王都フィアナへ
ロゼッタ大神殿での一件以来、私はもうひたすら前世の記憶通りに旅を続けることを心がけた。
幸いあの夜の件について、カチュアは何も聞いてこなかった。
そして私は、ヒューゴとは極力二人きりにならないように気を付けた。リリアーナもパーティーメンバーに加わったので、とにかく女子と固まって過ごすことにしたのだ。
そして勇者パーティー一行は、王都フィアナに到着した。
「王都フィアナに来るのは久しぶりだな。俺、数えるほどしか王都に来たことがないんだ」
「そうなんッスか? なんが意外ッスねえ。兄貴は正騎士なんッスよね。騎士の叙勲は王都で受けたんスか?」
「タウンゼント家とタウンゼント騎士団は、辺境を治める独自の軍事力として正騎士を叙勲できる権限を持っているんだ。だから俺たちはアルスターで正騎士になったんだ。そうだよね、アズール」
「あ? ああ、そうだな……」
「うふふふ~。わたくしからもお父様に謁見を申し込んでみますけど、それよりもあちらで優勝した方が早そうですね~」
リリアーナが視線を向けた先には、近々王都で開催される武術大会の準備に奔走する人々の姿があった。
前世の記憶では、ヒューゴは国王への謁見する権利を得る為に、闘技場で行われている武術大会に参加して優勝した。
今の時期、国王陛下は何かと忙しい。実娘リリアーナの頼みであっても、すぐに公な謁見を開くのが難しいらしい。そこで武術大会を利用しようという魂胆だ。今回も同じ手段を選ぶことにした。これ以上はなるべく運命を変えたくないから。
……武術大会におけるヒューゴの活躍は割愛する。
とにかくあっさり勝ち進んでいくから、見ているだけでも腹が立ったとだけ言っておこうか。並みいる強敵たちを蹴散らし、事前の下馬評をすべて覆してしまった。
武術大会の優勝者は賞金を得られる上に、国王に謁見する権利が授けられる。今大会の優勝者はロゼッタ神殿を守った勇者で、しかも勇者パーティーには王女リリアーナも加わっている。私たち五人は、宮殿の謁見の間に通された。
「聖剣ルインに選ばれ、ロゼッタ神殿を防衛した勇者よ。神殿防衛、大義であった。ロゼッタ神殿はラピス教徒にとって象徴的な聖地だ。フィン神聖王国とラピス教の縁は深い。そもそも神聖王国という国名からして――」
国王の話は長い。とにかく長い。国王陛下だけではなく、儀礼を重んじる王侯貴族の公的なスピーチはとにかく長くなりがちだ。
「我が娘リリアーナの命も救ってくれたようだな。礼を言うぞ」
「いいえ、私どもの方こそリリアーナ王女殿下に助けていただいております」
「武術大会で見せた実力も見事な物であったぞ。……ヒューゴ=オーウェルよ。フィン神聖王国国王の名の下に、そなたを今代の勇者と認めよう! 古代図書館及び、聖地セルリアン山への入場を許可する!!」
「はっ! ありがとうございます! 勇者の名に恥じぬよう、精一杯励ませて頂きます!」
長かった話が終わる。その晩、私たちは王宮のゲストルームで一泊することになった。
一人一部屋が与えられる。ついでに世話係のメイドや執事もつけられた。至れり尽くせりだ。
フカフカで手触りの良いベッドに、清潔な衣類。食事も豪華で、文句のつけようがない。さすが王宮だ……私の家でも見習わせて頂かねば!
