75:不本意な再会(2)
(な、んで?)
俯き、自らの震える肩を抱くトウカ。
突然現れた銀髪紫眼の男は優しく穏やかに微笑んでいるのに、纏う空気が重い。
その重圧に押し潰されそうなほどに威圧感がある。
男の一人が「何だよ、お前」と彼に絡みに行こうとするが、バスカル家の次男は男の頭を掴み無理やり頭を下げさせた。
「控えろ。この方はハルト殿下だ」
「…え?王弟殿下?」
男は驚いたようにハルトを見る。
ここ数年、社交の場には出てきていなかったため、名を聞いた事はあるが彼の姿を目にした事はないという人間も多い。
「何故ここに…」
父親共々、重要な役職についていなくとも一応国王派のバスカル家次男はハルトの思惑がわからず怯えながら、彼に聞こえないくらいの声でつぶやいた。
「女性を口説きたいのなら時と場所を考えなさい」
「も、申し訳ありません」
「申し訳ないと思うのならここから立ち去ることだ」
「は、はい!」
ハルトと関わらない方が身のためと判断したのか、それとも彼の圧力に負けたのか、男たちは逃げるように去っていった。
「久しぶりだね」
「お、お久しぶりでございます」
ハルトは先程までの殺気を仕舞い、ニッコリと微笑む。
トウカは複雑な感情を必死に抑えながら、彼に対して淑女の礼を取った。
(なんで?どうして!?)
トウカは冷や汗が止まらない。
ハルトとエドワードの間には『トウカと会わない』という約束が交わされており、それは反故にすると王位継承権を剥奪するという厳しい条件付きのもの。
故にトウカは、玉座に執着を見せるハルトが直接接触して来るとは思わなかったのだ。
落ち着けと自分に言い聞かせるように小さく息を吐き、トウカはゆっくりと顔を上げた。
「入場のアナウンスがありませんでしたが…」
「呼ばれてないからね。忍びこんだんだ」
「…そうですか」
「そんなに怖い顔をしなくても、公爵家の人間に手は出していないよ」
ハルトはそう言って肩をすくめる。
おそらく言っていることは本当だろうが、油断はならない。
これ以上関わるべきではないのは確実だと判断して、トウカは「失礼します」と頭を下げ、立ち去ろうと踵を返したが手を掴まれ引き止められる。
「久しぶりの再会なんだ。私に話したいこととかあるだろう?少し別室で話さないか?」
「お断りします。貴方と話すことなど何もありません」
「つれないなぁ」
ハルトは強引にトウカの手を自分の方へ引くと、彼女の肩に手を回す。
背筋の冷たい感触にトウカは身震いした。
「…どういうおつもりですか」
「脅し、かな?」
あろう事か、上着の袖から滑らせるように出したナイフを手に持ち、ハルトは彼女の背にナイフを突きつけていた。
(最悪だ)
トウカがいる位置は会場の端な上に、その背後は壁。背中に突きつけられているナイフは会場側からは見えていない。
更に言えば、ちょうど柱の影となり彼らを見ている人間は少ない。
「警備や護衛以外の人間が武器を持ち込むなどルール違反では?」
「君に言われたくはないね。ドレスの下に色々と仕込んでいるくせに」
「念のためです」
「では私も念のためだ」
ハルトは愉快そうにクツクツと笑いながら、肩にかかるトウカの髪をそっとあげる。するとそこにはどこかの誰かがつけた噛み跡があった。
「所有印をつけて満足し、あとは放置するだけの危機感のかけらもない男が君の好みか?」
「何が言いたいのですか」
「ほら、見てみろよ。お前の婚約者は私たちに気付きもせず、他の女に纏わりつかれて鼻の下伸ばしてる」
ハルトはトウカの顎を持ち上げ、無理矢理にホールの中央に目を向けさせる。
そこには美しいご令嬢と一緒に会場の端へと移動するギルバートの姿があった。
彼はこちらになど、気付きもしない。
「先程もタチの悪い酔っ払いに絡まれていたが、トウカは自分のピンチに気づいてもくれないような男が良いのか?」
「私は別に守って欲しいなんて思っていませんので」
「ではこのまま連れ去っても良いだろうか」
「お戯れを」
「割と本気なんだけど」
トウカはハルトの目的が掴めず、顔を歪めた。
得体の知れない恐ろしさが彼女を襲う。
すると突然、ハルトは徐に手に持つナイフの切先をゆっくりとトウカの背中に押しつける。
