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神殿都市の夜

ロゼッタ神殿の都市部分にある宿。その一室に、私たちは部屋を取っている。


男二人、女二人が同室の二部屋だ。ヒューゴに連れられて部屋に戻るが、カチュアはまだ戻ってきていないようだ。


「何か食べ物を運んでこようか」


「適当な物でいい。頼む」


「うん!」


断ろうかとも思ったが、一日中動き回って空腹なのは確かだ。下手に断って明日動けなくなるより、何か入れておいた方がいい。


ヒューゴが階下の食堂に行っている間、私は装備を解いてバトルドレスを脱ぐ。寝間着に着替えるつもりだった。しかし着替え終える前に背後のドアが開く。


「あ、アズールっ!?」


カチュアが戻ってきたのかと思ったが、違った。ヒューゴがスープとパンをトレイに載せて戻ってきたのだ。


私は下着姿だが、全裸を見られたわけではないし。そもそも私の自我は男だから、裸を見られることにさしたる抵抗はない。


ないのだが……ヒューゴに見られるのは抵抗がある。何故なのか。こいつが私に向ける好意がアレだからか。


顔が熱くなり、首筋がムズムズする。手近なシーツを手繰り寄せると、体の前を覆った。


「……このバカっ! ノックぐらいしてからドアを開けろ!!」


「ごめん! まさか着替えているなんて思わなかったんだ!」


「い、言い訳はいいから、さっさとドアを閉めろ!」


ドアが勢いよく閉まる。私はさっさと上着を羽織ると、ドアをそっと開いた。


「……食事を運んできてくれたことには礼を言う。受け取ろう」


「……」


「ヒューゴ?」


「……」


ダメだ、真っ赤になって固まっている。


……このままでは、明日からやりにくくなりそうだな。フォローしておいた方が良さそうだ。


「……せっかくだから、少し話でもしていくか?」


「えっ!?」


「食事の間だけでも付き合え」


「う、うん」


昼間は分身とはいえ大賢者と戦い、敵モンスターを最前線で蹴散らしていたというのに。


今はまるで借りてきた猫のように大人しい。きっとヒューゴも疲れているのだろう。そういうことにしておこう。


「ロゼッタ神殿を防衛したことで、お前を勇者と信じてもらえた。次は王都フィアナを目指すぞ。国王にも勇者だと認めてもらい、セルリアン山への登山許可証を貰う」


「あ……ああ、当初の予定通りだね」


「すべて予定調和だ」


前世よりスムーズに行っているが。概ね目論見通りだ。


どうせこの後、大賢者が残した“影”が密かに【青の封印石】を破壊するのだから。


魔王の復活には、封印石の破壊が欠かせない。だから封印石が破壊されるのは仕方がない。


しかし必要以上の犠牲を出したくはなかった。その目論見はひとまず成功したようで、ほっと胸を撫で下ろす。


……私は、矛盾しているのだろうか。


どうせ魔王を復活させ、黒騎士に身を落とせば多くの命を奪ってしまうのに。


覚悟が足りないのか。それとも――。


「アズール? どうしたんだい、ぼーっとして。やっぱり疲れているんだろう。もう休むといいよ。お皿は俺が返しておくからさ」


「……そうだな。ヒューゴ、悪いが荷物の中にある薬を取ってくれ」


「薬? 何の?」


「睡眠導入剤だ」


「そんな薬を飲んでいるのかい!?」


「言っておくが体に害のない薬草を煎じた薬だ。ラナン山の麓に住む薬師に調合してもらった。お前も覚えているだろう」


「覚えているけど……アズール、不眠症だったのか?」


「そういうわけじゃない。しかし旅をしていると、眠れる時に眠っておかなければならないだろう。都合のいい時に寝付けるよう処方してもらった。今日は疲れてはいるが、正直あまり寝つきが良くなさそうだ。夢など見ずにぐっすり眠りたい」


「なるほど、そういうことか。分かったよ。でもあまり薬に頼るのはオススメできないな。

今日は仕方がないけど、今後は飲む量を減らしていった方がいい」


「善処しよう」


「ええと……この背嚢?」


「それじゃない。その隣の袋だ」


「ああ、こっちか。……って、これ、化粧品とか小物も入っているんだけど!? 俺が触ってもいいのか?」


「構わない。薬が入っているのは緑の小袋だ」


「緑……これか。ん? あれ……これって……」


「何だ、見つからないのか?」


ヒューゴは私に背を向けて硬直している。


なんでまた……下着類は別の袋に入っているから、あいつが固まるような物はないと思うんだが。


「どうした、ヒューゴ」


「……アズール、これ……」


「ん? ――うぐッ!?」


振り向いたヒューゴの掌の上に乗っている物体。


いつだったか、何歳だったかの誕生日に、ヒューゴが私に贈った髪飾り。


ブルームーンストーンの髪飾りが、窓から注ぐ月の光を受けて輝いていた。


「な、な、な――!!」


ちょっと待て、なぜソレが荷物の中に紛れ込んでいるんだ!?!?!?


……そうだ!!


前世の記憶では、旅の途中に国王陛下との謁見があった。だからアクセサリー類も荷物にぶち込んでいたのだった!


その時に紛れ込んでしまったのだろう。きっとそうだ、そうに違いない!


