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72:ドレス

 

「…何だろう。綺麗なんですけど…なんか…。ごめんなさい、トウカさん。うまく言葉が出てこないわ」

「大丈夫です、ランドール夫人。貴女の仰りたいことはわかります」


 今夜、カーライル公爵邸で開かれる舞踏会に出席するトウカは、私室でランドール夫人に支度を手伝ってもらっていたのだが、最終チェックのために鏡の前に立つとなんとも言えない気持ちになってしまった。



「失礼します。殿下の支度終わりましたよ…。わあ…」


 ギルバートの支度が終わったことを伝えにきたユイは、2人と同じように微妙な顔をした。



 トウカが着ているドレスは、艶のある濃紺の生地に金糸の刺繍が施された比較的シンプルなデザインのドレスだ。

 所々に散りばめられたサファイアが良いアクセントになっており、また、肌の露出は抑えられているものの、胸元や背中に施されたレースが彼女の女性らしい部分を見事に引き出している。


 このドレスはギルバートから贈られたもので、今回の夜会のために王家御用達のデザイナーに作らせたオーダーメイドの一品。

 流石は長年彼女のそばにいるだけの事はあり、彼女好みのドレスだ。

 ただ…。


「何でしょう。流行りのデザインですし、濃紺の生地はトウカ様の白い髪にもよく映えますし…」

「普段は隠されているトウカさんの色香が全面に押し出されていて、本当によく似合っていると思うのだけど…」

「殿下の髪の色を思わせる金糸の刺繍に、散りばめられた宝石は、まるで殿下の瞳の色を思わせるサファイア…」

「明らかに王家御用達のデザイナーがデザインしたドレス。そして今、王妃様のご実家であるサザーランド侯爵領が輸入していると噂の異国の生地…。まさに王家だからこそ作れたとも言える代物…」


 ユイとランドール夫人は、顔を見合わせて言いづらそうに続ける。


「トウカ様の美しさを自慢はしたい」

「けれど俺のものだから手は出すなと言っているのが丸わかりで…」

「「なんか見ていて恥ずかしいです…」」


 その言葉にトウカは深くため息をついた。


 補佐官の制服で行くつもりだったトウカは自分でドレスを仕立てる時間がなく、仕方なくギルバートから送られたものに袖を通したのだが、ここまで独占欲丸出しなドレスは恥ずかしくて仕方がない。


