47:クリスと王太子補佐官(2)
クリストファーは、トウカが選んだ新しい護衛騎士ツバルと模擬戦をすることになった。
「見ておけ、あれから日夜鍛錬を積み重ねた俺の剣技を!」
自分を指差して、まるで宣戦布告するかのように言い放つ彼を、トウカは「はいはい」と軽く遇らう。
ツバルとクリストファーは剣を構え、審判を務める騎士団長レイモンドの合図の元、打ち合いを始めた。
クリストファーの剣筋は中々のもので、正規の騎士ツバルにも引けを取らない。
だが、トウカから見ればそれだけだ。
彼女は静かに懐に仕込ませていた暗器を取り出し、クリストファーに向けて投げた。
暗器は一直線にクリストファーに向かうが、彼は咄嗟のことに反応できずに一瞬動きが止まってしまう。ツバルは「危ない」と叫び、飛んできた暗器を剣で振り払った。
突然のことに、あたりはシンと静まり返る。
レイモンドは目を見開いてトウカの方を見るが、当の本人は表情を変える事なく模擬戦をしていた2人を眺めていた。
この沈黙を破ったのは、クリストファーだった。
「あっぶないだろうが!?」
彼は腰が抜けたのか、その場に尻餅をついて座り込む。
トウカは2人に近づくと、小馬鹿にしたように見下ろし、シレッと言い放つ。
「軌道はそらせましたし、当たっても急所は外してますから致命傷にはなりませんよ」
「そういう問題ではない!」
確かにそういう問題ではないのだが、彼女は吠えるように食いつく彼を無視して、ツバルに向き直った。
「貴方をギルバート王太子殿下の護衛騎士に任命したいと考えているのですが、いかがでしょうか?」
「え!?僕ですか?」
「ええ、貴方です」
「な、なぜ僕なんか」
「先ほどの見せていただいたあの反応、お見事でした。貴方は広い視野をお持ちの上に瞬発力もある。ギルバート王太子殿下をお守りするのに相応しい技量をお持ちと判断しました」
そう言って、トウカは「どうかしら?」と懐から王太子専属護衛騎士の腕章を取り出し、ツバルに見せる。
彼は目を輝かせながら、大きな声で「拝命します」と敬礼した。
それを見ていた騎士たちは、心から祝福する者もいれば、悔しそうな顔をする者もいたが、皆が拍手して彼を王太子の護衛騎士として認めた。
これで、下っ端のツバルが王族の護衛騎士となった事を妬む者はいれど、「実力不足」と罵る者はいないだろう、とトウカはほくそ笑んだ。
「おいこら!無視すんなよ!」
「ああ、すみません。忘れてました」
「忘れんなよ!」
未だ尻餅をついたままのクリストファーが、この祝福ムードを台無しにする。
トウカは面倒くさそうにしながらも、彼に手を差し出した。しかし、彼は差し出された手を振り払うと自分で立ち上がる。
トウカは不服そうな顔をして、払われた手をさすると、審判をしていたレイモンドに向き直った。
「では、騎士団長様。行きましょうか」
呆気にとられていたレイモンドは、その声にハッとする。 そしてニコッと微笑む彼女に対し、困惑した表情を浮かべた。
「えっと…。結局トウカ殿は何がしたかったのでしょう?」
「ああ。ご子息は、一度鼻っ柱を折って差し上げた方が良いかと思いまして」
「えっと…、まあ、プライドの高いアイツにはそういう経験も必要かとは思いますが…」
もっとやり方があるだろう、とも思う。
一先ず、レイモンドは騎士達に訓練を再開するよう指示を出した。そして、息子には今日はもう帰るように言い、ツバルを連れて鍛錬場を出ようとした。
しかし、彼の息子は素直に言う事を聞く男ではなかった。
「おい!待てよ!」
クリストファーは立ち去ろうとするトウカの手首を掴み、呼び止める。トウカは振り返ると心底面倒臭そうに返事をした。
「何か?」
「お前、俺と勝負しろ!」
「お前は何を言ってるんだ、クリス!」
本日二度目のげんこつがクリストファーに落ちた。
