46:クリスと王太子補佐官(1)
騎士団長の執務室に案内されたトウカは、扉を開けてくれたマルクスに軽く会釈して室内に入った。
「お久しぶりですね、トウカ殿」
「お久しぶりです、団長様」
さわやかな笑顔で出迎えたのはレイモンド・アルダートン。クリストファーの父だ。
翡翠の瞳と目鼻立ちのはっきりとした顔立ちは息子そっくりだが、それ以外に似ているところは見受けられない。
爽やかで優しい雰囲気のレイモンドは、話し方や所作まで完璧な紳士そのもので、どう見ても脳筋クリストファーの父とは思えない。
トウカは何故この完璧な紳士の父がいて、あんなに無礼な脳筋男が出来上がるのかと不思議で仕方がなかった。
「マルクスが元気そうで安心しました。お気遣いありがとうございます」
「私は彼の意思を汲んだにすぎませんから、礼など不要ですよ」
レイモンドは頭を下げるトウカに、ニコッと笑った。
「それで、どうします?」
「そうですねぇ。鍛錬場の様子が見たいのですが、よろしいですか?」
「構いませんよ、ではご案内します」
余計な世間話を挟まず、スムーズに進む無駄のない会話に、トウカは居心地の良さを感じていた。
最近学園にいる時間が長いせいか、この感じを少し懐かしく思う。
レイモンドの案内で鍛錬場へと向かう最中、彼はトウカの歩幅に合わせて彼女の少し前を歩いた。
段差があると、そっと手を差し出すその姿に、思わずトウカは自分の近くにいる男共と比べてしまう。
ヘタレの王太子、自分を揶揄う事に命をかける義兄、無礼な次期公爵と騎士団長子息。
皆、この人を見習えば良いと内心思っていた。
渡り廊下から見える鍛錬場を眺めながら、トウカはレイモンドと当たり障りのない会話を楽しんでいた。
すると、レイモンドは「そうだ」と何かを思い出したように振り返る。
「ギルバート殿下の護衛騎士を選びに行った後に、少しお話しがしたいのですがよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。開放日の件ですか?」
「相変わらず察しが良くて助かります。さすがは陛下が重用なさるだけのことはある」
「褒めても何も出ませんよ?団長様と私で共通の話題というとそのくらいしかありませんもの。誰だってわかります」
レイモンドは、そのわかりやすいお世辞さえも嫌な気分にならない。さすが大人の男は違う、とトウカは思った。
(この仕事は気持ちよく終われそうだ)
気分良く屯所の廊下を歩き、鍛錬場に着くと、稽古中だった騎士たちがこちらに向かって敬礼した。
トウカは騎士たちにぺこりと頭を下げる。
レイモンドは、気にせず稽古を続けるように指示した。
トウカは近くの柱にもたれかかり、真剣な面持ちで騎士たちを品定めし始める。
そして、稽古に勤しむ騎士の中に1人、よく知った見覚えのある顔を見つけてしまった。
(最悪だ…)
視線の先にいるのは不躾な脳筋男、クリストファー・アルダートン。
明らかに不愉快なオーラを醸し出しているトウカに、傍に立つレイモンドは心配そうに尋ねた。
「どうかされましたか?トウカ殿」
「…いえ、何でも。ご子息もいらしていたのですね」
「ああ。ここ数日、こちらに入り浸っているようで。開放日での一件で何もできなかった事が悔しいのだと、学園にもいかず鍛錬に明け暮れておるのです」
「団長様はそれを良しとするのですか?」
「あれは言っても聞きませんので、気がすむまでやらせようかと」
レイモンドは肩をすくめた。
トウカはこの若干の放任主義が、クリストファーがああなった原因かもしれないと思った。
トウカはクリストファーが気づいていないうちに選んでしまおうと、稽古をする騎士たちに視線を戻す。
目に映るは、青空の下、汗水垂らして剣で打ち合う屈強な騎士たちの姿。
(ダメだな、これは)
一部の騎士は、王太子の補佐官がこの場に何をしに来ている事に気づいているのか、肩に力が入っている。
トウカの方を気にしながら剣を振るう姿に、彼女は眉をひそめた。
「団長様、集中力に欠けている騎士が多々見受けられますが」
「お恥ずかしい限りです。あとでしっかりと指導しておきます」
レイモンドもそれは察していたようで、トウカに軽く頭を下げた。
「目ぼしい人物がいない場合は軍部から引き抜かねばなりませんよ」
「それは勘弁願いたいですねぇ」
「私とて勘弁願いたいです」
真顔に低い声で脅しとも取れる発言をするトウカに、レイモンドは少し焦った。王太子の護衛という任務を軍部にとられたとなっては、騎士団の恥だ。
トウカとしてもできれば騎士団から選びたい。
軍部の人間は騎士団よりも場慣れしており殺気には敏感だが、何でもありな戦い方をする傾向にあり、大立ち回りをする事も多い。それ故に、狭い都市部での近接戦闘には向かない。そういう戦い方は騎士団の方が長けている。
加えて、礼儀礼節をわきまえていないゴロツキばかりの軍部から引き抜くとなると、一から立ち居振る舞いを叩き込まねばならず、色々と面倒なのだ。
一通り見定めたあと、トウカは小さく息を吐いて、傍に立つレイモンドを見上げた。
「奥でご子息の相手をしている彼にします」
すると、レイモンドは少し驚いたような顔をした。
彼女が指名した男は、剣の腕は立つが比較的小柄で、入団してまだ日が浅い、騎士団の中でも下っ端の騎士ツバルだったからだ。
