから出して下さい」

「? どういう事だ」

 魔王さまにディベートという概念は備わっているのか、と僕は真剣に心配になる。

「…………くれるんで」万屋がぽつりと、消え入るような声を出した。

「ん? なんか言ったか?」

「魔王さま。無理を承知で言いますが、手で両耳を閉じた方がいいですよ」

「何故だ?」

「急いだ方がいいです。主に僕の為に」

 僕の魔王さまへの忠告は、予定調和のように無駄に終わることになった。

 結果をいうなら、万屋に先手を打たれた。いや、すでに先手は打たれていた。僕の魔王さまへの忠告を予期していたのか、あるいは、純粋に僕の事が嫌いなのか、はっきりいってどちらでもいいが、万屋は僕の一歩先を行っていた。

 万屋は、はっきりと輪郭を持った口調で「本当の事を言ったら、何を買ってくれるんで?」と言った。

「ほら見たことか、すでにそれが答えだろ」

 僕は罵声を万屋に罵声を浴びせる。自分の金銭欲にここまで正直であれるとは、逆に清々しい気持ちになる。

「ふむ。お前は、私に有益なものを持っているのか?」

「いやもう答え合わせは終わってるでしょう。なぜそう、相手の口車に積極的に乗るんです?」

「そうねそうね。魔王さまの役立ちそうなのは」万屋は、そう言って、屋台の下から奇妙な物を取り出した。万屋の手には、紙の束が握られている。

「それはなんだ?」

「魔王さまっ」

「なんだ? さっきからお前は」

「どうせぼったくられるんだから、説明を聞く必要はないでしょう。すでに万屋が魔王さまをストーキングしている理由は分かったじゃないですか。面接は終了でしょう」

「いやな」魔王さまは気まずそうに頬をかく。「こっちの業界、一度吐いた言葉は飲み込めないんだ」

「どの業界だっ。ストーカーの業界でもあるんですか?」

「まあ。まあ」魔王さまが自分の立場を顧みずに僕をたしなめてくる。「説明ぐらいは聞いてやろう。おい。その紙はなんだ。話せ」

「そうね。これは、この紙に手紙をしたためて、最後にその相手の名前を書くんで。それで、それを風にのせれば、その人の元に届くんで」

「買ったっ」魔王さまは即答する。「いくらだ」

「そうね。『回復薬』十個分なんで」

「ほら、ぼったくられた。海の次は、風での文通か。あげく一方通行のアイテムと来たもんだ」

「それは大丈夫なんで。紙をもう一枚重ねて、相手に送ればいいんで」

「ちぃ。この守銭奴め。余計な助言ばかりしてからに」

 とはいえ、この紙束は魔王さまにとっては、無用の長物ではないだろうか、という考えが僕の頭にもたげる。

 勇者の名前を知っているのは、今のところ、僕だけだ。以前、魔王さまのふりをして、勇者と文通した事がここで生かされるとは。

 世の中どう繋がるのか分からないものだ。

 つまるところ、この紙束は魔王さまにとって、まさしく紙束だという事だ。

 魔王さまの散財と、万屋の懐が潤った事には、言いたいことは山のようにあるが、まあ、僕にとっては不利には働かない。

「おい。それでお前は、何故、私の行く先々に出現する?」

「そうね。魔王さまが、私にとって良い鴨だからなんで」

「本音が体裁の皮を突き破って出てきたな。分かってたけど」

「まあいい。お前の面接を終了だ」魔王さまは満足気に、何の役にも立たない紙束を胸元をしまうと「商品を買ってやったんだから、今日の面接には、その屋台を使わせて貰うぞ」と万屋に要求した。

