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【修正中】有能侍女はポンコツ王子の初恋を終わらせたい  作者: 七瀬菜々
第2章 フィオナ・モートンの消失
52/115

50:守れる範囲

 開放日からひと月近くが過ぎた。

 未だ、ギルバート暗殺未遂に関する捜査に進展はない。

 ギルバート本人に、暗殺未遂の件を伝えるべきか議論になったが、結局『ポーカーフェイスもできない王太子には伝えないほうが良いだろう』という結論に至った。

 故に彼は、周囲の心労に気づくことなく、呑気にいつもと変わらぬ日々を過ごしている。



 学園にも、特に大きな変化はない。

 小さな変化を挙げれば、『ギルバートがクリストファーをやたらと敵視するようになった』とか、『そのせいでアーサーは無駄に気を使っている』とか、しょうもない話は尽きないが、その程度だ。

 一方で、フィオナは相変わらず周囲から遠巻きにされたままだった。

 けれど彼女はそれを悲観していない。トウカがずっと側にいるおかげだろう。

 最近のフィオナはトウカの指導の元、徐々に貴族令嬢らしい振る舞いができるようになってきていた。



 そしてトウカは、騎士団の屯所でフィオナの監視を命じられてから、寝不足の日々が続いていた。

 目を閉じると、毎日のように繰り返される悪夢。

 フィオナの首が飛ぶ夢を見た次の日には、ギルバートが血を流し、倒れている夢を見る。

 まるでそうなる未来がすぐ近くまで来ていると言わんばかりに、目を閉じると交互にその夢を見る生活が2週間ほど続いており、彼女の疲労は限界まで来ていた。



 今日もまた、日が登る前に目が覚める。

 薄暗く、必要最低限の物しかない、殺風景で生活感のない部屋で彼女はボーッと天井を眺めた。

 寝返りを打つと、ベッド傍の小さなテーブルの上には、量が増えた睡眠薬が置いてあった。


(私はこんなに弱かっただろうか…)


 あれから毎日、1日の終わりにその日のフィオナの様子を、ジュリアスに報告する事になっている。

『特に怪しい点はありませんでした』と、そう報告するたびに、トウカは自信がなくなる。自分は情に絆されて、何か大事なものを見落としているのではないだろうか、と考えてしまうのだ。

 その見落としは、ギルバートの死に直結する事。そんなミスは許されない。

 だが、不安に掻き立てられフィオナの全てを疑えば、彼女の首は呆気なく飛んでしまう。


「絆されるな。割り切れ。切り捨てろ…」


 トウカは枕に顔を埋め、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


 いつも主人に口を酸っぱくして言っていることを自分ができていなくてどうするのだ。

 別に自分にとって、フィオナが特別大切な人間になったわけではない。

 彼女の過去を聞き、彼女に対して情が芽生えてしまっているだけだ。


 と、そう思い込もうとしていた。

 父親の企みが白日の元に晒されれば、どの道フィオナは処刑される。情を残して良い相手ではない。


『守るべき相手を見誤るな』


 義兄の言葉が重くのしかかる。

 ギルバートがフィオナに慈悲を与えることはできるだろう。だが、彼がそれをしてしまうと、ただの馴れ合いに見えてしまう。

 甘い処罰を下せば、第二のモートン男爵を生む事になる。それは避けなければならない。


 トウカは小さくため息をつき、寝台から降りるとそのまま洗面に行き、顔を洗った。

 そして化粧をする。周囲に眠れていない事を悟らせないように、目の下のクマを隠すためだ。


(酷い顔だ…)


 鏡に映る自分を見て自嘲するように呟く。

 化粧をし終えると、久しぶりのお仕着せを身に纏い、部屋を少し片付けてから執務室へと向かった。



 執務室の机には無理を言って回してもらった仕事が山をつくっていた。

 仕事に集中している時が、余計な事を考えずに済むからと、一心不乱に山積みの書類を片付ける。


「医師(せんせい)との約束、守れてないなぁ…」


 トウカは仕事を片付けながら、自嘲するような笑った。

 

