71:モテる女は辛い
婚約話をされてからのギルバートは浮かれていた。
公にはしないでと言われているに、学園内で腰に手を回してきたり、不意に抱きついてきたり。
あと一年以内に落さなければならないという条件が彼に火をつけたのか、強気に攻めてきている。
幸いにも、まだ学園内に婚約のことが浸透している様子はないが、既に王太子妃の部屋の鍵を手に入れる時にギルバートの想いを知った貴族も多い。
加えて彼がいつまでもこの調子では、公表しなくとも2人がどういう関係なのかは一目瞭然だ。
故に学園内でトウカは、徐々にご令嬢からテキストを破かれたり、足を引っかけられたりという嫌がらせを受け始めている。
もちろん、彼女にとってその程度の嫌がらせなど軽くあしらえるので、それ自体は特に問題ない。だだ面倒なことに、それをクリストファーが騎士気取りで騒ぎ立てるので嫌がらせは悪化の一途を辿っている。
クリストファーは学園内での護衛任務の一環と思っているようだが、護衛される方は迷惑極まりない。
加えて、彼はギルバートと競うようにしてトウカを口説いてくるので、彼女は最近2人の男を誑かす悪女だと囁かれている。
もう流石に面倒くさくて食堂に行きたくないトウカはこの日、『ランチは一緒に食べる』というギルバートとの約束を、はじめて許可なく反故にした。
「ごめんなさい、マリア様」
「いいのよ、別に」
予約制の談話室でマリアとアーサーが昼食を取っているところに駆け込んだトウカは、一先ず、アーサーに賄賂であるところの『フィオナお手製サンドイッチ』を献上し、無事着席の許可を取る。
隠れシスコンのアーサーは定期的に、こうしてマリアと昼食を共にしている。
トウカは姉弟水入らずのところに乱入するのは申し訳ないと思いつつも、いつもの円卓でアーサー無しのランチをする気力など彼女にはなかった。
「君は殿下と婚約したと聞いていたが、クリスは愛人なのか?」
「ぶっとばしますよ」
「最近口悪いぞ、王太子妃候補のくせに」
アーサーはサンドイッチに顔を緩めながらも、呆れたように言う。
「正直、殿下の想い人が君だったという事実を僕はまだ受け止めきれていない。何故君なんだ」
小言は多いし、可愛げないし、何が良いのわからないとアーサーは険しい顔をする。
最近ギルバートの長年の思いを知った彼は、まだ未来の王太子妃が彼女だということを受け入れられていない。
「私だって同じことを思ってますよ。あの人『何で私なのか』と聞いたら『わからん』って言うんですよ?こっちのがわからんわって話です」
「それはどこが好きか言ってほしかったということ?」
「誰もそんなこと言ってません。揶揄わないでください」
頬杖をつきながら、ニコニコとしているマリアにトウカは眉を顰める。
「私のお友達には、私と貴女は友人で、私は王太子妃になどなりたくなかったと伝えているけれど。もし何かあれば言ってね」
「大丈夫です。マリア様のご友人に何かされたことはありませんから」
トウカは問題ないと笑った。
実を言うと、確かに彼女の近しい友人から嫌がらせは受けた事はないが、彼女を信奉する者からの嫌がらせも無いわけじゃない。
元々、王太子の婚約者のポジションはマリアのものだった。
本人にその気はなくとも周囲はそれを期待していたため、トウカに敵意を向ける輩もいる。
だが、その辺はマリアが把握しきれていないところなのでトウカは言うつもりもない。
「殿下に言ってどうにかして貰えば良いんじゃないか?」
「一応嫌がらせされてる事は報告はしましたけど、あの人なんて言ったと思います?」
「何で言ったんだ?」
「『頑張れ』ですよ。酷いと思いません?」
「まあ、君なら自分でどうにかできそうだけども…それは婚約者としてどうなんだ…」
「もっと言ってやってください、本人に」
「でも、トウカはそもそも、嫌がらせに困っていないでしょ?」
