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『魔王さま』と『勇者』のツーショット

「なあ。お前」

 魔王さまが、僕に声をかけてくる。その声色はあくまでも無色透明で起伏のないものだが、その実、奈落の底から響いてくるような凄みがあった。

「なんですか。魔王さま」

 僕は極力、魔王さまから目をそらすように返事をした。空を見る。渓谷を作り出す山の上から見える空はどんなに罪深い存在も慈悲深く、そして懐が深く許してくれるように感じる。

 出来うるならば、魔王さまに心は、この大空のように慈悲深くとまではとは言わないが、せめて、広くあって欲しいものだ。

「私の感情は、今、どこにあると思う?」

「さあ」僕は適当に返事をした。「どこかに捨ててきたんじゃないですか?」

「そうだな。誰か拾ったか?」

 勇者のストーカー行為などに執着している魔王さまの爛れきった感情など、お金を貰ったとしても誰も拾わないだろうに。まあ、同族なら別だろうが。

「さあ」僕は同じ言葉をくり返した。「じゃあ、落としたと勘違いしているだけじゃないですか?」

「では、だ」魔王さまは言葉を句切り「私のこの空虚な心は何なんだ?」と続けた。

 質問が多い魔王さまだ、と僕は内心で苦情を言いながら「まあ、間違いなく。どれだけ良いポジションを見つけても、勇者の姿を捉える事ができないからかと」と嫌々ながらに答える。

「そうだよっ」

 魔王さまがその場で地団駄を踏む。

 魔王さまはここ数日、勇者の姿を眺められていない。端的に言えば、勇者をストーキングできていない。

 原因は、先日から『勇者』を『聖女』と持ち上げる村の宴がまだ終わらないからだ。勇者を聖女と祭り上げる村人の迷惑な情熱は止みがたく、今も絶賛、昼も夜もなく盛大に祭りが続いている。

 そのせいで、どんな位置から魔王さまが望遠鏡を覗いても、村人達がじゃまで勇者を視界に入れることがかなわない。

 僕としては迷惑極まりない。

 先日は僕の説得の結果として、魔王さまは、村を焼き払うという魔王らしい行為を止める事ができたが。それもそろそろ限界だった。

 魔王さまの勇者欠乏症ともいえる、厄介な症状は悪化の一途を辿っている。食事にもてをつけず、木の上に登って、どうにか勇者を視界におさめようと望遠鏡を覗き見る毎日だ。

 どれだけ、あの勇者に執着しているのか。僕には理解は苦しむが、本能がそのまま具現化して歩き回っているような魔王さまだ。

 すでに、道徳のピリオドの向こう側に行っている魔王さまを諫める術など初めからない。

 しかし、と僕は、人間に対しても呆れを抱く。

 もうそろそろ、祭りもお開きにしていいだろう。どれだけ、祭りを続ければ気が済むのだ。限度というモノを知らないのか、お前らは魔王さまか?