 全てを守る方法なんて、あるわけない。

 この手で守れるものなど限られている。

 彼女の手は、ギルバートを守る事で精一杯だ。フィオナのために出来ることなど何もない。


 トウカはぎゅっと拳を握りしめた。


***


「今日は休みだ」


 いつものようにギルバートを起こしに行ったトウカは、扉を開けた瞬間、すでに身支度を済ませて仁王立ちで自分を待っていた彼にそう宣言された。


「はい?」

「今日は休みだ」

「えと…学園は確かに休みですね?」


 彼女は当たり前のことを言う主人に首を傾げた。しかし、彼は少し苛立ったように「違う!」と言う。


「お前に仕事を休めと言ってるんだよ」

「それは無理ですね」

「なんでだよ!」

「だって、私の休みを決めるのは侍女長様であり、ジュリアス様です。殿下が決めることではないのですが…」


 トウカの主人は確かにギルバートだが、彼女の休みは彼女の上司が決めている。


「今日はユイもランドール夫人もお休みですし、私は休めませんよ?」

「他にもいるだろう」

「確かに新しく配属された侍女はいますが、彼女達はあくまでもお手伝いですので…」


 彼女の学園入学に際し、新しく配属された侍女はあくまでもお手伝いなので、こちらの人手が足りているときは、別の仕事があるのだ。

 

「むくれても無理なものは無理です」

「じゃあ、俺は今日一日この部屋から出ない。だからお前もこの部屋で休め。寝ろ!」

「ちょっと意味わかんないです…」


 最近察しが良くなって来たギルバートは、トウカが眠れなていない事に感づいていたようだ。

 気づかれていた事には少し驚いたが、そういえば変なところで察しの良い男だったなと、彼女は妙に納得できた。


「えっと…とりあえず、中に入ってもよろしいでしょうか?」


 扉口で休む休まないのやり取りを気まずそうに見ている衛兵が、何だか可哀想になってきたので、取り敢えず部屋に入れてくれと頼むトウカ。

 すると、ギルバートは衛兵に「許可するまで開けるな」と言いつけ、彼女の手を引くと乱暴に扉を閉めた。

 そしてそのまま、仮にも好きな女をベッドに放り投げる。


「すごく既視感があるんですが、この状況」

「寝ろ」

「拒否します」


 できる事ならもう二度と主人のベッドに横になるなどしたくないトウカは、すぐさま降りようとする。だが、ギルバートはそれを阻止するように押し倒した。


「…既視感がすごい」

「命令だ。寝ろ」

「いちいち押し倒さないと話できないんですか?変態ですか?」

「浮気した罰だ」

「誰が浮気ですか」

「他の男に触らせるとか、浮気だろ」

「あれは痴漢というんですよ、不可抗力です」


 言わずもがな、先日の騎士団でのクリストファーの話だ。おしゃべりな義兄は包み隠さず全てを話したらしい。


(何かしたかなぁ…)


