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元男ですが、舞踏会に参加します

貴族には家同士の付き合いがある。


その日、私は王都の舞踏会に招かれた。


アルスターから王都までは馬車で約三日。面倒臭いが無視するのは礼儀に反する。


礼儀に反すれば勇者ポイントにも影響が出る。……かもしれない。


というわけで、私は使用人や護衛を連れて王都に向かった。


護衛の中にはヒューゴもいる。


まあこいつは腕利きだし、年も近いから私が出かける時はほぼ必ず護衛につけられていた。




今回の舞踏会は宮廷貴族の屋敷で開催される。


華やかな晩餐会の後、場所を移してダンスが始まる。


私は先日、自分より弱い男とは結婚しないと宣言した。おかげでアプローチされる機会は減ったが、舞踏会では礼儀としてダンスに誘われるし、私も許諾する。


ヒューゴも正装して館内の護衛に当たっている。さっきからどこぞのご令嬢たちから声を掛けられているようだ。




あいつ……顔だけはいいからモテるんだよな。


前世でもモテていた。かなりモテていた。……まあ私には及ばなかったがな!


獅子を思わせる見事な金髪に、海のような深い群青色の瞳。


身長は15歳にして180近く、おまけに物腰柔らかく人当たりがいい。


その上、剣を持たせれば誰よりも強いという実力者だ。女性たちが放っておく筈がない。


だが残念だったな! 私は元男だからお前如きに惑わされたりしないぞ!


「騎士様、わたくしと踊ってくださいませんか?」


「申し訳ありません。俺はアズール様の護衛ですので……」


「ヒューゴ。女性から誘われているのに、断るのは無作法だ。私が許可するから踊ってあげなさい」


「アズールお嬢様、しかし――」


「なんだ、逆らうつもりか?」


「いえ、そんなつもりはございません!」


「なら、私に恥をかかせるな。ご令嬢、うちの護衛をお任せします。一応舞踊の作法は叩き込んでおりますが、王都のご令嬢からすると至らぬところも目立つかと存じます。どうかご容赦ください」


「え、ええ……はい」


ふふん、私の護衛として連れ出されることが多いヒューゴだからな。


今回のようにフォーマルな場で声をかけられることは珍しくない。


ヒューゴが失態を犯すと、主人である私や父の名に傷がつく。


ヒューゴ如きに私の名を傷つけられてなるものか。私は徹底的にヒューゴに教養や礼儀作法を叩き込んだ。


おかげで平民、しかも孤児出身とは思えないぐらい立派な紳士としての振る舞いをマスターしている。


今も王都の貴族令嬢を相手に完璧なエスコート、完璧なステップを踏んでいた。


「あのお方、素敵ですわね。どちらの騎士様かしら?」


「アズール様の騎士様のようですわ」


「まあ! さすがアズールお姉様ですわ。教育が行き届いておりますのね」


ふふん、私の評価は上々のようだな! 計算通りだ、ククク……!


「こんばんはアズール様。お久しぶりですね」


「ん? ああ、マークス男爵ですか。そうですね、ご無沙汰しておりました」


マークス男爵は商人から身を興し、爵位を得た新興貴族だ。


年齢は三十代後半。身の程知らずにも私に求婚してきた男の一人だ。


「今宵のあなたは一際お美しい。一曲踊ってくださいますね? さあ参りましょう」


マークスは強引に私の肩を掴むと、ホールの中央へ引っ張っていく。


今宵はヒールを履いているから、つんのめりそうになる。高い身体能力で体勢を立て直すが、マークスは気にした様子もない。


「っ、男爵! 無作法ですよ!」


一連の振る舞いに、私は腹を立てる。

その時、私たちの間に割って入る人影があった。


「止めろ、何のつもりだ」


「ヒューゴ!」


踊りを止めたヒューゴが男爵の腕を掴んだ。


「何のつもりだと? 貴様こそ何のつもりだ? 平民上がりの騎士風情が、男爵である私に失礼ではないか」


「あなたこそ平民出身ではありませんか。元平民なのに平民を見下すのですか」


「もはや平民ではないからな。悔しければ貴様も爵位の一つ、手に入れてみせるが良い」


「金で買った爵位に何の価値があるのですか」


「何だと?」


「貴族とは誇り高く民を守り、愛し、常に厳しい努力を重ね己の責務を果たす者です。俺は幼い頃からアズールお嬢様やタウンゼント侯爵を見て参りました。貴族とはそういう方々を表する敬称です。