 直接的に僕を追い込む魔王さまと、間接的に僕を追い込む村人達。

 字面は多少の誤差はあれど、意味している事は同じだぞ。

 それに、村人達が連日に渡り祭りをできているのは、村の近くにある森の恩恵が大きい。それだけ、あの森からもたらされる物資が多いからだ。

 だが、その森を守っていた神樹と言われている、神樹さんは、絶賛、僕の三歩背後に控えているストーカーになっている。

 神樹が不在のお祭りの何が楽しいんだ。

「はあ。色々と厄介だ」僕は誰に対してでもなく呟く。

「おい。お前」

 魔王さまの鋭い声が僕に飛んで来る。

「なんですかぁ」

「この状況、どうにかならんのか?」

「どうにもなりませんよ」僕は断じる。「先日も言いましたけど、あの狂気すら覚える祭りが沈静化しない限り、手の打ちようがない」

「ちぃ」魔王さまは舌打ちをして、親指の爪をかじった。「本気で、あの村を焼き払ってやろうかっ」

「それはやめて下さい。これ以上、魔王さまに暴走されたら、僕でもどうにも出来ません」

「むうっ」

「ふて腐れているだけ、まだ、理性は残ってますね」

 僕は、自分を慰めるように深く息を吸った。

 魔王さまと行動を共にする、というか、魔王さまの部下になるというのは障害物競争に近い。しかも、終わりのない障害物競走だ。

 あちらの要求はエンドレスなのに、僕の体力は有限なのだから、たまったものではない。

 とにかく、魔王さまのフラストレーションを少しでも抑える方策を考えなくては。

 僕は耳を澄まして、あるストーカー二人の気配を探る。一人は魔王さまのストーカーである紅い女性で、もう一人は、僕のストーカーである金髪の少女だ。

 数日前に、魔王さまにより消し炭にされたが、魔王さまの『回復薬』のおかげで無事蘇生して、魔王さまと僕のストーキングを再開しているらしい。

 魔王さまに付き合わされる過程で、唯一、僕が手に入れた特技がこのイカれた聴覚だった。誰が何処に隠れていようが、音までは消せない。呼吸音や心音などがその代表的なものだった。

 とはいえ、意識を全力で集中させないと出来ないという、便利なのか不便なのか分からない特技だ。

「ふう」

「? どうした。そんな安心したような息を吐いて」

「いや。この前、魔王さまが○したストーカー二人が無事復活して、ストーカー業務に戻っている事がわかりまして」

「ふん。あの下郎二人か」魔王さまは吐き捨てる。「あれだけやって生きているとは、運が良い」

「まあ『回復薬』で生き返らせたのは魔王さまなんですけどねえ」

 どうにもまあ、と僕は神秘的な気分になる。あれだけ酷い目にあい続けている二人が、今でもよくストーという生物か開発した最底辺に近い存在を続けられるとは。

 相手は赤の他人だぞ。魔王さまはその行為を自分を含めてその辺りどう考えているのだろうか、一度、その胸の中にしまってある哲学を訊かせてもらいたい。

 どうせろくな哲学ではないのだろうが。

 そこまで執拗に執着するならば、もっと想像力をたくましくして、自分の目の前にイマジナリー勇者、とか、イマジナリー僕、などをつくりあげ、そのイマジナリー伴侶と一生を添い遂げた方が、ストーキングされる側もストーキングする側も、ひいては、その周辺の者達が幸せになるのではないだろうか。

「魔王さま」

「なんだ?」魔王さまは、僕を見やる。「言葉は飾ってから発してくれ」

「いやね」僕はその言葉を出だしに使い「この美しい世界には……」とまで口に出した。

「おい待てっ。飾れと言ったのはこの世界に対する事じゃないぞ。行間を読め」

「はいはい。じゃあ、この美しくも残酷な世界には、美しい魔王さまがいるわけでしょ?」

「お前『うつくしい』とさせつければ何とかなるとか思ってないか?」

「気のせいですよ。で、話を続けますけど」

「釈然とせんが許可してやる」

 勇者をストーキング出来ないと、魔王さまも心はここまでささくれ立つのか、と僕は感心する。

「この世界には『回復薬』っていう馬鹿みたいに反則級のアイテムがあるんですよね」

 まさにこの世界に流通している『回復薬』は異常だった。かなり高価なものではあるし、死の概念が希薄なこの世界では、それほど重要視されているものでもないが、逆説的に考えれば『回復薬』があるからこそ、死への恐怖が存在しないとも言える。

 まるで世界から『死にたい奴は死ね』と突き放されているようだ。

 とはいえ、病気で死ぬ事もあるし、死にたくない存在がほとんどなので、『回復薬』はやはり貴重品ではある。

 この世界は一体何がしたいのか分からない、まるで魔王さまのような傍若無人さがある。

「ん? なんか失礼な事を考えなかったか?」

「気のせいですよ。それでですね『回復薬』なんて異常なアイテムがあるなら、『媚薬』みたいな物はないんですか?」

「『媚薬』?」魔王さまが眉根を寄せる。

「はい。他者を生き返らせる事ができる薬があるなら、他者を自分の虜にさせる薬があっても自然だと、思うんですけど」

「何が言いたい?」

「いや。だから。僕もあまりこの世界については詳しくないんですけど、もし『媚薬』なるものがあるんなら、勇者に『媚薬』を使えば、わざわざ勇者をストーキングしなくても、勇者は魔王さまのとりこ!?」

 どうやら僕に許される発言はそこまでだったようだ。魔王さまは、何の通達も前口上も予備動作もなく、僕の腹を蹴り上げたのだ。まさに蹴って上げた。僕の体は数メートル浮かび上がると、そのまま、重力に従い地上に落下し、強い衝撃と腹部の痛みが僕を襲う。

 魔王さまだけでなく、重力すらも僕の敵らしい。

 この世界には信賞必罰というありがたい言葉は存在しないのか?