「そうね。別にいいわよ。お客を呼んでくれるなら安いもんなんで」

「よしっ」魔王さまは、手をパンとならすと「ではこれより、面接を始める」

「すごい迂遠した流れでしたけど、ようやく、始まりましたね。この世の物とも知れぬ面接が」

 僕は呆れ口調で言い、今日はもう、僕の出る幕はないな、と静観を決め込む体勢に入る。

 出る幕はないと言ったものの、実働するのは、魔王さまの部下である僕なので、とりあえず万屋の屋台を少しいじって、簡易的な面接会場をつくった。

 屋台の内側に二脚の椅子を設置し、向かい合うように一脚の椅子を用意した。

 普段の労働から考えると、これほど楽な仕事はない。

「ふむ。とりあえず形にはなったな。それで第一のストーカーである万屋の面接は終了した訳だが」

「ストーカーの面接に合否なんてあるんですか?」僕は根本的な疑問を魔王さまに突きつける。

「ストーカーにだってそれぞれ動機というか、やむにやまれない事情があるかもしれんだろう?」

「それってもう、面接じゃなくて、カウンセリングなんじゃ」

 そもそも、もっともカウンセリングを受けなくてはいけない魔王さまが、面接官という時点で、この企画は破綻している。

「まあ、カウンセリングでもいいんだが、面接という形をとれば、上手くいけば、ストーカー達を正しいレールに戻せるかもしれん。そうなれば、お前も少しは気持ちが楽になるだろ」

「まあ……」

 最も歪んだレールをばく進しているのは、魔王さまだと思うが、僕はあえて口にしない。

 とっとと、この馬鹿みたいな企画に終止符を打ちたい僕は、設置した椅子に座り「で、だれから面接するんです?」と魔王さまに訊ねた。

「まずは、私のストーカーからだな」魔王さまはそう言って「おいっ。紅い下郎!」大きな声を出した。

 魔王さまの言葉に呼応するように、紅い女性が木の陰から現れる。

 紅い女性は、魔王さまに傅き「ご用ですか。主さま」と恭しい台詞を口にする。

 その行動力には目を見張るものがあるが、もう少し、世のために使えないのか。無闇な行動力ほど厄介なものはない。

 魔王さまは、僕の隣に座り、それこそ面接官然とした様子で「そう、身を固くするな。遠慮なくそこの椅子に座れ」と魔王さまと僕の対面にある椅子に座るように、紅い女性を促した。

「はっ。では失礼して」

 紅い女性は折り目正しく礼して、椅子に着席した。

 ここまでは、僕の知っている面接とは辛うじて正解の範疇に収まっている。

 問題はここからだ。

「なあ。紅いの」

「はいっ。何でしょう!」紅い女性が手を綺麗に挙げて返事をする。

「お前って私のストーカーだよな」

「いえ。違いますっ」

 そりゃ、ストーカーは自分の事ストーカーと自白しないわな。

 ここは、面接会場ではなく事情聴取を受ける場なのだと、と考えを改める。

「じゃあ。紅い下郎は、何者なんだ?」

「俺は主さまの忠実な従者です」

 上手く逃げたな、と僕は身につまされる思いになる。僕なら、魔王さまにそこまで虚偽の申告はできない。そう考えると、紅い女性の言葉は自分の中では真実なのだろう。

「ふむ」魔王さまはどうせ意味もなく意味深に足を組んだ。「私はお前を部下として雇ったつもりはないが」

「それでも、俺は主さまの従者です」

「それで、私の従者を名乗るのだから、私の役にたってくれるのか?」

 魔王さまは、今まで紅い女性の何を見てきたのだ。何度無慈悲に殺されても、紅い女性は、魔王さまの為に動いていたではないか。よこしまな動機はあるにせよ結果としては、魔王さまの従者として動いている。

