87:それぞれの思惑(3)
エフェニア王国、王宮の第二中会議室。
そこには国王エドワードをはじめとする国の重鎮が集結していた。
窓から差し込む夕日が部屋の中央に置かれた楕円型のテーブルを照らす。
上座に国王エドワード、両サイドの宰相カーライル公爵と王太子ギルバート、そしてその横に騎士団長レイモンドと補佐官ジュリアスが座っている。
王太子補佐官トウカはエドワードから順に、資料を配布し、飲み物を給仕していく。
「では始めようか」
エドワードはニッコリと微笑んだ。
これから行われるのは、1週間後に控えた使節団の来訪に向けての作戦会議だ。
ジュリアスが使節団の日程を読み上げる。
彼らが王宮に滞在する期間は日数にして約14日。
その間、彼らがトウカと接触するのは歓迎の宴、ギルバート主催の夜会、と送別会、そして学園の視察。
王宮では使節団は貴賓室のある西の一角を使うため、すれ違うことはそうそうないだろう。
「もういっそ、地下に隠します?」
ジュリアスは帝国使節団の訪問日程を読み上げ終えるとそう提案した。
帝国が、王弟ハルトが狙う義妹。
渡したくないのなら隠してしまうのが一番手っ取り早い。
しかし、それをギルバートは否定する。
「いや、トウカはいずれ王妃になるのだから今ここで隠し通せても、いつかは皇帝と対峙しなければならない。ここは隠すよりもあえていつも通りに堂々と生活する方が良いと思う。そう。いずれ王妃になるのだから」
大事な事なので2回繰り返したが他意はない。
まだまだ浮かれ気分の彼だが言っていることは至極真っ当で、王太子妃となるのならば、ここで皇帝と対峙せずともいずれは顔を合わせねばならないことは確実である。
「それはわかりますが殿下。当然のことながら、トウカは明らかに帝国が探している末姫の条件に当てはまりすぎます。深掘りされれば出生はいずれバレることになるかと…」
トウカがグレイル家に入る際に捏造した程度の記録では、いずれその出生がバレる時が来る。
「髪、染めましょうか?」
給仕を終えた当事者のトウカは、ジュリアスの横に腰掛けると何でもないことのように提案した。
帝国の人間が彼女の姿を最後に見たのは5年前。会った回数はそう多くはないし、おそらくしっかり顔を覚えられてはいないだろう。
「帝国が探しているのは白髪に灰色の瞳、歳は17か18の女です。真っ黒にでも染めれば手がかりが一つ減ります」
彼女の白髪は最もわかりやすい目印だ。
髪を染めれば、いくらハルトがこれはスメラギの血を引く姫だと主張しても、彼らもそう簡単には素直に信じられないだろう。
「いいんですか?」
騎士団長レイモンドは『せっかく混じり気のない綺麗な白なのに』と残念そうな顔をした。
「トウカちゃんの髪は一度色を入れたら、多分二度と戻せないよ?」
心配そうに言う宰相の言葉に、トウカは顔を伏せる。
今まで目立ちたくないと言いつつも決して染色しなかったのは、この髪が顔も覚えていない母の存在を唯一感じられるものだったからだ。
母親に思い入れなんてないのに、何故だか母にそっくりだと言われたこの髪を手放す気にはなれなかった。
けれど、もうそうも言っていられない。
トウカ・アシュタールではなく、トウカ・グレイルとして生きていくのならば…。
「問題ない」と彼女がそう言いかけた時、口を挟んだのはエドワードだった。
「染める必要はない。幸いにも皇族の証はハルトが消してくれているし、生まれも育ちもエフェニアだという証拠も捏造した」
エドワードはトウカの淹れたお茶を啜りながら優雅に話し出す。
彼女がこの国に残る決意をして以降、エドワードは彼女の経歴を完璧に作り上げたらしい。
それこそ、彼女自身だけでなくグレイル前伯爵の愛人である架空の母親の経歴まで抜け目なく。
娼館に出向けば書類上の生母にも会えるそうだ。
「たとえ彼らが疑いの目で見てこようが、調べれば調べるほど、トウカ・グレイルがこの国で生まれ育ったと言う証拠が出てくるだけだ。お前は堂々としていれば良い」
背もたれに背中を預け、エドワードは恐れ入ったかと言わんばかりに満足げに顎を上げた。
そんな話は聞いていない、とトウカは王を半ば閉じた目で見る。
「聞いてませんが」
「言ってないからな」
どこかで聞いたことがある台詞だ。
トウカは深いため息をついた。
「その設定、後で教えてください。叩き込みますので」
「後でジュリアスに聞け」
「承知しました…」
隣の義兄の顔をじっと見る。
目が合わないということはコイツも知っていたということだろう。
トウカは机の下で彼の足を思いっきり踏んづけた。
「そういえば、王都での護衛の任務、騎士団に譲って来ていたね」
宰相がふと、レイモンドに尋ねる。
「そうなんですよ。何か裏があるとしか思えなくて…」
レイモンドは両手で顔を覆い、うーんと唸る。
息子同様にこういう謀略が苦手な彼には、当然のことながら、そういうことが得意な王にそっくりの男の考えなどわかるはずもなく。
「私たち騎士団の失態を狙っている、とか…?」
「普段ならあり得ますが…このタイミングでは…」
「ですよね」
レイモンドは苦笑する。
彼の考察を否定したのはジュリアスだった。
騎士団と軍部の仲は最悪だが、国賓の来訪を利用して相手方の失態を望むほど互いに落ちぶれてはいないと信じたい。
「陛下はハルト殿下から何か聞いていませんか」
「この間のやつとの会食で少し探りを入れてみたが、『王都の守護は騎士団の仕事ですから』と胡散臭い笑みを浮かべていたよ」
ジュリアスもレイモンドも「ああ」と声を漏らした。
互いに胡散臭い笑みを張り付けて、腹の探り合いをする兄弟の姿がありありと目に浮かぶ。
きっとその会食に同行した大臣たちは食事の味がしなかったことだろう。
「帝国とハルト殿下の関係は表面上は未だ友好的だ。彼らは国境の関所を抜けた後、ハルトの別宅に宿泊することになっている」
『表面上は』という言葉を強調する宰相。
両者は協力関係にあるというより、お互いに腹の探り合いをしている状態らしい。
「まあ、何にせよだ。何を考えているのかはわからんが、両者の狙いはそこにいる我が息子の婚約者であることは間違いない。トウカを守りつつも、穏便に何事もなくこの視察を終えることができればこちらの勝ちだ」
エドワードは末席のトウカを指さした。
ハルトを排除することも重要だが、目先の問題は帝国の使節団だ。
ハルトの企みは慎重に証拠を集めて対処しようとエドワードは告げた。
「トウカ、お前には今後護衛を増やす。決して一人になるなよ」
「はい」
「…この視察を終えたらみんなで打ち上げしような」
エドワードの提案に皆は覇気のない声で「おー」と拳を突き上げ、その日の会議は終了となった。
***
三者三様、それぞれの思惑が渦巻く中。
アシュタール帝国の使節団は朝日を背に城を出た。