「ま、魔王さま……突然何を。ご乱心ですか?」

「乱心? 馬鹿を言うな。私の態度は一貫している」

「え、ええ……」僕は痛む腹と、もはやどこが痛んでいるかも分からない体をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。「一環してご乱心してますね」

「お前は私を馬鹿にしているのか?」

 実を言うと馬鹿にしている。

「馬鹿にはしてません。ですけど、もし『媚薬』が存在するなら、可及的速やかに、魔王さまの願いが叶うのではって」

「はあああああ……」魔王さまはこれ見よがしに、僕にため息を見せつける。「浅いな」

「浅い?」

「ああ。考えが浅すぎる。まるでお前の歩んできた道の縮図を見せられているようだったよ」

「魔王さまには、僕の事が鏡にでも見えてるんですか? 特大のブーメランが飛んで来てますよ」

「私をお前と一緒にするな。私はお前よりも高邁な思想の持ち主だ」

「こうまい、ねえ」マジで何処が? と問い正したくなるレベルの発言だ。

「ああ」魔王さまは堂々と首肯した。「仮に『媚薬』なる物が存在したとして、そんな夢みたいな物が存在するとして」

「ご自身の胸元を探って見て下さい。『回復薬』という夢みたいな物が、無駄に入ってますから」

「そんな反則的な物に頼って。あの子の心を自分の物にして何の意味がある」

「少なくとも、ストーキングという品性下等な行為をする必要はなくなりますね」

「だから、お前は馬鹿だというのだ。私の目的を言ってみろ」

「あぁ」僕は額に手を当てる。「魔王さまが『人間』に生まれ変わって勇者と結ばれる事です」

「そうだ。そこで媚薬なんて物に頼っては、魔王のまま、あの子と結ばれる事になる」

「その魔王さまの夢のスタート地点が、すでに達成不可能だから、今の話をした訳ですが」

「それに、媚薬を使ったとして、あの子の自由意志はどうなる」

「本当に何を言ってるんですか? 勇者をストーカーしている段階で勇者に自由意志も糞もないでしょう」

「それに私が求めているのは、あの子との純愛だ」

「はあっ」

 僕はこれ以上の愚者が存在するのか、という表情を魔王さまに向ける。

 魔王さま、こいつ今なんて言った。思い人へとのストーカー行為などいう一方通行な愛など、純愛とは程遠いものだぞ。

 おそらく、僕がどれだけ理を尽くして説明しても、僕の切実な思いは魔王さまには届かない。

 悲しいかな、これが現実だ。

 僕は、おもむろに鞄の中から森の木から作った紙とペンと瓶に入ったインクを取り出し、魔王さまに手渡す。

「なんだこれは?」

 僕から、紙とペンとインクを受け取った魔王さまが訊いてくる。

「今までの僕とのやりとりを文字に起こして下さい。どれだけご自身が愚かな事を言っているか分かりますから」

「お前、私に喧嘩を売っているのか?」

「売っていないので、買うこともできません」

「いずれにせよ必要ないな」

 僕の親切心を無視して、魔王さまは、僕に紙とペンとインクを突き返してくる。

「……まったく。魔王さまは一人相撲で横綱にでもなろうとしているんですか」

「相撲? なんだそれは」

「相撲? なんでしょうね」

 魔王さまに言われて初めて気づいた。なんで僕は、相撲なんて単語を知っている。見たことも聞いたこともないぞ。

 見たことも来たこともない魔王さまの、変態的挙動のせいで、こちらまでおかしくなってしまったのか、と自問する。

 僕がそんな下らない事を考えていると、魔王さまの「それにだな」という声が僕の思考を阻害する。

「それに、とは?」

「それに『媚薬』なるものが存在するかもどうかも分からない物に、一縷の望みを託すには、あまりにも頼りない。更に、その薬が人体に害があればどうする」

 珍しく、魔王さまの口から正論が出たな、と僕は感心する。本当に『媚薬』があったとしても、それが人間にとって毒になる可能性も限りなくゼロに近いがある。しかし、その場合、魔王さまは躊躇なく『回復薬』を勇者に使うだろう。ということは『媚薬』の効果も無効化するわけで。