「勿論ですっ。少なくとも、そこにいる主さまの金魚のフンよりは使いものになるかと」

 紅い女性が、僕を睨みながら言う。

「は。なんで僕にお鉢が回ってくるの」

 僕は愕然とした声を上げた。これは魔王さまと紅い女性の面接というか自白の場であって、そこに僕が介在する余地はない。

「ううむ。そうかそうか」

 魔王さまは思慮深く頷いてみせる。どうせ考えているのは今日の晩ご飯が何か、とかその程度の事だろう。

「俺なら、主さまに相応しくお仕えできます。そこの金魚のフンと違って」

「じゃあ、質問を変えよう。慎重に答えろよ」

「はいっ」

「お前、今日の晩ご飯は何を食べる? そして私に何を食べさせるつもりだ」

「はいっ。そこいらにいる野獣を○して、その新鮮な肉を主さまに献上しますっ!」

「圧倒的に不合格だっ、この痴れ者が! すぐに私の前から散れ!」

 魔王さまは、手の平を、しっし、と紅い女性を追い払うように振った。

「何故ですっ!?」

「何故だと? おい、お前。お前だったら今日の晩ご飯は何をつくる」

 魔王さま、僕を見やって訊いてくる。

「まあ、手持ちの材料ですから、ウサギ肉を細かく刻んで、塩で炒めて、牛乳とお米を温かく煮て……リゾットとでも言うんですか。そこに胡椒をかけて、魔王さまの食欲増進とお腹に優しい感じの料理をつくろうとは思ってました」

 リゾット? なんだそれは。作ろうとしている物は空で言えるが、それがリゾットなどという料理名なんて僕は知らない。何かの本で読んだのか?

「気持ちがいい!」魔王さまは溌剌と言い放った。「実に爽快だ!」

「あ、主さま?」

 魔王さまは紅い女性を見やり、「見たか。これが理想的な部下というものだ。お前に、これほどの最適解を導き出せるか?」

 人間の言葉で僕の事は、部下ではなく端女と呼ぶのではなかろうか。

「ぐぅ。それは。今の俺には出来ません」

「ならば、できうる限り遠くから、地平線の向こうから出直してから、私の前に現れろ」

「もう、何が何だか分からない」

 仮に僕が、長年の風雪に耐えた野生動物のように、どしんと心を構えた存在であったら、混乱もせずにこの現状を見守れるのであろうが、どうやら僕には、その器の大きさはないようだ。

 ただただ、インプットされてくる情報を必死に整理することしかできない。

 すなわち、身動きがとれない。

 紅い女性は、しゅんと肩を落とし、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「申し訳ありません。俺の勉強不足でした。出直してきます」