「確かに困ってはいませんが…」
「殿下もその辺はお分かりなのよ。そこでどうにかすると言われても面倒でしょう?」
「とても面倒です」
ギルバートがクリスのような行動を取り始めたら本当に厄介だ。
心底嫌そうな顔をするトウカに、マリアは思わず吹き出した。そんな彼女にトウカは口を尖らせる。
「笑いすぎでは?」
「ごめんなさい、つい。それにしても、トウカはもう少し同年代の同姓の友だちを作るべきね」
「マリア様がいらっしゃれば十分です。何ならフィオナもユイもいますし」
「フィオナさんもユイさんも仕事仲間でしょう?それに社交界には出てこない」
「彼女には無理でしょう、姉上」
「私自身も無理だと思ってますが他人に言われると腹が立ちますね、アーサー様」
イラッとしたトウカは、バスケットからサンドイッチをひとつ横取りした。
面倒な肩書きの多すぎる自分と友だちになりたいと言う肝の座ったご令嬢など、存在するわけないのは彼女が一番よくわかっている。
「唯一無二の親友になる必要はないわ。ただ、同年代のご令嬢と親しくしておくことは必要よ?」
「…私と仲良くしたいというご令嬢なんていませんよ。学園でもみんな遠巻きにしてますし」
トウカは拗ねたように口を尖らせる。
マリアは小さく息を吐くと、今週末にマリアの誕生日を祝うという名目で開催される舞踏会について話し始める。
「夜会にはちゃんとドレスを着てくるのよ?私のお友達を紹介してあげるわ」
「え?」
「どうせ補佐官として殿下に同伴するつもりだったのでしょうけれど、私は伯爵令嬢の貴女に招待状を渡したのですからね」
「何故バレた」
「バレないと思っていたの?」
補佐官としてギルバートに同伴すれば、仕事中だとダンスを断ることもできる。
そう考えていたことなど、マリアにはお見通しだった。
「殿下の補佐のお役目はフィオナさんに譲って差し上げて?その方がアーサーも話しかけやすいし」
「あ、姉上!」
アーサーは少し顔を赤らめて、姉の言葉を遮ろうとする。
フィオナはグレイル家の令嬢だが、まだまだ叛逆者の娘としてのイメージが強い。
故に公爵家のアーサーはあまり気軽に声をかけられないのだ。
だが、補佐官としてきているのであれば、仕事と称して会話をすることもできる。
「エスコートできなくて残念ね、アーサー」
「僕は別に!」
「もしかして、補佐官見習いの件を承諾したのって…」
「ち、違うからな!フィオナは関係ないからな!卒業後、殿下の補佐としてすぐに活躍できるようにと!早めに学ばせてもらおうと思っただけでやましい気持ちなど…」
「別に誤魔化さなくとも構いませんよ?」
言い訳はすればするほど疑惑が事実だと主張しているようなものだ。
別に職場恋愛は構わないが、トウカは未来の上司として、そんなことにうつつを抜かす余裕などないほどに扱くからと忠告した。
「それより、2人きりにして大丈夫なの?あの子達」
マリアに『あの子達』と言われてしまうくらいには、最近のギルバートとクリスは互いに子どもじみた嫌がらせをしている。
そんな彼らを2人きりにしておくのは少し心配だと彼女は言う。
「大丈夫ですよ、姉上。なんだかんだであの2人は仲良いですし、何より本質的によく似ていますから」
「確かに」
「今頃、貴女の好きなところでも言い合っていたりして」
クスクスと笑いながら、マリアが恐ろしいことを口走る。
トウカは「冗談でもやめてくれ」と項垂れた。
「モテる女は大変ね」
「僕は君の何が良いのか理解できないけど」
「理解してもらわなくとも結構ですが、私への口の聞き方には気をつけられたほうがよろしいかと思いますよ、アーサー様」
「卑怯だぞ」
ぐぬぬ、とアーサーはトウカを睨む。
数ヶ月後、最終学年に上がると彼はトウカの部下になる上に、最愛のフィオナの義姉っぽいポジションにいる。逆らわないに越した事はない。