 そうなってくれば、『媚薬』と『回復薬』の永久機関が出来上がってしまう。

 じゃあ、どうすれば僕はこの無慈悲な無間地獄から解放されるんだ。

「……。この世界に『媚薬』が存在しない理由が分かってきた。魔王さまの言うとおり、恋愛は自由意志です。しかも『媚薬』なんてあっても『回復薬』で無効化される。なんか、上手く出来てないようで出来てるな、この馬鹿みたいな世界」

 僕がこの世界に情景なのか絶望なのか、訳の分からぬ感情を抱いていると。突然、背後から「そうねそうね。たしかに『媚薬』はあるけど、入荷はないんで」という聞き覚えのある声が、聞こえてきた。

 反射的に背後を見やる。そこには、ここ二回ほど、僕を翻弄してくれた屋台を引く万屋の姿があった。相変わらず木製の屋台を引き、つかず離れずの距離に店を開いている。

「君。なんでこんな所で、店を開いてるの?」

「そうね。ちょうど、あなた達の行く先と被っているんで」

 それは嘘だな、と僕は直感的に確信する。仮に行く方向が同じだとしても、屋台を引いてこんな渓谷をつくる山頂で出くわす訳がない。

 この万屋、おそらく過去二回の経験を得て、魔王さまと僕を絶好の鴨だと踏んだに違いない。

「で、その偶然、通りかかった万屋が魔王さまと、僕に何の用なんだ? というかこの世界にも『媚薬』とかあるんだな」

「そうなんで」万屋は首肯する。「今、『媚薬』は切らしているけど、お客さんの希望に叶った商品ならあるんで」

「おいっ」万屋に食いついたのは魔王さまだ。「本当にあるのか? 私の希望に合う商品が」

「そうね。あるんで」

 万屋は屋台の下に姿を消し、ガサゴソと何かを探している。魔王さまと僕が、顔を見合わせて首を傾げていると「あったんで」と万屋が姿を表した。

 万屋の手には、奇妙な箱が握られている。両手の平に収まる大きさの箱で、魔王さまが勇者をストーキングする際に使う望遠鏡のようなものが装着されている。ただ、魔王さまが使っている望遠鏡のレンズよりはかなり直径が大きい。