トウカは小さくため息をつくと、すぐに後を追うと言い、レイモンドとツバルに先に執務室に向かうよう促した。
これ以上、息子が失態を晒さないか心配なレイモンドは渋ったが、トウカは押し切った。
2人を見送った後、トウカはクリストファーへと向き直り、ニッコリと笑う。
「丁重にお断りします」
「逃げるのか!?」
「勝負しても結果は見えていますから、やるだけ無駄です」
「な!?俺が負けるとでも言いたいのか!?」
「違いますよ。真っ向から勝負しても、私はあなたに勝てません」
クリストファーは、その返答が予想外だったのか、キョトンとした。
「それは、やってみないとわからんだろう」
「やらなくてもわかります。どれだけ体格差があると思っているのですか」
確かに、トウカは剣術や体術など、一通りの手ほどきは受けている。だが、小柄な彼女が日々剣の鍛錬をしているクリストファーと正面切って打ち合いをしても、一瞬で負けるだろう。
そんな事もわからないクリストファーを、トウカはジトッとした目で睨む。
「貴方は学園を卒業後、騎士団に入団する予定ですよね?」
「当たり前だ」
「では、護衛騎士に必要なものは何だと思いますか?」
突然の質問の意図がわからず、クリストファーは怪訝な顔をするも一応答えた。
「強さだ。騎士に必要なものは誰にも負けない強さだ」
「そうですね。それも必要です。けれども他にもっと重要なモノがあります」
「強さより重要なもの?」
首を傾げるクリストファーに対し、トウカは小さく息を吐いた。そして、ずいっと彼に顔を近づける。
その距離の近さに、彼は少し動揺した。
「良いですか?アルダートン様。護衛騎士に求められているのは勝つ事ではありません。負けない事です」
「…どういう意味だ?」
「例えば、貴方と護衛対象の前に刺客が現れた場合、貴方はどうしますか?」
「どうするって、応戦するしかないだろう」
「いいえ。選択肢はそれだけではありません」
トウカは静かに首を横に振る。
「護衛の騎士が先ずすべき事は、相手の実力を瞬時に判断する事です。そして、互角以上の相手なら逃げることも選択肢に入れなければなりません」
「しかし、敵を目の前にして逃げるなど、騎士として許されない」
「その認識がそもそも間違っているんです。騎士の誇りとして逃げないというのは、1対1の決闘での話です。護衛騎士の役割は護衛対象を守ること。刺客に勝つ事ではありません」
護衛対象を守りつつ、自分と互角、もしくはそれ以上の相手に本気の力を出すことは難しい。無謀な相手に応戦し、仮に護衛騎士が負傷もしくは死亡したら、それは護衛対象の死を意味する。
「護衛騎士に必要なのは、『相手の実力を一瞬で測る事のできる目』と、『瞬時に状況を把握し、とるべき行動を判断できる冷静さと俊敏性』だと私は考えます。そして、その力は一朝一夕で身につくものではありません。経験を積み重ねて身に付けるものです」
トウカの話にクリストファーは目を丸くした。
「貴方の剣筋は確かに素晴らしい。ですが、圧倒的に経験値が足りていません。模擬戦の前、『今まで通りの稽古をしても無駄』と申し上げたのは、貴方に足りないものが剣の腕ではないからです」
そう、クリストファーに足りないものは実戦経験だ。
トウカは呆然とするクリストファーの胸を小突く。優しく微笑みながら、クリストファーのすべきことを教えた。
「私は、開放日の薔薇園での貴方に落ち度があったとは思っていません。けれど、もし貴方があの時の事を悔いていて、変わりたいと思うのならば、ここでの鍛錬ではなく、いっそのこと王都の巡回業務にでも同行させてもらってはいかがです?」
呆然と立ち尽くすクリストファーに、彼女は首を傾げながらも、「では」と彼に背を向けて騎士団長の執務室へと向かう。だが途中、何かを思い出したように立ち止まり、振り向いた。