「ずっと持っていてくれたんだね。危険な魔王退治の旅に持ち出すぐらい、大切にしてくれていたんだ」


「ちょ、ちょっと待て! 違、それはちょっとした手違いだ!」


「今までは心のどこかで、俺の一人よがりじゃないかと思っていたんだ。でも、そんなことはなかったんだね」


「な……何の話だ!? おい待て、こっちに来るな。にじり寄ってくるな!」


「アズール。君は責任感が強くて高潔な女の人だから、魔王を倒すまで自分の気持ちを表に出すわけにはいかないと、そう思っているんだね。俺には分かるよ。だって子供の頃からずっと君を見てきたんだから」


「はあ!?!?!?」


お前の目は節穴か!?!?


……節穴だったわ!


こいつ私のことを優しいとか高潔だとか、実態とは180度違う解釈をする奴だったわ!!


「待て、ほんと待って。分かった、分かったから。うん、まずは落ち着こう。落ち着いて話し合おう。いいな、ヒューゴ?」


「俺は十分落ち着いているよ。落ち着いているのに心臓が飛び跳ねている。なのに心が満たされている……こんな気持ちは初めてだよ」


「全然落ち着いていないだろ、それ!?」


「うん……そうかもしれないね」


なんで納得した顔しているんだよ!?


うっとりした目で私を見つめんじゃない!! 手を握るな! しかも両手でがっしりと私の掌を包み込むなああああッ!!


「誇り高い君の口を無理に開かせて、言葉を引き出すような真似はしない。だけどせめて、俺の気持ちだけは伝えさせてほしい。アズール、俺はずっと君のことが――」


「や……バカ、言うなッ……!」


だから人の話を聞けって! 絶対に聞きたくないから!


もうヒューゴが私をどう思っているのかは、さすがに理解している。


だけど決定打は聞きたくない。ヒューゴの口から聞きたくない!!


首を左右に振る。たぶん涙目になっていると思う。疲労と想定外の事態の連続で、もう脳がついていけていない。


「言葉では嫌? だったら――」


「!?」


わ、私の顎に手を添えて目を瞑るな! 顔を近付けてくるな!!


やめろ、マジでやめて!! 逃げたい、でもヒューゴの馬鹿力のせいで逃げられない!?


ああああああ! もう勘弁してくれええええッ!!


金縛りに遭ったかのように、体が動かない。反射的にぎゅっと目を瞑る。




――ええい、もうなるようになれ!!




どうせ黒騎士になってやるんだ! だから一度ぐらい、一度ぐらい……我慢してやる……。


だから、早く終わらせてくれよ! 一瞬で終わらせてくれよ! 間違っても舌とか入れて来るんじゃないぞ……っ!!



――カタン。



その時。部屋のドアが軋む音が聞こえた。


「ッ!! カチュアかっ!?」


「んぐぅッ!」


金縛りが解けた。ナニがとは言わないが接触する直前、顔の間に手を滑り込ませる。


ドアの方を見やる。さっき閉めた筈のドアに隙間ができていた。


「ヒューゴ、誰かいたようだぞ! きっとカチュアが戻ってきたんだ! 変な物を見たから逃げていったんだ! 早く追いかけて捕まえてこい! もう夜遅いんだぞ! 神殿都市とはいえ女性の一人歩きは危険だ!」


「え? あ、ああ……そうだね」


「それと言い訳もしておくように! 私たちの旅はまだ続くんだからな、気まずくなるのは御免だからな! 適当に何か、そうだ、目にゴミが入ったのを取っていたとでも言っておけ! いいな!? よし、行け!!」


「わ、分かった!」


ヒューゴが走り去っていく。静かになった部屋で一人、私は頭を抱えてベッドに潜り込んだ。




……………………あッぶな!




私は今、何を受け入れようとしていたんだ!?


ありえない。ありえなさすぎる。どうして目を閉じた!? あれじゃあまるで、まるで――!


今世の肉体こそ女だが、私の自我は男のままだ。そしてヒューゴは大嫌いな男だ。一度世界を滅ぼしてもいいと思ったぐらい、憎らしかった相手だ。


いくら今回は色々と条件が違うとはいえ、私の本質的な部分は変わっていない。相変わらずヒューゴが苦手なままだし、あいつが勘違いしているような、綺麗な心の持ち主じゃない。


善行を積んできたとはいえ、それは勇者ポイントを貯める為であって、本当に他者を思いやっていたわけじゃない。聖剣ルインはそんな私の本質を見抜いて、勇者に選ばなかったんだろう。


それなのに……どうして……。


旅が始まってからというもの、前世の記憶を活かしてスムーズに事態を進めようとしていた。それが間違いだったのかもしれない。


「大きな部分に変化はなくても、細かいところでイレギュラーが発生している……のかも……」


だったらこれから先は、もう余計なことはしないと決めよう。

うん、そうだ。それがいい。

余計なことは言わず、余計な行動もせず、多少非効率的でも前世の記憶通りに旅を進ませよう。


どうせここから先は、セルリアン山に登るまで大きな犠牲も出ないしな……。


よし、決めた。そう思った途端、ようやく睡魔がやって来た。


寝入る直前。部屋のドアが開く小さな音が聞こえたような気がした。


カチュアが戻ってきたのか? 確かめる余力はなく、私は眠りの淵へと沈んでいった。


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