金を稼ぐのは確かに立派なことです。誰にでもできることではありません。


しかし金で爵位を買っただけで彼らと肩を並べたつもりでいるのなら、勘違いも甚だしいと申し上げましょう。


あなたのような男に、アズールお嬢様に触れる資格はありません」


ヒューゴの言葉に、その場にいる貴族たちは気を良くしたようだ。


近頃は金で爵位を買う新興貴族が増えている。

連中は貴族の伝統も作法もろくに身についていない。自覚も育っていない。


だが爵位を得たというだけで、一端の貴族になったつもりで横柄に振る舞っている。


腹に据えかねていたところに、ヒューゴの小気味よい台詞が爽快だったのだろう。……正直に言うと、私も少しだけ気分が良かった。


「なんだと、貴様ッ! ……アズール様、失礼ながらあなたの家では犬の躾が出来ていないようですな」


「犬? なんのことですか? この場に犬など見当たりませんが」


「この黄色い頭の犬だ! 平民上がりの騎士風情が男爵たる私を侮辱するなど、許される筈がない!」


「ヒューゴは犬ではありません。人間です」


「お嬢様……っ!」


「それにさっきから黙っていれば、あなたの言動には問題ばかりです。強引に私に触れ、力任せに腕を引き、私の意志を確かめない。一体何のおつもりですか」


「これは失礼しました。アズール様は強い男が好きだと聞いたものですので」


「強い男と、強引な男で無作法な男を混同しているのですか。それらは異なる概念です。許可も得ず女の体に触れ、気遣いもなく、強引に腕を引っ張る男。それは強い男ではなく、粗野で乱暴な男です。とても貴族の男性だとは思えません」


マークスの額に青筋が浮く。元々この男は強引で人の話を聞かないところがあった。


元商人として成り上がってきた性質かもしれない。元商人、平民だからといって見下すつもりはない。アルスターの商人たちは皆立派だ。


だがこの男はダメだ。自分だって平民だったのに、他の平民を見下し、犬だと罵る。この男の性根がダメなのだ。


「……私を侮辱なさるのですかな、アズール様?」


「先に私を――私たちを軽視し、侮辱したのはそちらでしょう。マークス男爵」


冷ややかな空気が流れる。騒ぎを聞きつけたホスト役の宮廷貴族が駆けてきた。


幸い周りの貴族たちは、私たちのやり取りを見ていた。


マークス男爵の無作法は振る舞いが非難の対処となり、舞踏会から追放される。私たちには同情が集まった。


「ヒューゴ様はマークス男爵とは違います。たとえ平民出身でも立派な殿方ですわ。それなのにあの人は……」


「アズール様の発言を曲解し、狼藉を働いた上であの態度とは、神経を疑いますな」


日頃の行いもあってか、その場にいた人々は全員が私たちの味方となった。


その後は和やかな時間が戻るが、ヒューゴは私から離れようとしない。


「先程は俺が離れている間、お嬢様に怖い思いをさせてしまいました。もうお側を離れません」


「不愉快な思いはしたが恐怖など感じていない。見くびるな」


「はい、失礼しました」


「それに私よりもお前の方がひどい侮辱を受けていた。あの男、言うに事欠いてヒューゴを犬呼ばわりするとは。身の程知らずにも程があるな」


こいつは勇者になった男だぞ。私の夢を横から奪っていった男だぞ。


だからこそ憎らしいが、同時にヒューゴの才覚は嫌と言うほど知っている。身に染みて知っている。


ヒューゴはあの程度の男に愚弄されていい存在ではない。ヒューゴを侮辱するということは、勇者になりたい私の夢も侮辱するということだ。


「お嬢様……そこまで俺のことを……俺、嬉しいです! いつか必ずお嬢様に相応しい、隣に並んで恥ずかしくない男になってみせます!」


なんだか知らないがヒューゴのやる気になっている。


侮辱されてよほど腹が立ったのか。ヒューゴにもこんな一面があるんだな。


前世ではヒューゴが自分のことで怒っている姿を見たことがなかった。それが不気味で仕方がなかった。


当時に比べると、今回のヒューゴはだいぶ人間味が感じられる。そのことに、少しばかり満足していた。

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