「それはなんだ?」魔王さまが万屋に問う。

「これは、映されたモノを紙にウツす機械なんで」

「「映されたモノ?」」魔王さまと僕の声が唱和する。

「そうね。モノと言っても、者でも物でもいいんで。このレンズを通して映したものは、全て、紙に映すことができるんで」

「まあた。胡散臭いものを持ってきたなあ」

「物は試しなんで」 

 そう言うが早いか、万屋は持っていた箱を魔王様と僕に向けた。そして次の瞬間、真っ白い光が、魔王さまと僕を襲う。

 さすがというべきか、魔王さまはすぐに危険を察知したようで、僕がその光になれ目を開く頃には、万屋の首根っこをひっ捕まえて、宙ぶらりんにしていた。

 万屋は苦しそうにあえぎ「止めるんでっ」と抵抗している。

「やめろ、だと。いきなり攻撃してきて、随分と良いご身分だなあ」

「こ、攻撃ではないんで。そうね。これを見るんで!」 

 万屋は足をジタバタと足を動かし、手に持った箱を魔王さまに見せた。

 しばらくの間が空き、箱からジィーという音が響く。そして、箱の隙間から紙が出てきて、はらりと落ち葉のように落ちる。

「ん? なんだ。この紙」

 僕は地面に落ちた紙を拾い上げる。

 見たところ、妙な光沢がある以外は普通の紙だ。

 僕がしげしげと、謎の紙を見ていると、紙に何かが浮かび上がってくる。最初はぼんやりとした輪郭のようなものだったが、徐々に、鮮明なものに変化していく。

 その紙を見て、僕は、万屋が言った、レンズと映すという単語の意味を理解した。即座に手の中にある紙を背中に隠した。 

 この万屋、とんでもない物を持って来やがった。

「おいっ」

 魔王さまが、万屋を宙づりにしながら、顔だけを僕に向けてくる。

「な、なんですか」

「お前、今、何を隠した?」

「なんでも」僕は早口で答える。

「嘘を言うな」魔王さまは眼光鋭く僕を射貫いた。「その背中に隠したものを出せっ。これは魔王命令だ」

「パワハラだっ」僕は抗弁する。

「お前が、吐かないなら。この万屋の下郎を始末するまでだ」

「魔王らしいか、どうか分かりませんが、それ、僕に対して何の脅しにもなっていませんよね」

 むしろ、僕の行動を阻害する不可抗力が消える分、好都合だ。

「そうねそうね。その箱は『カメラ』と言って、レンズに映ったモノを紙に描くものよ」

「ちぃぃっ。速攻でゲロりやがって」

「よこせっ」魔王さまは片方の手で、僕に手の平を上に向け、くいくいと動かす。

「だぁ……」

 僕は観念するように、魔王さまの元まで歩むと背後に隠した紙を魔王さまに差し出す。これが紙ではなく、何故、ナイフやその他の凶器の類いではないのか。僕は残念で仕方がない。

 僕から、紙を受け取った魔王さまは「これは?」と怪訝そうな表情を浮かべる。

 紙には、僕と周囲の樹、そして僕の背後にいる神樹さんが映っている。そして、かなりぼやけているが、魔王さまの姿も、だ。

「お前と、緑が紙に映っているな。しかし、私はどこにいる」

「そうね。その一番手前のぼやけたのが魔王さまで」

「ははあん」魔王さまは万屋を地面におろし「さてはお前、死にたいなあ」と微笑を浮かべる。

「ちがうんで。これは『ブレ』というやつで」

「ぶれ、だと」

「私が、魔王さま達を映そうとした瞬間に、動いてしまったから、こういう感じになったんで」

「動いては駄目なのか?」

「そうねそうね。もう一回、映してみるんで。今度は動かないんで。そうしたら、私の言っている意味が分かるんで」

「……うむ。そうか」

「そうね。じゃあ、今度こそきっちり映すんで。魔王さまと部下さんはきっちり並んで動かないで欲しいんで」

 魔王さまは、僕の隣に並ぶと「よし、いいぞ」と万屋に言う。

「了解で。次は動かないようにしてほしんで」 

 と言うが早いか、万屋はカメラを素早くカメラについたボタンのような物を押した。先ほどと同時に、箱から白い光が放たれる。

 数秒後、箱から光沢のある紙が出てきた。万屋はその紙を手に取り、小さく頷く。

「そうねそうね。上手くいったんで」

「どれどれ。見せて見ろ」

 魔王さまは、万屋から紙を奪い取ると、しげしげと眺め「うむ」と頷き「よく出来た絵だな」と感心する。「それで、この箱がどう私の願望を叶えてくれるのだ?」

「うわぁ。なんだって、こんな時だけ魔王さまの知能指数があがるかなあ」

 僕は予期していた展開の中で、最も厄介な初手が出たことに絶望する。

「そうね。この『カメラ』で魔王さまの意中の人を撮れば、いつでも、意中の人と一緒にいる気分になれるんで」

「お前っ」魔王さまは肩を震わせる。「天才かっ!」

「変態の発想ですよ」僕は思わず声を荒げた。「万屋も余計な事を吹き込むな。お前はあれか、ストーカーの亜種か何かか?」

「私は商売人なんで」

 どいつもこいつも、と僕は奥歯を噛みしめる。なぜこうも、一事が万事が、僕に対して有利に働かない。前世で何か悪いことでもしたのか?