「よしっ。では地平線に向かって行けい」

「はい」

 紅い女性は、魔王さまに背中を向けると、とぼとぼと力ない足取りで去って行く。

「魔王さま?」

「なんだ?」

「これ、本当に何の面接なんですか? 普通、面接の感触が悪くても流刑罪にはしませんよ」

「面接ってそんなもんだろ」

「たぶん違います。そもそもストーカーを自分の所に呼びつけておいて、地平線の彼方まで追放するなんて、その辺にいる昆虫だって、もう少し良心がありますよ」

「ふん。どうせ、地平線の向こうになど行かずに、またすぐに私の事をストーキングするんだろう。過程は違えど結果は同じだ」

「じゃあ。この面接の意味は?」

「言っただろう。自分の正しい立ち位置を自覚させる為のものだと」

「そうですか。ではもはや、僕から言える事は何もありません。それで次はどうするんですか?」

「そんなの決まってるだろう。次からが本番だ。あの金色の下郎の面接を行う」

「もう、僕リタイアしていいですか? 晩ご飯の準備もあるし」僕は辟易としながら訴える。

「駄目だろ?」魔王さまは言下に否定した。「金髪の下郎はお前のストーカーなんだ。お前がいなくては話が前に進まないだろうに」

「はあ……。そんなもんなんですかねえ」

「そんなもんだ。じゃあ。金髪の下郎を呼べ。どうせ今何が開催されているか把握しているだろう」

 開催とか言っちゃってる段階で、面接とは言えまい、と僕は思うが言っても意味がないので僕は言わない。

「でもなあ。金髪の少女が隠れている場所は分かりますけど、紅い女性ほど、無警戒に出てくるとは思えないんですけど」

「それは、お前が呼べば大丈夫だろう。人間でありながら我々の後を追跡してくる猛者だぞ。肝は座っている。そういうのを羊の皮を被った狼と言うんだ」

「ううん。羊の皮を被った山羊という可能性も」

「いいから、呼んでみろ。絶対来るから」

「はあ」僕は気乗りのしない声で返事をし「おおい。金髪の女の子さん」と金髪の少女を呼ぶ。

 僕は耳に意識を集中して、金髪の少女の動きを探る。僕らの後方、いや、目線的には前だから、前方三十メートル先にある木陰に彼女はいた。

 金髪の少女はゆっくりと、それこそ、亡霊のように姿を現し、魔王さまと僕の元に近づいてくる。

「な。来たろ? 誰だって招待されたら来るものさ」

「召喚の間違いでは?」

「似たような物だろ?」

 決定的に違うだろ。

 金髪の少女は、僕を視界におさめると「あ、あのう。何か私に、ご、ご用事ですか?」と訊ねてくる。

 胸の前で手を組み、せわしなく指を動かしている。落ち着きはないが、気分を害しているようでもない。そして怯えている風でもない。

「いやあ」

 僕は後頭部を掻きながら、どう切り出そうかと考える。紅い女性は強気に出られるが、どうにも、弱気な金髪の少女には、言葉を選ばないといけない気持ちにさせられる。 

 たぶんこれは、勇者達御一行を除けば、魔王さまと僕を取り巻く存在の中で唯一の人間だからだろう。

 他の連中は○しても、死なないであろう自信があるが、この少女は人間だ。こんな色物揃いの存在の中でよくぞここまでストーキングできる胆力には、瞠目に値するが、おそらく、この中でもっとも弱い存在だ。

「じれったいな」魔王さまがは切れよく言い切った。「質問は簡単だろう。おい。金髪の下郎。まずはそこに座れ」

 魔王さまは、対面にある椅子に座るように、金髪の少女を促す。

「ひゃ、ひゃい」

 金髪の少女は、関節に糊でも塗り込んだようなぎこちない動きで、椅子に座る。

「単刀直入に訊くぞ」

「え、えと。はい」

「お前、私の部下の事をストーキングしているな?」

「えと、その。別にストーキングとかではなくて」

「じゃあ。なんで。私の部下に付きまとう?」魔王さまの言葉尻はやや怒気を帯びている。

「魔王さま。そんなに強く言ったら可愛そうですよ」

「私は質問をしているんだ」

「それは詰問です」

「似たようなものだろ」

「似て非なるものです。魔王さまは、少し黙っていて下さい。僕が訊いてみますから」

「うぅむ。そうか」

 魔王さまは釈然としない様子ではあるが納得したようだ。

「ねえ、君」

「は、はい」

「今更なんだけど。なんで君は僕の後をつけてくるの?」

「そ、それは。わ、私は、王子様に助けられたからで……。す、少しでも王子さまと、お、お近づきになりないと思って」

 そういえば、と僕は記憶の彼方に封印していた出来事を思い出す。

 魔王さまの命令で、野獣に襲われていた金髪の少女を助けた事があった。思えば、あの時から、金髪の少女が村娘から僕のストーカーへと進化した。

「その恩義みたいなもので僕の後をつけて来てると」

「お、恩義というか。王子様の事を考えると、この辺りがドキドキするというか」

 金髪の少女は、そう言いながら両手で胸を押さえた。不整脈かな、と疑うが、たぶんそうではないな、と思い至る。

「魔王さま」僕は、魔王さまに声をかける。

「どうした?」

「僕に『回復薬』を一つ下さい」

「何故だ?」

「この子、きっと病気です。すぐに治療しないと」

「「はあ!?」」魔王さまと金髪の少女の声が重なる。

「お前、何を言っているんだ?」

「わ、私。病気なんかじゃありません」

「いや」と僕は頭を振り、まっすぐに金髪の少女を見つめる。「君は、大変深刻な病気だよ」

「そ、それってどういう意味……」

「ほら。よく言うだろう。吊り橋とかで緊張している時、そのドキドキが一緒にいる人に対しての愛情だと錯覚するやつ。君はたぶんその精神錯乱状態なんだよ」

「お前。本気で言ってるのか?」

「え? 本気ですけど」

「仮にだぞ。もし、素前の言うその吊り橋なんとかっていう病気があるとしても、私が何度、この金髪の下郎に『回復薬』を使ったと思っている? いいか。金髪の下郎が患っているのは真実に目覚める病気だから、快復の見込みなどないぞ」