「そういえば、フィオナ様が心配していらっしゃいました。休み明けには学園に来てくださいね」
トウカは歯を見せるようにして笑った。
そよ風に揺れる真っ白な髪が、日の光に照らされキラキラと反射する。その姿が、クリストファーの目には、まるで聖女のように美しく映った。
彼は目を見開き、頬を真っ赤に染める。
その後、数秒思考が停止していたクリストファーは、ハッと気がつき、トウカの背を追いかけた。
そして手首を掴み、強く自分の方へと引くとそのまま抱きしめる。
「…は?」
「俺、お前のこと好きかも」
「はぁ!?」
「惚れたかも」
「いやいやいやいや、フィオナ様にぞっこんの人が何を…」
「フィオナの事は好きだ。でもお前のことも好きになった」
「は?え?それ、ものすごく最低なことを言ってるってわかってます?」
「好きになってしまったのだから仕方がないだろう」
「いやいやいや、ほんと意味わかんないから!」
周囲の目も憚らず、後ろから羽交い締めにされるトウカ。
身を捩り、クリストファーの腕の中から抜け出そうとするも、ビクともしない。
「ちょっ、本当離してください!」
「いや、もう少し」
「何がもう少しだ!離せ変態!!」
周りの騎士からは拍手が起こっていた。
高慢ちきなワガママ坊ちゃんの嫁にはこのくらい辛辣な女が相応しいと、彼らは思ったらしい。
このままでは、騎士団の中で団長子息の嫁認定されてしまうとトウカは嘆いた。
すると、
「はいっ、そこまでー」
と、頭上から聞き慣れた声がした。
そして、その声と同時に本日三度目のげんこつがクリストファーに落ちる。
「いだっ!」
「お前は本当に!お前は!!」
クリストファーは、今度は自分が後ろから羽交い締めにされることとなった。父親の屈強な腕が首元にフィットし、締め上げられる。
「し、死にます。父上、死にます」
「一度死んで魂からやり直してこい!」
そんなやりとりを横目に、解放されたトウカが声をする方に視線を向けると、そこにいたのは義兄ジュリアスだった。
「ジュリアス様、何故ここに…」
「団長に用があってね」
「ああ、開放日の件ですか…」
どうやら彼も、開放日の件で呼ばれていたらしい。
ジュリアスは、ジロジロとトウカを見る。
手に持っているファイルで口元を隠すが、この事態を面白がっている事は隠せていない。
「ねえ、何これ。どういう状況?」
「さあ?私にも何がなんだか…」
「もしかして浮気?」
「誰が浮気ですか」
「こんな面白い展開になってるならもっと早く来れば良かったよ。惜しい事をしたなぁ」
「面白がらないでくださいよ」
「ねぇ、殿下に告げ口しても良い?」
適当にあしらっていたトウカだが、その言葉に一気に顔が青ざめる。
そして気がつくと、ジュリアスの胸ぐらを掴んでいた。
「ダ、ダメですよ!!ほんと!本当にやめてくださいね!?」
「どうしようかなぁ?」
「本当にやめてくださいって!!」
どう考えても、面倒くさいことになるのはわかり切っている。
この事実を知った途端、拗ねて口を聞かなくなる主人の姿がありありと目に浮かぶ。
(なんでこんな事に…?)
トウカは深くため息をつき、頭を抱えた。
彼女はただ、クリストファーに現実を教えてやっただけだ。
だが、クリストファー・アルダートンという男は、彼女の予想をはるかに上回るほどに単細胞の脳筋野郎で、本能のままに生きる男だった。
(勝手に一途なタイプだと思っていた…)
クリストファーが意外と惚れっぽい奴だという事を、トウカはこの時はじめて知った。
「おい、これからはクリスと呼べ」
「いや、是非ともアルダートン様のままで」
「何でだよ!呼べよ!」
「主人の反応が色々と面倒なので」
名を呼べと食い下がるクリストファーの頭には、本日四度目のげんこつが落ちた。