 だが、まだ勝ち筋はある、と僕は自分を鼓舞する。まずは万屋の持っているカメラの値段だ。どうせ、あこぎな商売をしているのだから、それなりの値段をふっかけてくるに違いない。

「そのカメラとやらは、いくらだ?」

 魔王さまがさっそくカメラの値段を万屋に訊ねた。

 いけ、と僕は万屋を応援する。お前が商人なら無闇に法外な値段をふっかけろ。

「そうねそうね。かなりの貴重品だから、ううんと。『回復薬』換算で百個分と言ったところなんで」

 なんだよ。『回復薬』百個分って。いつから僕のあずかり知らぬところで『回復薬』が通貨になった?

 突っ込みたいのは山々だが、僕はわざと見にまわる。

「買った!」魔王さまの言葉に躊躇はなかった。

「な、ん、で、だ、よ!」

「ん? どうした。そんな顔を真っ赤にして」

「今、僕は、魔王さまの正気を疑っています。このカメラのどこにそこまでの価値があると言うんです」

「これがあれば、あの子の姿を常に懐に入れていられるんだぞ。金にいとめはつけん」

「つけろよっ! それだったら僕が提唱したイマジナリー勇者の方がマシだろうっ」

「想像だけの、あの子より、実際に映ったあの子の方が尊いだろうが」

「ああ言えばこう言う」 

「それはお前もだ」

 ぎゃあぎゃあと、醜い言い争いをしている魔王さまと僕に、万屋は「それでどうするんで?」と言ってくる。

「買うに決まってるだろ」

 魔王さまは僕に制止する暇さえ与えず、懐から大きな袋を取り出し、万屋の屋台の上に置いた。

 どこから出したのかは知らないが、相当な金額が入っているのだろう。

 万屋は満足気に「まいどなんで」と言うと、懐にその袋をしまう。

「あぁ。それだけあれば、何ヶ月分の食料が買えるか……いや、下手をすれば数年分だ」 

 もはや、現実逃避に近い言葉だった。僕の気持ちを一切顧みない魔王さまは、万屋からカメラの使用方法を詳しく聞いている。

 もうそろそろ起こしてもいいんだぞ、一人クーデター。

 僕は半ば本気で考える。

「おい」

 魔王さまが僕に、声をかけてくる。

「嫌ですよ」 

 僕は魔王さまを先回りするように言う。

「私はまだ、何も言ってないぞ」

「どうせ。そのカメラで、勇者を撮影してこいとか言うでしょ。絶対に嫌です」

「い、いや。そうなんだけど」

「嫌です」

「何を怒っている?」

「呆れ果てているんですっ。今回は絶対に手伝いませんからね」

「くぅう」

 魔王さまは、表情を歪める。

 が、それも一瞬のもので、すぐに口角を上げて高笑いを浮かべた。

「どうしたんですか」

「私がお前のその痩せた考えを見抜けないと思ったか」

「思ってませんけど、せめてもの抵抗です」

 魔王さまの命令に背こうとしたのは、初めてだった。少しは動揺してくれると思ったが、僕のこの判断は誤ったものだろうかと身構える。

「来いっ。紅い下郎っ」

「はい。やっぱりね」 

 おそらくはそう来るとは思っていた。勇者に近づけない魔王さまが、カメラで勇者を撮るのは世界を滅ぼすより難しい。

 となれば、頼れる存在は、空中を飛べるという神の悪戯とでも言うべき特殊能力を持っている、紅い女性だけだ。

 金髪の少女という選択肢もあるが、金髪の少女は魔王さまと敵対しているの勢力だから当てにはならない。

「なんかもう、最近、ストーカー達の使い道ばかり考えてないか僕」

 僕は、自分の醜い内面を見せつけられるような気分になり、陰鬱な気分になる。ストーカーの近くにいるとここまで、自分が汚れていくのか。

 僕の嘆きも虚しく、紅い女性が「はい。主さま」という言葉と共に、颯爽と空から現れる。「この俺に何かご用ですか?」

「おい。前も言っただろう。距離が近い。私からはもっと離れろっ」

 ストーカーを呼びつけておいて、この塩対応ときたら、紅い女性に憐憫の情さえ覚える。

 魔王さまは、自分から距離を取る紅い女性に、今し方買ったばかりのカメラを投げ渡した。

「? これは」

「なんでも、そのレンズに映ったモノを紙に映すものらしい。紅い下郎は飛べたろ?」

「はい。飛べます」

「だったらあの憎き村の中心にいる、あの子を撮ってこい」

 そう来るよな、と僕はデジャヴを覚える。

 普通に考えて、魔王さまが紅い女性に下した命令は、紅い女性にとって不利益にしかならない。紅い女性が勇者の姿をカメラで撮ったところで、それは、ある意味、魔王さまの勇者に対する愛情を増幅させる事になる。