「仰っている意味が分からないのですが」僕は抗弁する。「とにかく、『回復薬』が効かないのであれば、一度、家族とか親友などがいる故郷に戻れば、いいのでは?」

 魔王さまが、握りこぶしを作り震える。手から血が出るのではないか、と思うほど、怒りにわなないているようだ。

 それは、金髪の少女も同じようで、目からポロポロと涙を流し、頬を膨らませ、僕を睨んでいる。

「貴様という奴は」

「お、王子様の」

 二人の声が耳に届いた瞬間、同時に、葉が強い衝撃が僕の顔を襲ってくる。

 魔王さまと、金髪の少女が僕の顔面を殴ったのだ。

 その衝撃を受け、僕の目の前に星がちらつく。

「こればっかりは金色の下郎に同情するわっ!」

「ひ、ひどいです勇者様」

「そうね。そうね。客観的に見てもあれね」

 全方位から、僕に浴びせかけられる罵声。魔王さまと金髪の少女はともかく、万屋の罵声はいらないだろ。

 どこにどう不満をぶつければ良いのか分からないが、どうやら、僕が全面的に悪いらしい。

 僕がぼんやりと、金髪の少女を見ていると金髪の少女が口を開いた。

「わ、私。絶対に諦めませんから。勇者様が私の事を真剣に考えてくれるまで、ずっと、追いかけますっ」

 金髪の少女は、それだけ断言すると「ゆ、勇者様のすけこまし」という言葉を残して、去っていった。

「なんだったんだ? あの子」

「私が金髪の下郎だったら、五百回はお前を殺している」

「本当に意味が分からない。結局、魔王さまは今日何がしたかったんですか? 紅い女性に怒ったり、金髪の少女の肩をもったり、僕に怒ったり。情緒がメチャクチャですよ」

「前回は、ストーカー共とあの子、そしてお前達の立ち位置を確認しただけだ。今回の面接は、その先にある」

「その先?」

「お前は、形式的に物事を考えすぎだ」魔王さまは人差し指を僕に向ける。「お前と違って、生き物には感情というものがある。私も、ストーカーの下郎共にもな」

「あれ。これってストーカーの面接ですよね。なんで僕が値踏みされてるんですか?」

「まあ、あれだな。お前も、少しは好きに動いてもいいんじゃないか?」

 魔王さまは、どういう訳かそっぽを向く。その表情からはどういう感情が浮かんでいるのか僕には分からない。

「好きに動いたら、魔王さまが困るでしょう」 

 僕は苦笑する。

「困るが。困らんさ」

「よく分からないですが。面接はもういいんですか。最後の一人である神樹さんが残っているんですけど」

「あの緑はいい。到底、意思疎通ができそうにない」

 魔王さまは、僕の三歩後ろについてくる神樹さんを見ながら言った。

「なんだか知らないですけど、今日はいつもより疲れました」

「いいから。あの子の観察を続けるぞ」

「ご自分の面接はいいんですか?」

「問題ない」

 それが一番問題なんだよなあ、と僕は思う。

 どちらにせよ、これ以上、奇妙なストーカーが増えない事を祈りつつ、魔王さまの背中を追う。

 今日得た有益な物といえば、万屋から買った風の力を借りて文通を行える紙束ぐらいか。

 まあ、得るものがあっただけ、この面接も無駄ではなかった、と僕は自分を納得させる。

 ただ、魔王さまが言っていた言葉は少し引っかかりを覚える。

 僕にだって、感情はある。

 だから、色々と思考して動いているわけだから。

 ねえ?

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