 クリストファーのこと以外に怒らせるような事をした記憶がない。けれど、何故か今日のギルバートは機嫌が悪い。

 心当たりのないトウカは目を閉じてここ数日の自分の行動を思い返した。


 しかし、ベッドに残るギルバートの匂いが彼女を安心させる。


「あ…まずい。寝そう」

「おい。寝ろと言ったがこのタイミングで寝るな。襲うぞ」


 トウカは、ギルバートの声にハッとして目を開けた。すると、当然ながら目の前には相変わらず不機嫌な主人の姿があった。


「何をイライラしてるんですか?面倒くさい」

「俺は結構怒ってるんだぞ、トウカ」

「だから何を?」

「コソコソと何しているのかは知らんが、そろそろ俺に話しても良い頃じゃないか?」

「何のことでしょうか?」

「しらばっくれるな。クリスまで巻き込んで何をしている?まさか、俺に無関係とは言うまいな?」


 ギルバートは険しい顔でトウカを見下ろす。

 トウカは彼の発言に目を丸くした。


「…気づいておられたのですか」

「トウカ、あまり俺をみくびるなよ」

「そんなつもりは…」

「言っておくが、俺は大体のことは察しているぞ、多分」

「え?」


 彼は呆然とするトウカの横に、仰向けに寝転がった。

 そして天蓋を見つめながら、指を折り、自分の推測を話し始める。


「ここ数日、クリスはやたらと俺の近くにいる。護衛はいつもより殺気立っている。ジュリアスはやたらと騎士団に出向いている。お前が纏う空気はいつもより重い。部屋の周りの警備がいつもより厚い気がする。あと宰相が顔を合わせるたびに飴玉をくれる」

「最後の宰相閣下の行動は謎すぎるんですが」

「あの人は動揺すると飴を配り歩く性質がある」

「初耳です…。最近城の人間の餌付けでも始めたのかと思ってました」


 ギルバートはくるっとトウカの方を向くと、鋭い視線で彼女を見据えた。


「なあ、俺の暗殺計画でもあるんじゃないのか?」


 そう聞かれても何も答えることのできないトウカは、彼の方を見れない。


 自身の暗殺計画があると知ってしまったギルバートは確実に動揺し、あからさまな態度を取る。そうなると捜査に支障が出ると考え、男爵にかけられた嫌疑がある程度確定するまで、本人には何も伝えない方針にしていた。

 だが彼は今、命を狙われている事に対して怯えている様子も動揺している様子もない。思い返せば、学園でもいつも通り振る舞っていた。


(みくびっていたのかもしれない…)


 トウカは過去『ギルバートは何も出来ない』と彼を侮っていた城の人間に嫌悪していた。

 しかし、いつの間にか自分も彼らと同じようにギルバートを侮っていたことに気づいてしまった。


 ギルバートは何も答えない彼女に舌打ちした。そして低い声で言い放つ。


「何も知らず、ただ脳天気に守られているだけの王子で良いと思われているのは、とても不愉快だ」

「…申し訳、ございません」


 当事者であるにも関わらず、1人蚊帳の外だったギルバートが怒るのも無理はない。

 

「こっちを見ろ」

「…はい」


 トウカは言われるがままにギルバートの方を見る。彼は少し傷ついたような顔をしてこちらを見ていた。


「話してもらえないのは自分の日頃の行いのせいだとわかってる。それでも、俺はお前にだけは、侮ってほしくないと思うんだよ。こんな我儘を言うなんて、ガキだと思うか?」

「いいえ」

「なあ、頼むから話してくれ。頼りにならないかもしれないが、蚊帳の外に置かれたままは嫌だ」

「…申し訳ありません」

「謝罪が欲しいわけじゃない。俺は俺のことを、お前にだけに背負わせたくないんだよ」


 ギルバートはぎゅっとトウカの手を握った。

 この優秀な侍女が自分の身の安全と地位を守るために、彼女自身はその身だけでなく心まで削ろうとしている事を、彼は何となく気づいている。 

 けれど、そこまでして守って欲しいとは思わない。


 『頼むよ』と、懇願するような眼差しで自分を見るギルバートの視線に、トウカは思わず目を逸らした。


「…出来ません」

「何故だ?」

「陛下の許可なく貴方に話すことはできません。そう命じられています」


 ギルバートは「そうか」と呟くと、手を離し、勢いよく起き上がる。

 そしてトウカの方を見る事なく、扉口に向かった。


「ならば俺は父上のところへ行く。お前はこの部屋から出るな。寝ていろ」

「え、ちょ…」


 トウカは彼を止めようと起き上がった。

 その瞬間、ぐう~、と間抜けな音が部屋に響いた。


「…その前に朝食にする!」

「…ほんと締まりませんね、貴方は」


 腹が減っては何とやら。

 部屋で朝食を取るという主人のために食事を用意するため、彼女は一旦部屋を出た。

勢いで書いていきますよっ!勢いで!!!勢いが大事!!!!!

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