 そんな事、紅い女性が受け入れるはずがない。

 僕の案に相違して、紅い女性は「御意っ」と喜々として応じた。

「なんでだよっ」僕は紅い女性に声を飛ばす。「なんで、君が魔王さまの命令をきく? 意味が分からない。どう考えても、君にとっては不利な命令だ」

「ふはは。魔王さまの金魚の糞には分かるまい。主さまの命令は絶対だ。それに、俺にとっても都合がいい。なにせ、お前より俺の方が魔王さまに仕えるに相応しいと証明できるからな。それに、私が狙っているのは、お前の立ち位置だ。我が主の隣にいられるなら、今のところ形などどうでもいい。重要なのは、いかにして主さまに、俺という存在をアピールできるかだ」

「お前の思考はどんだけ、こんがらがってんだよ。もう、色々と意味が分からない」

 いや。意味は分かる、と僕は自分の言葉を否定した。

 勇者の姿が映った紙ごときで、魔王さまが、勇者への執着心が消失することはない。

 だったら、魔王さまの自分への印象を良くする方が、倫理は度外視すれば論理的ではある。

 それに、僕も身動きがとれない。三歩後ろには神樹さんがいるうえ、さらに後ろには金髪の少女がいる。金髪の少女は、僕と神樹さんの監視という目的があるし、あわよくば、魔王さまが僕に見切りをつけて開放してくれれば、僕と自分がくっつく確率が上がる、という打算が働いているはずだ。

 完全なる雁字搦めだ。

「あはは。主さまの金魚の糞そこで指をくわえて見ているんだな。俺こそが主さまに相応しいという事と証明してやる」

 そう高らかに言い残し、空へ羽ばたいて行った。

 そこまでして、自分を魔王さまの金魚の糞におとしめる事に、何の意義があるのか甚だ疑問だが、身動きがとれない以上、僕に出来るのは傍観だけだ。

「なあ。万屋さん?」

「何?」

「君。あれだろ? 僕の事嫌いだろ?」

「そんな事ないんで。お得意様なんで」

「この状況を作っておいてか? この場で損をしているのは僕だけなんだが?」

「……。一人は皆のためにって言うんで」

「下の句が足りてないって言ってるんだ。続き言って見ろっ」僕はやる方のない怒りを万屋にぶつける。

「そうねそうね。私、三歳児中退だから難しいこと分からないわ」

「三歳児中退とか、訳の分からない言葉を造語している段階で……もういいや。それに、あんたも得しているし、紅い女性も得をするから、正確には三人だな」

 僕が見るべきモノなどなにもない、不毛な問答をしていると、紅い女性がカメラを持って帰還した。

 紅い女性は、魔王さまの前に着地し、すぐに頭を垂れる。

「ただいま戻りました」

「ふむ。で、あの子の姿は撮れたか?」

「もちろんです。これを」

 紅い女性は、魔王さまに渡されたカメラで撮った紙を渡す。

 それを受け取った魔王さまは、しばしの間沈黙した後、わなわなと震えた。どう控えめに見ても、ご機嫌斜めだ。

「あ、主さま。どうかしましたか?」

「なんだこれは?」

「いえ、なので勇者の写真ですが」

 魔王さまは、何を怒っているのだろう。僕はこっそりと魔王さまの背後に近づき、魔王さまの肩越しに紅い女性が撮ってきたモノを見た。

「あーあ」

 紅い女性が魔王さまに見せている紙を見て、僕は、諦観したような声を出した。

 紅い女性が持っている写真には、『勇者と紅い女性が仲良く隣り合わせに映っている姿』が映っていた。

 なんだって、こう、ストーカーというのは他者の心の機微に配慮できないのだろう。

 こんなもの、魔王さまに見せたら。

 どうせ、紅い女性は魔王さまに粛正される。

 魔王さまは胸元から『回復薬』を取り出すと、紅い女性に「よくやった」と言った。

 言葉の手品とはこの事だ、と僕は戦慄する。

 魔王さまの言葉に含まれた意図を読まずに、紅い女性は「はいっ。ありがたき幸せ」と華やいだ声を出した。すぐさま、優越感に満たされた目を僕に向けるが、彼女の瞳に映るのは、僕の合唱する姿のはずだ。