「彼、ですか…」
「いけませんか?」
「いえ、そういうわけではありませんが…。理由をお聞きしても?」
「ここに来るまでの通路から、この鍛錬場が見えます。そこから見た時、目が合いました。殺気を含んだ視線を向けましたが、こちらに気づいたのは彼を含め数名だけです。剣の腕も悪くありませんし、私が来てからも態度を変えていません。無駄な野心を持っていないので、専属護衛騎士のチームワークを乱すような事はしないでしょう。あとは、相手の技量に合わせて稽古ができている点も評価できます。目が良いのですね」
「さ、さすがですね」
レイモンドは当然のように冷静な分析をするトウカに少し動揺した。
騎士でもない彼女が、まさか自分が目をかけていた男を選ぶとは思っていなかったのだ。
レイモンドは近くの騎士に、あとでトウカのお眼鏡にかなったツバルを執務室に連れてくるように言いつけると、その場を立ち去ろうとトウカに促す。
彼女も鍛錬場を後にしようと、稽古中の騎士たちに背を向けた。
しかし、その瞬間「おい!」と怒鳴るような声で呼び止められてしまう。
トウカは「はあー」と声に出してため息をつきながら振り返ると、クリストファーがこちらに向かって走ってきていた。
「どうしてお前がいるんだ!」
「仕事ですが?」
心底めんどくさそうな顔をするトウカに対し、敵意剥き出しで食いつくクリストファー。
レイモンドはそんな息子の頭にゲンコツを落とした。
「いでっ!」
「失礼だろうが!」
「何をおっしゃるか父上。この女は元平民、誇り高き騎士団に足を踏み入れていい身分ではないでしょう!」
頭を抑えながら阿呆丸出しの発言をする息子に、騎士団長は頭を抱えた。
仕事を早く終わらせたいトウカは煩わしそうに反論する。
「元平民とおっしゃいますが、そもそも騎士団は身分問わず、健康な男子なら誰でも受け入れています」
「それは建前上のことだろう」
「確かに、要人警護の多い騎士団員はある程度の礼儀作法が身についていないと入れません。ですが豪商や貴族出身でない騎士も大勢います。今現在、王太子殿下の護衛をしているキースもごく普通の平民の出です」
「それは…そうかもしれないが…」
正論で返され、吃るクリストファー。
ここは学園ではない。そしてトウカは仕事中だ。今ここで、いつものようにこの阿呆に気を使ってやる義理などない。
「私は仕事でここに来ています。相応しいとか相応しくないとか以前に、#仕事を__・__#しに来ているのです。遊びに来ているあなたと一緒にしないでいただきたい」
「あ、遊びなどではない!俺は稽古をつけてもらいに来たんだ!」
トウカはそれを、「くだらない」と吐き捨てた。
そしてすうっと息を吸い、言葉ととも勢いよく吐き出した。
「当然のように『稽古をしに来た』と仰いますが、そもそも騎士の資格もない人間が、騎士団の鍛錬場に立ち入るなど本来は許されないのでは?皆、貴方が騎士団長様のご子息だからと許容しているに過ぎないのではありませんか?だから『遊びだ』と申し上げているのです。大体、今、現在進行形でお父君は仕事中です。そんな状況もわからずに、傍に立つ補佐官に噛み付くなど、親の都合を無視して遊んで欲しがっている子供と同じです。貴方はご自分がいくつだと思っていらっしゃるのですか。そろそろ、その行動が恥ずかしいと思えるようになりなさい。あと、この際だからハッキリ申し上げておきますけれど、貴方はアルダートン伯爵の息子。私はグレイル前伯爵の娘。爵位的には同等です。さらに言うと私は補佐官として城で位を持ちますが、貴方は持ちません。いつもいつも偉そうに見下して来ますけど、実家の爵位と宮廷官位を合わせたら私の方が上ですからね?」
トウカのぐうの音も出ない正論の数々は雪崩のようにクリストファーを飲み込み、彼を窒息させた。
クリストファーは口を開けたまま呆然と立ち尽くしており、再起不能だ。
そんな息子達のやり取りをそばで見ていたレイモンドは、とりあえず息子をフォローしてやる。しかし…。
「トウカ殿。こちらに100%非があるのは重々承知しておりますが、どうかその辺で…」
「非があるとわかっておられるのなら、是非とも早急にご子息の再教育をお願い申し上げたい」
レイモンドのフォローも虚しく、クリストファー共々トウカにギロッと睨まれて終わった。
トウカは、ため息をついて再起不能のクリストファーに語りかけた。
「先の事件で暴漢に怖気付いたことを悔いていらっしゃるのでしょうが、今まで通りの稽古をしたところで何も変わりませんよ」
その言葉に、クリストファーはハッと息を吹き返した。
「お前に何がわかる」
「わかるからここにいるのです。私は殿下の新しい護衛を選びに来ました。一応陛下からのご命令ということになっています」
「陛下の命令で?」
「はい、そうです」
怪訝な顔をするクリストファーにトウカはシレッと答えた。
実質的にはジュリアスからの命令だが、指示書には王のサインが入っているので嘘ではない。
トウカは、先程までクリストファーに稽古をつけていた騎士ツバルに視線を向ける。そして、レイモンドにこう申し出た。
「ちょうど良い。団長様、ご子息とそこの彼の手合わせを見たいのですが」
「それは構いませんが…。何をお考えなのですか?」
不安そうに言うレイモンドに対し、トウカは不敵に笑った。