ピリッと走る痛みに、彼女はぎゅっと目を瞑った。
「…っ!」
「痛い?叫んでも良いよ?」
何を考えているのかわからないが、ここで叫べばこの男の思う壺なのだろう。
トウカは声を出さぬよう奥歯を噛み締める。
「…用があるなら手短にお願いします」
「私とは世間話もしたくないと?」
「当たり前でしょう?犯罪者が」
「断罪された王の娘には言われたくないな。君とて罪人だろう」
素っ気ないトウカに、ハルトは「冷たいなぁ」とわざとらし過ぎるため息をこぼした。
「アシュタールの皇帝が君を探している」
「…おかしな話ですね。私はクーデターの支援の対価として貴方に売られたのでしょう?貴方が言ったんですよ?」
「手のひらを返すなんてよくあることだろう。私はあの時、きちんとした契約を書面で交わしたわけではないからね」
「随分と杜撰な契約をしたんですね」
飄々と答えるハルトに、何か裏がある事をトウカは感じ取る。
手のひらを返すことはよくある事だが、おそらくそれだけではないのだろう。
「どうだ?私のところに来ないか?皇帝の魔の手から守ってあげよう」
「何を言い出すかと思えば。その皇帝を招いたのは貴方でしょう」
「招いてはいない。視察という名目上、断れなかったというのが本音だ。大国とのパイプは太い方が今後のためにもなるからね」
「どうだか」
トウカはハルトの主張を鼻で笑う。
もちろん帝国は腐っても大国。友好関係を築く事はこの国にとって大きな利となる。あちらから仲良くしようと言ってきているのに断るという選択肢はない。
だが、この男を通している時点で何か別の意図があるのは明らかだ。
トウカは小さく息を吐くと、顔だけをハルトの方へ向けて睨みつけるようにその目を見る。ハルトは紫の瞳を見開き、嬉しそうに頬を染めた。
「やっと目を合わせたな」
「私を皇帝に引き渡すと何か見返りがあるのでしょうか?」
「さあ」
「だから、王位継承権を剥奪されるリスクを負ってでも私に接触してきた?」
「どうだろうね」
「もしかして、まだ私を諦めていない?」
トウカの質問に、ハルトは無言で微笑むだけだったが、それは立派な肯定だった。
皇帝にトウカを渡すだけなら、もっと早いうちに誘拐でもすれば良いだけの話。
それをしないのは、そう出来ない理由があるからだ。
ハルトは昔から、『トウカにはスメラギの予知能力がある』と信じている。
そして過去、それを利用して玉座を手に入れようと画策したこともある。その時は計画半ばでトウカを取り上げられ失敗に終わったが、おそらくハルトはまだ諦めていない。
「どうだい?これから先は別室でゆっくりと話さないか?」
「遠慮します」
「そうか、残念だなぁ」
残念だなんて一ミリも思っていなさそうな顔で、ハルトはそっとトウカの耳元に顔を寄せる。
「ギルバートの近くに変装させたミザリを待機させている」
「なっ!?」
トウカはその言葉に、会場中を見渡した。
すると、一人だけこちらの方を見るおかっぱ頭の男がいた。
使用人に扮装したミザリ・ヒューズだ。
「アイツは我が甥の事を心底嫌っているからな。何をしでかすかわからないぞ?だが、今なら私が手を出すなと指示することも出来る。どうする?ついてくるか?」
ニヤリと口角を上げ、断れない事がわかっているのに選択する権利をこちらに与えてくる。
あくまでも自分の意思でハルトについて行くと言わせたいらしい。
トウカは低く重い声で言い放つ。
「相変わらず狡いやり方をするのね。未来予知などという不確かな力を欲するのも、人質を取らなくては私一人意のままに操れないのも、どれも貴方は小物だと証明しているようなもの。だから陛下は貴方を相手にしないのよ」
その言葉に、ハルトははじめて表情を崩した。
「口の聞き方には気を付けたまえ」
「…っ!?」
背中の切先か少し右に滑らされた。
ドレスのレースが破け、彼女の白い肌にうっすらと一筋の赤い線が入る。
その線からは少しずつ、血が滲み出る。
「ああ、ドレスが破けてしまっているようだよレディ。別室で直した方が良い」
「…そうですね」
再び不気味な笑みを貼り付けたハルトはナイフをしまうと、わざとらしくトウカをエスコートして会場を後にした。