「ああ。よくやったよ」魔王さまが震える声を出す。「よくもまあ、やってくれたなっ!」

 魔王さまは拳を腰より低い位置に構えた。

「えっ。主さ」

 ここまでが、紅い女性に許された時間だったようだ。まるで、先ほどの自分を見ているようで心が痛むが、魔王さまの空気というか心中を察せられない紅い女性も悪い。

 紅い女性は「誰が私より、あの子に近づいて良いと言った!」という魔王さまの怒声と共に、魔王さまの拳によって空の星となった。

 まあ、いつも通り間抜けな断末魔と共に『回復薬』も添えられているので、死ぬ事はないが、なぜ自ら死に急ぐのか、僕には理解できない。

「魔王さま。それはさすがに理不尽かと」僕はせめてもの手向けとして紅い女性の肩を持つ。「あの紅い女性にそこまで察するのは無理です」

「ふん。まあ、いい」魔王さまは不機嫌そうに鼻を鳴らし、すぐに、口角を上げる。「そうだ。その手があったか」

「その手?」

「おい。さっき、私とお前を撮った紙があっただろう。二枚目のやつ」

「ああ。これですか」

 僕は素直にさきほど撮影した紙を魔王さまに手渡した。 

 魔王さまは、手渡された紙を真剣な顔つきで眺めながら、「おい」と僕を見やる。

「さっきお前が私に渡した紙はあるか?」

「そりゃ、ありますけど」

「それと、ナイフでもハサミでもいい。何か切る物は持ってるか? あと糊のような物も」

「まあ、ありますけど。糊はお米を練った物がありますし」

 僕は鞄を探り、紙とハサミと糊を取り出す。その段になり、僕の背中に冷たい物が流れた。

 おそらく、魔王さまが考え、いまから行おうとしているのは悪魔的奇手だ。

 魔王さまは、紅い女性から受け取った紙を、ハサミで小刻みに切り刻んだ。器用というかなんというか、紅い女性が持ってきた紙には、綺麗に、勇者だけが切り取られていた。

 次にハサミが入ったのは、僕が渡した、僕と魔王さまが映った紙だ。魔王さまは、その紙を情け容赦なく、切り刻まれる。その紙に残されたのは魔王さまだけだ。

 魔王さまは、おもむろに、僕から借りた糊を紙に塗り、魔王さまと勇者が映った紙を貼り付けた。

「でゅふふふふふ」 

 何かしらの満足感というか達成感を抱いたのか、久しぶりに気色の悪い笑みをうかべる。

「どうしましたか。魔王さま」

 僕は、事務的に質問する。

 魔王さまは「これを見ろっ」と僕の目の前に、つい今し方、魔王さまが作成した紙を見せつけてくる。

 そこには、魔王さまと勇者が笑顔で並んでいる偽装された紙があった。

「この紙さえあれば、私はしばらく心の平穏を保てる。どうだ。私は凄いだろう」

「え、ええ」僕は力なく返事をした。

 魔王さま手ずから作った紙を見ながら、魔王さまは満足気に頷く。

「この紙はあれだな、私とあの子の初めてのツーショットだな」

 僕は、もはや返事をする気力すらない。

 この件で満足したのは、魔王さまと、万屋しかいない。

 紅い女性と僕に至っては、紙とはいえ、切り刻まれる結果となった。

 無残に切り裂かれた僕と紅い女性の紙を見ながら、これも『回復薬』で復元できないのだろうか、と僕は思う。

 それと同時に奇妙な言葉が頭を過った。

 お次はなんだ? 

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