「面倒な男に好かれたものね。ギルバート殿下はまだわかるけれど、クリストファー・アルダートンはどうやって籠絡したの?」
「別に何もしてませんよ…」
ただ、クリストファーが変態だっただけだ。
「それにしても、クリスにも婚約の件は伝えているんだろう?あいつも諦めが悪いな」
相手は王家だぞ、とアーサーは呆れたようにため息をついた。
王家が決めた王太子の婚約者に手を出そうとするなど、クリストファーの心臓には毛が生えているのではないかとマリアもアーサーも疑いたくなった。
「多分、殿下のせいです。あの人、この婚約がまだ仮状態な話もしたらしくて…」
「仮なのか?」
「ええ。一応はまだ…。誓約書とかも作成してませんし」
「…そうだとしても、黙ってれば彼も素直に身を引いたでしょうに」
マリアは苦笑した。
ギルバートは、トウカとの婚約をクリスに自分で伝えたのだが、その際に馬鹿正直に、『一年以内に落とさないと破棄』という部分だけだが、エドワードと交わした約束を話したそうだ。
アーサーは正直者なのがギルバートの良いところだと言うが、こういう場面では言わなくて良いこともある。
最近、貴族相手の交渉が上手くなってきていたはずなのに、なぜこういう所では馬鹿正直なのか。トウカは頭が痛い。
「僕としてはクリスをきっぱり振ってやって欲しいけど」
「きっぱりすっぱり振りましたよ。ハッキリと無理だと突き放しましたよ!それなのに何で諦めないんですか!?何なの!?あの2人の不屈の精神!!」
トウカは思わず声を荒げた。
クリストファーには、『婚約したからデートの約束は果たせない』とちゃんと謝罪したし、お詫びの品としてアンティークの懐中時計も送った。
それなのに何故か彼は、まだ付け入る隙があると諦めようとしない。
「お詫びの品が余計だったのでは?」
「え!?」
「確かに…。トウカはギルバート殿下に贈り物したことある?」
「ないです」
「殿下にはしたことないのに、クリストファー・アルダートンには贈り物をしたと…」
「馬鹿だなぁ。単純なアイツはそれだけで殿下よりも脈ありだと思い込むことができるぞ」
アーサーは「なんせ脳筋バカだから」と付け加える。
トウカは「そんなぁ」と半泣きになりながら机に突っ伏した。
「やはり、クリスみたいな奴もいる事だしちゃんと公表するべきじゃないのか?」
「それもそうね。嫌がらせも、正式な婚約者になれば少しは落ち着くかもしれないし…」
「何故陛下は公表なさらないんだろう?」
「公表するなら殿下の誕生日じゃないかしら」
「なるほど、まだ時期ではないと…」
カーライル姉弟は勝手に納得してしまったが、トウカも何となく、なし崩しにこのままギルバートの誕生日に公表する流れになりそうな気がしていた。
「正式に婚約者だと公表されると、色々と付き合いがめんどくさそうだ」
トウカはボソッと呟いた。
彼女が公表されるのを嫌がっているのは、正式に婚約者とされると付き合いが増えて面倒だからだ。
「それも婚約者の務めだろう」
「私は婚約者の仕事より補佐官の仕事がしたい…」
「社畜めが」
優雅な夫人の生活より、王宮で鬼神の如く働く方が性に合うのだと言うトウカは、やはりただの貴族に嫁ぐより王家に嫁ぐ方が良いのではないかとアーサーは思った。
王妃になれば、彼女の能力は最大限発揮できることだろう。
「向いてるんじゃないかしら?王妃」
「不本意だが僕もそう思う」
「陛下には向かないと言われましたけどね」
「どういうことだ?陛下は王妃に向かないのに、君を王太子の婚約者としてお認めになられたのか?」
「色々と事情があるのです」
2人にも言えない事情が。
トウカは苦笑いを浮かべた。
「まあ深くは聞かないでおいてあげるわ」
本当は知りたいけれど、それを知ることがトウカの負担になるのなら、知らないままでいようと、マリアは残っていた紅茶を飲み干した。