「マリア様のご友人を紹介していただく予定なのに、引かれないかな…」

「だ、大丈夫ですよ…多分…」

「…脱いでも良い?」

「…そうなるとクリス様から送られたドレスを着ることになりますが」

「…あれはもっと嫌」


 ユイが指差した先にあるドレスは、フリルがふんだんに使われた黄色と青のパステルカラーのドレス。

 何とも可愛らしいデザインだが、いかんせん子供っぽく好みではない。


「言っては悪いと思いつつも…。センス悪いですよね…」

「確かに。18の女性に送るものではないわ」

「彼に私はどう見えているのでしょう…」


 散々な言われようであるが、確かにセンスがない。送る前に誰か指摘してやれなかったのかと思う。



「トウカ、もう支度は出来たか?」


 待ちきれないギルバートはトウカの部屋に入ってきた。

 名を呼ばれて振り返った彼女は普段の可愛げない補佐官ではなく、妖艶な雰囲気を醸し出す美しい婚約者だった。


「似合っているじゃないか」


 全身を舐め回すように見て、ギルバートは満足げな表情を浮かべる。


「可愛い」

「どうも」

「いや、綺麗と言う方が正しいか」

「そうですか」

「そのドレス着てると、俺のって感じがする」

「はあ」

「どうしよう。ちょっと脱がせたいかも」

「遠慮します」


 相変わらず蔑むような目でギルバートを見るトウカだが、髪を結いあげた為に露わになっている彼女の頸はほのかに赤い。

 日に焼けていない真っ白な首筋が、自分が吐いた言葉でそうなっているのだと思うと、ギルバートは衝動が抑えられなかった。


 気がつくと、ガブリと彼女の首筋に噛み付いていた。


「いった!?」


 噛まれた箇所を押さえ、後ずさるトウカの顔は耳まで真っ赤になっていた。

 侍女の2人は、その瞳がこぼれ落ちそうなほどに目を見開く。


「はあ!?何してるんですか!?」

「ちょ!トウカさん首見せて!」


 ランドール夫人がトウカの首筋を確認すると、くっきりと歯形がついていた。

 自身も鏡の前てそれを確認したトウカは、思いっきりギルバートのネクタイをきつく締め上げる。


「ぐぇ」

「何なの!?ほんとなんなの!?調子乗りすぎ!ふざけんなよ!」

「ごめん。美味しそうだったから、つい」

「ついじゃねーよ!」

「あ、だめ。それ以上絞めたら死ぬから。くるし…」

「いっそ死ね!」

「死ぬ死ぬ死ぬ!だめですって!死にますから!それ以上締めると殿下が死にますから!」


 急いで止めに入ったユイは、トウカを引き剥がしてなんとか宥めた。

 ギルバートは襟元を直す。


「もう少し可愛く照れ隠しできんのか」

「照れ隠しではありません。私なりの愛情表現です」

「独特過ぎて受け取りづらいわ、その愛情」


 威嚇する猫のようにフーッ!と息を吐くトウカに、ギルバートは「可愛い」と額にキスを落とした。

 ギルバートはふと、視線を彼女のそばにいる侍女に向けると、2人は何故か生暖かい目で見ていた。


「何だよその目は。言いたいことがあるなら言えよ」

「では、お言葉に甘えて」


 そう言ってトウカを庇うように一歩前に出たランドール夫人は、仁王立ちでギルバートを睨む。ユイも同じく仁王立ちで彼女の横に並んだ。


「このドレス、センスは悪くないと思いますが、独占欲強過ぎてちょっと引きます」

「そこまで自分のものだと主張するのは却って『余裕がない』とを言いふらしているようなものですよ?」

「もっとドンと構えていないと。余裕がない男とか無様です」

「だからクリス様が未だにちょっかいを出してくるのではないですか?」

「そういえば最近学園でも見せつけるように引っ付いているらしいですが、やられる方は迷惑極まりないですからね」

「そして何より、今から夜会に行くのに首筋に歯形つけるとかあり得ないです。髪を下ろさなければならなくなりました。二度手間!」

「迷惑!」

「女は攻めれば簡単に落ちると思わないでください!」


 侍女に口々に非難され、ギルバートはいつのまにか自然と正座していた。


「筆頭侍女が変わったのに小言の数が変わらないのは何故だ」

「先代の影響でしょうか?」

「どんな教育してたんだよ」


 2人の後ろで髪を解くトウカに抗議の視線を送る。


「身分関係なく何でも言い合えるアットホームな職場作りを目指しておりますので」

「物は言い様だな。その心は?」

「阿呆な王太子の側仕えはズバッと意見が言える人でないと務まりません」

「阿呆言うな。ほんと可愛くない」

「可愛くなくて結構。可愛らしい婚約者が欲しいなら、どうぞ他を当たってください」

「お前しか欲しくないのわかってるくせに、簡単にそういうこと言うな」


 可愛げなくてもギルバートはトウカが良い。

 どんな事情でも、ようやく婚約までこぎつけたのだ。今更、他の令嬢に目を向けれるわけもない。


「好き」

「知ってます」

「大好き」

「はいはい」

「ちゃんと、『俺のだ』って言いたい」


 それはつまり公表したいということ。

 ギルバートはトウカの手を取り、強請るような表情で彼女を見る。

 トウカは眉を顰めた。


(…だからその顔はやめてって)


 昔から、この顔に弱い。 


 正式な婚約者となれば、公式の場で婚約者としてギルバートの横に立つ機会も増える。

 間違いなく今よりも面倒なことが増える。


(わかっているのに…)


 トウカは握られた手を振り払うと、彼に背を向けた。


「今日はだめです。マリア様の誕生日を祝うための夜会ですから」

「…今日『は』?」


 ギルバートはその助詞に仄かな期待を抱く。


「あとは陛下と相談してください」

「…いいのか?」

 

 驚いたように目を見開く彼に、トウカは小さく頷いた。


「抱いていい?」

「出てけ」


 その後、追い出すまでもなくフィオナが呼びに来たので、ギルバートは部屋を出た。


 妙な沈黙の後、侍女2人がトウカを半眼で見る。


「トウカ様…。逃げる気ないでしょ」

「…ある」


 ユイは、もう大分ギルバートに絆されている彼女が周りからもそういう扱いをされるとなると、そのまま流されてしまいそうだなと思った。


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