……いや、私は黒騎士になる予定だったな。王宮での歓待を学んで家に持ち帰ったところで、どうせ無に帰すんだ。意味がないじゃないか。
「……」
「お客様、どうなされましたか?」
「いや、なんでもない……そうだな、少し疲れが溜まっているのかもしれない。王宮には大浴場があると伺っている。湯浴みに向かいたい」
「かしこまりました。それではお着換えとアメニティを用意致します」
大浴場は当然ながら、男湯と女湯が分かれている。私は女湯に通された。幸い今の時間は誰も入っていないようだ。
……良かった。私は元男だから、風呂や着替えの時はなるべく女性と同席しないようにと気を遣う。
向こうはこちらが元男だと知らず、安心して無防備な姿を晒しているんだ。そこにつけ込むような真似はしたくない。私のプライドが許さない。
「ふう……」
大浴場は大理石で造られていた。メイドに渡された石鹸で体を洗い、シャンプーとトリートメントで髪を手入れする。
汚れを落として湯船に身を沈めていると、浴場の扉が開く音がした。
「あらぁ~、アズールさん~。あなたもお風呂~?」
「っ、リリアーナ様! 失礼しました、すぐに上がります!」
「あらあらぁ、別に構わないわよぉ~。ゆっくりしてきましょう~。それに今は旅の仲間なのだから、呼び捨てにしてくれていいって言ったわよねぇ~」
「それはそうですが、ここは王宮ですので……」
「あ、そっかぁ~。窮屈な思いをさせてごめんなさいねぇ~」
「窮屈だなんて……とても良くしていただいています」
リリアーナは体を洗うと、私の横にやって来た。私は逃げるタイミングを完全に失っていた。とにかくリリアーナの方を見ないように視線を逸らす。
「うふふ、あなたって律儀な人ねぇ~」
「は、はあ……」
「でも、少し女性らしくないわ~。わたくしもいろんな人と関わってきましたけど、あなたのような人は初めてよ~」
それはまあ、元男だから女らしくないのは当たり前だろう。今までも折に触れては女らしくないと言われてきた。しかしリリアーナのニュアンスは、少し違うようだった。
「あなたって本当に女の人なのか、不思議に思ったこともあるのよ~。本当は女装した男の人じゃないかと疑ったこともあるの~」
「なっ、なななななっ!?」
「うふふふ、失礼だったわね~。だってあなたはどこからどう見ても、魅力的な女の人ですもの~」
「ううう……」
大浴場の浴槽の中だから、隠しようもない。しかし何故か視線にいたたまれなくて、両手で体を隠してしまう。
女装した男――というのは、私の本質をついている気がする。女装ではなく女体化で、自分の意志とは一切関係ないのだけど。
今の体で自分は男だと言っても、説得力はない。それに今の状態で男に混ざれと言われても困る。せめて女性の共有スペースを使う時は、女性の方を見ないように気を遣っている。それが精一杯だった。
「いずれにしても、あなたのおかげでロゼッタ神殿が助かったのは事実よ~。あなたが何者であれ、感謝しているの~」
「そ、そうですか……」
「だから、これからも仲良くしましょうね~」
「……そう、ですね」
リリアーナは、この国の王女は、私を信じて感謝してくれている。
彼女はこの国の王女であると同時に、女神ラピス教の枢機卿でもある。
そんな人の信頼を裏切り、人類を裏切ろうとしていることに罪悪感がないわけではない。
むしろ心の裡を見透かすような彼女の視線に、身ぐるみ全部剥がされた子供のような心もとなさを覚える。……実際、全裸なわけだが。
「この次は~、セルリアン山へ向かう前に【古代図書館】で魔王封印術式の調べ物をするのよね~。魔王を再封印するにしても、方法を学ばないといけないものね~。明後日には出発するから、それまでに準備を済ませておきましょうね~」
「は、はい」
「うふふふ。わたくしは先に上がりますわ~。アズールさん、どうぞごゆっくり~」
言いたいことを言い終えると、リリアーナは出て行ってしまった。
一人取り残された私は、ぼんやりと湯船の中で膝を抱える。……おかげで湯あたりしてしまい、戻ってくるのが遅いから心配してやって来たメイドに見つかり、部屋に運ばれるのだった。
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